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第33話
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宙艦の外殻上部が見通せる地点まで戻ると、攻撃BELは二機揃って舞っていた。
散発的に破砕弾を落としては威嚇的にクロスアタックのような動作をエアロック上空で見せている。それはまるで勝利のダンスでも踊っているかのようだった。
シドとハイファの他、ライナスを含めて十二名がそれを眺める。
「どっちが奴か分かんねぇな」
「どっちも墜とすつもりなんでしょ?」
「まさか本当にそのレールガンで墜とすのか?」
ライナスは半信半疑といった表情だ。当然である。
攻撃BELの装甲は戦車並みに分厚い。おまけにその用途・性質上、機体のコクピット幅が九十センチ程度しかなく、前席の射手と後席のパイロットを護る風防は全面防弾仕様である。
それをレールガン一丁で撃ち墜とすというのだ、正気を疑いたくもなるだろう。
「不可侵条約を破ってまでの報復とは、あーたも愛されちゃったみたいだね」
「ったく、あのスティールの野郎がここまでネチこいとは思わなかったぜ」
「でも本気でやっちゃったら、いよいよティアⅡには帰れないよ?」
「ふん、宙艦一隻くらいハイジャックしてでも本星に帰るさ」
暢気とも取れる口調の二人を呆然と見ていたNPたちにシドが指示を出す。ライナス以下NPたちが攻撃BELに対し銃口を向けた。ハイファもテミスコピーを上空へと構える。元よりハイファの腕を以てしても有効射程は七、八十メートル程度、単なる花火だ。
チラリとライナスをハイファは窺う。再び宇宙に漕ぎ出す方法を模索していた彼らは、蹂躙される宙艦をどのような思いで見ているのか、銃身の短い小銃を構えた横顔からは何も読み取れなかった。
「パターンが変わった、高度を取るぞ!」
鋭いシドの囁きを合図にハイファだけでなくライナス以下十二名が応じる。
街灯の途切れた場所での十三丁分のマズルフラッシュはかなり派手だった。仰角発射とはいえ小銃から放たれた弾は二百メートルも離れていない攻撃BELに当たったものもあるだろう。とにかく攻撃BELの乗員の目を惹くには充分な花火だった。
無視することができず二機の攻撃BELがこちらにノーズを向け、威嚇のつもりか突っ込んできた。シドがレールガンを持ち上げる。一機のフラットな前面風防にフレシェット弾をマックスパワー、連射モードで叩き込んだ。
コクピット内に血飛沫が散るのも確認せず、シドは体当たりでもしそうな勢いで急降下してくるもう一機にレールガンを向ける。黒い目と風防越しに前席ガナーの薄い灰青色の目が合ったような気さえしたとき、シドは強烈な反動を抑え込んでトリガを引き続けていた。
チェーンガンの弾頭をも防ぎ得る風防だが、針状通電弾体の微細な針先に有効射程五百メートルのパワーが集束された場合の想定はしていない。それをシドの腕で一点集中連射、二機のガナーとパイロットは訳も分からぬうちにコンソールパネルに大量の血をぶちまけていた。
いや、ガナーの一人は悔しさを抱いていたかも知れない。
二機の攻撃BELは制御されずにぐらりと傾いだまま、街よりもずっと下方にふらふらと飛んでゆき、黒くシルエットとなった森に突っ込んで消えた。
見送ってハイファがテミスコピーを振る。
「うーん、思わず久々にエマ掛かっちゃったよ」
「薬室に一発は残せって。エマージェンシーリロードなんか危なすぎるだろ、タクティカル・リロードが基本だ。絶対一発以上は残せよな」
チャンバに一発も残さず撃ち尽くすとマガジンチェンジした際に、オープンしているスライドを戻してチャンバに初弾を送り込むという一動作が必要となってしまうのだ。それを嫌ってプロはチャンバを空にしない。
「そうだね、ごめん」
「ほら、今のうちにリロードしとけよ」
またも暢気な口調の二人をライナス以下十二名は「アー」と口を開け眺めていた。
「そういえば医務室は大丈夫なのかな?」
「破砕弾でやられてなきゃいいが」
「まあ、マルチェロ先生はゴキブリが滅んでも生きてそうだけどね」
ゴホンとわざとらしい咳払いしたライナスが二人を交互に見て申し出る。
「構造図が必要ならばのちほど渡そう。医務室に行きたいのならオーターで送るが」
「あ、忙しくなければお願いしようかな」
「皆を哨戒に割り振るまで待ってくれ」
手早く人員を周囲警戒任務に出し通信機でも指示を出すと、ライナスは二人と共に宙艦のエアロックをくぐった。エレベーター前の通路の喧噪は沈静化している。
数台のオーターが残っているところからも予め決められた緊急時のシステムが機能したらしいことを伺わせた。
オーターごとエレベーターに乗ってからハイファがライナスに訊く。
「そういえば貴方は自分を『最高権力者じゃない』って言ったけど、じゃあここで一番偉いのって誰なのかな?」
「一番偉い者というのは存在しない。皆の総意で物事は決める」
「ふうん、そうなんだ」
あっさりハイファに納得されて、却ってライナスは怪訝な顔をする。
辿り着いた医務室ではまだ戦争をやっていた。だがシステムが機能してしまえば、誰もが医療知識を持っているのだ。二人が声を掛けるとマルチェロ医師は自らをお役ご免としたらしく、血だらけの手術着を脱ぎながらふらりと出てくる。
ライナスの顔を見るなり医師は訊いた。
「食堂でコーヒーと煙草のセット、宜しいですかね?」
「煙草? ああ、構わない。ご苦労様でした」
そのまま今度はマルチェロ医師も乗せてオーターは食堂に向かった。食堂は避難してきた人々でフル回転中、コーヒーも沸いていた。
「ライナス、あんたヒマか?」
シドのポーカーフェイスに何を感じたのかライナスは真顔で頷いた。
「……付き合おう」
シドとハイファで四人分のコーヒーをカップに用意し、ライナスが何処からか灰皿代わりのアルミ皿をふたつ持ってくる。
テーブル席に四人が着くと、心なしか食堂全体が静かになったようだった。
ライナスとハイファがコーヒーに口をつける傍らで依存患者二人がいそいそと煙草を咥えて火を点けた。本当に旨そうに紫煙を吐いたのちシドとマルチェロ医師が譲り合う。結局、マルチェロ医師が口火を切った。
「訊きたいんだが、ここは皆が皆、アンドロイドなのかい?」
散発的に破砕弾を落としては威嚇的にクロスアタックのような動作をエアロック上空で見せている。それはまるで勝利のダンスでも踊っているかのようだった。
シドとハイファの他、ライナスを含めて十二名がそれを眺める。
「どっちが奴か分かんねぇな」
「どっちも墜とすつもりなんでしょ?」
「まさか本当にそのレールガンで墜とすのか?」
ライナスは半信半疑といった表情だ。当然である。
攻撃BELの装甲は戦車並みに分厚い。おまけにその用途・性質上、機体のコクピット幅が九十センチ程度しかなく、前席の射手と後席のパイロットを護る風防は全面防弾仕様である。
それをレールガン一丁で撃ち墜とすというのだ、正気を疑いたくもなるだろう。
「不可侵条約を破ってまでの報復とは、あーたも愛されちゃったみたいだね」
「ったく、あのスティールの野郎がここまでネチこいとは思わなかったぜ」
「でも本気でやっちゃったら、いよいよティアⅡには帰れないよ?」
「ふん、宙艦一隻くらいハイジャックしてでも本星に帰るさ」
暢気とも取れる口調の二人を呆然と見ていたNPたちにシドが指示を出す。ライナス以下NPたちが攻撃BELに対し銃口を向けた。ハイファもテミスコピーを上空へと構える。元よりハイファの腕を以てしても有効射程は七、八十メートル程度、単なる花火だ。
チラリとライナスをハイファは窺う。再び宇宙に漕ぎ出す方法を模索していた彼らは、蹂躙される宙艦をどのような思いで見ているのか、銃身の短い小銃を構えた横顔からは何も読み取れなかった。
「パターンが変わった、高度を取るぞ!」
鋭いシドの囁きを合図にハイファだけでなくライナス以下十二名が応じる。
街灯の途切れた場所での十三丁分のマズルフラッシュはかなり派手だった。仰角発射とはいえ小銃から放たれた弾は二百メートルも離れていない攻撃BELに当たったものもあるだろう。とにかく攻撃BELの乗員の目を惹くには充分な花火だった。
無視することができず二機の攻撃BELがこちらにノーズを向け、威嚇のつもりか突っ込んできた。シドがレールガンを持ち上げる。一機のフラットな前面風防にフレシェット弾をマックスパワー、連射モードで叩き込んだ。
コクピット内に血飛沫が散るのも確認せず、シドは体当たりでもしそうな勢いで急降下してくるもう一機にレールガンを向ける。黒い目と風防越しに前席ガナーの薄い灰青色の目が合ったような気さえしたとき、シドは強烈な反動を抑え込んでトリガを引き続けていた。
チェーンガンの弾頭をも防ぎ得る風防だが、針状通電弾体の微細な針先に有効射程五百メートルのパワーが集束された場合の想定はしていない。それをシドの腕で一点集中連射、二機のガナーとパイロットは訳も分からぬうちにコンソールパネルに大量の血をぶちまけていた。
いや、ガナーの一人は悔しさを抱いていたかも知れない。
二機の攻撃BELは制御されずにぐらりと傾いだまま、街よりもずっと下方にふらふらと飛んでゆき、黒くシルエットとなった森に突っ込んで消えた。
見送ってハイファがテミスコピーを振る。
「うーん、思わず久々にエマ掛かっちゃったよ」
「薬室に一発は残せって。エマージェンシーリロードなんか危なすぎるだろ、タクティカル・リロードが基本だ。絶対一発以上は残せよな」
チャンバに一発も残さず撃ち尽くすとマガジンチェンジした際に、オープンしているスライドを戻してチャンバに初弾を送り込むという一動作が必要となってしまうのだ。それを嫌ってプロはチャンバを空にしない。
「そうだね、ごめん」
「ほら、今のうちにリロードしとけよ」
またも暢気な口調の二人をライナス以下十二名は「アー」と口を開け眺めていた。
「そういえば医務室は大丈夫なのかな?」
「破砕弾でやられてなきゃいいが」
「まあ、マルチェロ先生はゴキブリが滅んでも生きてそうだけどね」
ゴホンとわざとらしい咳払いしたライナスが二人を交互に見て申し出る。
「構造図が必要ならばのちほど渡そう。医務室に行きたいのならオーターで送るが」
「あ、忙しくなければお願いしようかな」
「皆を哨戒に割り振るまで待ってくれ」
手早く人員を周囲警戒任務に出し通信機でも指示を出すと、ライナスは二人と共に宙艦のエアロックをくぐった。エレベーター前の通路の喧噪は沈静化している。
数台のオーターが残っているところからも予め決められた緊急時のシステムが機能したらしいことを伺わせた。
オーターごとエレベーターに乗ってからハイファがライナスに訊く。
「そういえば貴方は自分を『最高権力者じゃない』って言ったけど、じゃあここで一番偉いのって誰なのかな?」
「一番偉い者というのは存在しない。皆の総意で物事は決める」
「ふうん、そうなんだ」
あっさりハイファに納得されて、却ってライナスは怪訝な顔をする。
辿り着いた医務室ではまだ戦争をやっていた。だがシステムが機能してしまえば、誰もが医療知識を持っているのだ。二人が声を掛けるとマルチェロ医師は自らをお役ご免としたらしく、血だらけの手術着を脱ぎながらふらりと出てくる。
ライナスの顔を見るなり医師は訊いた。
「食堂でコーヒーと煙草のセット、宜しいですかね?」
「煙草? ああ、構わない。ご苦労様でした」
そのまま今度はマルチェロ医師も乗せてオーターは食堂に向かった。食堂は避難してきた人々でフル回転中、コーヒーも沸いていた。
「ライナス、あんたヒマか?」
シドのポーカーフェイスに何を感じたのかライナスは真顔で頷いた。
「……付き合おう」
シドとハイファで四人分のコーヒーをカップに用意し、ライナスが何処からか灰皿代わりのアルミ皿をふたつ持ってくる。
テーブル席に四人が着くと、心なしか食堂全体が静かになったようだった。
ライナスとハイファがコーヒーに口をつける傍らで依存患者二人がいそいそと煙草を咥えて火を点けた。本当に旨そうに紫煙を吐いたのちシドとマルチェロ医師が譲り合う。結局、マルチェロ医師が口火を切った。
「訊きたいんだが、ここは皆が皆、アンドロイドなのかい?」
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