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第21話

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 腰の高さに取られた窓から窺うと、中には少ないが客もいる。三段の階段を上ってオートではないドアをイリヤが開けた。内側にぶら下がったカウベルが乾いた音を立てる。イリヤに続いてシドも入店した。ほどよく利いたエアコンが有難く、たちまち汗が引いてゆく。

 やや薄暗いライトパネルに目を慣れさせ、四人は店内を見回した。
 カウンターにスツールが十二、四人掛けのテーブル席が八つもある。低い音量でロックが流れる中、テーブル席ふたつに客が三人ずつ腰掛けてビールを飲んでいた。

 誰も座っていないカウンター席にイリヤがさっさと腰を下ろす。残り三人も並んで座った。カウンター内には白エプロンの男と黒ベストのバーテンがいて、目で注文を訊いてきた。

「私はビール」

 結局イリヤに皆が倣ってビールを頼む。クレジットと交換に冷えた瓶ビールにありついた。

「あー、これは旨いな。この銘柄をこんなに旨いと思ったのは初めてだぜ」
「暑くて脱水症状になるかと思ったもん。本当に美味しいよね、これ」

 つまみに出された小皿にはクラッカーが載っていて、塩の利いたこれも妙に旨い。

「汗で塩気も流れちまったんだな」
「鉱山側にはオートドリンカもなかったもんね。あ、センリーから発振だ」

 皆でハイファを注視した。リモータ操作したハイファが読み上げる。

「ええと、【本星よりナイト損保のネゴシエーター到着。相談の上で惑星警察に届け出、惑星警察側は隠密捜査チームを立ち上げて対応】だってサ。特に進展はないね」
「エレボス騎士団は沈黙を守ってやがるな、却って上手いやり方だぜ」

「ロイたちからも発振がないしな。かといって俺たちも何も得ていないが」
「まあ、私も何か得られると思った訳ではないからな。セオリーを踏襲しただけで」

 そこでシドがファイルに載っていたチェンバーズのポラをバーテンたちに見せたが、怪訝な顔で首を横に振られた。ついでにテーブル席の客にも訊いたが同じ反応である。

 何となく徒労感を皆が覚えて溜息を洩らし、イリヤとシドが二本目のビールを頼んだ。
 軽金属の灰皿を引き寄せてシドは煙草を咥える。イリヤも煙の補給だ。

 煙草とビールを味わっているうちにドアのカウベルが頻繁に鳴り出す。鉱山での仕事から戻ってきた男たちが一杯やりにきたようだ。どんどん作業服の客が増え、カウンター内も料理人が二人に、バーテンが三人に増えている。

 人間が増えるたびにシドはポラを見せて丹念に聞き込みを続けた。そうして気付くとパブの中は歩けば肩が触れ合いそうな大混雑、立ち飲みする客が複数いるくらい盛況となっている。音量がやや大きくなったロックに合わせて、人混みがゆらゆらと揺れ動いていた。

 瓶ビールに口をつけているのに、妙に優雅なハイファが呟く。

「ガード主任が言ってたもんね、『混乱のさなか』って」
「親父さんは鉱区民の生活をじかに見たかったんだろうが、確かにこれでガードは酷だよな」
「あの人も立場を考えてくれないと、周りが大迷惑……痛たた、何?」

 長いしっぽを引っ張られてハイファが振り向いた。シドも何事かと背後を見る。そこには立ち飲みしていた若い男が四人いて、うち一人がハイファの髪をまだ掴んでいた。

「お姉ちゃん、一緒に飲まないかい? おっ、何だよ、女じゃねぇのか」
「でもそこらの女より、よっぽど綺麗なツラしてるぜ」
「あっちの方も女より具合がいいんじゃねぇか?」
「もう一人もツラは綺麗だが、食いちぎりそうな目ぇしてやがるぞ」

 作業服ではない、着崩れたイタリアンスーツにリモータはギラギラのデコレーション、首にはお約束のゴールドチェーンという、ある種の制服を男たちは身に着けている。何れ何処かのファミリーの末端にでも名を連ねているチンピラだろう。

 それはともかく急激にシドは機嫌を悪くする。ハイファの髪に触れていいのは自分だけだ。

 極端に導火線が短くなっていたシドは、警告のひとこともなくハイファの髪を掴んだ男の手を逆手に取る。腕を背中側に捻り上げながら手首の急所に親指をめり込ませ、髪を離させると突き飛ばした。

 だがふいにチンピラの相手に飽きる。カウンターに向き直った。

「ふん。これなら豆腐でも殴った方がマシだ」
「そうだね、せっかく摂ったカロリーを消費するだけ損だよ」

 周囲の客が失笑する。チンピラたちがいきり立ってお約束の科白を吐いた。

「野郎、馬鹿にしやがって!」

 だが次の瞬間、背後からシドに飛び掛かろうとしたチンピラたちは、鼻先に銃口を突き付けられて固まる。シドとハイファがレールガンとテミスコピーを抜いただけではない、イリヤとスティーブまでが旧式ハンドガンを手にしてチンピラに向けていたのだ。

「イリヤ、スティーブ。店の中ではるな、迷惑が掛かる」
「それもそうだな。では私たちも腰を上げるとしよう」

 四人でチンピラ四人を追い立ててパブ・ガーゴイルから出る。すっかり日の落ちた外にはホロ看板がヒラヒラと浮いていた。まだ蒸し暑い空気の中で空を見上げると、青白い半月とピンクの三日月がぶら下がっている。シドが暢気に訊いた。

「ハイファ、あのムーンは何て名前だ?」
「ええと、青白いのがリンでピンクのがエチルだよ」
「へえ。リンはルナに似てるな」

 喋りながら追い立てたチンピラ四人の尻を蹴り飛ばす。チンピラたちは店から少し離れた街灯の下、座り込んで半泣きになった。
 四丁の銃でチンピラ四人を囲みながらシドはこいつらをどうしようかと考え、それでふいに思い出す。リモータ操作しアプリの十四インチホロスクリーンにチェンバーズのポラを映し出すと、チンピラたちに見せたのだ。

「テメェらにはまだ訊いてなかったよな。この男を知らねぇか?」
「す、す、すみませんっ! 俺たちが昨日の夜、この店から町外れまで運びましたっ!」
「んだって? そいつは本当か?」
「は、はいっ! マジです!」

 シドたち四人は顔を見合わせたのち、銃口の包囲を一層狭める。チンピラたちは泣いて謝った上に、気を失いそうな青い顔で訊かないことまで喋った。
 チンピラたちは昨夜、ルーシャの歓楽街で知らない男から声を掛けられたのだという。カネを渡されチェンバーズのポラを見せられて、ガーゴイルからチェンバーズを誘い出し、リオナの町外れまでつれてきたら残りの半金をやると。

 チンピラたちは依頼を受け、知らない男とともにレンタルBELに乗ってリオナにやってきた。男から預かったクスリをチェンバーズのビールに仕込み、従順にさせて連れ出すのは簡単だったらしい。
 あとはタクシーを町外れまで走らせ、男にチェンバーズを引き渡して、残りのカネを貰うとサヨウナラだ。

「その男はどんな奴だったか覚えてるか?」
「猫背で、帽子を被って顔も殆ど隠れて……す、すみませんっ!」

 結局はレンタルBEL会社も覚えていないという有様である。また旨い仕事にありつけないかと思い、ガーゴイルに今日も出勤したのだと白状した。
 町外れまでタクシーに分乗して案内させてみたが、森を少々切り開いて小型BELがやっとランディングできるだけのスペースを八人で眺めただけだった。

 押しても引いてもこれ以上は何も出ないと判断したシドは、チンピラ四人のIDとリモータIDコードを採取して、取り敢えずはガーゴイル前で釈放パイにする。

「くそう、もっと何か出ると思ったんだがな」
「でも初日にしてもうストライクだよ、さすがはイヴェントストライカ!」
「ハイファ、そいつを口にするな」
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