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第38話
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シャトル便に乗り込みシートに座って錠剤を飲むと、通路を挟んだ隣では堂々と白衣を着たまま、ボサボサ茶髪の医師が箱を大事そうに抱えていた。
「何にも音がしないのはいいよね」
「生活の邪魔もしそうにねぇよな」
「趣味と実益を兼ねたペットだぞ」
それはペットではなく養殖の間違いだろうと思ったが、妙なところで胸を張るマルチェロ医師に二人はもう溜息をつくしかない。
アナウンスが入ってシャトル便が出航し、窓外の星々がシンチレーションを止めてくっきりと輝き出すまで眺めてからシドがハイファに静かに訊いた。
「ところでライナスたちはどうなるんだ?」
「さあ……ただ、アンドロイドが『脳』の操り人形だったとしても、彼らは確かに数百数千年も生きて、食べて、笑って、愛して、泣いて、眠ったんだって思いたいな」
「そうか、そうだよな。で、『脳』の方はどうなんだ?」
「そっちはあくまで人間だからね。掘り起こすと思うよ」
「掘り起こしてどうすんだよ?」
「それも特別扱いはできないよ。アヌビスの成分を使った特殊な培養保存液から出されるだろうね。普通の再生液の中で老化して生涯を閉じるんじゃないかな」
「……」
黙り込んでしまったシドに、ハイファは若草色の瞳を伏せた。
「ごめんね」
「何でお前が謝るんだ? それにしても別室長ユアン=ガードナーの野郎は今回も上手く嵌めてくれやがって。命令の範囲が広すぎだっつーの」
ポーカーフェイスに不機嫌を浮かべて毒づくバディをハイファはじっと見つめる。
「室長は薬じゃないNPのことも知ってた?」
「に、決まってんだろ。考えてみりゃ天下の別室がTGナンバの惑星上で起こってる揉め事のネタを掴んでない訳ねぇだろうが」
「それだけ?」
「アヌビスだってそうだろ。異星系に流す訳に行かねぇ利用価値の高いブツ、利用法も悪用法もとっくに何処かがレポート上げてる筈だぜ? そいつを読んだ上で人の関心を上手く利用してくれた挙げ句に俺たちをNPとぶち当てやがったんだ。事態の収拾を一気につけさせるためにな。くそう、俺をまた棒に当たる犬扱いしやがって!」
「そうなんだ、へえ」
と、憤慨するシドに対して一転、ハイファはにこにこと笑った。
「いきなり何だ、気持ち悪いぞ」
「一生涯のバディの笑顔を捕まえて気持ち悪いはないでしょ」
「じゃあ何なんだよ?」
「ううん。色んなことをね、シドがちゃんと分かってるんだなあって」
「ふん。これでも刑事だ、本業やるヒマなくてもな」
ふと見ると通路を挟んだシートでマルチェロ医師が居眠りをしていた。そして膝に載せた紙箱の隙間から葉っぱがはみだしているのに二人は気付く。
「おい、あれ。イモムシもカタツムリもヤバいぞ。お前、戻せよ」
「何で僕が? 嫌だよ、貴方やってよ」
「お前の方が近いだろ。押し込むだけだ、やれって」
「ええーっ! やだよう……」
恐る恐る手を伸ばしハイファが紙箱のフタに触れたとき、はみだしていた葉っぱがふわりと宙に舞い上がった。ひらひらと飛ぶそれは羽がエメラルドグリーンで美しさと驚きに他の客もざわめきだす。
「ハイファ……俺、カタツムリの成虫って初めて見た」
「それは天然ですか? あーあ、食べ頃のマーシャが飛んでっちゃったよ」
呆れてチョウチョを眺めながら、あのエメラルドグリーンはあの星のグリーンだ、超高層ビルとファイバの地ではない、彼らの惑星のグリーンだと二人は思った。
「何にも音がしないのはいいよね」
「生活の邪魔もしそうにねぇよな」
「趣味と実益を兼ねたペットだぞ」
それはペットではなく養殖の間違いだろうと思ったが、妙なところで胸を張るマルチェロ医師に二人はもう溜息をつくしかない。
アナウンスが入ってシャトル便が出航し、窓外の星々がシンチレーションを止めてくっきりと輝き出すまで眺めてからシドがハイファに静かに訊いた。
「ところでライナスたちはどうなるんだ?」
「さあ……ただ、アンドロイドが『脳』の操り人形だったとしても、彼らは確かに数百数千年も生きて、食べて、笑って、愛して、泣いて、眠ったんだって思いたいな」
「そうか、そうだよな。で、『脳』の方はどうなんだ?」
「そっちはあくまで人間だからね。掘り起こすと思うよ」
「掘り起こしてどうすんだよ?」
「それも特別扱いはできないよ。アヌビスの成分を使った特殊な培養保存液から出されるだろうね。普通の再生液の中で老化して生涯を閉じるんじゃないかな」
「……」
黙り込んでしまったシドに、ハイファは若草色の瞳を伏せた。
「ごめんね」
「何でお前が謝るんだ? それにしても別室長ユアン=ガードナーの野郎は今回も上手く嵌めてくれやがって。命令の範囲が広すぎだっつーの」
ポーカーフェイスに不機嫌を浮かべて毒づくバディをハイファはじっと見つめる。
「室長は薬じゃないNPのことも知ってた?」
「に、決まってんだろ。考えてみりゃ天下の別室がTGナンバの惑星上で起こってる揉め事のネタを掴んでない訳ねぇだろうが」
「それだけ?」
「アヌビスだってそうだろ。異星系に流す訳に行かねぇ利用価値の高いブツ、利用法も悪用法もとっくに何処かがレポート上げてる筈だぜ? そいつを読んだ上で人の関心を上手く利用してくれた挙げ句に俺たちをNPとぶち当てやがったんだ。事態の収拾を一気につけさせるためにな。くそう、俺をまた棒に当たる犬扱いしやがって!」
「そうなんだ、へえ」
と、憤慨するシドに対して一転、ハイファはにこにこと笑った。
「いきなり何だ、気持ち悪いぞ」
「一生涯のバディの笑顔を捕まえて気持ち悪いはないでしょ」
「じゃあ何なんだよ?」
「ううん。色んなことをね、シドがちゃんと分かってるんだなあって」
「ふん。これでも刑事だ、本業やるヒマなくてもな」
ふと見ると通路を挟んだシートでマルチェロ医師が居眠りをしていた。そして膝に載せた紙箱の隙間から葉っぱがはみだしているのに二人は気付く。
「おい、あれ。イモムシもカタツムリもヤバいぞ。お前、戻せよ」
「何で僕が? 嫌だよ、貴方やってよ」
「お前の方が近いだろ。押し込むだけだ、やれって」
「ええーっ! やだよう……」
恐る恐る手を伸ばしハイファが紙箱のフタに触れたとき、はみだしていた葉っぱがふわりと宙に舞い上がった。ひらひらと飛ぶそれは羽がエメラルドグリーンで美しさと驚きに他の客もざわめきだす。
「ハイファ……俺、カタツムリの成虫って初めて見た」
「それは天然ですか? あーあ、食べ頃のマーシャが飛んでっちゃったよ」
呆れてチョウチョを眺めながら、あのエメラルドグリーンはあの星のグリーンだ、超高層ビルとファイバの地ではない、彼らの惑星のグリーンだと二人は思った。
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