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今朝の絶望は深度を増し
第5話
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慌てて玄関から飛び出してドアを閉めるのもそこそこに、僕の心の内とは裏腹な爽やかに涼しい風が髪を吹き乱した。腕時計を見直して幾ら何でも始発には間に合うだろうと踏んだが、はっきり言って今現在の自分の居場所も良く分からない。
もう一度玄関ドアを開けて彼らに住所を訊くのはマヌケを通り越して薄気味悪がられるかも知れない。
そんな風に思いつつ携帯のGPS機能とマップで確かめ、自分がウチのマンションよりも学校に近い場所にいるのを知った。幸い定期も使える。着替えや、できることなら冷蔵庫の食料を漁ってから登校したかったので、一旦家に帰ることにした。
駅までの道はやたらと狭く入り組んでいて難儀する。そして近くにあるらしい幹線道路から大型車らしき走行音が案外響いて、最初は爽やかだと思えた空気にも排気ガス臭さが濃く混じり出した。
歩きながらも考えるのは昨晩分の収入が無かった事実だ。
「必修クラブって何だよ、強制で『クラブ』はおかしいだろ……」
呟く声も我ながら力が入らなかった。二年生になったら授業の一環でどれかひとつクラブに強制的に入部させられるのだが、授業の一環だからこそ全ては授業料に含まれると思い込んでいた。授業料は母親の口座から直接引き落としなので心配ない。
それが三日前になって『読書クラブ』の三年生女子部長が「部費の徴収」を発表したのだ。
「うちはマシ。料理クラブは毎回予算を徴収だし、テニスや野球やバスケだってユニフォームその他の備品は出し合って買うんだから」
余所の事情なんか知るもんか、そう思ったが余所より安くで済むのならそれに越したことは無い。けれど、後だしジャンケンのように「だからウチは一年分を一括で宜しくね」などと言われて困る人間が存在するとはカビの胞子ほども思い至っていない断固とした口調に、皆が軽く頷いていた。
情けないことに僕も同調するしかない空気だった。
そうして渡された封筒には『部費・一年分五千円』とボールペンで書かれていて、それから空腹すら感じなくなっていたのである。
当の部費徴収の最終期限が本日午後の最後の授業にあてられている必修クラブの時間という訳だ。
大体、基本的に借りるのがタダの図書室の本を読むだけで一年に一人頭五千円なんて何に使うのだろう。そう思って同じクラスの男子で物静かなタイプの奴に訊いてみた。すると彼は当然の如く言った。
「ここにある本だけじゃ面白くないだろう? リクエストしてここ何年か分の話題の本を入れて貰うんだ。きみはリクエスト、何を書いた? 一人三冊までって少なくて決められないよな――」
言葉通りに身を削って作ったカネが使途不明金になるよりは、本という固形物質で残るだけマシと思うしかなかった。
だがそれも今晩、いや、既に過ぎ去った昨夜の実入りをアテにしていたのだ。僕は普段はこのような状況も鑑みて、そう浪費家じゃない方だと思う。でも時々、どうしても欲しくなった物は明日の自分に借金してでも手に入れてしまう悪い癖があった。他人に借金しないのは懐具合を探られたくないだけではない。
僕には僕なりの事情があって、唯一これだけは『僕のものだ』と言い張れるモノを売ってカネを稼いでいる。だが褒められた行為どころか完全に違法で見つかったらアウトなタイトロープを渡っている以上、誰にも付け込まれたくなくてガードを堅くしているのである。
特定の誰かに付け込まれるならまだいいが、学生をやっていると『人の口に戸は立てられない』なる言葉がどれだけ真実味を帯びて聴こえることか。
やっと駅に辿り着くと、線路沿いがバイパスで早朝といえども大型トラックがひっきりなしに走っていた。
これから始発が来るのを確認し、回送電車でも通過するのだろう踏切の鳴る音を聴きつつ自動改札をクリアする。丁度電車が反対側のホームに滑り込もうと、緩いカーブで一両一両交互に斜めになってやってくるのが遠くに見えた。僕が乗るのも向こう側だが、急に血糖値がまた下がったのか、走る気力なんて何処にもない。
それに始発にしては早すぎる。もし始発でも今更、間に合わないと断じて諦めた。
途端に何もかもがどうでもいい気がしてきて全てを投げ出したく感じてしまう。高架を渡るより地下道を下る方にしよう、どうせ昇るなら今の僕じゃなく後の僕に任せるべきだ、などとも思った。
決めたら次の電車まで糖分補給しようと、傍の自販機で甘そうなカフェラテの温かいのを一本手に入れてショルダーバッグの脇ポケットに突っ込み、地下道の階段を下る。
下ったら昇るのは当然なので、ここで買ったスチルボトルのキャップを開封した。すると本来ならボトル側にくっついたまま外れない筈の金属の輪っかがキャップ側にぶら下がっている。それを眺めながら程よく温いカフェラテを一気飲みして溜息をついた。120円使って財布には残り2000円と小銭が少し。
もう一度玄関ドアを開けて彼らに住所を訊くのはマヌケを通り越して薄気味悪がられるかも知れない。
そんな風に思いつつ携帯のGPS機能とマップで確かめ、自分がウチのマンションよりも学校に近い場所にいるのを知った。幸い定期も使える。着替えや、できることなら冷蔵庫の食料を漁ってから登校したかったので、一旦家に帰ることにした。
駅までの道はやたらと狭く入り組んでいて難儀する。そして近くにあるらしい幹線道路から大型車らしき走行音が案外響いて、最初は爽やかだと思えた空気にも排気ガス臭さが濃く混じり出した。
歩きながらも考えるのは昨晩分の収入が無かった事実だ。
「必修クラブって何だよ、強制で『クラブ』はおかしいだろ……」
呟く声も我ながら力が入らなかった。二年生になったら授業の一環でどれかひとつクラブに強制的に入部させられるのだが、授業の一環だからこそ全ては授業料に含まれると思い込んでいた。授業料は母親の口座から直接引き落としなので心配ない。
それが三日前になって『読書クラブ』の三年生女子部長が「部費の徴収」を発表したのだ。
「うちはマシ。料理クラブは毎回予算を徴収だし、テニスや野球やバスケだってユニフォームその他の備品は出し合って買うんだから」
余所の事情なんか知るもんか、そう思ったが余所より安くで済むのならそれに越したことは無い。けれど、後だしジャンケンのように「だからウチは一年分を一括で宜しくね」などと言われて困る人間が存在するとはカビの胞子ほども思い至っていない断固とした口調に、皆が軽く頷いていた。
情けないことに僕も同調するしかない空気だった。
そうして渡された封筒には『部費・一年分五千円』とボールペンで書かれていて、それから空腹すら感じなくなっていたのである。
当の部費徴収の最終期限が本日午後の最後の授業にあてられている必修クラブの時間という訳だ。
大体、基本的に借りるのがタダの図書室の本を読むだけで一年に一人頭五千円なんて何に使うのだろう。そう思って同じクラスの男子で物静かなタイプの奴に訊いてみた。すると彼は当然の如く言った。
「ここにある本だけじゃ面白くないだろう? リクエストしてここ何年か分の話題の本を入れて貰うんだ。きみはリクエスト、何を書いた? 一人三冊までって少なくて決められないよな――」
言葉通りに身を削って作ったカネが使途不明金になるよりは、本という固形物質で残るだけマシと思うしかなかった。
だがそれも今晩、いや、既に過ぎ去った昨夜の実入りをアテにしていたのだ。僕は普段はこのような状況も鑑みて、そう浪費家じゃない方だと思う。でも時々、どうしても欲しくなった物は明日の自分に借金してでも手に入れてしまう悪い癖があった。他人に借金しないのは懐具合を探られたくないだけではない。
僕には僕なりの事情があって、唯一これだけは『僕のものだ』と言い張れるモノを売ってカネを稼いでいる。だが褒められた行為どころか完全に違法で見つかったらアウトなタイトロープを渡っている以上、誰にも付け込まれたくなくてガードを堅くしているのである。
特定の誰かに付け込まれるならまだいいが、学生をやっていると『人の口に戸は立てられない』なる言葉がどれだけ真実味を帯びて聴こえることか。
やっと駅に辿り着くと、線路沿いがバイパスで早朝といえども大型トラックがひっきりなしに走っていた。
これから始発が来るのを確認し、回送電車でも通過するのだろう踏切の鳴る音を聴きつつ自動改札をクリアする。丁度電車が反対側のホームに滑り込もうと、緩いカーブで一両一両交互に斜めになってやってくるのが遠くに見えた。僕が乗るのも向こう側だが、急に血糖値がまた下がったのか、走る気力なんて何処にもない。
それに始発にしては早すぎる。もし始発でも今更、間に合わないと断じて諦めた。
途端に何もかもがどうでもいい気がしてきて全てを投げ出したく感じてしまう。高架を渡るより地下道を下る方にしよう、どうせ昇るなら今の僕じゃなく後の僕に任せるべきだ、などとも思った。
決めたら次の電車まで糖分補給しようと、傍の自販機で甘そうなカフェラテの温かいのを一本手に入れてショルダーバッグの脇ポケットに突っ込み、地下道の階段を下る。
下ったら昇るのは当然なので、ここで買ったスチルボトルのキャップを開封した。すると本来ならボトル側にくっついたまま外れない筈の金属の輪っかがキャップ側にぶら下がっている。それを眺めながら程よく温いカフェラテを一気飲みして溜息をついた。120円使って財布には残り2000円と小銭が少し。
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