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第15話

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「――新城、新城?」
「ん……ああ、何だ?」
「もう行かなきゃ、置いてきぼりにされちゃうよ。パトカーも来ちゃうだろうし」

 促されて和音はエセルとともに黒塗りに乗り込んだ。すぐに黒塗りは発車し、まもなく高速に乗る。ガードが連絡したのか、高速の入り口で先行の黒塗りは待っていた。
 つらなって走り出した黒塗り二台は意外にも交通規則を遵守し、ジャンクションから丘島市方面に向かう。その間、組長の機嫌は悪くなく、新しいガードを褒めることに終始していた。

「全く、大した腕だ。その上に危険を怖がるかと思えば、度胸もある」
「俺たちだって殺されたくはねぇからな」
「確かに夏木のタマ取りだ、お前たちは簡単に死なせては貰えまい」

 だが長瀬組組長の車を狙ってきた以上、今や一介のガードとなった和音たちより、長瀬克也を狙ったと考えた方が合理的である。長瀬のタマを取って名を上げ、箔を付けて分裂中の夏木組内での立場を優位にしようという『上』の目論見だったのだろう。

「けどこれで俺たちが夏木の紐付きじゃねぇのは分かっただろ」
「それすらもお前たちが俺を信用させんとする計画……違うか?」

 溜息をついて和音は組長を見たが、組長も本気ではないらしく笑っていた。

「何れにせよお前たちがいなければ、俺は殺られていただろう。礼を言う」
「それが仕事ですから」

 四人を殺してなお無表情のエセルが言い、組長は頬に浮かべた笑みを深くする。

「でもこれ以上の危険は勘弁だぜ、残弾が尽きたらアウトだからな」
「弾の心配は要らん、幾らでもやる」
「今日、帰るまでの話をしてるんだがな」

 分かっているとでも言うように組長は和音に頷いたが、何の説明もしない。しかし和音も何を考えているのか知れない、論理の通じない相手と無理に話したい訳でもなく黙った。
 やがて黒塗り二台は高速を降りて丘島市内のバイパスをひた走り、街道に降りて海岸通りに出る。そうして辿り着いたのはマリーナだった。

 黒塗りを降りて和音たちガード六名は組長と若頭を囲み、ヨットハウスに入る。ガラス張りの瀟洒なヨットハウスは一階にレストランとティーラウンジがあった。一団はティーラウンジの方に足を運ぶ。するとこちらを見つけて、ガード二名を従えた浜口会の浜口貸元と石原代貸がソファから立ち上がった。双方とも大仰に頭を下げたりせず、軽い会釈に留まる。

 一般客もいるのだ、過剰にヤクザ臭を振り撒かないよう配慮しているらしい。

「いやいや、長瀬さんがアクシデントに遭われたと聞いて、心配しておりましたよ」
「そちらからの『プレゼント』のお蔭で、この通りだ」

 浜口貸元と長瀬組長が肩を叩き合って挨拶を交わした。だがそれでも消せないヤクザ臭を察知して一般客は目を合わせないようにしている。そんな中で気を使ってでもいるのか、一団はソファに腰掛けることなくヨットハウスを出て傍の護岸を歩き始めた。

 護岸は勿論ヨットハーバーになっている。数々のヨットが接岸されているが、それらを横目に一団はぐいぐい歩き、一番先に停泊した船の前で足を止めた。

「すごい、大きいね」

 エセルが和音に囁く。同意して和音も頷いた。
 ヨットといっても帆は張られていない。全長二十メートルくらいありそうなクルーザーというヤツである。持ち船か借り物かは知らないが、かなりの豪華船だった。

 船内から見事に日焼けした男二人が出てきて歩み板を渡す。ここではガードも先導をせず、長瀬組長を筆頭に若頭と浜口会の二人が真っ先に乗り込んだ。続いて八名に膨れ上がったガードが乗り込むと、すぐに日焼けした二人の男がもやいを外し、アンカーを巻き上げる。

 合計十四名もの男を乗せたクルーザーは護岸を離れ、冬の海に乗り出した。

 日焼け男二人は船橋ブリッジで操舵し、それ以外の人員は客室キャビンに収まる。キャビンは和音が想像していたより広かったが、さすがに十二名が一室に詰め込まれると息苦しさを感じた。

 それを承知してのことか、勝手の分かったガードたちが動き出す。テーブルに置かれていた段ボール箱から仕出し弁当らしい塗りの箱を出し、ガードの数だけ別にしてから、弁当の他に缶ビールやウィスキーボトルの入った段ボール箱を抱えて隅の細い階段を上って行く。
 二、三分で戻ってきたガードが幹部四人に告げた。

「どうぞ、準備ができました」

 どうやら幹部たちは二階のキャビンで食事をするらしい。海の上でもあり、襲撃の恐れがないからだろう。ここからはガードも暫し食事休憩のようである。上階に上がってゆく幹部たちを見送って、和音とエセルも自分の食事を確保した。

 やや広くなったキャビンでテーブルに着き、なかなかに旨い仕出し弁当を味わう。

「何処に行くのかなあ。このまま密入国幇助とか、ありそうにないよね?」

 煮物を割り箸で優雅に摘みながらエセルが囁いた。天ぷらを囓りながら和音も応える。

「真っ昼間だしな。今頃幹部は密談か。盗聴器とか、持ってこれば良かったか?」
「見つかって海に浮かぶのはごめんだよ」
「確かにな。俺、泳げねぇし」

 不思議そうな顔をしてエセルは和音を見返した。

「こんなに水が沢山ある国に暮らしてて、泳げないの?」
「仕方ねぇだろ。そう言うお前はどうなんだよ?」
「小さい頃、川で泳いだよ。一時期お風呂代わりだったもん」

「ふん。泳ぐ前に船に酔わなきゃいいけどな」
「船が大きいし、天気も悪くないから大丈夫じゃないかな」

 どうでもいいことを喋りながら弁当を食してしまうと、他のガード三名が小さなガラスの灰皿を囲んで煙草を吸っているのを見つけ、和音も混ぜて貰う。二本吸ったところでエセルがアメジストの瞳で何事か訴えているのに気付き、灰の生産を一時中断した。

「どうした、何かあったか?」
「何にもなさすぎるから呼んだの。ねえ、海を見に行かない?」

 海など窓から見えるが、エセルの言いたいことは分かる。大海原を直接眺めたいのだ。寒い上に勝手な行動はどうかと思ったが、期待に輝く目を無視できない。
 二人でアッパーデッキと呼ばれる上甲板に出てみると、思った通りに酷く寒かった。

「エセルお前、風邪引くなよな」
「わあ、小さな島が幾つも見えるよ! あっちには船も浮かんでる!」
「人の言うことを聞いてんのか、お前は?」
「カモメがあんなにいる、魚の群れでもいるのかな?」

 ひとしきり騒いでエセルは納得したらしく、飛沫混じりの冷たい潮風に閉口した和音に促されて、ようやくキャビンに戻る。戻るなりガードの一人に告げられた。

「あと十五分くらいで着くからな、うろうろしないでくれ」

 出港して約一時間半、減速した船の窓外を和音は眺める。もっさりと緑が繁った小島にクルーザーは近づいていた。どう見ても人が住んでいないように思えるここが目的地らしい。

 ゆっくりとクルーザーは小島の周囲を迂回し、裏手の桟橋に横付けして停泊した。日焼け男二人がもやいを繋ぎ、アンカーを降ろして桟橋に歩み板を渡す。そこで上階から幹部四人が姿を現した。四人とも襟にファーのついたチェスターコートを羽織り、革手袋で防寒している。長瀬組長は黒のソフト帽まで被っていた。一般人のいないここではヤクザ臭も全開である。
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