forget me not~Barter.19~

志賀雅基

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第27話

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 室内奥では本物の暖炉が燃えていて暖かかった。
 だが肌が粟立つような光景がそこにはあった。入って右側のカウンターに突っ伏して監視局の作業服の男が一人、頭を撃たれて死んでいた。暖炉の前、ロの字型に置かれたソファのひとつにもう一人、作業服が仰向けで、こちらも頭を砕かれている。

 容赦のないヘッドショットは、あの象を霧島に思い出させた。

 滴る血と脳漿で異臭が濃く漂う室内には、瑞樹に大口径ライフルを突き付けている男二人の他に五人の人間がいた。男ばかりが全部で七人だ。

 ソファに座っている者、立っている者、一人を除いて皆が武装している。全員が室内で振り回しづらいライフルならまだマシだったがそう上手くはいかない。残る四人はこれもハンドガンとしては大口径の四十五ACP弾使用銃らしかった。
 それらの銃口は一斉に瑞樹とその背後にいる霧島と京哉に向けられていて、霧島に銃を抜く隙は一切なかった。京哉も同様だろう。

 それを一瞬で見取った霧島は躰の力を抜き、加熱した頭を努めて冷やそうと試みた。

「おい、ダイン、スティーヴ」

 たった一人の武装をしていない若い男がまさに顎で使うように英語で指示を出し、名を呼ばれた二人が霧島と京哉に近づいてボディチェックする。霧島はシグ・ザウエルP226とスペアマガジン二本を、京哉はショルダーバッグと同じくシグにスペアマガジン二本を取り上げられた。更に警察手帳や、京哉は煙草にオイルライターまで没収される。

 男たちは戦利品の如くソファに囲まれたロウテーブルに何もかもを積み上げた。

「アラン、ケネス」

 違う男二人がまたも指示を受け霧島と京哉を引きずって暖炉の前まで引っ立てる。二人は配線を結束する樹脂バンドで後ろ手に縛られ両足首も縛められて転がされた。
 それでようやく室内の空気が流れだした。男たちが一斉に嗤ったのだ。嗤いながらライフルの二人が銃口で瑞樹を小突いて歩かせ、突き飛ばしてソファに倒れ込ませる。

 だが瑞樹は自分で上体を起こしてソファに座り直すと、男たちを燃えるような憎しみの目で睨んだ。気強くも色の薄い瞳は象と人間をあっさり殺した輩を許せないようだった。

 一方で霧島は吐き気がするほど自分に腹を立てていた。武装した密猟者が近くにいることを知りながら出張所の周囲を偵察もしなかったのだ。
 視界が狭くなるほどの怒りを自分に対して覚えながら、ソファに座った首領格らしい金髪男の後頭部をじっと見つめた。非武装のその男の命令を他の男たちは待っているようだ。

 だがその男たちの挙動は何処かぎこちない。そして霧島は気付いた。男たちは金髪のボス以外、その瞳孔を開かせていたのだ。何かのクスリでも食わされて金髪の男の意のままに動いている、木偶のようだと推測する。
 瞳孔が収縮ではなく散大ということはアッパー系ではなくダウナー系か。従順な木偶にするならその可能性が高い。

 木偶と考え思い出したのが『死にたくない』のに己の頭蓋を撃ち抜いて死んだ公開自殺の男だった。あの男も同じ手口で操られたのかも知れなかった。
 それはともかく時間を稼がなくてはならない。象の密猟現場から京哉が監視局に連絡済みなのだ。霧島は金髪男に英語で言葉を投げた。

「私たちに何の用だ?」
「ここの監視局員殺しを見られてしまったからな」
「そんなもの、何故さっさと隠しておかない?」

「隠す前に君たちが来た。運が悪かったと諦めて欲しいね」
「間が悪いのはお互い様だな。まだ私たちは機密メモリを手に入れていないんだ」

 金髪男は身を揺らして笑う。先程見たその男の横顔は恐ろしいまでに整っていた。整形でもしているのか元からなのかは分からない。だが霧島ですら誘い寄せられそうな造作は却って危険を感じさせるに充分だった。悪魔じみた美だ。
 その男が振り向かないことを無意識に祈りながら続ける。

「ところで訊きたいんだが、日本のレジャーランドで調別員をったのは貴様か?」
「……さて?」
「どうやって殺した?」
「……」

「そいつらと同じようにクスリでも食わせて精神操作でもしたのか?」
「精神操作か……そうだな、ある意味そうとも言える。力と恐怖による、ね」

 今度は目だけでダインとケネスに命じたようだ。嗤いながら近づいてきた二人の男は、霧島の許までやってくると縛めた左腕を無造作に持ち上げた。同時に金髪男がゆっくりと振り向く。愉しげな声とは裏腹に温度のない真顔だった。
 その爬虫類のようなアンバーの瞳と目が合うと同時に腕を捩られる。霧島は自分の左肩関節が外れる嫌な音を聞いた。

「うっ……ぐっ……!」
「忍さん? 忍さんっ!」
「大、丈夫だ、何でもない」

 這い寄ろうとする京哉を宥め、霧島は金髪男を睨み返した。切れ長の目に力をこめる。そうしていないと本当に吸い寄せられ、取り込まれてしまいそうな不気味な目だった。
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