追跡の輪舞~楽園20~

志賀雅基

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第54話・スッキリしてる間にターゲットもすっき……色んな意味でダメだ

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 翌日の二人は主にベッドの中で過ごした。
 食事だけはルームサーヴィスに頼らず、着替えてショッピングモールまで出掛けたが、それ以外の殆どはベッドを軋ませるシドの求めに応え、ハイファはずっと室内の空気を鳴き声で震わせ続けた。

 お蔭で夕方も遅くになって微睡みから目覚めたハイファは、声が嗄れていたくらいである。先に起きてリフレッシャを浴び、着替えていたシドがアイスティーの紙コップを手渡す。

「ん、ありがと。冷たくて美味しい」
「そんなので起きられるのか?」
「大丈夫だって、心配しなくても」

 紙コップをシドに返したハイファは起き上がり、そのままバスルームへと消えた。だがその歩調が僅かにいつもと違うのをシドは見逃さない。己の所業を思い返して反省する。
 自分でも擦り切れるかと思ったのだ、ハイファはもっときつかったに違いない。

 反省以外することもないのでTVを点けた。相変わらず第一王子射殺事件ばかり伝えるニュースを眺める。すると耳障りな音がした。ニュース速報というヤツだ。テロップが出る。

《第二惑星ゴーニュ第三宙港にて第二王子が撃たれたとの情報。詳細は不明》

 まさかと思った。だが直後に考え直す。まだトムスキーらに狙撃されたとは限らない。第三宙港はシドたちがダイバートした宙港でそれなりの施設ではあったが、何せ向こうは内戦中なのだ。王政復古派のゲリラがいれば、反対派のゲリラが出現してもおかしくはない。
 暫し待ったが続報はなかなか入らない。そのうちにハイファが出てきてリモータを振った。

「マクナレン一佐から発振。やられたよ」
「やられたって、あいつらにか?」
「そう。ゴーニュ第三宙港時間で二十七時過ぎ、ユラルト星系第四惑星タブリズの視察旅行から帰ってきた第二王子が宙港メインビル屋上駐機場でBELに乗り込む直前に射殺された」

 慌ただしく着替えだしたハイファにシドが訊く。

「あいつらがったって根拠は何だよ?」
「第二王子は夜中の吹雪の中、二十二口径弾で殺られたんだってサ」
「マジかよ……何であいつらは星系外に高飛びしなかったんだ?」

 訊きつつシドも執銃し、対衝撃ジャケットを羽織る。ハイファは肩を竦めた。

「そんなの僕だって知らないよ。とにかく向こうに行かないと」
「ゴーニュ内の宙港にカメラ・プログラムを流し込む手筈は?」
「別室に手配済み。もうカメラに異常があれば、すぐに宙港警備部が動くよ」
「そうか。袋のネズミにできればいいんだがな。行けるか?」

 頷いたハイファがアマリエットのソフトケースを担いだ。シドもショルダーバッグを手にする。料金先払いの部屋を出てシドはハイファの細い腰をさりげなく手で支えつつ、まずはショッピングモールの紳士服専門フロアに向かった。

 ゴーニュの宙港内にも売店くらいあるだろうが、物資が払底していることも考え、分厚い保温素材のコートに耳当てや手袋などを買い込む。エアコンが利いているとはいえ初夏のここで防寒着は着られず、荷物だらけになったところで二階の宙港ロビーに降りた。

 二人で中空に浮かんで流れるインフォメーションのホロティッカーを見上げる。

「シャトル便、第三宙港行きは十九時発だね。貴方、煙草吸っててもいいよ」
「有難く言葉に甘える」

 自販機でハイファがチケットを買いシートをリザーブする間、シドは喫煙ルームで煙をチャージし、テラ本星産の輸入煙草を手に入れた。ハイファが喫煙ルームに顔を出し、シドは煙草を消して一緒にオートスロープで一階に降りる。星系内便なので通関はない。

 ロータリーで待つこと数分、やってきたシャトル便用大型コイルに乗り込んだ。シドが見回すと客は全員私服だったが、職業軍人と思しき姿勢と体格のいい者が半数近くを占めている。
 休暇でアーデンに帰省していたのだろう。徴兵された一般人は、それこそ逃げ出さないよう軍の専用宙艦が送り出すシステムに違いない。

 中型宙艦のシャトル便に乗り込み、配られたワープ薬を飲み込んでリモータを見た。表示したままだったゴーニュ第三宙港時間は二十九時十分だ。十分後に出航、順調に行けば現地時間三十時に到着予定である。

 そうしている間にもハイファのリモータには続々と発振が入り、第二王子は警護の近衛に囲まれながらも頭部に被弾し即死したこと、その前後に宙港管制のコントロールを受け付けないBELが一機上空にいたことなどの情報がもたらされた。

 出航して瞬かぬ星を眺めたのち、シドはハイファに訊く。

「向こうは内紛中、ゲリラと接触すれば狙撃銃くらい簡単に手に入るよな?」

 少し考えてからハイファは頷く。

「ただの狙撃銃なら、たぶんね。物資封鎖されてる筈のゲリラが地雷まで持ってるくらいだもん。でも二十二口径使用銃となると難しいんじゃないかな?」
「銃なら何でも使うんじゃ……あ、極寒の中でゲリラ戦か」

「そう。元々威力も弱い上に、あの寒さじゃロクに弾も飛ばなくなる。そんな銃をゲリラが使うとは思えないよ。どうやって手に入れたのかなあ?」
「向こうにマフィアはいねぇのか?」

「調べたらね、幾つかの街に小さな歓楽街はあったよ。どれもやっぱりベレッタファミリーが仕切ってて武器密輸にも噛んでるみたい。そっか、そういう手もあるんだ」

 考え込んでしまったハイファの横顔をシドは見つめた。自分でマフィアと口に出したがシド自身は敵がマフィアから得物を仕入れた可能性は低いだろうと思っていた。

 世慣れない軍人のシュミットとゴーニュに詳しくないトムスキーである。マフィアと接触するのは一苦労だろう。もし偶然接触できたとしても、同じ星系内で一斉検挙を食らったばかりのベレッタがケチな商売で危ない橋を渡るメリットがない。

 ならどうやって奴らは狙撃銃と弾薬を手に入れたのか。
 考えを巡らせているうちに一回のショートワープもこなし、難なくシャトル便はランシーナ星系第二惑星ゴーニュの第三宙港に接地していた。

 シートから立った二人は防寒着を身に着けてから客列に並ぶ。お蔭でエアロックを抜けてリムジンコイルに乗り込む間の数秒、凍えることもなかった。それでも外は夜の吹雪である。

「うーん、鼻が冷たい」
「顔が半分痛いぜ」

 メインビルに運ばれると一応セオリーとしてインフォメーション端末からハイファがハッキングした。だが宙艦利用者名簿にシュミットとトムスキーは載っていなかった。期待もしていなかったので落胆はせず、マップを落として十階の宙港警備本部へと足を運ぶ。

 時間的に宙港利用客は少なく、状況的に惑星警察や軍関係者が多かった。職務質問されるのも面倒で、二人はIDと武器所持許可証を小電力バラージ発振し、電子的に身分を主張しながら警備本部に辿り着く。警備本部はフライパンの上のポップコーン状態だった。

 軍と惑星警察と宙港警備部の制服と私服が入り乱れる中、人々をかき分け押し退けて、二人は目を血走らせた警備部長に話しかけるのは遠慮し、課長席の前に立つ。多機能デスクに就いた課長も部長と大して変わらない顔つきだったが、自己紹介すると頷いてくれた。

「それで監視カメラに異常は検出されたんですか?」
「ああ。昨夜三時前後に一階宙港側ロータリーからエントランスに向かって一直線、監視カメラというカメラが順番に映像をぼやけさせてたよ」

 このときまだ銃も持たない筈の敵は、だが顔を割り出されるのを恐れて予防線を張ったのだろう。第一王子を狙撃し、すぐゴーニュに渡ったことは判明したが、それだけだ。
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