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第24話
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「おい、夜盗を引っ括ったあんたの腕っぷしは分かったが、嫁入り前の若い娘が私と二人きりでは拙いだろう。何処か他の部屋を貸して貰えたら有難いのだがな」
「どうして? 眠いならそっちの扉が寝所になってるわよ」
「そこで私が寝たら、あんたは何処で寝るんだ?」
「何処でって……霧島の宮様、貴方はわたしと玉枝の話をちゃんと聞いてたの?」
「聞いていたぞ、半分は日本語ではないような気もしたが」
どうやら突然変異らしい銀髪の頭を振って有子は深々と溜息をついた。
「分からない? 宮様とわたしは結婚したのよ。正式には明後日の夜になるけれど」
「有子、あんたいったい何歳だ?」
「わたしはもう十六よ、来年の春、お正月がきたら」
「本当か、それは?」
確かに日本は昔、正月に歳を食っていた。そのくらいの知識は霧島にもあった。そしてそれは数え年だった筈である。ならば下手をするとまだ十四歳ということだ。
霧島の脳裏を『懲役一年執行猶予二年』などという言葉が駆け抜けた。女性に興味がなく手を出さなくても一緒に眠れば既成事実の出来上がりだ。
今度は霧島が溜息をつく。ストレートの男でも性癖が並みなら退くだろう。
一方で書き物に戻った有子は、なにほどとも思っていない軽い調子である。
「でも先に二人でお餅も食べちゃったし、もう夫婦も同然よね」
「冗談だろう、私は女子供とやる趣味はない」
十四歳相手に直裁的な表現だったが、有子は平然と言い返した。
「失礼ね、わたしはもう裳着もとっくに済ませた大人よ」
「大人なら、もっとしみじみ考えろ! くそう、もういい、私は出て行く」
不機嫌に立ち上がった霧島を有子が初めてシリアスな顔をして留める。
「待って、行っちゃだめ! もう丑の刻も三刻、外は夜盗も怨霊もいっぱいで――」
「もういいと言っている。あんたに遊ばれるのは沢山だ」
「……ごめんなさい」
切れ長の目に鋭く射られ、有子は俯いて謝った。だが次には昂然と顔を上げる。
「わたしたちを助けると思って、お願いよ。もう少しでいいからここにいて頂戴」
「あんたたちとは、あんたの他に誰を何から助けろと言うんだ?」
「わたしと妹の三の姫を……運命から」
急に酷く打ち沈んだようだったので、毒気を抜かれた霧島は火桶の前に座り直した。
「何だ、それは? あんた、それこそ捕まえて突き出すべきだろうが」
「証拠がないもの。それに同じ屋敷に住む身内から罪人を出したら、せっかく五位まで昇って殿上した父さまだって、官位を剥奪されかねないわ」
「同じ屋敷に敵を抱えて、親父の階級を構っている場合ではないだろう?」
「敷地は同じだけれど、ここは西の対よ。妹たちは東北の対に住んでるもの」
どうやら馬鹿みたいに広い土地に幾つもの建物があり、それぞれに名前が付いた挙げ句に渡殿という渡り廊下だけで繋がっているらしい。
「たかが大江氏なのに可笑しいでしょう? 何代か前の先祖が偶然夜盗団を捕まえた功績で主上からこの土地と地方の荘園を賜ったのよ。その次の代で金持ちの受領から北の方を娶って、屋敷だけはまるで藤原氏の大臣並みになっちゃったんですって」
「良くは分からんが、お蔭で私は溺れ死にそうになった訳だな」
「そうらしいわね。本当にわたしと結婚しない? 婿として一生困らせないわよ」
「誘いは有難いが遠慮しておく。私は女性がだめなんだ。それに私には一生涯を共にすると決めた人間がいる。一生、一緒に何でも見てゆくと誓い合った奴がな」
「似た格好をして小柄な……男の人よね?」
恥じることなく霧島は真っ直ぐに頷いた。有子はそれに微笑み返す。
「羨ましいわ、そんな人がいるなんて。まるで物語みたいね」
「この世界でも、そういうのはあるのか?」
「ええ。仏さまにお仕えするお坊様は女犯を避けなくちゃならないわ。だけど灌頂の儀式を受けたお稚児さんは観音様の化身と見做されるから、お坊様もお稚児さんとだけはそういうことも許されるのよ。お稚児さんって分かる?」
「牛若丸だの森蘭丸だの、もっと未来の人物で宗教だか戦略だかも分からん奴か」
また意味不明な霧島の言葉に小首をかしげてから有子は意味ありげに笑った。
「でも実際はお坊様だけじゃなくて貴族社会では少なくないみたいなの。女房たちがいつも噂してるもの。だからって奇しき恋は『何処ぞの姫をものにした』なんて自分で広める自慢話と違って、大っぴらに語りもしないらしいけれど」
「ふむ、奇しき恋か」
噂話に目を輝かせる輩は千年の昔にも生息していたらしい。こんな時代にまで噂の中心人物にされるのはご免だが、そんな心配よりもまずは京哉が生息しているかどうかだった。
今、あの月が照らす同じ空気を果たして京哉も吸っているのだろうか。
いや、霧島はこの世界に必ず京哉がいると信じ疑っていなかった。つまりあと六日以内に見つけられるかどうかだけが、霧島にとっての問題なのである。
けれど今の自分には休養がまず必要だった。生乾きの衣服は気持ち悪く、喧嘩と泥酔で連日ロクに眠れなかったのだ。
大欠伸をかますと、有子がすっくと立ち上がる。
「どうして? 眠いならそっちの扉が寝所になってるわよ」
「そこで私が寝たら、あんたは何処で寝るんだ?」
「何処でって……霧島の宮様、貴方はわたしと玉枝の話をちゃんと聞いてたの?」
「聞いていたぞ、半分は日本語ではないような気もしたが」
どうやら突然変異らしい銀髪の頭を振って有子は深々と溜息をついた。
「分からない? 宮様とわたしは結婚したのよ。正式には明後日の夜になるけれど」
「有子、あんたいったい何歳だ?」
「わたしはもう十六よ、来年の春、お正月がきたら」
「本当か、それは?」
確かに日本は昔、正月に歳を食っていた。そのくらいの知識は霧島にもあった。そしてそれは数え年だった筈である。ならば下手をするとまだ十四歳ということだ。
霧島の脳裏を『懲役一年執行猶予二年』などという言葉が駆け抜けた。女性に興味がなく手を出さなくても一緒に眠れば既成事実の出来上がりだ。
今度は霧島が溜息をつく。ストレートの男でも性癖が並みなら退くだろう。
一方で書き物に戻った有子は、なにほどとも思っていない軽い調子である。
「でも先に二人でお餅も食べちゃったし、もう夫婦も同然よね」
「冗談だろう、私は女子供とやる趣味はない」
十四歳相手に直裁的な表現だったが、有子は平然と言い返した。
「失礼ね、わたしはもう裳着もとっくに済ませた大人よ」
「大人なら、もっとしみじみ考えろ! くそう、もういい、私は出て行く」
不機嫌に立ち上がった霧島を有子が初めてシリアスな顔をして留める。
「待って、行っちゃだめ! もう丑の刻も三刻、外は夜盗も怨霊もいっぱいで――」
「もういいと言っている。あんたに遊ばれるのは沢山だ」
「……ごめんなさい」
切れ長の目に鋭く射られ、有子は俯いて謝った。だが次には昂然と顔を上げる。
「わたしたちを助けると思って、お願いよ。もう少しでいいからここにいて頂戴」
「あんたたちとは、あんたの他に誰を何から助けろと言うんだ?」
「わたしと妹の三の姫を……運命から」
急に酷く打ち沈んだようだったので、毒気を抜かれた霧島は火桶の前に座り直した。
「何だ、それは? あんた、それこそ捕まえて突き出すべきだろうが」
「証拠がないもの。それに同じ屋敷に住む身内から罪人を出したら、せっかく五位まで昇って殿上した父さまだって、官位を剥奪されかねないわ」
「同じ屋敷に敵を抱えて、親父の階級を構っている場合ではないだろう?」
「敷地は同じだけれど、ここは西の対よ。妹たちは東北の対に住んでるもの」
どうやら馬鹿みたいに広い土地に幾つもの建物があり、それぞれに名前が付いた挙げ句に渡殿という渡り廊下だけで繋がっているらしい。
「たかが大江氏なのに可笑しいでしょう? 何代か前の先祖が偶然夜盗団を捕まえた功績で主上からこの土地と地方の荘園を賜ったのよ。その次の代で金持ちの受領から北の方を娶って、屋敷だけはまるで藤原氏の大臣並みになっちゃったんですって」
「良くは分からんが、お蔭で私は溺れ死にそうになった訳だな」
「そうらしいわね。本当にわたしと結婚しない? 婿として一生困らせないわよ」
「誘いは有難いが遠慮しておく。私は女性がだめなんだ。それに私には一生涯を共にすると決めた人間がいる。一生、一緒に何でも見てゆくと誓い合った奴がな」
「似た格好をして小柄な……男の人よね?」
恥じることなく霧島は真っ直ぐに頷いた。有子はそれに微笑み返す。
「羨ましいわ、そんな人がいるなんて。まるで物語みたいね」
「この世界でも、そういうのはあるのか?」
「ええ。仏さまにお仕えするお坊様は女犯を避けなくちゃならないわ。だけど灌頂の儀式を受けたお稚児さんは観音様の化身と見做されるから、お坊様もお稚児さんとだけはそういうことも許されるのよ。お稚児さんって分かる?」
「牛若丸だの森蘭丸だの、もっと未来の人物で宗教だか戦略だかも分からん奴か」
また意味不明な霧島の言葉に小首をかしげてから有子は意味ありげに笑った。
「でも実際はお坊様だけじゃなくて貴族社会では少なくないみたいなの。女房たちがいつも噂してるもの。だからって奇しき恋は『何処ぞの姫をものにした』なんて自分で広める自慢話と違って、大っぴらに語りもしないらしいけれど」
「ふむ、奇しき恋か」
噂話に目を輝かせる輩は千年の昔にも生息していたらしい。こんな時代にまで噂の中心人物にされるのはご免だが、そんな心配よりもまずは京哉が生息しているかどうかだった。
今、あの月が照らす同じ空気を果たして京哉も吸っているのだろうか。
いや、霧島はこの世界に必ず京哉がいると信じ疑っていなかった。つまりあと六日以内に見つけられるかどうかだけが、霧島にとっての問題なのである。
けれど今の自分には休養がまず必要だった。生乾きの衣服は気持ち悪く、喧嘩と泥酔で連日ロクに眠れなかったのだ。
大欠伸をかますと、有子がすっくと立ち上がる。
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