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第25話・そう、それ。迷惑かけただけの意味はあったんだわ
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野次馬をかき分け駆け付けたのは勿論、七分署の面々だった。機捜のゴーダ主任に小突かれ、捜一のグレン警部には怒鳴られてシドは閉口する。
「だから、俺がやった訳じゃねぇっつーの!」
ともあれ自分以上に不機嫌且つ、勘のいい同輩たちからあれこれと突っ込まれる前に逃げ出すべく、これも現着した救急隊員たちに誘導して貰い、ド根性で喚き続けるジイさんを宥めて救急機に押し込み自分も乗り込んだ。当然ながらマルチェロ医師とハイファも一緒だ。
あとから秘書と警備員二名が乗る。満員御礼で救急機はテイクオフ。
機内でもリーコック老は自ら移動式再生槽に飛び込もうとする大騒ぎだ。軽傷の上に応急処置もなされているので必要ないと救急隊員に説かれ、だが貧血と称し倒れて見せる。
呆れた救急隊員たちはジイさんを自走ストレッチャに乗せて縛り上げ、もとい固定して痛覚ブロックテープを巻き付けた。すると麻酔作用でジイさんはすぐにイビキをかき始める。
運ばれたのはお馴染みの七分署管内セントラル・リドリー病院だった。
しかしマルチェロ医師の的確な処置により病院では殆どすることもなく、ジイさんが目覚めるのを待って、一行は迎えにきていたBELでリーコックの屋敷に戻ったのだった。
一旦三人は秘書の案内で二階の執務室に通される。出されたコーヒーを飲む間にシドとハイファは何度か発振を送り、また受けていた。
「くそう、例の救急機をあのファッションビル屋上で発見。機の所属は宙港近くのブリスター記念病院。昨日盗まれたものらしい。病院には代わりに尾翼の欠けたBELがあったそうだ」
「配備してた軍もビル内で敵の発見ならず……他の機に乗り換えて逃げたみたい」
「あのとき見えたバイロン=フォレスターは変装してたしな。目が緑だったぞ」
「髪も黒く染めてたよね」
勿論それらのことは関係者に告げてある。だが一向に敵発見の報は入らなかった。
「あ、でもこれは朗報かも。メルヴィン=リーコックの遊説計画は以降の予定を中止だって」
「おう、こっちも入ったぞ。統括本部警備部が中止命令を出してるな」
「じゃあ、何もかもフリダシってことですかねえ、ふあーあ」
まだ自分たちが狙われるのには変わりないかも知れないが、イレギュラーな動きをしてくれるド素人を囮にするよりはなんぼもマシだろうと思い、シドはハイファと頷き合う。そこで観音扉が開いて再び秘書が入ってきた。
「ご苦労様です。では、帰られても結構です」
硬い口調に横柄とも取れる言い種でシドは秘書を見上げて訊く。
「ジイさん、いや、リーコック氏はどうした?」
「お会いになる予定はございません。大変言いづらいのですが、メルヴィン様はお怒りです」
つまりは自分という警護対象者を撃たれたのは軍と惑星警察の失態と言いたいのだろう。プラスして遊説計画も中止にされ拗ねているといったところか。
「ふん。ハイファ、先生、帰ろうぜ。タマが待ってる」
執務室をさっさと出た三人は警備員付きでエレベーターに乗った。屋上でグレイの小型BELに乗り込み反重力装置を起動すると、今度はBELの整備工らしき人々が人力で風よけドームを開けてくれる。ハイファの手動操縦でBELは夜空に舞い上がった。
単身者用官舎ビルの部屋に帰り着いたのは十九時前だった。
三人してシドの部屋に上がるなり、腹を空かせたタマがシドの足を囓り始める。
「痛いって、すぐにやるから待ってろ」
手を洗って水替えをし、猫缶をやってタマを黙らせるとコーヒーメーカをセットした。昼食が遅かったのと普段と違い歩き回っていないのでシドとハイファはそう空腹ではない。ソファに座りっ放しだったマルチェロ医師も同様らしかった。
マグカップを前にいつもの配置で腰掛けるとシドがホロTVを点ける。丁度ニュースで七分署管内でのメルヴィン=リーコック狙撃事件をやっていた。
画面には視聴者提供映像としてリモータアプリで撮ったらしい動画が流れている。リーコック老が腕を血に染めながら「テロには屈しないっ!」と叫んだところで映像は停止した。
どアップのジイさんを眺めてシドは呆れ声を出す。
「五月蠅いばっかりで、実際こんなので票なんか上がるのかよ?」
「上がるんじゃないですかねえ、この映像だけ視てたら立派な熱血政治家に見えますって」
「そんなに簡単に騙されちまうモンなのか?」
「そんなモンです。あの程度の怪我で株を上げたんだ、結果的に遊説は大成功じゃないですかね」
マルチェロ医師が自分の言葉で思い出したか、ロウテーブル越しにシドの腕を取る。
「診せてみろ、怪我してるだろう」
「怪我なんかしてねぇよ。ほら、何でもねぇだろ」
と、シドは袖を捲って見せた。
滑らかな象牙色の肌に打撲痕もないのを見て医師は怪訝な顔をした。
「幾らその上着が優れものでも狙撃銃で撃たれてそれかい。どういうことだ?」
そこでシドは敵の持つ得物の説明をする。聞いて医師は納得したようだった。
「なるほどな。小口径弾ながら初速は速い、だが威力は弱くてあの傷か。もう一丁のグランレットとやらで撃たれなくて良かったな、旦那よ」
「日頃の行いがいいからな」
シドはポケットから煙草を出そうとして一緒に硬いものを掴み出す。ロウテーブルにカチャンと投げ出したのは今日バスの中で拾った二十二口径弾だ。殆ど変形していない。
ずっと黙っていたハイファがそれを手に取って見つめる。
「どうしてグランレットで狙わなかったんだろう?」
「ハイファお前、そんな言い方はねぇだろ。俺が怪我しなかったのは日頃の……」
「違う。ううん、ジンラットでもヘッドショットできた筈」
「お前、そんなに俺を恨んで……」
「違うってば! 僕が言ってるのはメルヴィン=リーコックのことだよ」
「そっちか。それこそ最初にクラスノフとマルタを殺ったときと同じ理由だろ」
「余計な巻き添えを出さないようにって?」
目で頷いたシドにハイファは首を横に振って続けた。
「確かにバスの中には警備員たちもいたけど、人混みってほどじゃなかったよ。それにヘッドショットを狙わなかった理由にはならないよ」
「ヘッドショットを狙う場合、角度的にまるで問題はなかったのか?」
確信的に頷いたハイファを前にシドは考え込む。どんな腕を持っていたとしても狙撃に失敗することはあるだろう。特に今はハイファに撃たれ負傷している筈なのだ。
だが初めて目にしたオジアーナでの『仕事ぶり』と自分が撃たれた状況、それに連続狙撃殺人からプロファイルするに敵は周到且つ相当な完璧主義者たちである。
そんな奴らが負傷を押して無理な狙撃にチャレンジし、あんな失敗の仕方をするだろうか。
「じゃあ、何で奴らは失敗のより少ないグランレットを使わなかったんだ?」
「だからそれを訊いてるんじゃない」
「取り敢えず声高に叫ぶ政治屋の血を流させたんだ、テロは成功じゃねぇのか?」
例しに言ってみたシドに対し、シニカルな笑みを向けてハイファが揶揄する。
「本当にそう思ってるの? テロリストとはいえ自分たちの主義主張は持ってるからね。神サマのために突っ込んでいく自爆テロでもないんだし、今どき民衆の反感を買うだけの、何の得にもならないテロなんてやらかさないよ」
「でもやらかした。つまり何か得になるからだ」
「何処に得があるのサ?」
そこで煙草を吹かしながら無精ヒゲを引っこ抜いていたマルチェロ医師が笑った。
「旦那はもう分かってるみたいだが、得ならあっただろうが」
「そうだ、株を上げたメルヴィン=リーコックにな」
低い声を出したシドにハッとしてハイファは顔を上げる。愛し人は切れ長の目を煌めかせていて、ハイファは自分好みの刑事の目をじっと見つめた。
「だから、俺がやった訳じゃねぇっつーの!」
ともあれ自分以上に不機嫌且つ、勘のいい同輩たちからあれこれと突っ込まれる前に逃げ出すべく、これも現着した救急隊員たちに誘導して貰い、ド根性で喚き続けるジイさんを宥めて救急機に押し込み自分も乗り込んだ。当然ながらマルチェロ医師とハイファも一緒だ。
あとから秘書と警備員二名が乗る。満員御礼で救急機はテイクオフ。
機内でもリーコック老は自ら移動式再生槽に飛び込もうとする大騒ぎだ。軽傷の上に応急処置もなされているので必要ないと救急隊員に説かれ、だが貧血と称し倒れて見せる。
呆れた救急隊員たちはジイさんを自走ストレッチャに乗せて縛り上げ、もとい固定して痛覚ブロックテープを巻き付けた。すると麻酔作用でジイさんはすぐにイビキをかき始める。
運ばれたのはお馴染みの七分署管内セントラル・リドリー病院だった。
しかしマルチェロ医師の的確な処置により病院では殆どすることもなく、ジイさんが目覚めるのを待って、一行は迎えにきていたBELでリーコックの屋敷に戻ったのだった。
一旦三人は秘書の案内で二階の執務室に通される。出されたコーヒーを飲む間にシドとハイファは何度か発振を送り、また受けていた。
「くそう、例の救急機をあのファッションビル屋上で発見。機の所属は宙港近くのブリスター記念病院。昨日盗まれたものらしい。病院には代わりに尾翼の欠けたBELがあったそうだ」
「配備してた軍もビル内で敵の発見ならず……他の機に乗り換えて逃げたみたい」
「あのとき見えたバイロン=フォレスターは変装してたしな。目が緑だったぞ」
「髪も黒く染めてたよね」
勿論それらのことは関係者に告げてある。だが一向に敵発見の報は入らなかった。
「あ、でもこれは朗報かも。メルヴィン=リーコックの遊説計画は以降の予定を中止だって」
「おう、こっちも入ったぞ。統括本部警備部が中止命令を出してるな」
「じゃあ、何もかもフリダシってことですかねえ、ふあーあ」
まだ自分たちが狙われるのには変わりないかも知れないが、イレギュラーな動きをしてくれるド素人を囮にするよりはなんぼもマシだろうと思い、シドはハイファと頷き合う。そこで観音扉が開いて再び秘書が入ってきた。
「ご苦労様です。では、帰られても結構です」
硬い口調に横柄とも取れる言い種でシドは秘書を見上げて訊く。
「ジイさん、いや、リーコック氏はどうした?」
「お会いになる予定はございません。大変言いづらいのですが、メルヴィン様はお怒りです」
つまりは自分という警護対象者を撃たれたのは軍と惑星警察の失態と言いたいのだろう。プラスして遊説計画も中止にされ拗ねているといったところか。
「ふん。ハイファ、先生、帰ろうぜ。タマが待ってる」
執務室をさっさと出た三人は警備員付きでエレベーターに乗った。屋上でグレイの小型BELに乗り込み反重力装置を起動すると、今度はBELの整備工らしき人々が人力で風よけドームを開けてくれる。ハイファの手動操縦でBELは夜空に舞い上がった。
単身者用官舎ビルの部屋に帰り着いたのは十九時前だった。
三人してシドの部屋に上がるなり、腹を空かせたタマがシドの足を囓り始める。
「痛いって、すぐにやるから待ってろ」
手を洗って水替えをし、猫缶をやってタマを黙らせるとコーヒーメーカをセットした。昼食が遅かったのと普段と違い歩き回っていないのでシドとハイファはそう空腹ではない。ソファに座りっ放しだったマルチェロ医師も同様らしかった。
マグカップを前にいつもの配置で腰掛けるとシドがホロTVを点ける。丁度ニュースで七分署管内でのメルヴィン=リーコック狙撃事件をやっていた。
画面には視聴者提供映像としてリモータアプリで撮ったらしい動画が流れている。リーコック老が腕を血に染めながら「テロには屈しないっ!」と叫んだところで映像は停止した。
どアップのジイさんを眺めてシドは呆れ声を出す。
「五月蠅いばっかりで、実際こんなので票なんか上がるのかよ?」
「上がるんじゃないですかねえ、この映像だけ視てたら立派な熱血政治家に見えますって」
「そんなに簡単に騙されちまうモンなのか?」
「そんなモンです。あの程度の怪我で株を上げたんだ、結果的に遊説は大成功じゃないですかね」
マルチェロ医師が自分の言葉で思い出したか、ロウテーブル越しにシドの腕を取る。
「診せてみろ、怪我してるだろう」
「怪我なんかしてねぇよ。ほら、何でもねぇだろ」
と、シドは袖を捲って見せた。
滑らかな象牙色の肌に打撲痕もないのを見て医師は怪訝な顔をした。
「幾らその上着が優れものでも狙撃銃で撃たれてそれかい。どういうことだ?」
そこでシドは敵の持つ得物の説明をする。聞いて医師は納得したようだった。
「なるほどな。小口径弾ながら初速は速い、だが威力は弱くてあの傷か。もう一丁のグランレットとやらで撃たれなくて良かったな、旦那よ」
「日頃の行いがいいからな」
シドはポケットから煙草を出そうとして一緒に硬いものを掴み出す。ロウテーブルにカチャンと投げ出したのは今日バスの中で拾った二十二口径弾だ。殆ど変形していない。
ずっと黙っていたハイファがそれを手に取って見つめる。
「どうしてグランレットで狙わなかったんだろう?」
「ハイファお前、そんな言い方はねぇだろ。俺が怪我しなかったのは日頃の……」
「違う。ううん、ジンラットでもヘッドショットできた筈」
「お前、そんなに俺を恨んで……」
「違うってば! 僕が言ってるのはメルヴィン=リーコックのことだよ」
「そっちか。それこそ最初にクラスノフとマルタを殺ったときと同じ理由だろ」
「余計な巻き添えを出さないようにって?」
目で頷いたシドにハイファは首を横に振って続けた。
「確かにバスの中には警備員たちもいたけど、人混みってほどじゃなかったよ。それにヘッドショットを狙わなかった理由にはならないよ」
「ヘッドショットを狙う場合、角度的にまるで問題はなかったのか?」
確信的に頷いたハイファを前にシドは考え込む。どんな腕を持っていたとしても狙撃に失敗することはあるだろう。特に今はハイファに撃たれ負傷している筈なのだ。
だが初めて目にしたオジアーナでの『仕事ぶり』と自分が撃たれた状況、それに連続狙撃殺人からプロファイルするに敵は周到且つ相当な完璧主義者たちである。
そんな奴らが負傷を押して無理な狙撃にチャレンジし、あんな失敗の仕方をするだろうか。
「じゃあ、何で奴らは失敗のより少ないグランレットを使わなかったんだ?」
「だからそれを訊いてるんじゃない」
「取り敢えず声高に叫ぶ政治屋の血を流させたんだ、テロは成功じゃねぇのか?」
例しに言ってみたシドに対し、シニカルな笑みを向けてハイファが揶揄する。
「本当にそう思ってるの? テロリストとはいえ自分たちの主義主張は持ってるからね。神サマのために突っ込んでいく自爆テロでもないんだし、今どき民衆の反感を買うだけの、何の得にもならないテロなんてやらかさないよ」
「でもやらかした。つまり何か得になるからだ」
「何処に得があるのサ?」
そこで煙草を吹かしながら無精ヒゲを引っこ抜いていたマルチェロ医師が笑った。
「旦那はもう分かってるみたいだが、得ならあっただろうが」
「そうだ、株を上げたメルヴィン=リーコックにな」
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