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第24話

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 ハイファの操作、数回のエンジン噴射によって艦は加速され続けている。敵艦もHUD上、こちらに向かってきているようだ。ミサイル同士でご挨拶、あとは直接ビームで殴り合いといったところか。すれ違う寸前がヤマだ。

 キャノピに映った輝点に向けて照準を合わせ、シドはビームを数度放つ。ここらは殆どゲーム感覚だ。と、思っていたら横からハイファが水を差す。

「アーマメントコントロールパネルも見て、ビームエネルギ残量が少ないよ」
「拙いな。やっぱりミサイルはミサイルで、か」
「あんまり近くなってからは止めてよね、加速度ついてるから破片だって脅威だよ」

「ラジャー……と言いたいが、これも残りが三発だ。確実に当てねぇとな」
「ビームはなるべく艦機動で避けるから。来たっ!」

 秒速三十万キロの死の光を躱すには、張り詰めた神経による勘を頼りにするしかない。
 眩いビームは艦体を掠めるようにして後方に流れていった。

「計算上、向こうのミサイルは一基以下。ビームエネルギ残量は五分かも」
「どうする、尻に帆かけて逃げるか? 背後はったんだ、それもアリだろ」

「そうしたいのもやまやまだけど、それだとジュースが足りなくなるよ。テラ本星まで保たせなきゃならないんだし、質量弾を撃つたびに反動で相対加速度も落ちてるし。他のライバル艦に見つけられる可能性も高くなると思う」
「そうか、仕方ねぇな。っと、ミサイルきやがった!」

 大宇宙でのミサイル二基の衝突爆発は音もなく、脅威に反して閃光は小さく見えた。

「これで敵はミサイルなしのビームのみ、か」
「もう一度リモータ誘導する。ケリつけちゃおうよ」

 そう言ってハイファはHUD上のサーチレンジを狭くする。
 前方、約二千五百キロメートルの位置に敵艦を現す輝点、こちらの速度は秒速百二十キロ、敵もほぼ同じ。約十秒ですれ違う。その前にシド、ミサイルレリーズを押している。
  
 ハイファの別室カスタムメイドリモータが弾道計算し、誘導プログラムが起動。宙艦の腹にコバンザメのように抱いていたミサイルがランチャーを離れ、エンジンブースタに点火。敵艦へとまっしぐらに飛翔を始めた。

 相手はビームを二度放つと急加速、急旋回機動を取る。だが既にロックオンしたミサイルは優美ともいえる曲線で以て敵艦を捉えて爆散。
 同時にシドがビームを対消滅させると、敵艦の破片を避けるためにハイファは艦の針路を僅かに変える。宙艦はようやく安定を取り戻した。

「さて、それじゃあ本格的に本星に帰る準備を――」
「待て、ハイファ。前方に小惑星だ」
「うーん、さっさと別室戦術コンにコントロールを預けたいのに」

 緩いカーブを描いて小惑星をやりすごす。だがHUDを睨んでいたハイファが叫んだ。

「ミサイル、五時からっ!」
「機動で頼むっ!」

 小惑星に張り付くようにして隠れていたライバル艦は、どうやら漁夫の利を狙っていたようだった。後方、かなりな近接からの攻撃にミサイルの誘導は間に合わない。
 超初心者のアクロバティックな操艦に、やってきたミサイルが目視できるほどの距離から彼方に飛んでゆく。第一波目を避け得た攻撃、そのまま戻ってくるミサイルに今度こそシドがビームを見舞い、潰した。

 敵艦が小惑星から離れるのをHUD表示で知り、最後のミサイルにリモータ誘導を与えて放つ。だが数秒後には何もない空間で閃光。撃ち落とされたのを二人は黙って見守る。

 それでも後続のミサイル、予測したものが来ない。こちらと同様に撃ち尽くしたのか。双方の間でビームだけが交わされる。艦体を揺らして光を弾く。そのうちに敵艦のペイントさえもがうっすら判別できるまでに近づいている。

 口を引き結んで操艦しているハイファの集中力も限界に近いことがシドには見て取れた。アーマメントコントロールパネルに目をやるとビームのエネルギ残量も殆ど底をついていた。最後であろう一発を放つ。……弾かれた。敵はまだビームを射ってくる。
 座席のベルトをシドは外して立ち上がった。

「三分、いや、二分耐えろ」
「何するのサ?」
「撃ち落としてくる」

「なっ、そんな無茶だよっ!」
「いいから黙ってビーム、避けてろ!」

 あとは聞かず、シドは後部の居住ポッドへと向かう。エアロックに駆け込むと扉を閉めた。レールガンを外すと、掛けてあった船外作業服を着込む。
 これを最後に着たのは六歳のとき、民間交易艦の事故で家族全員を失ったとき以来だ。それでも躰は覚えていたのか、動きは滑らかだった。

 だが思いを馳せている場合ではない。

 ヘルメットを装着するとパネル操作、エアロックの空気を抜いて気密を確かめる。コンディション、グリーン。ためらいなく内側に開く扉を開けた。
 出るとすぐ居住ポッドの梯子部分に腰から伸びたワイアの端に付いているカラビナを引っ掛ける。そうして立ち上がると、底なしの黒い宇宙に途轍もない恐怖を感じて心臓が躍り上がった。酸素は充分なのに溺れそうだ。

 だが時間がない、ハイファの操る艦はビームに晒され続けている。

 上も下もない宇宙であり、艦だ。船外作業服と一体型の靴を、居住ポッドの所々に設けてある突起に引っ掛けながら、敵艦が見える位置まで移動した。
 自分も艦と同様の慣性運動量を持っているので、もの凄いスピードで航行しているという感覚はない。比較対象物がないので余計にそんな気がする。

 それでもハイファが必死で操縦する艦の揺れは酷かった。弾き飛ばされないよう慎重に歩を進め、居住ポッドと艦体の境目辺りで腹這いになる。
 ここから見ても、もう艦同士で本気の殴り合いだ。決着をつけるべくシドは巨大レールガンを両手で保持すると、マックスパワー・連射モードをセレクトし、敵艦キャノピに向けてトリガを引いた。

 ライフルに近い威力のあるフレシェット弾の行方は確認できなかった。予想はしていたが、宇宙空間では当然ながらシドの躰は発砲の勢いで後方に吹っ飛ばされたからだ。同時に艦はそのエネルギーを得て僅かにロールし始めた。何にもぶつからないのは幸運だったが、受け止めるモノが何ひとつない空間に、シドは腹の底から恐怖を味わう。

 一瞬後にはワイアがビーンと張った。これが切れたら、などと想像する間もなく、ワイアは自動で巻かれ始めている。自身もレールガンを持っていない方の手で手繰り寄せてエアロックまで辿り着いた。船外作業服を脱ぎ捨てる。

 内扉を開けて急減圧時の白いもやが消えるとそこにはハイファが立っていた。

「やったか?」
「……うん」
「んな、泣きそうな顔、すんなよ」
「……」
「ほら、操艦、放っとくと木星にダイヴしちまうぜ?」

 肩口に明るい金髪の頭を押しつけてきたハイファの薄い肩をシドはあやすように叩く。

「これ以上襲われたら、白旗しかねぇな」
「IFF、敵味方識別信号はもう流してるよ」
「なら、最初からそうする――」
「――ヒマなんてなかったでしょ」

 それもそうだった。じゃがいもからこちら、ハエタタキのハエだったのだ。
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