不自由ない檻

志賀雅基

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不安と殺意に鎖で繋がれ

第11話 

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 まるで昔の喧嘩か果たし合いでも始めるみたいに互いに相手に名前を口にしたけれど、僕自身、これまで化学の授業で当てられたこともないのに講師のフルネームを覚えていたのは少し意外な感じがしたし、拝島先生が確かに僕を意識していたと知った。それだけだ。

 それだけで僕は余りに近くから見下ろしてくる拝島先生の煙草の匂いが気になって、余計なひとことを放ってしまう前に目を瞑る。狸寝入りだとバレても良かった。ただ、干渉しないで欲しいという意志表示だ。まだ吐き気と同居しているのに煙草の匂いまで加わるのはキツい。

 どうしたって煙草の匂いは母親の彼氏が僕を殴った後に吐く唾を思わせる。

 そんなことを考える僕の目から何かを読み取りでもしたのか、拝島先生は立ち上がった。すたすたと離れて自分の居場所らしきデスクに就く。次には椅子が軋んで折れるんじゃないかと心配になるような音を立てた。たぶん思い切り背凭れに荷重をかけて、デスクに足でも載せたんだろう。

 随分と古い漫画にでも出てきそうな、ステレオタイプの『素行が良くない生徒の気持ちを理解する教師』といったところか。ドラマや映画でもある、『俺もそちら側だ』的な科白や仕草。
 僕を専属で飼おうとする人間の、何処が僕と同じ側なのか。

 おまけに煙草の煙までが漂ってきて、いい加減にこの部屋から出て行きたかったが、そう考える一方で僕の脳ミソは半分以上、眠りかけていた。
 危険だと思う反面、拝島氏が校内で生徒に手を出すほどイカレた教師ではないと勝手に決めつけたくなるくらい、その時の僕には睡眠という休息が必要だったのだ。

 独りきりじゃないのに眠るなんて、大麻女の前で気絶した以外では思い出せる限り覚えがない。
 客によってはワイシャツ男みたいに一緒に眠らせたがる奴もいる。勿論、僕は言われた通りにするしかないけれど、まさか本気で眠ったりしない。起きて身ぐるみ剥がされたまま、何ひとつ残っていなくても届け出る訳にも行かないのだから。

 ああ、そうかと気付く。
 お互いに何者かを知っていたら、そういう心配が無いのだ。儲けられるかどうかは自分が上手く立ち回れるかにも依るけれど、飼われようが買われようが、とにかく相手を知っていさえすれば次という巻き返しのチャンスがある訳で、それが安心感に繋がる。

 世のカップルの大半は意識こそしていなくても、その安心感が互いを結び付けているんじゃないだろうか。だから時々、偽物の安心感に騙されたと知って詐欺だ何だと騒ぐハメになる。そりゃあ本物の恋愛もあるのかも知れないけれど。それすら信じないほど僕はまだ世の中を見ていない。

 でもバレたら詐欺呼ばわりってパターンは幾らでもあることくらい知っている。電車やバスでの痴漢と一緒。やってなくても告発されたら負け。やったとしても相手が黙って我慢すれば勝ちだ。
 別に僕はそんな博打までして異性に触っても興奮なんかしないけれど、いつだって『やってなくても告発される』脅威はある。夜の街に立とうが立つまいが『犯罪者になる種』は何処にだって転がっている。

 そんなことを浅く眠りながらダラダラと考えているうちに、再び『買われる(飼われる?)僕』まで思考が戻ってきた。拝島先生は僕がカネ目当てで夜の街に立っていたのを知っている。だからって何も校内でパシリをしろと言うんじゃない筈だ。

 やっぱり僕は拝島先生と寝るのだろうか?
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