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ヘモグロビン、OかCOか
第30話
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「焼き肉屋だっけか?」
「ヴィーガンの逆はジョークです」
「ジョークでも構いませんがね、そうそう貧血で倒れられても困るんだよ」
見れば通りの少し先に割と有名な焼き肉屋のチェーンが派手な看板を灯していた。
広い駐車場にランクルを駐めると、何も言わないのに二人してジャケットを脱いだのが可笑しかった。ついでにタイも解いて座席に放り込むとロックし、二人して入店。
ボックス席に案内されると水とお絞りと交換に、慧さんは僕が心配になるくらい大量の肉を注文する。
「儚げな美少女ならともかく、男子高校生が貧血は様になりませんからねえ」
「好きで貧血になった訳じゃ……」
「でしょうとも。だから食え。鉄剤注射は面倒だぞ」
「面倒?」
「医者通いが、だ。酷いと週に一度や二度じゃなくなる。それも射った後は気持ち悪い」
「はあ、そうなんですか」
なるほど、経験者のようだと僕は思う。
慧さんはそれほど背は高くない。僕より何センチか高いくらいで痩身だ。子供の頃の一番栄養を必要とする成長期に、まともな生活が送れなかったのかな……なんて考えてコップの水を飲んだ。戦中・戦後じゃあるまいしと笑われそうだけれど、実際に僕は小学校入学時の内科検診で『今どき珍しい栄養失調児』と医師から評された。体重は三歳児平均しかなかった。
それがここまで育ったのだから幸いだ、喩え貧血でも。
「だからってレバーばっかり寄越さないで下さい」
「寄越していませんよ、自分の肉は自分で焼くのが鉄則ですからねえ」
「鍋奉行ならぬ焼肉奉行ですか」
どうでもいい雑談をしながら腹一杯、肉を詰め込んでから慧さんに謝る。
「他の人とこれば飲めるのに、すみません」
「何だ、俺が『ぼっち』だと遠回しな嫌味か?」
「そうじゃありません。こっちが真面目に謝っている時くらい、まぜっかえさずにいられないんですか?」
「まぜっかえしてねぇぞ。ぼっちじゃねぇにしろ一緒に飲めるような奴らは仕事か、仕事で飲んでるかだ」
まあ、確かに藤村弁護士やカネで動いた人間と橋渡ししたような人種は、化学の講師のような訳にはいかないだろう。それにあの似合わぬデザイナーズマンションのペントハウスに帰れば、慧さんは気ままに飲んでいるようだ。
あまり同じ空間に居ると変に煮詰まりそうだったので、なるべく『ここ』と決めた自室から僕は出ないけれど。
ランクルを運転する慧さんに僕はまた謝った。今度は恐る恐る。
「あのう、偉そうに『鎧』とか『バリア』とか……すみませんでした」
いつの間にか煙草を咥えていた慧さんは器用に片眉を上げて見せ、もうそれが不機嫌の種にはならないことを示してくれる。ただ僕はあの時、本気で慧さんに言ったのだ。
本当の慧さんを僕に見せてくれませんか、と。
でも飼われてる身で、返しきれない恩を受けた僕には贅沢すぎる要求だった。
――そこまで考えて僕は馬鹿馬鹿しくも嘘っぽい現実に気付いた。
僕は拝島慧という、この隣で今はいつもと同じく飄々としている人が好きだ。恋愛感情を抱いている。
それだけじゃない。
ストーカー・実行不能と言ってもいい持ち掛けた契約・短いメールの一文から悟り、護るために動いたこと。
これ全て水谷透のプライドに対する実験? ありえないだろう。
慧さんが不機嫌になった理由がはっきり分かった。拝島慧も水谷透が好きなんだ、恋愛感情で以て。だから膿んだ病巣までは見せたくなかった。これは拝島慧のプライド。
未だ慧さんはサヴァイバーじゃないのかも知れない。そりゃあ心的外傷後ストレス障害・PTSDを背負っているのは当然だろうけど、それだけじゃない。飄々とした大人なフリのバリアで固めた中心には、じくじくした病巣を抱えてどうしようもなくドン底で泣いている子供がいるのかも。ほんの欠片のようなプライドを握り締めて。
僕に何ができるのだろう。慧さんの傷を舐めたいという想いが僕に湧いた。それには慧さんに何処まで晒させることができるかにも依る。
僕がこんなことを考えていると知ったら、慧さんは不機嫌になるだけじゃ済まないのかも知れないけれど。
だけどこれは『拝島慧に欲しがられた水谷透』にしかできない事なんじゃないかな。
「失敗したら心中、殺し合いかな?」
「ああん、何だ、いきなり。それになあ、透よ。俺はバリアなんか張ってる自覚はさらさらねぇんだ。でもな、これは生きてくために作った自分の殻だってこたあ解ってる。つまりだな……これも身の内で剥がし方なんか分からん」
「……すみませんでした」
「もういい、『偉そうにガキが』と思ったのは事実だがな」
少々凄まれて僕は言葉を呑み込んだ。
『もしバリアが剥がせたら、内側は一番に僕に見せてくれますか?』という科白を。臭すぎる上に早すぎる。
「ヴィーガンの逆はジョークです」
「ジョークでも構いませんがね、そうそう貧血で倒れられても困るんだよ」
見れば通りの少し先に割と有名な焼き肉屋のチェーンが派手な看板を灯していた。
広い駐車場にランクルを駐めると、何も言わないのに二人してジャケットを脱いだのが可笑しかった。ついでにタイも解いて座席に放り込むとロックし、二人して入店。
ボックス席に案内されると水とお絞りと交換に、慧さんは僕が心配になるくらい大量の肉を注文する。
「儚げな美少女ならともかく、男子高校生が貧血は様になりませんからねえ」
「好きで貧血になった訳じゃ……」
「でしょうとも。だから食え。鉄剤注射は面倒だぞ」
「面倒?」
「医者通いが、だ。酷いと週に一度や二度じゃなくなる。それも射った後は気持ち悪い」
「はあ、そうなんですか」
なるほど、経験者のようだと僕は思う。
慧さんはそれほど背は高くない。僕より何センチか高いくらいで痩身だ。子供の頃の一番栄養を必要とする成長期に、まともな生活が送れなかったのかな……なんて考えてコップの水を飲んだ。戦中・戦後じゃあるまいしと笑われそうだけれど、実際に僕は小学校入学時の内科検診で『今どき珍しい栄養失調児』と医師から評された。体重は三歳児平均しかなかった。
それがここまで育ったのだから幸いだ、喩え貧血でも。
「だからってレバーばっかり寄越さないで下さい」
「寄越していませんよ、自分の肉は自分で焼くのが鉄則ですからねえ」
「鍋奉行ならぬ焼肉奉行ですか」
どうでもいい雑談をしながら腹一杯、肉を詰め込んでから慧さんに謝る。
「他の人とこれば飲めるのに、すみません」
「何だ、俺が『ぼっち』だと遠回しな嫌味か?」
「そうじゃありません。こっちが真面目に謝っている時くらい、まぜっかえさずにいられないんですか?」
「まぜっかえしてねぇぞ。ぼっちじゃねぇにしろ一緒に飲めるような奴らは仕事か、仕事で飲んでるかだ」
まあ、確かに藤村弁護士やカネで動いた人間と橋渡ししたような人種は、化学の講師のような訳にはいかないだろう。それにあの似合わぬデザイナーズマンションのペントハウスに帰れば、慧さんは気ままに飲んでいるようだ。
あまり同じ空間に居ると変に煮詰まりそうだったので、なるべく『ここ』と決めた自室から僕は出ないけれど。
ランクルを運転する慧さんに僕はまた謝った。今度は恐る恐る。
「あのう、偉そうに『鎧』とか『バリア』とか……すみませんでした」
いつの間にか煙草を咥えていた慧さんは器用に片眉を上げて見せ、もうそれが不機嫌の種にはならないことを示してくれる。ただ僕はあの時、本気で慧さんに言ったのだ。
本当の慧さんを僕に見せてくれませんか、と。
でも飼われてる身で、返しきれない恩を受けた僕には贅沢すぎる要求だった。
――そこまで考えて僕は馬鹿馬鹿しくも嘘っぽい現実に気付いた。
僕は拝島慧という、この隣で今はいつもと同じく飄々としている人が好きだ。恋愛感情を抱いている。
それだけじゃない。
ストーカー・実行不能と言ってもいい持ち掛けた契約・短いメールの一文から悟り、護るために動いたこと。
これ全て水谷透のプライドに対する実験? ありえないだろう。
慧さんが不機嫌になった理由がはっきり分かった。拝島慧も水谷透が好きなんだ、恋愛感情で以て。だから膿んだ病巣までは見せたくなかった。これは拝島慧のプライド。
未だ慧さんはサヴァイバーじゃないのかも知れない。そりゃあ心的外傷後ストレス障害・PTSDを背負っているのは当然だろうけど、それだけじゃない。飄々とした大人なフリのバリアで固めた中心には、じくじくした病巣を抱えてどうしようもなくドン底で泣いている子供がいるのかも。ほんの欠片のようなプライドを握り締めて。
僕に何ができるのだろう。慧さんの傷を舐めたいという想いが僕に湧いた。それには慧さんに何処まで晒させることができるかにも依る。
僕がこんなことを考えていると知ったら、慧さんは不機嫌になるだけじゃ済まないのかも知れないけれど。
だけどこれは『拝島慧に欲しがられた水谷透』にしかできない事なんじゃないかな。
「失敗したら心中、殺し合いかな?」
「ああん、何だ、いきなり。それになあ、透よ。俺はバリアなんか張ってる自覚はさらさらねぇんだ。でもな、これは生きてくために作った自分の殻だってこたあ解ってる。つまりだな……これも身の内で剥がし方なんか分からん」
「……すみませんでした」
「もういい、『偉そうにガキが』と思ったのは事実だがな」
少々凄まれて僕は言葉を呑み込んだ。
『もしバリアが剥がせたら、内側は一番に僕に見せてくれますか?』という科白を。臭すぎる上に早すぎる。
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