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第47話

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 いきなりドスンと落っことされて霧島と京哉は尻餅をついた。二人共したたか腰を打って顔をしかめる。片や悔しいことに慣れからか黒服凸凹コンビは平然と立って笑っていた。

「いやいや、時空座標確定機は正常作動したようです」
「良かった、良かった。では末永くお幸せに」
「霧島忍、今後も使命を忘れないで下さいよ。では」

 何の外連味も礼も謝罪もなく時空警察の二人は揺らめきもせずに消えた。

「全く、人騒がせな奴らだ」
「それより忍さん、貴方はキッチンのヒータを点けっ放しで出掛けたんですか?」
「いや、ちゃんと火元は確認したぞ?」

 だが見慣れたダイニングキッチンのヒータは確かにスイッチが入ったまま、鍋のビーフシチューがいい匂いをさせている。
 おまけにオーブンではスライスされたバゲットがガーリックとバターの香ばしい匂いをさせていて、霧島と京哉は揃って腹を鳴らした。

 恐る恐る確かめてみるとビーフシチューはまるで減っておらず、腐ってもいない。そこで霧島が腕時計を見ると二十一時過ぎだった。だがそこで奇妙なことに気付く。

「私の腕時計の日付がずれているんだがな」
「あ、僕の腕時計も日付がおかしいかも」

 半永久的に精確な日付を刻む電波時計を二人はまじまじと眺めた。表示されているのは京哉がお見合いをする前日の日付である。
 日差や月差を是正するのは夜中の二時に電波を受信する時だ。それまで放っておこうと京哉は敢えて時計は弄らず霧島を見上げた。

「あのう、もしかして僕らって時間を戻りすぎたんじゃないでしょうか?」
「なるほど。可能性としてはあり得るな」
「じゃあ僕はまだお見合いをしていない?」
「おそらくな。それより私は腹が減った、久しぶりの現代飯を食うぞ」

 現実認識能力の高い二人は手を洗ってプレートやカトラリーを出し、ビーフシチューとガーリックトーストにサラダの夕食を準備するとテーブルに着き手を合わせた。

「頂きまーす。ん、美味しいよう!」
「我ながら久々に食う濃い味が沁みるほど旨いな」

 ものすごい勢いで食べてしまうと二人で片付け、コンビニに走って京哉の髪を染め直すためのヘアカラーを買い求める。二人で風呂に入り、京哉の髪を染めてから上がったが、今度は黒服の凸凹二人組も現れず、裸を見られることもなかった。

 そのあと二人は懐かしのダブルベッドで存分に愛し合った。

 一度経験した通りに途中で御前からの電話を受けたが、もう馬鹿馬鹿しい喧嘩などしない。時も、宇宙さえも超えてなお互いの想いが繋がっている。
 誰よりも魂が近いのだと知った二人は再び愛し合って、窓の外が白んでから抱き合ったまま微睡んだのだった。

◇◇◇◇

 翌朝はビーフシチューの残りとサラダに買い置きのパック飯を温めてしっかりと朝食を摂ったのち、二人はオーダーメイドのスリーピーススーツに着替えた。
 ジャケットの内側にはショルダーホルスタで銃を吊り、ベルトにはスペアマガジン二本入りのパウチも着ける。
 京哉は伊達眼鏡もかけて二人で頷き合ってから部屋を出た。

 白いセダンのステアリングを握った霧島を窺い、京哉は訊いてみる。

「本当にお見合いに一緒に来てくれるんですか?」
「お前が言葉を尽くすより早いだろう?」
「でも霧島カンパニーとしては拙いんじゃないですかね?」
「構わん。お前は私のもの、私はお前のものだと前々から公言してきたのだからな」

「それとこれとは別じゃないかと……」
「ならば京哉、お前はクソ親父の体面のために結婚するのか?」
「それは断じてありませんから心配無用です」
「私の同行も心配無用だ。……三人の相手のうち、二人まではな」

 喋りつつ、ゆったりとした霧島の運転で白藤市に着いた。まだ時間的に早すぎたため、霧島はセダンを県警本部庁舎裏の関係者専用駐車場に入れる。
 休日ではあったが時間調整と常日頃のクセで自然と機捜の詰め所に上がった。皆に身を折る敬礼をされラフな挙手敬礼で答礼しながら隊長のデスクに就く。
 京哉はサーヴィスで皆に茶を淹れた。

 すると二人に目を向けた小田切が首を傾げて訊いてくる。

「休日に二人揃ってお洒落して、いったいどうしたんだい?」
「五月蠅い小田切。黙っていろ」
「冷たいなあ。そのお洒落、まさか結婚式場の予約にでも行くとか?」

 にやにや笑いながら小田切が揶揄すると聞いていた隊員たちが騒ぎ始める。

「何だって、隊長と鳴海がとうとう結婚か?」
「そいつはめでたいな。でもどうしたんだろうな、急に」
「もしかして鳴海が妊娠したのかも知れんぞ」

 京哉は恥ずかしくて堪らなくなり頬に血が上るのを感じたが、肯定も否定も噂話のネタを投げ与えるだけなので茶と煙草を交互に口に運びつつ涼しい顔を維持だ。

 一方の霧島は本気で京哉との挙式をどうするか、などと考え始めている。

「そろそろ時間だな。鳴海、見合いに遅刻は拙い。行くぞ」

 その言葉を聞いて隊員たちが『鳴海が見合い~っ?』と唱和し仰け反ったが、構うことなく霧島は京哉を促して機捜の詰め所を出た。本部庁舎を出ると機動性を考えてタクシーを利用する。まずはミリアムホテル最上階のコーヒーラウンジに向かった。

 到着時刻は十時二十分、既にサンゲツ資源開発工業会長の一人娘で十九歳という見合いの相手は席に着いて待っていた。京哉は霧島を見上げ、灰色の目に頷いてから進み出る。

「お待たせして申し訳ありません。僕が鳴海京哉です。そしてこっちが――」
「鳴海の婚約者の霧島忍です」

 呆気にとられて声も出せない栗毛の女性に二人はそっとペアリングを見せた。

「手違いでこんなことになってしまって、本当に申し訳ない」
「そんな……でも、悔しいくらいお似合いだわ」

 相手の女性は泣きそうになったが涙は零さず微笑んで二人を見送ってくれた。

 次もマイスノーホテルにタクシーで向かい、ラ・キュイジーヌ・フランセーズ・オジアーナでスズモト製鋼株式会社社長次女で二十七歳にも揃って詫びを入れる。

 そうして見合いのハシゴも三段目、ウィンザーホテル最上階の甘味処『祇園庵』の前に二人は辿り着いた。上下から顔を見合わせると互いに頷き気合を入れ直す。

 最後の難関ニッコーゼネラル重工会長のご令嬢・綾小路春乃、二十三歳であった。
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