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第17話

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 エレベーターで屋上に上がると、丁度風よけドームが開いて軍用中型BELが降下してくるところだった。人員はまだジェロームとリュノーのバディが先着しているだけである。そこにロイとテレンスのインテリバディがやってきた。

 ランディングした中型BELからイリヤとスティーブが顔を覗かせ、皆に「乗れ」とハンドサインで指示を出す。
 ラストに駆け込んできたのはアドリアンとゲイリーのバディだった。

「よし、宙港までは新入り二人に任せる」

 勝手にアドリアンが言い、皆は側部スライドドアから後部座席に乗り込んでしまう。
 仕方なく民間機とは逆、軍用BELのパイロット席である右席にシド、左のコ・パイロット席にハイファが収まった。だがシドは何をするでもない、全てはハイファ任せである。

 役目を心得たハイファは軍でのBEL手動操縦資格・通称ウィングマークも持つという小器用さだが、特に指示もされなかったので座標を宙港に設定すると、あっさりオートパイロットをオンにした。反重力装置も起動済み、風よけドームも開いたままである。

 第二ホステージ・レスキュー部隊の十名を乗せて、BELは冬の蒼穹に舞い上がった。
 宙港まではBELで直行すれば約三十分、その間にスティーブがリモータ小電力バラージ発振で、皆に前払い経費とフェイダル星系についての基礎資料ファイルを配る。

「みんな、各星系政府法務局共通・武器携帯許可証はインプットしてあるだろうな?」

 などと確認もした。それぞれに喋り、ファイルを読んでいるうちに二十五分が経過し、宙港管制から干渉があってハイファは機のコントロールを渡す。ジャスト三十分で中型BELは宙港隅のBEL駐機場にランディングさせられた。

 降機すると宙港専用コイル二台に乗ってメインビルまで移動する。何せ宙港は広い。
 左側に宙港面を眺めながら七、八分掛けてコイルは宙港メインビルのロータリーに滑り込み停止し接地した。皆で降りてメインビル二階ロビーフロアへとオートスロープで上がる。まずは太陽系の出入り口である土星の衛星タイタンに向かわなければならない。

 それぞれバディごとに自販機に並び、シャトル便のチケットを買いシートをリザーブした。シャトル便は毎時二十分発である。現在時は十時四十五分、随分と時間があるので喫煙者組のイリヤにジェロームとゲイリーにシドは喫煙ルームに向かった。
 煙草を吸いながらシドは窓外をじっと見つめる。

 白いファイバブロックの宙港面には一見てんでバラバラに、様々な色や形に大きさの宙艦が停泊していた。それらが時折糸で吊られたように飛び立ち、また静かに降下してくる様子は、まるで透明な巨人のチェスを見るようで、なかなかに面白い光景である。

 そんなものを眺めていると、煙草を吸わないハイファが寄り添うように立っていた。

「FCからの追加情報は何もねぇのか?」
「うん。たぶん現地にはセンリーもいる筈だし、そのうち何かくれると思う」
「そうか、今は待つしかねぇな」

 シャトル便はこの二階ロビーフロアに直接エアロックを接続するので、移動を考えなくていい。喫煙組は十一時五分まで粘って煙草を消す。十人の男は長蛇の列の最後尾付近に並んだ。
 シートもリザーブしてあるので焦る必要はない。エアロック前でチェックパネルにリモータを翳してチケットの最終チェックをクリアし、エアロックをくぐる。

 客室のシートに収まると、キャビンアテンダントがワープ宿酔止めの白い錠剤を配り始め、受け取った皆は水の要らない小さなチュアブル錠を飲み込んだ。

「ハイファ、お前は何処にも怪我なんかしてねぇだろうな?」
「大丈夫。貴方こそ傷なんか作ってないよね?」
「ああ、タマに引っ掻かれたのもちゃんと塞がってる」

 二人は確認し合って頷く。
 遥か三千年前に反物質機関及び反重力装置の発明とそれを利用したワープ航法を会得したテラ人だったが、未だにワープの弊害を克服したとは言い難いのが現状だった。

 ワープ前にはこうして宿酔止めを服用するのが一般的な上、星系間ワープともなれば一日に三回までというのが常識とされている。勿論それを超えることも可能で、プロの宙艦乗りならこなすだろうが、そうでなければ無理をしたツケは躰で払うハメになるのだ。

 おまけに怪我の治療を怠ってのワープは厳禁、亜空間で血を攫われ、ワープアウトしてみたら真っ白な死体が乗っていたということにもなりかねないのである。

 まもなくアナウンスが入ってシャトル便はテラ本星の地を蹴った。

 勿論、完全G制御で揺れも殆どないが、窓外が空色一色になり、だんだん紺色となって夜をまとい始めるので実感できる。やがては黒くなり透明なまでの漆黒となって、シンチレーションなしで星々が美しく煌めき出すのを、シドは息を詰めるようにして見守った。 

 上下もない宇宙空間を覗き込むのは果てしなく落下してゆくようなもの、ある種の高所恐怖症の人間にとっては非常な恐ろしさだと云う。
 だが民間交易艦で生まれ六歳まで育ったシドにとって宇宙は揺りかごと同じ、瞬かぬ星は郷愁を感じさせる光景なのだ。これが見たいがために宙艦ではいつもシドは窓側に座るのである。

 静かに窓外に見入っていると五体が砂の如く四散するような、不思議な感覚に襲われた。ショートワープである。シャトル便はショートワープ一回を挟んだ四十分でタイタン第一宙港に着く。あと二十分の航程だ。

「シド、起きてるうちにフェイダル星系のお勉強をしておかない?」
「ああ、そういやまだ資料ファイルに手ぇ付けてなかったな。んで?」

 リモータアプリの十四インチホロスクリーンを立ち上げ、ハイファは基礎資料ファイルを映し出すと、自分が先に一瞥したのちシドに解説し始める。

「フェイダル星系は約十五世紀前に発見されて、第三惑星ラーリアと第五惑星スーメラをテラフォーミングし入植開始。一世紀後に星系政府がテラ連邦議会の植民地委員会から主権をもぎ取って今に至ってる。政治形態は立憲君主制で、星系政府代表は王だね」

「へえ、王政なのか。けど何処といって変じゃねぇな」
「そうだね。主要産業は第一にラーリアの高級木材に地下資源。あとはスーメラの植物原料の医薬品や化粧品の製造・輸出になってるよ。人口は圧倒的にラーリアに集中してる」

 ラーリアに大多数の人間が住んでいる理由は、第五惑星スーメラが全星に渡って非常に寒冷であるのと、自転周期が約二百六十五時間であることに起因していた。

「俺たちが行く第三惑星ラーリアは、そこまで一日は長くねぇんだろ?」
「うん。でも自転周期は二十八時間三十三分三秒。少しだけ長いね」
「まあ、それくらいは許容範囲内だな。で、ワープ何回だ?」
「タイタン第二宙港からワープ三回だよ。途中で泊まりにならなくて良かったね」

 他にはテラ連邦法の『高度文明圏の星系政府は、有人惑星一個につきテラ連邦軍基地を一ヶ所ないし駐屯地を三ヶ所以上置くこと』に則って、ラーリアとスーメラにそれぞれ基地が一ヶ所ずつ僻地にあるとか、星系首都はラーリアのルーシャだとかいうことを学習した。

 そこで一旦タイムアップ、シャトル便がタイタン第一宙港に接地する。
 ここでもメインビル二階にエアロックは接続され、客列に並んで十名は降艦した。そのまま他の客と一塊になって屋上直行エレベーターに乗り込む。

「第二宙港までは屋上から定期BELで十五分程度だよ」
「フェイダル星系便にスムーズに乗り継げればいいけどな」

 すぐに第二宙港行き定期BELは見つかり、十名は連なってチェックパネルにリモータを翳すと、定額料金を支払いBELに乗り込んだ。まもなくテイクオフし、ものの十五分足らずで第二宙港メインビル屋上にランディングする。

 エレベーターで二階ロビーに降りた十名は、中空に浮かんで流れるインフォメーションのホロティッカーを仰ぎ見た。シドがフェイダル星系第三惑星ラーリア便を発見する。

「十四時ジャストに星系首都ルーシャ宙港行きがあったぞ」
「あ、本当だ。十人分、早く押さえないとね」

 幸い十名分ものシートが連番でリザーブできたが、現在時はまだ十二時四十二分だった。
 タイタンもテラ標準時を採用しているが、自転周期は約十六日である。主星である土星の影に入ることもあるので一概には云えないが、通常なら夜が約八日、昼が約八日続く。昼でも太陽から遠いので薄暗いが、今は夜のフェイズでなお暗かった。

 電力は発電衛星から取り放題で要所にはライトがギラギラしているが、散歩してヒマを潰すには少々適さない土地柄なのである。宙港関係者の暮らす街まで出ている場合でもない。

「さて、通関までの約五十分、中途半端な時間をどうするかだ」

 スティーブが言った途端にシドの腹が豪快な音を発した。ハイファが赤くなる。

「『ちゃんと食べさせてます』ってプラカードでも持って歩こうかな」
「とっくに昼は過ぎてんだ、腹が減るのは健康な証拠だろ」

 笑いながらイリヤとスティーブが相談し、一旦解散してそれぞれ食事を摂ることにした。

「何処で食っても構わないが、十四時の宙艦に乗り遅れてくれるなよ」
「ラジャー」

 皆がラフな敬礼をしてバディごとに散る。シドとハイファも宙港内の店を物色した。

「いつものシルバーベルにする?」

 テラ連邦でも有名処のカフェテリアチェーン・シルバーベルは、この二階ロビーフロアにも店を構えている。だが本格的に腹の減ったシドはファミリーレストランを選んだ。
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