不自由ない檻

志賀雅基

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持たざる力を嘆くより

第13話 

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 拝島先生はまるで何か言い訳でもするようにあれこれ喋ったけれど、結局はお互いに『』で付き合いたいと遠回しながらも僕に伝えたかったんじゃないか。
 そんなことを思い始めたのは僕がまともに立ち歩けるようになって移動し、先生の車の助手席から夜のギラギラしている割に温度のない看板群を遠目に眺めた頃だった。

 乗っている車はお世辞にも乗り心地は良くなくて、やけに揺れるというか弾むので、ずっと乗っていると腰や尻が痛くなりそうだ。
 車には詳しくないけれど一見して相当古いと分かるクリーム色のアウトドア派御用達。それにしたってゴツいので訊くと、

「ランクル、ランドクルーザーの初期型だ。部品はメーカーに残ってるから維持できてるが、実際カネ食い虫でしかないな」

 などと悪態をつきながらも口許はほころんでいた。そういうのを弄る趣味があるのか、単に『この車』が好きなのかは分からない。ただ、カネに困っていない人間が好んで乗るタイプの車じゃないような気はした。三十代そこそこの男でカネがあるなら、もっとスポーティーな車に乗りたがりそうだけれど。

 なら、この車に愛着があるってことなのか。
 そういう感傷的な考え方をするようには見えないと言ったら失礼だろうな。

 送ってくれると言いつつ普通に使う道とは違い、山沿いの高台を通る道を使ったのは、おそらく人目を気にしての事ではないだろう。じゃあ何故かと考えれば複数の答えらしきものが浮かぶけれど、僕が本当は家になど帰りたがっていない事を察してくれた……なんて、人を買おうとする人間に期待は甘すぎるだろうか。

 それとも飽きるほどストーカーした相手とドライブとか。笑える。

 でも、拝島先生の言葉を素直に受け取るなら「素で付き合いたい」と翻訳したって良さそうではある。物凄く僕がお人好しで疑うことを知らない無垢な人間なら、そう思っていられる幸せを噛み締めている筈だ、今頃は。

 それが本当なら僕は拝島慧と心中してやってもいい。

 運転する横顔をチラリと窺う。セルフレームの黒縁眼鏡なんて代物はジョークグッズかと思っていたけれど、あながち間違いではなさそうだ。レンズは度が入っていない、たぶん。ストーカーの時のために日常の方で変装でもしているのだろうか。

 服は着古して型崩れした黒いスーツに緩めてぶら下がったネクタイが幾何学模様の臙脂。教師としては無難な感じだ。通う高校は生徒の制服がネクタイ付きなので、体育教官以外は教師も一応はきちんとした身なりを要求されているらしい。

 チョークで汚れるから高級スーツを着る教師は殆どいないと聞いたことがある。拝島氏のスーツもくたびれ切っていた。けれど授業中は白衣を着るからか、それほどみすぼらしく思ったことは無い。というよりも僕はこの講師が僕にここまで関わるなんて思っても見ず、今まで注視した事がなかった。
 黒縁眼鏡はお笑いだけど横顔は割と整っていた。でも、わざわざ残す方が難しいような無精ひげは何だろう。髪だってそう短くないのに整髪料も使っていない。
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