forget me not~Barter.19~

志賀雅基

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第44話

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「何処に行くんですか、忍さん」
「アテがある訳ではないのだがな、何処までもついてくるあの塔が気になる。電脳世界を構築するウィザードもおそらくはこの世界を見ている訳だろう? そいつは何処から見ているんだ? ディスプレイを眺めているだけか? しかしそのディスプレイは何処にある? ってことであそこにいるんじゃないかと思ってな」

「世界を作った愉快犯の神は、僕らを眺めて愉しんでるってことでしょうかね?」
「それにこの世界の構築には随分と私たち自身の記憶も利用しているようだ」

「記憶を引き出す担当は金髪の催眠術師さんかも。多少は考えも読まれてたりして」
「超能力のテレパスか? ふん。どういい、私たちはやれることをやるまでだ」

 疑心暗鬼になってもいいことはない。息を乱さない程度の早足で霧島は先を急ぐ。
 まもなく県警本部庁舎の真ん前に差し掛かり、思いついて霧島は前庭の駐車場に足を踏み入れる。裏に駐められたパトカーを足に使おうと思ったのだ。
 だが並んで駐められたパトカーの一台に近づいてドアを開けようとするも、表通りのタクシー同様に開かない。

 腹立ち紛れにドアを思い切り蹴りつけておいて今度は庁舎内に入る。屋上からローターの端が見え、県警ヘリが駐機されているのが分かったからだ。
 誰もいないひんやりとした庁舎内を歩き、エレベーターと階段で十六階建ての屋上階まで一気に上がる。京哉も意図を察したようで少し明るい顔になった。そうして白地にブルーのラインの入った機体を目前にする。

 今度こそスライドドアは開いた。中では捜一の係長がリボルバを構えていた。
 撃たせる前に反射的に撃つ。京哉と五分を張るかそれ以上のハンドガンの腕はダテではない。撃発音が二度響き、超至近距離で九ミリパラを胸に受けた捜一の係長は頽れた。

 だが京哉の側に生活安全課の見知った顔がこれもリボルバを構えて立ちはだかる。京哉も容赦なく撃った。腹にダブルタップを受けて生安の男は吹っ飛ぶ。

「京哉、ヘリに乗って始動しろ!」

 知った顔が続々と現れそれを撃ち砕きながら霧島は叫んだ。数では敵いそうにないので霧島も急いでヘリに乗る。京哉がエンジン始動。ローターが回る。回転数が上がり、スキッドが本部庁舎屋上を蹴った。

 開け放したままのドアから本部庁舎が小さくなってゆくのを見て霧島は溜息をつく。県警本部全員斬りなどやっていられない。

「僕らが電脳催眠術に気付いたことに敵ウィザードも気付いたみたいですね」
「ああ、リアルさを追求する努力を放棄したらしいな」

 それでも斬られた左脚の痛みは本物と精神が認識していて、そんな霧島を振り返り京哉は気遣わしげな目で見つめた。見つめ返す霧島はこんな状況ながら京哉にキスを仕掛けようとする。その瞬間、後部座席に出現した人影が咳払いと共に発砲した。

「うわっ、堂本一佐!」

 身を捻って一射から逃れた霧島は京哉の前に出る。撃たれながら撃った。左肩を掠められ血を噴き出させながらも、痛みを堪えて倒れた相手の九ミリ拳銃を蹴り飛ばす。ついでに似非堂本一佐の躰を引きずり、開いたままのスライドドアから突き落とした。

 落とす寸前に頭を踏みにじり蹴り飛ばすのも忘れない。

「ニセモノとはいえ気分がいいな!」
「そんな大怪我して、それどころじゃないでしょう!」

 無人の大通りを舐めるように県警ヘリを飛ばしながら京哉は喚いた。他国のドサクサで覚えたため、ヘリの操縦は知っていても航空交通法規が分からないので日本では本来ヘリを飛ばせない京哉だが、それはさておき隣のパイロット席に就いた霧島は肩で息をしている。
 左腕は肩から流れる血で真っ赤だった。

「心配するな、この世界を出たら私はぴんぴんしているんだ」

 それも疑問だと思ったがとにかくこの電脳催眠術から抜け出ることが先決である。
 黒いシルエットだった尖塔が目前に迫り、京哉は機速を落とし建物の上空を幾度か旋回させた。何処にも人影がないのを確認し下降させて路上に駐機する。

 アスファルトの路上に降り立つと既に辺りは日本の白藤市ではなかった。雪が舞い散って二人の息が白い。夜空が僅かに薄く色を変えて朝が近いのを知る。ここは片側四車線の目抜き通りで紛れもなくユラルト王国の首都タブリズだった。

 ただ背後の何処にも人影はない。そして二人の目前には尖塔が現れていた。それを仰いだのちに腕時計を見る。

「六時四十五分か、随分経ってしまったな」
「何だか電脳世界からリアルに戻ったみたいな気分ですね」
「それだけ敵も気合いを入れて世界を構築しているということだろう」

 口ではそう言ったが霧島もこれは現実なのではないかと思うほど、ありとあらゆるものが細部に渡って認識できた。尖塔の外壁に刻まれた微細な蔓草模様を指先で辿る。付着した汚れを見て眉間にシワを寄せ指をジャケットに擦りつけた。

「これを作ったウィザードはパラノイアに違いない」
「これで最終ラウンドにしたいですね」
「もう遊ばれるのは沢山だ。行くぞ」

 見える範囲内にある建物内部への入り口は二ヶ所だった。一ヶ所は正面で観音開きの巨大なものである。どうやら中はホールか教会かといった雰囲気だ。その大扉は二人で押そうが引こうが開きそうになかった。
 もう一ヶ所は大扉の左脇にある通用口で、こちらも扉にはロックが掛かっていた。
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