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第32話
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エセルは溜息をつき、まだ痛む躰を庇いつつソファから身を起こすと、ゆっくり歩いて自分のデスクに戻る。酷い疲労感で眩暈がした。全てが終わった筈なのに、未だ得体の知れない不安感が胸に残っている。
椅子に腰を落とすとソファでボーッとしている和音を窺った。検査結果で異常は発見されなかったが、正常であれだけの熱が出るのはどう考えてもおかしい。やはり悪い病気ではないのか。そうでなくてもこのまま高熱が続けば体力の限界が近く訪れる筈だった。
そう考えてまたも冷たく硬くなった和音を想像してしまい涙が溢れそうになる。
もし和音が死んでしまったらこの国で自分はどうすればいいのだろうか。不安を抱えたまま目を瞑るとエセルの意識は混沌と悪夢が渦巻く闇に引きずり込まれた――。
一方で和音は黙ったままカップを手に自分のデスクに戻ると、煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。ボーッと紫煙を漂わせ、時折冷めたコーヒーを口に運ぶ。
そうしてふいに我に返るとエセルが向かいのデスクに突っ伏していた。
「エセル? おい、エセルどうした?」
「……」
返事どころか身動きひとつしないので途端に心配になる。煙草を消してエセルに近づくと、やや不規則な寝息が聞こえた。そっと手首に触れると脈は少し速いが正常範囲内である。だがスパイなどという商売柄、触れられても目を覚まさないエセルは、ある意味異常だった。
しかしクスリが切れた反動だと和音も分かっている。眠らないまま今日で三日目、疲れきっていて当然だった。それに点滴はしたが、まだ躰は相当痛んでいるだろう。
戦い終わってようやく眠りに就いたエセルを起こさないよう、細心の注意を払ってカップやコーヒーメーカに灰皿を片付けて帰り支度を整える。長瀬本家から回収した着替えのバッグは後日持ち帰ることにして、エセルにステンカラーコートを被せた。
コートで包んだエセルを和音は静かに抱き上げる。
第三SIT室を出ると苦労してドアをキィロックした。エレベーターで一階に降りたが、今日の大捕物で正面エントランスはメディアのカメラが多数張り付いている。仕方なく裏口から出た。
チェスターコートは黒いので分かりづらいが、和音は自分の血だけでなくヨシオの血も浴びている。目敏いメディアの人間に察知されては厄介だった。
もう日付が変わっていたが最終バスは残っている。けれどエセルを起こしたくない和音は大通りに出ると迷わずタクシーを捕まえて乗り込んだ。
またもヤクザ絡みの大事件が発覚したばかりである。そこに組幹部のような男が意識のない金髪の超美人を抱いてタクシーに乗ったのだ。緊張したドライバーは最速で紫川市内のアーケード街に着けた。料金精算して和音はエセルを抱き、タクシーを降りる。
向かったのはコンビニで、和音は抱いていたエセルを肩に担ぐと苦労して弁当だの菓子パンだのを買い込んだ。適当にカゴに放り込むとレジに向かう。
レジの男性店長はとっくに顔見知りで和音を見ると声を掛けてきた。
「あれ、こんな時間にご苦労様ですねえ。美人さんはお疲れですか?」
「ああ。かなりお疲れだからな、静かにしてやってくれ」
「はいはい。じゃあこれ、サーヴィスしときますんで」
白いビニール袋に入れられたのはポケットティッシュと強壮ドリンク二本で、ニヤニヤ笑う店長に和音は必死で普段の表情を保ち、エセルを抱き直しコンビニを出た。
ぶらぶら歩いて約二十分、アパートの自室に辿り着く。靴を脱いで上がるとエセルの靴も脱がせておいてドアロックし寝室でようやくエセルをベッドに寝かせた。
ゆっくり寝られるよう上着を脱がせてショルダーホルスタも解いてやる。自分も同じくすると和音も限界だった。エセルの横に倒れ込み、毛布だけ引っ張り上げると目を瞑る。
◇◇◇◇
やたらと悪夢を見たのち泥のような深い眠りを貪ったエセルは、目覚めてみて第三SIT室からいきなり和音の部屋にワープしていることに驚きながらも安堵した。自分の心の中を再確認したが得体の知れない不安感も消えていて、これもホッとする。
そしてベッドサイドのライティングチェスト上にあるデジタル表示の目覚まし時計を見て目を疑った。月曜にこの部屋を出て金曜の晩に戻った筈なのに、目覚ましは既に日曜の午前八時二十五分を示していたからだ。丸一日以上も眠ってしまったことになる。
暫し呆然としたのち傍に寝ている和音に目をやった。毛布を持ち上げてみる。互いにタイも締めたままのドレスシャツにスラックス姿だ。おまけに和音の衣服は黒々と血の染みがついていて、事の前後を思い出さなければ刺されたかと勘違いするところだった。
しわくちゃの服でそっと起き出す。まだ多少は痛む躰を庇いながらまずはリビングのエアコンを入れ、キッチンの電気ポットで湯を沸かした。テーブルには買い物袋が置きっ放しで、中身を検めると消費期限の危ない弁当にパン、何故か強壮ドリンクなどが出てきた。
余程和音も疲れていたのだろうかと考え、思い出して寝室に駆け戻る。救急箱から体温計を探し当て、眠る和音の乾いた唇に差し込んだ。電子音で和音が目を見開く。
「んあ、エセルお前、もう起きて大丈夫なのかよ?」
「僕より大丈夫じゃないのはアナタの方。まだ四十度二分もある、どうしよう?」
「どうもこうもねぇよ。二連休だ、たっぷり寝れば治るさ」
「もう連休じゃないよ、今日は日曜日」
「え、ああ? 何だそいつは?」
「僕に言われても困るんだけど、救急外来ならやってるよね。もっかい病院行こ?」
腕時計の曜日表示を眺める和音は聞いているのかいないのか、腹の中に猛獣でも飼っているような巨大な音を発した。
「お腹空いたの? その熱で?」
「あー、すんげぇ腹減ってさ。弁当買ってきてあるぞ」
「知ってるけど、消費期限が過ぎてるよ?」
「お互いにその程度で壊れるほど腹は繊細じゃねぇだろ。よし、食うぞ!」
勢い弾みをつけて和音は起き上がったが、やはり高熱で眩暈がしたのだろう、ふらついてエセルが慌てて支える。取り敢えずは血染めのドレスシャツを脱がせて綿のシャツを着せた。
甲斐甲斐しくボタンまで留めてやり、心配で堪らずに支えたままキッチンに誘導する。椅子に着席させ、沸いていた湯でマグカップにインスタント味噌汁を作ると和音に押しやった。
「サンキュ。あ、失敗したぜ、煙草とライターが上着の中だ」
「眩暈もしてるのに、もう。せめて食べてからにして」
電子レンジで温めた海苔弁当と唐揚げ弁当をシェアして頂いた。クスリの後遺症が抜けて、あとは僅かな痛みだけとなったエセルはともかく、高熱患者の和音まで本当に食欲が戻っていて、あっという間に食してしまう。物足りないらしく和音は菓子パンにまでかぶりついた。
そんな男にインスタントコーヒーを淹れてやり、エセルは本日の予定を告げる。
「じゃあシャワー浴びて着替えて、水山大学付属病院で今度は精密検査ね」
「寝れば治るって言ってるじゃねぇか」
「だめです。ホントに脳細胞が死んじゃったらどうするのサ!」
「大声出すなよ。分かった、分かった。じゃあシャワー浴びてくるからな。お先」
「どうぞ、傷と熱に障らない程度に、ごゆっくり」
バスルームに向かう和音を見送ってティーバッグの紅茶を淹れ椅子に腰掛けた。
マグカップ一杯のダージリンを飲み終わる前に和音が早々と上がってくる。黒髪は濡れたまま、綿のシャツと下着だけという格好でエセルは鋭く怒鳴った。
「和音っ! アナタは風邪を治そうという気があるんですかっ!」
首を竦めた男が肩から掛けたバスタオルを取り上げ、髪の雫を丁寧に拭ってやる。それだけでは納得いかずに寝室まで引っ張って行くとドライヤーで綺麗に黒髪を乾かし、コットンパンツとセーターを着せてから熱い紅茶のマグカップを押しつけた。
「それを飲んだら横になってて。分かった?」
言い置いて銀の髪留めを外し、自分もバスルームに向かう。
タイとソフトスーツはクリーニングに出すことにし、残りを洗濯乾燥機に入れるとスイッチを押しておいてシャワーを浴びた。長い髪をシャンプーで洗い、全身をボディソープで泡立てる。薄いヒゲも剃ってシャワーで泡を流すと、あの短時間ながら和音が溜めておいてくれたバスタブの湯に久々に浸かり、存分に肌を緩めた。
温めたお蔭で躰の痛みも薄らいで機嫌良くバスルームを出る。バスタオルで拭い、洗面所の鏡を見ながらドライヤーで髪を乾かした。手抜きをして自分まで風邪を引いては、いつまで経っても消費期限の危ない弁当生活を送るハメになってしまう。
着替えの用意を忘れたので腰にバスタオルを巻きつけると寝室に戻った。するとベッドの二枚掛け毛布が膨らんでいて、だがライティングチェストに置かれた灰皿は確か空っぽだった筈なのに今は吸い殻が小山を築いている。途端に頭が瞬間沸騰した。
「和音っ! 寝たふりしても誤魔化されないんだからねっ! あ、ああんっ!」
毛布を蹴り避けて跳ね起きた和音はすっかり素肌を晒し何も身に着けてはいなかった。そんな姿でいきなり抱き締められ、抱き上げられてベッドに放り出される。
「エセル、しようぜ」
「なっ、高熱の風邪引き患者が、何考えてるのサ!」
「だって、帰ったら本当にお前は俺だけだって、分からせてくれるっつったじゃねぇか。それともできねぇくらいに何処か痛むのか?」
「だからって……僕なんかよりアナタ、四十度の熱で……もう、バカっ!」
和音が心配でエセルは本当に泣きそうだった。でもベッドに上がってきた和音の滑らかな象牙色の肌と、婀娜っぽいような情欲を湛えた切れ長の目に見つめられてしまっては、期待も膨らんでしまうのは仕方ないだろう。
思わずエセルは和音に手を伸ばしていた。逞しい胸から引き締まった腹へと指を滑らせる。
椅子に腰を落とすとソファでボーッとしている和音を窺った。検査結果で異常は発見されなかったが、正常であれだけの熱が出るのはどう考えてもおかしい。やはり悪い病気ではないのか。そうでなくてもこのまま高熱が続けば体力の限界が近く訪れる筈だった。
そう考えてまたも冷たく硬くなった和音を想像してしまい涙が溢れそうになる。
もし和音が死んでしまったらこの国で自分はどうすればいいのだろうか。不安を抱えたまま目を瞑るとエセルの意識は混沌と悪夢が渦巻く闇に引きずり込まれた――。
一方で和音は黙ったままカップを手に自分のデスクに戻ると、煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。ボーッと紫煙を漂わせ、時折冷めたコーヒーを口に運ぶ。
そうしてふいに我に返るとエセルが向かいのデスクに突っ伏していた。
「エセル? おい、エセルどうした?」
「……」
返事どころか身動きひとつしないので途端に心配になる。煙草を消してエセルに近づくと、やや不規則な寝息が聞こえた。そっと手首に触れると脈は少し速いが正常範囲内である。だがスパイなどという商売柄、触れられても目を覚まさないエセルは、ある意味異常だった。
しかしクスリが切れた反動だと和音も分かっている。眠らないまま今日で三日目、疲れきっていて当然だった。それに点滴はしたが、まだ躰は相当痛んでいるだろう。
戦い終わってようやく眠りに就いたエセルを起こさないよう、細心の注意を払ってカップやコーヒーメーカに灰皿を片付けて帰り支度を整える。長瀬本家から回収した着替えのバッグは後日持ち帰ることにして、エセルにステンカラーコートを被せた。
コートで包んだエセルを和音は静かに抱き上げる。
第三SIT室を出ると苦労してドアをキィロックした。エレベーターで一階に降りたが、今日の大捕物で正面エントランスはメディアのカメラが多数張り付いている。仕方なく裏口から出た。
チェスターコートは黒いので分かりづらいが、和音は自分の血だけでなくヨシオの血も浴びている。目敏いメディアの人間に察知されては厄介だった。
もう日付が変わっていたが最終バスは残っている。けれどエセルを起こしたくない和音は大通りに出ると迷わずタクシーを捕まえて乗り込んだ。
またもヤクザ絡みの大事件が発覚したばかりである。そこに組幹部のような男が意識のない金髪の超美人を抱いてタクシーに乗ったのだ。緊張したドライバーは最速で紫川市内のアーケード街に着けた。料金精算して和音はエセルを抱き、タクシーを降りる。
向かったのはコンビニで、和音は抱いていたエセルを肩に担ぐと苦労して弁当だの菓子パンだのを買い込んだ。適当にカゴに放り込むとレジに向かう。
レジの男性店長はとっくに顔見知りで和音を見ると声を掛けてきた。
「あれ、こんな時間にご苦労様ですねえ。美人さんはお疲れですか?」
「ああ。かなりお疲れだからな、静かにしてやってくれ」
「はいはい。じゃあこれ、サーヴィスしときますんで」
白いビニール袋に入れられたのはポケットティッシュと強壮ドリンク二本で、ニヤニヤ笑う店長に和音は必死で普段の表情を保ち、エセルを抱き直しコンビニを出た。
ぶらぶら歩いて約二十分、アパートの自室に辿り着く。靴を脱いで上がるとエセルの靴も脱がせておいてドアロックし寝室でようやくエセルをベッドに寝かせた。
ゆっくり寝られるよう上着を脱がせてショルダーホルスタも解いてやる。自分も同じくすると和音も限界だった。エセルの横に倒れ込み、毛布だけ引っ張り上げると目を瞑る。
◇◇◇◇
やたらと悪夢を見たのち泥のような深い眠りを貪ったエセルは、目覚めてみて第三SIT室からいきなり和音の部屋にワープしていることに驚きながらも安堵した。自分の心の中を再確認したが得体の知れない不安感も消えていて、これもホッとする。
そしてベッドサイドのライティングチェスト上にあるデジタル表示の目覚まし時計を見て目を疑った。月曜にこの部屋を出て金曜の晩に戻った筈なのに、目覚ましは既に日曜の午前八時二十五分を示していたからだ。丸一日以上も眠ってしまったことになる。
暫し呆然としたのち傍に寝ている和音に目をやった。毛布を持ち上げてみる。互いにタイも締めたままのドレスシャツにスラックス姿だ。おまけに和音の衣服は黒々と血の染みがついていて、事の前後を思い出さなければ刺されたかと勘違いするところだった。
しわくちゃの服でそっと起き出す。まだ多少は痛む躰を庇いながらまずはリビングのエアコンを入れ、キッチンの電気ポットで湯を沸かした。テーブルには買い物袋が置きっ放しで、中身を検めると消費期限の危ない弁当にパン、何故か強壮ドリンクなどが出てきた。
余程和音も疲れていたのだろうかと考え、思い出して寝室に駆け戻る。救急箱から体温計を探し当て、眠る和音の乾いた唇に差し込んだ。電子音で和音が目を見開く。
「んあ、エセルお前、もう起きて大丈夫なのかよ?」
「僕より大丈夫じゃないのはアナタの方。まだ四十度二分もある、どうしよう?」
「どうもこうもねぇよ。二連休だ、たっぷり寝れば治るさ」
「もう連休じゃないよ、今日は日曜日」
「え、ああ? 何だそいつは?」
「僕に言われても困るんだけど、救急外来ならやってるよね。もっかい病院行こ?」
腕時計の曜日表示を眺める和音は聞いているのかいないのか、腹の中に猛獣でも飼っているような巨大な音を発した。
「お腹空いたの? その熱で?」
「あー、すんげぇ腹減ってさ。弁当買ってきてあるぞ」
「知ってるけど、消費期限が過ぎてるよ?」
「お互いにその程度で壊れるほど腹は繊細じゃねぇだろ。よし、食うぞ!」
勢い弾みをつけて和音は起き上がったが、やはり高熱で眩暈がしたのだろう、ふらついてエセルが慌てて支える。取り敢えずは血染めのドレスシャツを脱がせて綿のシャツを着せた。
甲斐甲斐しくボタンまで留めてやり、心配で堪らずに支えたままキッチンに誘導する。椅子に着席させ、沸いていた湯でマグカップにインスタント味噌汁を作ると和音に押しやった。
「サンキュ。あ、失敗したぜ、煙草とライターが上着の中だ」
「眩暈もしてるのに、もう。せめて食べてからにして」
電子レンジで温めた海苔弁当と唐揚げ弁当をシェアして頂いた。クスリの後遺症が抜けて、あとは僅かな痛みだけとなったエセルはともかく、高熱患者の和音まで本当に食欲が戻っていて、あっという間に食してしまう。物足りないらしく和音は菓子パンにまでかぶりついた。
そんな男にインスタントコーヒーを淹れてやり、エセルは本日の予定を告げる。
「じゃあシャワー浴びて着替えて、水山大学付属病院で今度は精密検査ね」
「寝れば治るって言ってるじゃねぇか」
「だめです。ホントに脳細胞が死んじゃったらどうするのサ!」
「大声出すなよ。分かった、分かった。じゃあシャワー浴びてくるからな。お先」
「どうぞ、傷と熱に障らない程度に、ごゆっくり」
バスルームに向かう和音を見送ってティーバッグの紅茶を淹れ椅子に腰掛けた。
マグカップ一杯のダージリンを飲み終わる前に和音が早々と上がってくる。黒髪は濡れたまま、綿のシャツと下着だけという格好でエセルは鋭く怒鳴った。
「和音っ! アナタは風邪を治そうという気があるんですかっ!」
首を竦めた男が肩から掛けたバスタオルを取り上げ、髪の雫を丁寧に拭ってやる。それだけでは納得いかずに寝室まで引っ張って行くとドライヤーで綺麗に黒髪を乾かし、コットンパンツとセーターを着せてから熱い紅茶のマグカップを押しつけた。
「それを飲んだら横になってて。分かった?」
言い置いて銀の髪留めを外し、自分もバスルームに向かう。
タイとソフトスーツはクリーニングに出すことにし、残りを洗濯乾燥機に入れるとスイッチを押しておいてシャワーを浴びた。長い髪をシャンプーで洗い、全身をボディソープで泡立てる。薄いヒゲも剃ってシャワーで泡を流すと、あの短時間ながら和音が溜めておいてくれたバスタブの湯に久々に浸かり、存分に肌を緩めた。
温めたお蔭で躰の痛みも薄らいで機嫌良くバスルームを出る。バスタオルで拭い、洗面所の鏡を見ながらドライヤーで髪を乾かした。手抜きをして自分まで風邪を引いては、いつまで経っても消費期限の危ない弁当生活を送るハメになってしまう。
着替えの用意を忘れたので腰にバスタオルを巻きつけると寝室に戻った。するとベッドの二枚掛け毛布が膨らんでいて、だがライティングチェストに置かれた灰皿は確か空っぽだった筈なのに今は吸い殻が小山を築いている。途端に頭が瞬間沸騰した。
「和音っ! 寝たふりしても誤魔化されないんだからねっ! あ、ああんっ!」
毛布を蹴り避けて跳ね起きた和音はすっかり素肌を晒し何も身に着けてはいなかった。そんな姿でいきなり抱き締められ、抱き上げられてベッドに放り出される。
「エセル、しようぜ」
「なっ、高熱の風邪引き患者が、何考えてるのサ!」
「だって、帰ったら本当にお前は俺だけだって、分からせてくれるっつったじゃねぇか。それともできねぇくらいに何処か痛むのか?」
「だからって……僕なんかよりアナタ、四十度の熱で……もう、バカっ!」
和音が心配でエセルは本当に泣きそうだった。でもベッドに上がってきた和音の滑らかな象牙色の肌と、婀娜っぽいような情欲を湛えた切れ長の目に見つめられてしまっては、期待も膨らんでしまうのは仕方ないだろう。
思わずエセルは和音に手を伸ばしていた。逞しい胸から引き締まった腹へと指を滑らせる。
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