追跡の輪舞~楽園20~

志賀雅基

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第73話・イヴェントストライカが煙草買うだけで済む筈ねぇよ戦えよ

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「あーたは何をしてるんですか、それこそ開けたら拙いんじゃないの?」
「いいじゃねぇか、元通りに閉めとけば分からねぇよ」
「どうせ入ってるのは弾薬でしょ。……ほら、開いた。やっぱり弾薬庫じゃない」

 中には紙箱に入った様々な種類のカートリッジが並んでいるだけだった。

「何だ、つまんねぇな」
「何を期待してたんですか、貴方は」
「いやさ、聖人君子の面したカールのコレクション、極秘映像ライブラリとかさ」
「誰でも貴方みたいにエロ動画を溜め込んでる訳じゃないんだからね」

「人聞きの悪いこと言うな、別に溜め込んじゃいねぇよ」
「開き直ったって、隠しファイルの存在くらい掴んでるんだからね。それよりシド、あっちにヴァージョン改変する前のオリジナル・ジンラットがあったよ」
「へえ、どれだ?」

 見に行くとケースの一番端にジンラットはひっそりと立て掛けられていた。キツネ一匹仕留めるのも難しい狙撃銃は、居並ぶライフルやショットガンに圧倒されて身が細ってしまったようである。ただ銃身バレルにはエングレーブという装飾の彫刻がなされていて結構綺麗だ。

「まあ、ここにあるのは殆どがコレクターズアイテムだね」
「あんなに弾薬があるのに、眺めて愉しむだけなのか?」
「これだけ剥製もあるんだし、昔は貴族がお遊びで狩りでもしてたんじゃないかな」

「そういや第一基地でカールが言ってたっけな、『このランシーナ星系は、昔からスポーツとしての猟も盛んで』とか何とかさ」

 人の話も半ばでもうガンヲタは他の銃に目移りし、ケースから取り出して構えたり、薬室チャンバに弾が入っていないのを確かめて空撃ちしたりしている。こうなるとハイファは暫く動かない。

 仕方なくシドはフランス窓を開け、バルコニーに出て雪を踏み締めながら煙草を吸った。

◇◇◇◇

 十四時過ぎになってカールにシドとハイファは屋敷を出て自家用コイルに乗り込みドレッタ宙港に向かった。カールは勿論前線に戻るためシドとハイファは見送りだ。
 ささやかな宙港メイン施設の待合室で二人はカールと別れを惜しんだ。

「また近いうちに会えるかも知れないけど、躰には気を付けてね、カール」
「ああ、キミたちもね。任務成功を祈っている」

 相互に挙手敬礼してからカールはリムジンコイルに乗り込む。二人はその姿が見えなくなるまで手を振って踵を返すとエントランスから出てコイルに乗った。二十分足らずでカールの屋敷に帰り着くと、まずは食堂でシドがコーヒーを淹れる。

 主がいなくなってもシドたちのためメリンダは残ってくれていた。厨房内に椅子を置きカウンターに肘をついて食堂の中空に浮かばせたホロTVの画面を眺めている。

「メディアにも早々と流したんだな、《ネス三十五世薨去》の報は」
「これでカールはランシーナ星系でも、最も注目される人物になっちゃった訳だね」
「いつまでも懲罰中隊の隊長に甘んじてはいられねぇだろうな」
「でも星系政府に『相続放棄』の書面を提出してるって言ってたよね」

 口に出しながらもハイファはファイルたったの一枚で、カールが玉座から逃れられるか疑問だと考えていた。直系相続でやってきた王室がカール以外の王を迎えて、『愛される王室』のまま存続できるものなのか、もしかしたら王制廃止にもなりえるのではないかと思う。

「でもさ、あいつは腹括ってやがるぞ」
「何れは王になるって?」
「ああ。そしてあいつはまだ何か目論んでる」
「目論んでる、ねえ。何か悪巧みしてるみたいじゃないのサ」

 咎めるような口調のハイファにシドは鼻を鳴らした。

「ふん。悪巧みなら可愛いもんだがな。それよりも分かってるか、お前。カールが王になったらシュミットの守備範囲に入っちまう、俺たちもまた撃ち合いっこだぜ?」
「あっ、そっか。色々と盛り上がってくる予感」

 TV画面に濃緑色の制服姿のカールが映ったところで、ハイファはコーヒーを飲み尽くし立ち上がる。ソフトスーツのジャケットを脱ぐと空のカップを手に厨房に入った。
 朝食が遅かったので昼食代わりにメリンダがパイを焼くらしく、主夫ハイファはそのレシピを習得しようと張り切っているのだ。壁に掛かっていたエプロンまで着けて臨戦態勢である。

「いいよな、お前は。あちこちにヒマ潰しが転がっててさ」
「貴方に料理は無謀だしねえ。部屋に戻って寝ててもいいよ?」
「あー、そうだな。いや、それより煙草買ってくる」

「えーっ、それってドレッタの街なかまでじゃない。僕も行きたいのに」
「お前はナントカのパイだろ。期待してるから帰ったら食わせてくれよな」

 言い置いてシドはふらりと立ち上がった。廊下を歩いて玄関ホールで防寒着を着る。外に出て自家用コイルに乗り、適当にドレッタの街の中を座標指定した。ゆっくりと動き出したコイルは庭の小径を突っ切り、青銅の門扉を抜けるとスピードを上げて軽快に走り始める。

 前部座席でステアリングを抱えるようにして空を見上げた。カールを見送ったときには晴れていたのに今はまたどんよりと雲が垂れ込めている。
 寝ていても着くのだと思い、大欠伸をしているうちに本当に睡魔に襲われた。

 震動を感じて目を開けるとコイルは路肩に駐まっていた。時間も三十分以上経過している。ここは何処だろうと見回すと降り積む雪を透かして見覚えのある宿屋の看板が目に入った。最初に泊まった宿である。先の方には歓楽街の電子看板がこの時間でも瞬いていた。

 路肩に駐まったコイルを専用エリアに駐め直して降りる。

 取り敢えずは煙草を売っていそうな場所として歓楽街に向かった。観光客と思しき人々でこの時間でも歓楽街は繁盛している。バーにスナックやクラブといった店舗はまだ開店していない所が多いが、ゲームセンターだのカジノだのは人の出入りも多く殆ど開放状態のオートドアから洩れたBGMが重なり合い喧しいくらいだ。

 あとは観光先で少しハメを外したいらしい若い男女が大型合法ドラッグ店に吸い込まれてゆくのが見受けられる。一本裏通りに入ればマッサージを看板に掲げる売春宿もあるのだろうが、そこまで確認したい訳でもない。そうしてのんびり歩いているとカジノの軒先で煙草の自販機を見つけた。

 テラ本星産の輸入煙草を六箱も買い、あちこちのポケットに詰め込む。

 安堵しコイルに戻ろうとして思い直した。目前のカジノのオートドアをくぐる。目的は博打ではなくアルコールだ。専門の飲み屋は殆どやっていないがこういった場所には必ずバーラウンジが設けられている。まるで酔わないシドだがアルコールの味と雰囲気が好きなのだ。

 店内は結構な客の入りだった。壁際にずらりと並んだスロットマシンで一喜一憂する男女が大勢いる。中央にはルーレットやポーカーゲーム台が据えられ時折オーディエンスがどよめいていた。もっと高額が動くバカラなどは次のフロアにあるようだ。

 精神的に昂揚させて高額を張らせるためなのかアップテンポのフロアミュージックが物凄い音量で鳴り響き、人々は叫ぶように会話を交わしている。
 そんな中をしなやかな足取りで縫い進みながら暑くなって防寒着を脱いだ。

 途中で何気なく立ち止まりリモータからスロットマシンに三十クレジット移す。レバーを引いて絵柄を回転させた。ボタンを押すと最初はチェリーの絵が斜めに揃う。もう一度レバーを引いた。ストップさせると7が横一列に揃う。チャリーンという擬音がして三万クレジットが払い戻された。二回続けて7を揃えると傍で若い女性二人組が目を瞠る。

 だがシドはあっさりとスロットマシンに背を向けた。自分がやるとスロットマシンは、まるでクレジット製造機の如き様相を呈するのは分かっている。しかし普段から博打のような人生を歩まされているのでシド自身は博打があまり好きではないのだ。

 それにこういったマシンは店側によって確率調整されている。普通なら連続で7が揃う筈はない。それ故シドが続けていると人目を惹き、店側からはリモータアプリでのイカサマだと思い込まれてしまうのだ。
 荒事専門の従業員に張り付かれるのも鬱陶しい。
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