不自由ない檻

志賀雅基

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今朝の絶望は深度を増し

第6話

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 果てしなく確率は低いけれど、帰ったらキッチンのテーブルに母がカネを置いたのがそのままになっているか、もしくはあの男が遊びに出ていて母親はまだ眠っていないというシチュエーションに賭けるしかない。

 それがだめなら昼休みの終わりに仮病でも――。

 金属の輪っかが邪魔で捻り折ると捨て、空ボトルを手にゆっくり階段でホームに上がろうとして気付いた。
 ホームから怒号が響いて交差している。もっと注意深く聴くと切れ切れに聞こえる怒号の中に「人身事故」だの「自殺」だの「学生」といった結構な大ごとらしき内容が飛び込んでくる。

 初めに僕が思ったのは、
『テーブルの上にカネが置かれていても帰った頃には盗られてるな』
 という、自分の身に迫った危機だった。高校生にもなって5000円くらい、それこそ小学生のお年玉レヴェルのカネを捻り出せないのが、僕はとても嫌だった。何にも増して嫌だったのだ。

 調子のいい奴なら『あ、今日だっけ? ごめん、明日!』で済むのに、僕はそれじゃあ済まないから。明日になっても払える保証がない。たったの5000円で「まだ払えないの?」と顔を合わせるたびに催促され、それを大抵の相手は悪気もなく周囲に誰がどれだけいても訊いてくる。

 高校生にして付け馬状態だ。それが一日何度も繰り返される。

 常にカネを使わなければ生きていけないこの社会で、カネがないということはどういうことかを考えてみて欲しい。親に言えばくれるから分からない? 言わなくてもくれるから分からないか。

 先回りして貰い、手厚く保護され、ぶつからないよう誘導されて、傷ひとつない状態で社会に放り出されるよりも、僕くらいとまではいわないけれど、ある程度の痛みを知っておくのも悪くないと思う。
 何だよ偉そうだなあと自分で苦笑いして、それでも想像力くらい働かせてくれたっていいんじゃないかと独りで唇を尖らせた。

 それとも想像力が無いのは僕の方なのか。

 普通の家庭で普通に暮らしている普通の子供で高校生。何処から何処までが普通なのかを彼らは常にアンテナを立てて敏感に探り当て、その標準値を目指して泳ぎ渡っているのだ。
 普通であることにプライドを懸けてでもいるかのような皆を横目に、グレているのでもなく授業についてゆけない訳でもないのに、喋れば当たり前に喋り返すのに、大人しく本ばかり読んでいる耳をピアスだらけにした男子。

 変わった浮き方をしている僕は、却って普通である大変さを想像できていないのかも知れなかった。

 片親だけれど母親を見ていて飛び抜けて異常に思ったことはなく、僕は父親に似たのかも知れない。賢かったかどうかなど分からないが、知能の高い人ではあったらしい。だから狭いマンションの一部屋は本で埋もれていて、母親でさえ寝しなに何冊か引っ張り出していることさえあるくらいだ。

 その部屋だけは母親も自分の今の彼氏になるべく出入りさせたがらない。
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