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第37話
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「本っ当に、こいつに乗ってティアⅡに戻っても大丈夫なんだろうな、え?」
胡散臭げにマルチェロ医師はハイファを斜に睨んでいた。
その堂に入った揺さぶりにも動じずハイファは笑う。
「大丈夫だってば。別室を通じてテラ連邦議会から『別室員三名を無事に本星へ帰すこと』って勅令が下ってるんだから」
「気に食わねぇな。誰が『別室員三名』だってか?」
こちらはシド、やさぐれ中だ。また自分までもが『シド=ワカミヤ二等陸尉』にさせられたことが気に食わないのである。
ここは神殿の階段下、ティアⅡからきた小型連絡艇が既にスタンバイしていた。
「今更なことでゴネないでよ、ワカミヤ二尉。貴方より先生の方が悲惨なんだから」
「そうだよな。『あいつよりはまだマシだ』っつーのは生きる原動力だよな」
「シド、お前さん今、何か言ったか?」
「何にも言ってねぇよ、マルチェロ先生、いや、別室専属医務官(仮)だっけか」
「何でこんなに腹が立つのか俺にも分からんのですがね」
「別室絡みで腹の立たなかった過去はねぇよ、そいつは正常な反応だ」
「いいから二人とも、減らず口はあとからにしてよね」
ツアーガイドがキレる前にシドとマルチェロ医師は小型連絡艇に歩み寄った。乗り込もうとして振り向くと集まった人々の輪からライナスとアリサにルディが進み出てくる。代表してアリサが小さな白い紙袋をシドとマルチェロ医師に手渡した。
「約束の薬。抗生物質と解熱剤のロットがさっき上がったから」
「そうか、サンキュ」
「こりゃどうも」
今から高度文明圏へと還る者には不要な薬だったが、ここで断るほど男二人は非人情ではない。有難く押し頂いて対衝撃ジャケットと白衣のポケットに仕舞われた。
「そろそろ本気で出るよ。置き去りが嫌なら早く乗って」
街中の人々が集まって注視する中、マルチェロ医師は負傷していない方の手をヒラヒラと振り、シドとハイファはラフな敬礼をして小型連絡艇に乗り込んだ。
テイクオフしてなお三者三様に騒ぐ客に事情をよく知らないままに命令されたパイロットとコ・パイロットは後部シートを気にしながらも最速で小型連絡艇を飛ばし、無事にティアⅡの格納庫付属のエアロックにランディングさせた。
ティアⅡに降り立ったマルチェロ医師はシドとハイファをお供に一旦病院へと顔見せだ。診察室の隣にある自室に引っ込んだマルチェロ医師を待ちながら、二人は仲良くベッドに座って足をぶらぶらさせつつ非常糧食品のコーヒーを味わう。
煙草を出してハイファに睨まれ仕方なく仕舞いながらシドは話をすり替えた。
「今回、別室の対応が異様に早くねぇか?」
「ダイレクトワープ通信から数時間で三人分の迎えを寄越す段取りだもんね」
「やっぱりアレか。アンドロイドがメディアに流れちゃ拙いんだろうな」
「NP狩りなんてのも拙すぎだしね……わあ、何だろ?」
マルチェロ医師が引っ込んだ部屋から、ものが落下する音が響いてきたのだ。
「いきなりだからな。私物の整理も楽じゃねぇだろ」
「僕らのせいで悪いことしちゃったかもね」
「時間の問題だったような気もするけどな」
「ってゆうか、辞める方より別室専属医務官(仮)の方のこと」
「勝手に就職先まで決められたんだ、確かに腹も立つだろうな。でもテラ連邦が『知りすぎた男』を野放しにはできねぇってことなんだろ?」
「まあね。でも別室医務官っていうのは建前だから。少しは我慢して貰わなくちゃ」
既にエアロックにはタイタン行きの宙艦までスタンバっているのだ。これを蹴飛ばされるとマルチェロ医師の身の安全が保障できないことも全て打ち明け告げてある。
「おーい、こっち開けてくれ!」
声がしてドアを開けるとマルチェロ医師は小ぶりのショルダーバッグを担ぎ、何やら大事そうに箱をふたつ抱えていた。服はヨレた白衣のままである。
「それで本星行きなんて、やっぱりサディストの凶状持ちは勇気あるなあ」
「五月蠅いぞ、ハイファス」
まだ機嫌が悪いらしくマルチェロ医師は唸る。シドが紙コップを捨てて手を出した。
「どれ、ひとつくらいは持ってやる。腕がまだ痛むんだろ?」
「マゾじゃねぇからな、さっき痛覚ブロックテープを巻いてきた」
「何だ、じゃあ返す」
二段の箱の片方を手にしていたシドは、あっさり一個を返却した。しかしその箱の軽さと妙な『カサカサ感』が気になって厚紙の箱のフタをそっと開けて覗く。
「げっ、何だこれ、マジかよっ!」
箱の中では毟った葉物野菜にフカフカのイモムシが十数匹も取り付いていたのだ。ハイファが意を決して下の段を点検すると、予想をたがわず青々とした葉っぱには、カタツムリがねぱーっと複数張り付いていた。
「わあ、タイタンの通関と検疫で止められる方に一万クレジット」
「この『マーシャ』がそろそろ食べ頃でな、次がこの『アリサ』で――」
「口から出任せ言ってんじゃねぇって。いいから諦めつくまで自分で持ってろよな」
「シャトル便のシートのリザーブは離れた所にお願いします」
エアロックに移動し宙艦に乗り込む。三人は白い錠剤を飲み下し四十分ごとの二回のワープをこなして二時間後にはタイタン第一宙港に降り立っていた。
そして難関の通関と検疫である。
ここがマルチェロ医師の勝負所だったが、最近は変わったモノをペットにする者が増えているらしく規定の検疫を済ませた上でまさかの釈放になってしまったのだ。
「ハイファス、一万だ。忘れちゃいねぇだろうな?」
「そんな借金取りの三下マフィアみたいに凄まなくても、ちゃんと払うってば」
「今はいい、ツケにしといてやる」
「困窮してから利息も入れてってのはナシだからね」
時間を見ればテラ標準時十時だった。十時二十分にシャトル便が出る。
シャトル便はこの宙港メインビル二階ロビーフロアに直接エアロックを接続するので多少の余裕はあるが基本、十五分前に並んでチェックパネルをクリアせねばならない。
ハイファは急いで依存患者を喫煙ルームに押し込み、自分は自販機に並んで三人分のチケットを買い求めた。
煙を充填した二人のリモータにチケットを流し込みチェックパネルをクリアする。
ここからショートワープを挟んだ四十分で、やっとテラ本星だ。
胡散臭げにマルチェロ医師はハイファを斜に睨んでいた。
その堂に入った揺さぶりにも動じずハイファは笑う。
「大丈夫だってば。別室を通じてテラ連邦議会から『別室員三名を無事に本星へ帰すこと』って勅令が下ってるんだから」
「気に食わねぇな。誰が『別室員三名』だってか?」
こちらはシド、やさぐれ中だ。また自分までもが『シド=ワカミヤ二等陸尉』にさせられたことが気に食わないのである。
ここは神殿の階段下、ティアⅡからきた小型連絡艇が既にスタンバイしていた。
「今更なことでゴネないでよ、ワカミヤ二尉。貴方より先生の方が悲惨なんだから」
「そうだよな。『あいつよりはまだマシだ』っつーのは生きる原動力だよな」
「シド、お前さん今、何か言ったか?」
「何にも言ってねぇよ、マルチェロ先生、いや、別室専属医務官(仮)だっけか」
「何でこんなに腹が立つのか俺にも分からんのですがね」
「別室絡みで腹の立たなかった過去はねぇよ、そいつは正常な反応だ」
「いいから二人とも、減らず口はあとからにしてよね」
ツアーガイドがキレる前にシドとマルチェロ医師は小型連絡艇に歩み寄った。乗り込もうとして振り向くと集まった人々の輪からライナスとアリサにルディが進み出てくる。代表してアリサが小さな白い紙袋をシドとマルチェロ医師に手渡した。
「約束の薬。抗生物質と解熱剤のロットがさっき上がったから」
「そうか、サンキュ」
「こりゃどうも」
今から高度文明圏へと還る者には不要な薬だったが、ここで断るほど男二人は非人情ではない。有難く押し頂いて対衝撃ジャケットと白衣のポケットに仕舞われた。
「そろそろ本気で出るよ。置き去りが嫌なら早く乗って」
街中の人々が集まって注視する中、マルチェロ医師は負傷していない方の手をヒラヒラと振り、シドとハイファはラフな敬礼をして小型連絡艇に乗り込んだ。
テイクオフしてなお三者三様に騒ぐ客に事情をよく知らないままに命令されたパイロットとコ・パイロットは後部シートを気にしながらも最速で小型連絡艇を飛ばし、無事にティアⅡの格納庫付属のエアロックにランディングさせた。
ティアⅡに降り立ったマルチェロ医師はシドとハイファをお供に一旦病院へと顔見せだ。診察室の隣にある自室に引っ込んだマルチェロ医師を待ちながら、二人は仲良くベッドに座って足をぶらぶらさせつつ非常糧食品のコーヒーを味わう。
煙草を出してハイファに睨まれ仕方なく仕舞いながらシドは話をすり替えた。
「今回、別室の対応が異様に早くねぇか?」
「ダイレクトワープ通信から数時間で三人分の迎えを寄越す段取りだもんね」
「やっぱりアレか。アンドロイドがメディアに流れちゃ拙いんだろうな」
「NP狩りなんてのも拙すぎだしね……わあ、何だろ?」
マルチェロ医師が引っ込んだ部屋から、ものが落下する音が響いてきたのだ。
「いきなりだからな。私物の整理も楽じゃねぇだろ」
「僕らのせいで悪いことしちゃったかもね」
「時間の問題だったような気もするけどな」
「ってゆうか、辞める方より別室専属医務官(仮)の方のこと」
「勝手に就職先まで決められたんだ、確かに腹も立つだろうな。でもテラ連邦が『知りすぎた男』を野放しにはできねぇってことなんだろ?」
「まあね。でも別室医務官っていうのは建前だから。少しは我慢して貰わなくちゃ」
既にエアロックにはタイタン行きの宙艦までスタンバっているのだ。これを蹴飛ばされるとマルチェロ医師の身の安全が保障できないことも全て打ち明け告げてある。
「おーい、こっち開けてくれ!」
声がしてドアを開けるとマルチェロ医師は小ぶりのショルダーバッグを担ぎ、何やら大事そうに箱をふたつ抱えていた。服はヨレた白衣のままである。
「それで本星行きなんて、やっぱりサディストの凶状持ちは勇気あるなあ」
「五月蠅いぞ、ハイファス」
まだ機嫌が悪いらしくマルチェロ医師は唸る。シドが紙コップを捨てて手を出した。
「どれ、ひとつくらいは持ってやる。腕がまだ痛むんだろ?」
「マゾじゃねぇからな、さっき痛覚ブロックテープを巻いてきた」
「何だ、じゃあ返す」
二段の箱の片方を手にしていたシドは、あっさり一個を返却した。しかしその箱の軽さと妙な『カサカサ感』が気になって厚紙の箱のフタをそっと開けて覗く。
「げっ、何だこれ、マジかよっ!」
箱の中では毟った葉物野菜にフカフカのイモムシが十数匹も取り付いていたのだ。ハイファが意を決して下の段を点検すると、予想をたがわず青々とした葉っぱには、カタツムリがねぱーっと複数張り付いていた。
「わあ、タイタンの通関と検疫で止められる方に一万クレジット」
「この『マーシャ』がそろそろ食べ頃でな、次がこの『アリサ』で――」
「口から出任せ言ってんじゃねぇって。いいから諦めつくまで自分で持ってろよな」
「シャトル便のシートのリザーブは離れた所にお願いします」
エアロックに移動し宙艦に乗り込む。三人は白い錠剤を飲み下し四十分ごとの二回のワープをこなして二時間後にはタイタン第一宙港に降り立っていた。
そして難関の通関と検疫である。
ここがマルチェロ医師の勝負所だったが、最近は変わったモノをペットにする者が増えているらしく規定の検疫を済ませた上でまさかの釈放になってしまったのだ。
「ハイファス、一万だ。忘れちゃいねぇだろうな?」
「そんな借金取りの三下マフィアみたいに凄まなくても、ちゃんと払うってば」
「今はいい、ツケにしといてやる」
「困窮してから利息も入れてってのはナシだからね」
時間を見ればテラ標準時十時だった。十時二十分にシャトル便が出る。
シャトル便はこの宙港メインビル二階ロビーフロアに直接エアロックを接続するので多少の余裕はあるが基本、十五分前に並んでチェックパネルをクリアせねばならない。
ハイファは急いで依存患者を喫煙ルームに押し込み、自分は自販機に並んで三人分のチケットを買い求めた。
煙を充填した二人のリモータにチケットを流し込みチェックパネルをクリアする。
ここからショートワープを挟んだ四十分で、やっとテラ本星だ。
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