追跡の輪舞~楽園20~

志賀雅基

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第86話・最後だからじゃない。諦めてない。今までを信じているから

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 王との長い謁見を済ませ、シドとハイファは密かに黒塗り自家用コイルに近づいた。何故に人目を憚っているのかと云えば、二人きりではなくタキシード姿に変装したカールと、同じく変装したライリー近衛団長が一緒だったからである。

 そっと四人は黒塗りに乗り込んだ。すぐにシドが発進させ、第一関門の門衛に四人はリモータ小電力バラージ発振でIDを送る。ここで小細工はしない。じっと門衛の反応を窺った。

 門衛二名はまさかの王に仰け反ったが、上司であるライリー団長の静かな目に落ち着きを取り戻す。「お忍びですか?」と声に出さずに訊いて頷かれ、少々目を泳がせながらも通してくれた。四人はホッとする。あとは一路オートで屋敷を目指した。

「ライリー三佐は肩、本当に大丈夫?」
「ご心配なさらず。肩胛骨が少し割れただけですし、固定してありますから」
「再生槽にも浸からずに滅私奉公だぜ、カール。感謝しろよな」
「分かっている。本当に有難く思っているよ」

 左肩に貫通銃創を負ったにも関わらず、ライリー団長は王のお忍びにまで付き従う忠義ぶりなのだ。そこまでしてカールが外出を決行したのは、死ぬ前にメリンダとサイラス執事に別れを告げるためだった。勿論そんな事実は洩らせないので、心の中で密かに今までの感謝を伝えるだけである。

 だが覚悟を決めたカールにとっては外せない儀式でもあった。

 時刻はもう二十八時になろうとしていたが、ハイファがメリンダとサイラス執事に発振し、サプライズがあるから待っているように言ってある。
 やがて黒塗りは屋敷の敷地内に入り、車寄せで停止し接地した。

 黒塗りから皆で降りるとサイラス執事が玄関ドアを開けてくれる。すぐにカールに気付いて目を見開いたが大仰なリアクションはせずにいつもの如く出迎えた。

「カール様、お帰りなさいませ。お客様でございますね」
「ああ、これはライリーだ。部屋は準備しなくていい。食堂に行く」
「では、わたくしめがご案内致します」

 食堂に入るとさすがにメリンダはカールに抱きついて泣いた。TVであれだけの醜態を晒したのである、心配するのは当然だろう。しかしひとしきり泣いたのちは、こちらもいつもの明るさを取り戻し料理の腕を振るい始めた。

 シドとハイファも手を洗い、厨房に入ってエプロンを着け手伝う。けれどシドは冷蔵庫を覗いても何が何だか分からない。
 そこで生で食べられそうなハムがあったので手を出した。だが切ってもいない丸ごとのハムに一人で噛みつこうとしハイファから手をつねられ取り上げられる。

「痛てて。何だよ、いいじゃねぇか」
「はしたない、ちゃんとスライスしてあげるから待って」
「デカいハムにかぶりつくのは男の子の夢だろ?」
「そんな夢は聞いたことありません。いいからもうあっちに行ってて!」

 そのやり取りにカールやライリー団長も笑った。微笑んだサイラス執事がワインのボトルを出したのを見てシドもエプロンを外しテーブル側へと舞い戻る。人数分のグラスを出して早速味見とばかりに一杯やり始めた。カールとライリー団長も加わる。

「おっ、この白は最高だな」
「これはこの屋敷で一番の上物でございます」
「あーっ、それ僕も飲みたい!」

 皆が騒いでいる間にメリンダは自慢料理であるカツレツに牡蠣のポタージュを作り始めた。ワイングラスを傍に置いたハイファもつまみの製作に余念がない。
 バゲットを薄切りしてトーストし、ハムやチーズを載せたカナッペを作る。あとは白身魚のマリネやスティック野菜サラダにディップも作り、次々とカウンターから差し出した。

 メリンダの定番メニューが出来上がると皆でテーブルに着く。

「じゃあ、乾杯!」

 シドの声で皆がワイングラスを僅かに上げて見せ、口をつけた。何に乾杯したのかはそれぞれ胸の内に秘めてでもいるように誰も言葉にはしなかった。だからといって誰も沈んだりせず、よく喋りよく飲んでよく食べた。
 特にカールは非常に陽気で先日の仕返しのつもりなのか、やたらとハイファのグラスにワインを注いだ。

「サイラスさんのワインのチョイスって、本当に趣味がいいよね」
「そうだろう、王宮のワイン番もサイラスには敵わないよ」
「おい、ハイファ。食って飲まねぇと回るぞ」
「大丈夫ですよーだ。あっ、貴方こそブランデーなんか飲んでるっ!」

 人のグラスを奪って飲むハイファは出来上がりかけている。まあ、あとで酔い醒ましの薬を飲ませればいいだろうとシドも相棒を放置し、何故か始まったカードゲームで盛り上がった。

 確率の低い方を必ず引き当てるイヴェントストライカは皆に驚嘆されながらポーカーゲームや大富豪で一人勝ちし、ババ抜きで一人負けしてプラマイゼロとなる。そうして気付けば日付も変わって二時近くになっており、ハイファは赤い顔で完全に目を据わらせていた。

「そろそろ俺たちは引き上げさせて貰うか?」

 頷いたものの、ハイファは座ったまま動かない。どうやら立てないらしいと見取りシドは細い躰をすくい上げる。皆が「おおーっ!」と声を上げ、口笛まで吹いて囃し立てた。

「うるせぇな。それよりあんたらも朝までには王宮に戻れよな」
「この一本を飲んだら戻るよ。あとは『キッチリ』頼むからね」
「ああ、任せとけ。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、よい夢を」

 半ば眠りかけたハイファを抱いてシドは食堂から退場する。エレベーターではなくオートスロープで三階まで上がった。ゲストルームに戻るとベッドにハイファを放り出し、ファーストエイドキットをかき回し酔い醒ましの錠剤を出す。洗面所でカップに水を汲み、水と薬を自ら口に含むとハイファに口移しで飲ませようとした。

「んんぅ、やだ、何すんのサっ!」

 振り回された手が頬に当たり、思わずシドは薬を飲み込んでしまう。

「こら、俺が酔い醒まし飲んでどうすんだよ? もう、知らねぇからな」
「知らないって何が? ねえねえ、何が?」

 ふいに起き出したハイファは完璧な酔っ払い行動その一として絡み始めた。手に負えなくなりシドは閉口する。放置しリフレッシャを浴びようと思ったが考え直した。ちょっと着崩れた盛装のしわが妙にそそったのだ。
 乱れた長い髪を留めている銀の留め金を外してやる。ぺたりとベッドに座ったハイファの後ろ髪は滝のように流れ、シーツの上に毛先をうねらせた。

「綺麗だな、お前。アルテミスみたいだぜ」
「僕は男で女神じゃないよ」
「じゃあ月読の神でもいい。その服、脱げよ」
「何で? ねえねえ、何で?」

 ノーブルな真顔と長い金糸を眺めながらシドは盛装を脱ぎ捨てる。全てを晒してハイファを押し倒すと、むしり取るようにタキシードを脱がせた。
 ふわふわとした抵抗を軽くいなし、下着まで剥ぎ取る。
 すっかり白い肌を露わにさせ俯せにさせた。
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