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第38話・結構痛いサバゲー開幕

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「今回の夜間訓練は、ひとことで言えばA分隊とB分隊の対抗フラグ戦だ――」

 コーディーの説明を聞いてシドはうんざりした。フラグ戦、つまり旗取り合戦である。一本の旗をB分隊と取り合う訳で、またもハイファと離ればなれということだ。
 おまけに皆に配られたのはコンバージョンパーツを搭載したサディM18、それにシミュニッション弾が満タンの二十発である。

 シミュニッション弾とはいえ有効射程が三百メートルのサディでまともに撃たれれば痛いでは済まない。そのために元から搭載されているIFF、いわゆる敵味方識別機に手を加え、味方だけでなく敵に対しても十メートル以内の超至近距離ではトリガが引けないよう設定されていた。

「だからってユーリー、お前相手にこいつは涙が出るぜ」

 少々人の悪い微笑みを浮かべるハイファに、シドは溜息の連発を抑えられない。現役軍人でかつてスナイパーだったハイファというプロに殲滅されるのは目に見えていた。馬鹿馬鹿しくも特殊インクで汚されに行くようなものだ。

「それぞれ目標まで一キロの位置に移動する。A、Bに分かれてコイルに乗れ!」

 コーディーの声で皆がのそのそと動き出す。チンピラたち六名に続いて教官三名の乗った軍用コイルの荷台に、シドも仕方なく乗り込むとベースキャンプを出発した。ハイファたちの乗ったもう一台は逆方向へと発進し、すぐに見えなくなる。

 鬱蒼とした森の中の道を右に左にカーブしつつ軍用コイルは滑るように進んでゆく。外灯などないが、どうせ座標指定で走っているのだ、不安はない。ただ、時折夜行性の鳥の鳴き声が響いたりして、チンピラたちはどうにも落ち着かない様子である。

 十五分も低速で走るとコイルは砂浜に出た。やや荒く打ち寄せる波が月のシルカの輝きを拾って大層綺麗だった。更に十分ほどでコイルは停止し接地する。

 本格的なジャングル戦をさせる必要はなく、単なる夜間戦闘の体験である。全員で砂浜を歩き、最後に数百メートルだけ森に入って会敵、勝った方が旗を取るというお手軽な訓練だ。ハイファたちは反対側の砂浜からのアタックである。
 リモータに流されたマップ上では砂浜沿いに北上した、このローダ島と公爵の住むシリン島とを繋ぐ狭隘部辺りに旗は立てられているらしい。

 現在時二十一時五十分、二十二時に状況開始だ。それまでシドたち喫煙者は煙の充填に余念がない。そうしながら夜空を仰ぐと、星が半分消えていた。雲が出てきたようだ。

「雨は勘弁して欲しいよな」
「そうですね。でもこれは降るかも知れませんよ」

 仮のバディとして付けられたセブも空を見上げる。海からの風が強くなっていた。
 潮風に黒髪を乱しながら煙草を吸い殻パックに収め、シドは大欠伸をして同行してきたコーディーを振り返る。リモータを眺めていたコーディーが大声で言った。

「撃たれた奴はその場で待機。迷子は必ず拾ってやるから、全員GPSトレーサーをブートしておけよ。では、状況開始!」

 状況開始といっても本物の戦場でもなく、何処にも緊張感はない。チンピラたちがダルそうに歩き出すのを教官三名プラス、シドが追い立てるようにして進む。
 足許はざくざくとした白い砂利、それを僅かに残る月明かりが照らし出して見通しも悪くはない。それに皆がヘッドセット型のノクトビジョンを装備していて、スイッチを入れれば片目だけは昼間並みの視界が得られるようになっている。

 だがそうして歩いているうちに風がどんどん強くなり、唸りを上げ始めた。波の飛沫が吹き付けてきて、シドは何度もノクトビジョンを対衝撃ジャケットの袖で拭う。気付けばもうふたつの月は何処にも見当たらない。あっという間に荒れ模様となっていた。
 こうなれば森の中の方がマシだと思ったのかチンピラたちが歩調を上げる。出発して二、三百メートルの地点にあった低い堤防のスロープを足早に昇った。
 するともうそこは森の入り口だった。

「で、どうするって?」
「ここからはバディごとに散開して……えっ?」

 喋りかけたセブの迷彩服の胸には黄緑色の蛍光塗料が広がっていた。咄嗟にシドは下草に身を投げ出す。警告を発するヒマもなく、次々に教官二人がペイントを頭から浴びていた。

「伏せろ、皆、伏せろ!」

 叫んだものの、もう遅い。突っ立っていたチンピラたちもシミュニッション弾の餌食だ。

「んで、セブ。どうするって?」

 伏せたままシドは再び同じ科白を発した。傍で茫洋と立つセブは首を捻る。

「こんなことは初めてで……私も判定KILLですから」

 死人に指示はできない。つまり全てはシドに丸投げされたということだった。
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