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第42話

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「もう三時半、あと三時間もすれば日が昇っちゃいますね」
「くそう、またあの格好させられるのか。いい加減にして欲しいな、全く」
「でも貴方はいいですよ、女房姿なら何処にいても見咎められないんですから」
「お前はその髪だからな、朝にはまた『秋姫』か。ご苦労さん」

 ふと簀の子の縁から二人は夜空を見上げる。星屑の中に黄色い半月が輝いていた。

「こうして見ると月は変わりませんね。あと三日で元の世界では特例案件かあ」
国連特別平和維持軍PKFも千年過去までは追ってこないだろう……おい、今の音が聞こえたか?」

 同時に京哉も人の気配に気付いていた。それもただごとでない奇声を上げている。二人は柵を跳び越え玉砂利の敷かれた地面に降り立った。玉砂利の広大な庭には木々の植え込みや、これもまた池までがしつらえてある。その池の方から奇声は響いてきていた。
 霧島と京哉は月と星明かりに頼りながら、いつでも銃を抜ける態勢で慎重に歩を進める。

 池で何かが暴れていた。随分と元の世界と違うとはいえ、この時代に身の丈二メートル近い鯉がいるとは聞いていない。それこそ夜盗かも知れず、二人は警戒しつつ近づいた。

「たっ……助けて、溺れる~っ!」
「だ、誰か……死ぬ、溺れる~っ!」

 顔を見合わせた二人は弾かれたように駆け寄った。それは長身痩躯に短躯太めの黒い凸凹コンビ、つまり時空警察だった。岸近くに流れてきたのを二人は引きずり上げてやる。

「ハァ、ハァ……助かりました」
「死ぬかと思いました……ハァ、ハァ」

 彼らに依ると時空警察の総力を挙げて霧島たちの痕跡を追い、ようやく突き止めたが壊れかけの時空座標確定機で跳ばされたのは霧島と同じく池の中だったという。

「いやあ、参りましたよ……は、ハックション!」
「ハックション、ずびび……では、霧島忍、鳴海京哉、帰りましょうか」

 霧島と京哉は再び顔を見合わせた。まさかこんなにあっさりと迎えが来るとは思っても見なかったのだ。本当なら嬉しい筈だが何故か霧島は戸惑いの方が大きかった。

「今日、今帰らなければ拙いのか?」
「どういうことでしょう。もう明後日の夜には期限がきてしまうのですよ?」
「だが世界の終わりの始まりまでは三日もあるのだろう?」
「確かに三日間ありますが、何をおっしゃりたいのでしょう?」

 窺うような京哉の目に霧島は灰色の目を向けて牽制しつつ言い募った。

「あんたらのミスでこんな事態に陥り、私と京哉は酷い目に遭った。京哉のこの髪を見ても分かるだろう。許す代わりに交換条件だ。あと三日間、私たちに過去見物をさせろ」
「過去見物、ですか?」
「そうだ。この際、見聞を広めたいと思ってな。それとも落とし前に二、三発食らいたいのなら言ってくれ。いつでも受付中だぞ」
「わあっ、撃たないで下さいっ! ですが霧島忍、鳴海京哉に――」
「分かっている、二度とふられたりせん。安心していろ」

 黒服二人は霧島の言葉で安堵したものか、揃って深々と頷いた。

「そうですか。でもここは元の世界とは違うのです。元の世界とはパラレルになった違う宇宙の過去なのです。ですからくれぐれも歴史に関わらないようにして下さい」
「ちょっと待て。京哉を捜す段階で『パラレル宇宙には跳ばされない、それは遥か未来の高度な技術だから否定できる』と言っていたのはガセだったのか?」

「ガセじゃあ、ありませんよ。でも元の世界で過去に跳ばされていたら鳴海京哉は結構な確率で危なかったんです、十一人の子供を作ってしまうという意味で」
「そうなんです。高度な未来の技術をも凌駕する力、具体的に言えば霧島忍、貴方の愛情だの渇望だの、とにかく通常では考えられないほど強く激しい執念のような力が働いて、鳴海京哉はパラレル宇宙に押し出され、転がり落ちたのです」

 霧島も京哉もよく分からなかったが、実際には社会科や日本史の教科書に載っていた平安時代と何ら変わらず、言葉も日本語が通じるのでどうでもいいことだった。

「まあ、そういう訳なので歴史に干渉するのは御法度ですよ。この宇宙は破綻しないまま上手くタモが編み込まれているんですから。本当にもう勘弁なんですからね」
「勘弁はこちらだ、どれだけ迷惑を被ったと……もういい。迎えは三日後の夜だ」
「分かりましたが、くれぐれも歴史は変えないで下さいよ」
「しつこいぞ、分かったから帰れ」

 それでも幾度も念を押しつつ、黒い凸凹コンビは欠けた白い時空座標確定機を操作して消えた。ふん、と鼻を鳴らして霧島が踵を返そうとすると京哉が醒めた目で見ている。
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