上 下
5 / 38

第5話

しおりを挟む
「だが京哉、これでもまだ公共交通機関で帰るというのか?」
「そうですね、時間も食っちゃいましたしバスを三本も逃しちゃいましたしねえ」
「だろう? 早く帰らんと眠るヒマがなくなるぞ」

「幾ら何でもそこまでじゃないでしょうけど」
「そうか? 帰って飯を食って風呂に入ってから更に二時間後だぞ、眠れるのは」
「二時間ってまさか……忍さん、またセッ……あぐぐ」

 危ういところで年上の男から口を塞がれて京哉は藻掻く。口を塞いだ霧島は、だが京哉の薄い肩を背後から抱き、耳朶に唇を触れさせんばかりにして囁いた。

「昨日はさせてくれなかっただろう。今日こそは……なあ、いいだろう?」
「んっく……一昨日はあんなに――」
「一昨日などという昔のことは忘れてしまったぞ。なあ、愛させてくれないのか?」

 低く甘い声の懇願に弱いと知っての攻めで、京哉は簡単に陥落してしまう。

「う……知りませんっ! タクシー探しますよ、タクシー!」

 大通り沿いでタクシーは簡単に捕まり、乗り込むとアドレスを告げた。煌びやかなビルの窓明かりと街灯、車列のヘッドライトに照らされた中、タクシーはゆっくりと都市部を走り、やがてバイパスに乗る。
 暫し走るとビル群が幻だったかの如く消え失せ、郊外一軒型の店舗が過剰な明かりを灯しているのが目立ちだした。

 そうして街道に降りると辺りは住宅街だ。カーナビより先に京哉が分かりやすい道を告げ、乗り込んでから約一時間でタクシーはマンションの傍に辿り着く。

 料金を支払い降車して真冬の寒風から逃げるようにマンションのエントランスに駆け込み、オートロックを解いた。五階建ての五階までエレベーターで上がる。角部屋五〇一号室が二人の住処だった。ドアロックを解き、明かりを点けて上がる。

「うーっ、寒っ。エアコン、エアコン」

 上がった所がダイニングキッチンで続き間のリビングにあるエアコンを京哉がつけた。そのまま廊下を挟んだ寝室で二人はコートとジャケットを脱ぐ。
 ベルトの上に締めた帯革を外した。帯革には手錠ホルダーと特殊警棒に銃のスペアマガジンの入ったパウチまで着いているので一気に軽くなる。

 それにショルダーホルスタで吊った銃も外した。

 機捜隊員は凶悪犯とばったり出くわすことも考慮され、職務中は銃の携行が義務付けられている。隊員が所持するのはシグ・ザウエルP230JPという薬室チャンバ一発マガジン八発の合計九発の三十二ACP弾を発射可能なセミ・オートマチック・ピストルだが、弾薬は五発しか貸与されないという代物だ。

 しかし二人が持っているのは同じシグ・ザウエルでもP226なる、十六発の九ミリパラベラムをフルロードした銃だった。初めのうちは交換・貸与されていたが、たびたび特別任務を課せられているうちに双方任務と日常が曖昧になり、持たされっ放しになってしまったのだ。職務時間外でも持ち歩く許可は県警本部長から得ている。

 それらをダブルベッドの傍にあるライティングチェストの引き出しにしまうと洗面所で手洗いとうがいをし、京哉は真っ先にキッチンの換気扇の下で一服だ。
 霧島は黒いエプロンを着けて電気ポットを洗い、浄水器を通した水を張ってスイッチを入れてから冷蔵庫を開ける。メニューは考えてあるので片端から材料を出し始めた。

「今週の食事当番さんは何を作ってくれるんですか?」
「少し待てるならクリームシチューと鶏の唐揚げを作ろうと思うのだが」
「待てます、待てます。それ食べたい! 手伝えることがあったら言って下さい」
「TVを点けてニュースに合わせたら休んでいろ」

 言われた通りに京哉はリビングのTVを点け、キッチンの霧島の耳にも入るよう少しボリュームを上げた。まだ今は地方ニュースでもトピックスや天気予報などをやっている。クルージングに出掛ける明日が晴れだというのを見て少々安堵した。

 安堵したところでTVニュースに見入った。その間に霧島は手早く野菜の皮を剥いて刻み、豚もも肉を切ってサラダ油を熱した鍋で炒め始める。肉の色が変わったら時間短縮で電気ポットの湯を注ぎ、コンソメと料理酒にコショウとローリエを投入して蓋をした。

 次にスライサーでコールスローサラダを作り大皿に敷く。頃合いを見て朝からニンニクショウガ醤油に漬けておいた一口大の鶏もも肉を、小麦粉と片栗粉を入れたビニール袋に放り込んで揉み込みまぶした。
 鍋の野菜が煮えたら一旦火を止める。シチューの素と缶詰のホワイトソースを入れて溶かして火を点け、牛乳を入れた。

 あとは粉の馴染んだ鶏肉を油で揚げたら、コールスローの上に盛り付けて出来上がりだ。ライスはタイマーで炊けている。匂いに釣られて京哉も既にカトラリーを待機させ着席していた。霧島はカレー皿にシチューをサーヴィスする。

 全ての準備を整えた霧島はエプロンを外し、カットグラスにウィスキーを注いだ。

「わあ、美味しそう! 頂きまーす!」
「頂きます。だが京哉、お前は相変わらず妙な食い方をするのだな」
「これですか? シチューご飯、美味しいですよ。唐揚げも味が染みて……熱っ!」

「その鶏はもう逃げんからゆっくり食え。躰に悪いぞ」
「忍さんだってそんなストレートでウーロン茶みたいに飲んだら躰に悪いですよ」
「酔わんのだから、いいだろう?」

 幾ら飲んでも霧島は殆ど酔わない。だが京哉が愛し人を心配するのは当然だ。

「でもそれで三杯目でしょう、お酒臭い人にはさせませんからね!」
「分かった、これで止めておく」

 と、霧島は諸手を挙げる。そのとき京哉の背後になったリビングのTVが全国ニュースを報じ始めたので京哉も黙った。すると都内で衆議院議員・平塚ひらつか吾朗ごろうが事務所に潜んでいた暴漢に果物ナイフでメッタ刺しにされ死亡しただの、隣県の県会議員の坂下さかした俊夫としおが自宅マンションで銃撃されてこれも死亡しただのといった物騒な話題が続いた。

 そしてラストは参議院議員の沢村忠治によるド派手な喧嘩が報じられる。

「うわあ、早速メディアに洩れちゃったんですね」
「あそこであれだけの野次馬だ、仕方なかろう」

 携帯のカメラで撮った動画が多数メディアに売られたらしく、様々な角度からの大立ち回りがこれでもかと映し出された。さすがに霧島と小田切は捜査に支障が出るという、警察広報による日頃からの申し入れが徹底されて個人を特定できるほどには映っていなかったが。

 それはともかく喧嘩相手が大手保険会社の社員だったこともあり、早速会社側から声明を出されて沢村議員はメディアからボコボコに叩かれていた。

 それも喧嘩相手の一人が議員の妻の弟で、喧嘩の理由として妻が弟及びその友人たちと仲良くしているのを知り、友人たちに妻を寝取られたと思い込んだなどという色恋沙汰だったのも恰好のネタとなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Area Nosferatu[エリア ノスフェラトゥ]~Barter.22~

志賀雅基
キャラ文芸
◆理性の眠りは怪物を生み出す/Los Caprichos43rd◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart22【海外編】[全66話] 霧島と京哉のバディは護送任務で海外へ。だが護送は空振り、代わりに『パンデミック発生、ワクチン運搬』の特別任務が。しかし現実はワクチンどころかウイルス発見にも至らず、罹患者は凶暴化し人血を好む……現代に蘇った吸血鬼・見えない罹患の脅威との戦いが始まる! 〔当作は2018年11月に執筆したもので特定疾病や罹患者とは一切関係ありません〕 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

この手を伸ばせば~楽園18~

志賀雅基
キャラ文芸
◆この手を伸ばし掴んだものは/幸も不幸も僕のもの/貴方だけには分けたげる◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart18[全41話] ホシとの銃撃戦でシドが怪我を負い入院中、他星から旅行中のマフィアのドン夫妻が隣室で死んだ。翌日訪れたマフィアの代貸からシドとハイファは死んだドン夫妻の替え玉を演じてくれと頼み込まれる。確かに二人はドン夫妻に似ていたが何やら訳アリらしい。同時に降ってきた別室任務はそのマフィアの星系で議員連続死の真相を探ることだった。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

僕の四角い円~Barter.17~

志賀雅基
キャラ文芸
◆神サマを持つと人は怖い/神の為なら誰にも/神にも折れることを許されないから◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart17[全48話] 高級ホテルの裏通りで45口径弾を七発も食らった死体が発見される。別件では九ミリパラベラムを食らった死体が二体同時に見つかった。九パラの現場に臨場した機捜隊長・霧島と部下の京哉は捜索中に妙に立派ながら覚えのない神社に行き当たる。敷地内を巡って剣舞を舞う巫女と出会ったが、その巫女は驚くほど京哉とそっくりで……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

零れたミルクをすくい取れ~Barter.18~

志賀雅基
キャラ文芸
◆『取り返し』とは何だ/躰に刻まれ/心に刻まれ/それがどうした/取り返すのみ◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart18【海外編】[全48話] 互いを思いやったが為に喧嘩した機捜隊長・霧島とバディの京哉。仲違いをしたまま特別任務を受けてしまい、二人は別行動をとる。霧島が国内での任務に就いている間に京哉は単身では初めての海外任務に出てしまう。任務内容はマフィアのドンの狙撃。そして数日が経ち、心配で堪らない霧島に本部長が京哉の消息不明の報を告げた。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

エイリアンコップ~楽園14~

志賀雅基
SF
◆……ナメクジの犯人(ホシ)はナメクジなんだろうなあ。◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart14[全51話] 七分署機捜課にあらゆる意味で驚異の新人がきて教育係に任命されたシドは四苦八苦。一方バディのハイファは涼しい他人顔。プライヴェートでは飼い猫タマが散歩中に出くわした半死体から出てきたネバネバ生物を食べてしまう。そして翌朝、人語を喋り始めた。タマに憑依した巨大ナメクジは自分を異星の刑事と主張、ホシを追って来たので捕縛に手を貸せと言う。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

Human Rights[人権]~楽園6~

志賀雅基
SF
◆ロボット三原則+α/④ロボットは自己が破壊される際は全感情・感覚回路を遮断せねばならない◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員バディシリーズPart6[全44話+SS] テラ連邦では御禁制物のヒューマノイドにAI搭載、いわゆるアンドロイドの暴走事件発生。偶然捜査で訪問中の星系で二人は別室任務を受け、テラ連邦議会議員の影武者アンドロイドを保護した。人と何ら変わらぬアンドロイドの彼に『人間性』を見た二人は彼を廃棄させまいと奮闘するが……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

眺める星は違っても~楽園28~

志賀雅基
キャラ文芸
◆テロはインパクトある主張だが/名も無き礎となる勇気を持たぬ者の愚行◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart28[全47話] 刑事のシドとハイファに今回別室から降ってきた命令は、他星系のテロリストグループの資金源を断ち、今後のテロを阻止せよ、なる内容だった。現地で潜入を果たすも下っ端は汚部屋掃除や爆破テロ阻止の為に逮捕されたりとロクでもなく、更にテログループは分裂して内ゲバに発展し……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

セイレーン~楽園27~

志賀雅基
キャラ文芸
◆貴方は彼女を忘れるだけでいいから//そう、か//次は後ろから撃つから◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart27[全43話] 怪しい男らと銃撃戦をしたシドとハイファは駆け付けた同僚らと共に巨大水槽の中の海洋性人種、つまり人魚を見た。だが現場は軍に押さえられ惑星警察は案件を取り上げられる。そこでシドとハイファに降りた別室命令は他星系での人魚の横流し阻止。現地に飛んだ二人だがシドは偶然管理されていない自由な人魚と出会ってしまい――。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

処理中です...