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第8話

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 たった二時間半の睡眠で起き出したが、二人共しっかりシチューとライスにオムレツとサラダの朝食を摂ってスーツに着替えた。

 警官グッズ自体は不要なので帯革は締めず、ベルトの右腰に十五発満タンのスペアマガジンが二本入ったパウチを着け、ショルダーホルスタも装着して銃を吊る。
 ジャケットとコートを着ると霧島はショルダーバッグを担いだ。

「京哉、もう行けるか?」
「すみません、お願いします」

 結局足腰がまだ覚束ない京哉は本当に担がれての出勤である。だが小柄で軽い京哉と簡単な着替えや煙草程度しか入っていないショルダーバッグを担ぐくらい、霧島には造作もない。室内点検して靴を履き、玄関を出てドアロックするとエレベーターで一階へ。

 エントランスを出て五分ほど歩くと、月極駐車場で愛車の白いセダンはちゃんと直って戻っていた。リクライニングした助手席に京哉は乗せて貰い、霧島の運転で出発する。

 普段の定時より三十分早いのと、土曜日なので道も割と空いていた。それに機捜隊長を張る霧島の運転は非常に巧みである。
 白藤市内に入ると同時に普通なら選ばないような細い路地や一方通行路を駆使して混み合うビル街をクリアし、計算通り七時四十五分に県警本部庁舎裏の関係者専用駐車場に白いセダンを滑り込ませていた。

「着いたぞ、京哉。ほら、掴まれ」
「いえ、もう歩けますから」
「遠慮はするなよ」
「遠慮じゃありません」

 京哉が暗殺されかけた一件で厳しい懲戒処分を受けた霧島は、停職中に京哉と密会しているのを某実録系週刊誌にスクープされたのを皮切りに、現在の本部長に伴っての記者会見や霧島カンパニー関連で霧島忍の顔と名は全国的に知られるようになった。

 だが本人は生まれた時から霧島カンパニー本社社長の椅子とセットで見られてきたので涼しい顔である。その辺りが奇人・変人に分類される所以だろう。

 しかし霧島と違い京哉は人並みの羞恥心がある。土日で人は減っても基本的に交代制の警察で人目はあるのだ。降車すると慎重に歩き出す。けれどまるで綱渡りでもしているような足の運びを見て、他人が何を想像するかまでは京哉も考え及んでいない。

 だが何とか八時五分前に十六階建ての最上階にある県警本部長室前に立っていた。既に秘書室に取り次いで貰い入室の許可は取ってある。霧島が非常に嫌そうな顔を隠そうともせず、ドアに向かって低く通る声を発した。

「霧島警視以下二名、入ります」

 小口径弾くらい防げそうな分厚い一枚板のドアを開け、紺色のカーペットに二人は踏み出してから、何故こんな所に律儀にきてしまったのかと内心我が身を嘆いた。
 そこには以前の特別任務で一度ならず酷い状況に蹴り落としてくれた、陸上自衛隊の堂本どうもと一等陸佐と副官の江崎えさき二等陸尉が私服スーツ姿でまたも鎮座していたのである。

 それだけでなく応接セットのソファにはあと三人の男が座っていた。当然ながら県警本部長の一ノ瀬警視監に、これも以前ここで会ったことのある厚生局の麻薬取締部長、それに残る一人は驚いたことに何と警視庁トップ、つまり警視総監だったのだ。

 これだけの面子を前にさすがの霧島も回れ右はできず、京哉と共に姿勢を正す。

「いやいや、休日なのに悪いねえ。まあ座ってくれたまえ」

 朗らかなテノールで一ノ瀬本部長が言って、二人は三人掛けソファに並んで腰掛けた。霧島に倣って緊張知らずになりかけていた京哉も今日ばかりは硬くなる。黙って座っていると内扉が開き、制服婦警が紅茶を持ってきて二人の前に配給してくれた。

「まあ、そう堅苦しくならずにこれでも食べて茶でも飲んで」

 一人で明るい一ノ瀬本部長を京哉はじっと見る。
 見慣れているが、何て丸いんだろうと思わせられた。身長は京哉ほどしかないが体重は霧島二人分で足りるかどうか。
 特注したらしい制服の前ボタンは弾け飛ぶ寸前で、黒々とした髪をぺったり撫でつけている様子はまさに幕下力士のようだ。

 だがこれでも元は暗殺反対派の急先鋒で、結構な切れ者なのだ。

 そんな本部長はスティックシュガーを三本も入れて掻き混ぜた紅茶を飲みつつ、ロウテーブルに置いたクッキーの大きな缶を押しやって京哉たちに勧める。仕方なく二人は一個ずつ摘み上げてポリポリと食べた。
 パッサパサの焼き菓子を京哉は喉に詰まらせないよう呑み込むのに非常な苦労をする。まだ紅茶は熱々だ。

「では、始めようか。まず霧島くんと鳴海くんにはこれを見て貰おう」

 リモコンで点けられた大画面のTVに京哉は目を向けた。すると録画されたそれは昨日の衆議院議員・平塚ひらつか吾朗ごろうが事務所に潜んでいた暴漢に果物ナイフでメッタ刺しにされ死亡した件と県会議員の坂下さかした俊夫としおが自宅マンションで銃撃されて死亡した件の続報だった。

「ふむ、両件ともにマル被は検挙済みですか。ホシも挙がったこれが何か?」 

 霧島の問いに警視総監が重々しい口調で説明する。

「ホシは暴漢と地上げ絡みのヤクザだと報道されているが、じつはそうではない」
「どういうことでしょう?」
「両方ともにホシは死亡した議員の私設第二秘書だったのだ」

 警視総監によると、私設第二秘書ともなると喩え議員秘書でも多少経歴に怪しい部分が見え隠れしてもおかしくない上に、この平塚議員と坂下議員の場合はそれが顕著で、単なる暴漢だのヤクザの下っ端だのと評しても、あながち間違いない人材だったのだという。

「それを前面に押し出し、秘書という部分を隠したが故の、この報道となった」
「だが何れにせよ検挙されたのには変わりがないのでは?」

「しかし動機がないのだ。それに検挙された時点でホシの二名は心神喪失または心神耗弱とも言える状態にあった。けれど徹底して検査をしたが薬物反応は出なかった」

 それを聞いて霧島が思い出したのはド派手な喧嘩をした沢村参議院議員と、それについて自分が洩らした薬物反応が『本当に出なかったのか』という言葉である。

「例えば彼らはアッパー系の薬物を摂取していたように見えたのではないですか?」
「現場を仕切った捜一の係長によると両方とも殆ど現逮に近い緊逮だったが、ホシは人を殺傷した直後とは思えない状態……呵々大笑していたそうだ」
「なるほど。検査で出ない新型のアッパー系薬物ということか」

 そこで厚生局の麻取部長が頷いた。

「全国的に似たような案件が増えつつある。既にこの四半期で七件の殺人だ」
「三ヶ月で殺しが七件? それでそこに何故自衛隊の情報屋が絡むのでしょうか?」

 不機嫌に情報屋扱いされても自衛隊の二人は動じず、江崎二尉が穏やかに口を開く。

「我々の研究所で稀少なサンプルを解析したところ、そのアッパー系薬物を摂取したように見える人々は一様に南米の小国シンハの土も摂取していると判明したのです」

 あまり聞き慣れない国名と南米なる単語でもう嫌な予感が的中して、京哉は霧島と顔を見合わせて溜息をついた。またも自分たちは地球の裏側まで飛ばされるらしい。
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