追跡の輪舞~楽園20~

志賀雅基

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第16話・有益ガンヲタ情報を得るも、ランボー怒りの自宅狙い

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「何であんたがいるんだよ、マリカ=ポインター」
「ボス、ハイファス、明けましておめでとうございます~」

 それは警務課所属の武器庫係だった。小柄な身を婦警の制服で包んではいるが、鼻先まで伸びた前髪で表情がまるで見えない変人だ。ガンヲタ同士でハイファとはいい友人、手をタッチさせ挨拶している。
 そんな二人を横目に見ながら、シドは雑毛布を敷いたデスク上でレールガンをフィールドストリッピング、いわゆる簡易分解し始めた。

「世間は狙撃事件で沸き立っていますね~」
「だからそこで喋るな、気色悪い!」

 肩に顎を載せるようにして喋られ、背後霊でも背負った気分になってシドは喚く。

「ボスまで撃たれて、おいたわしい~」
「ふん、大したことねぇよ」
「二十二口径弾~、それも窓外からの狙撃とは相当な手練れですね~」
「じつはジンラットM950なんだよね、得物は」

 友人には隠さずハイファが言った。するとマリカは驚いたように顔を上げ、前髪を手でかき上げる。茶色い髪をセンター分けにして現れたのは透明感のある茶色の瞳、滅多に見られない美人をシドとハイファは見返した。ハイファがもう一度頷くとマリカは考え込む。

「まさかジンラットM950とは……これはとんでもない事態のようですね」
「そうなんだよ。それにまだ犠牲者は増える」
「なるほど。それでボス、何か手はお考えですか?」

「だから誰がボスだよ。……もうひとつの得物はグランレットM270だ。今のところ後手に回ってる状態、何か手があれば考えて欲しいくらいだぜ」

「そうですか、二丁使いとは。しかしグランレットはともかくジンラットは、もしも可能ならば連射させるしか手はないんじゃないかと思います」
「どういうことだ?」

 訊かれてキラリと茶色い瞳を輝かせ、マリカはパキパキと喋った。

「製造元のオストイェーガー社は、軍やその関係者にしかブツを卸さないので知られています。ですが軍の要請で一時期から軽量化路線に走った。そして軽量化路線の初期に珍しく開発した猟銃のジンラットは銃身バレルが弱いんです」

「でもパウダーを増量した特殊カートリッジを撃ち出すために、バレルも強化した筈だよ?」

「甘いですね、ハイファス。特殊鋼を使用し肉厚にしたバレルも、あの大容量パウダーの燃焼力には強度不足……チャンバ、プラス、ワンマガジン五発も連射すれば、暫く冷却しないと使い物にはなりません。無理に撃てばバレルが融け曲がります」

「そうか。他に弱点はねぇのか?」

 勢い込んで訊いたシドだったが髪型を背後霊ヴァージョンにしたマリカは、

「残念ながら思い当たりませんね~」

 と言ってシドに予備弾三百発入りの小箱を手渡した。やや消沈しつつも受け取ったシドは、レールガン内部の絶縁体や電磁石の摩耗度合いをマイクロメータで測ったのち、針のようなフレシェット弾を満タンに装填する。
 隣ではハイファも愛銃テミスコピーをフィールドストリッピングし、ニトロソルベントで銃口通しをしてパーツをガンオイルで拭っていた。

 二人して銃を組み上げホルスタに収めると、マリカに手を振り武器庫をあとにする。
 機捜のデカ部屋へと戻りながらシドは溜息混じりだ。

「マリカ情報も役には立たず、か」
「うーん、今のところは仕方ないよね」

 デカ部屋に入るなりヴィンティス課長が二人を見てオートドアを指差した。

「十時からの研修だ、行きたまえ」

 見れば既にデジタルボードの二人の名前の欄は『研修』となっている。ヴィンティス課長が嬉々として入力したに違いなかった。そこでシドは朗らかに宣言する。

「ハイファ、研修では我が七分署管内を重点的に『警備行動』するぞ」

 課長が顎を落とすのを見て、ほくそ笑みながらシドはハイファとデカ部屋を出た。

◇◇◇◇

 課長のたわごと、もとい『研修』命令は単なる口実だと分かっているので、二人はまたスカイチューブを使用して一旦シドの自室へと戻った。
 だが情報が入らなければ動きようもないので、シドはリビングでホロTVを眺めつつ、コーヒーと煙草ばかりを消費する。

 一方のハイファもコーヒーを減らしながら端末を起動して情報収集、しかしこれも別室戦術コン以上の何かが得られる訳でもなく、電子情報網をふわふわと泳ぎ回っていた。 

「各宿泊施設には中央情報局第六課がバイロン=フォレスターとミハエル=トムスキーのポラを流してるし、ラグランジュ財団ビルから盗まれたアガサ森林開発会長の個人BELはまだ見つからないしねえ」
「ふあーあ、こうなると逆にヒマだよな」

 キッチンに移動してシドはコーヒーメーカを取り上げ、だぼだぼとマグカップにコーヒーを注いだ。空になったコーヒーメーカを振ったそのとき、甲高い音を立てコーヒーメーカが割れる。事故的に割れたのだとは思わない、手にしていたものを全てシンクに投げ入れるなりシドは床に身を投げ出していた。

 反射的に目を上げたハイファが見たものは、跳ね上げられた窓の遮光ブラインドと透明樹脂に空いた小さな穴だ。

「シドっ、スナイプ!」
「IR機能って、マジかよっ!」

 IR、赤外線を強調・可視化する機能は、シドの持ち出してきた高性能レーザースコープにもハイファのアマリエットM920付属のスコープにもついている。だが遠く離れた建物内の熱源を狙ってのこれは反則だった。

「くそう、バカにしやがって!」
「危ない、シド!」

 聞く耳を持たずシドは跳ね起きるなり窓に駆け寄る。部分的に折れ曲がったのみで元に戻った遮光ブラインドの紐を引いて畳んだ。五十一階のここを狙える狙撃ポイントは熟知している。
 両側の歩道と間の大通りを挟んだ向かい側、妻帯者用官舎ビルしかない。舐めるように建物を目で走査していく。
 屋上の風よけドームが開いていた。

「屋上、右から二十メートル!」
「伏せてろ、ハイファ!」

 叫ぶなりシド、レールガンを抜くなり目前の窓にマックスパワーで発射。一射で大穴が空いた窓のテンションが狂い、内側へと一枚全てが吹き飛ぶ。襲い掛かった破片にも構わずシドは連射する。都合五射を叩き込んで撃ち止めた。距離は約三百、だがとっくに人影はない。

 だがシドはそのまま動かない。狙いを付けたままでじっと待つ。また撃たれるのは覚悟の上だ。対衝撃ジャケットは着用しているがヘッドショットなら意味はない。
 それでも怖じず待った。一撃離脱で引っ込んだ敵にフレシェット弾を当てられた手応えはなかった。しかしそれなら次にはBELが飛び立つ筈だ。

「チクショウ……叩き墜としてやる」

 その間にハイファもアマリエットを出して構えている。頑張っても有効射程が八十メートルほどのテミスコピーでは到底届かない。七千二百グラムの狙撃銃を立射姿勢で構えたまま、シドと一緒に祈るような思いで立ち続けた。この距離ならスポッタなしでも経験と勘で狙える。
 だが妻帯者用官舎ビルはこちらよりも僅かに背が高い。

「風よけドームの向こう側からBELは出ちゃったのかも」
「それでも向こう側だってビルだ、高度を取る筈だからな」
「昨日はビルの間を飛んで行っちゃったよ?」
「昼間から博打に出るかどうかは運次第だ」

 実際シドも迷い始めていた。ここで眺めているよりも昨夜屋上に駐めておいたBELで追跡した方が賢いのではないか。そう思ったときに向こうの風よけドームが閉まり始める。

「やられたか……いや、あれだ!」

 閉まりかけたドームの間からBELの尾翼が僅かに見えた。別室戦術コンから送られた盗難BELのカラーリングと一致。問答無用でレールガンのトリガを引く。ハイファのアマリエットもフラッシュハイダーを標準装備した銃口から僅かな火炎を吐いていた。
 それぞれが二射を放つ。
 BELの尾翼、三角形が欠けて飛び散る。

 途端にBELは傾いで風よけドームのふちに尻をぶつけた。だがそれでもすり抜けるようにして真昼の空に舞い上がる。ドームが閉まった。こうなると墜とす訳にはいかない。地上にはコイルも人もいるのだ。
 けれどシドは更に撃った。二名いる筈の乗員の片方でも殺るつもりだった。

「だめ、シド、だめだよ!」

 腕を掴んだハイファを怒りに燃えた切れ長の目が見返す。しかしここはセントラルエリア、破片ひとつ落とすことはできない。ハイファは掴んだ腕を強く引いた。シドの躰が揺らぐ。

 その身を掠めてピシッと空気が震えた。
 二射連続で飛来した弾は床のファイバにめり込む。

 そこで今度はハイファがアマリエットを構えるなり三射をBELに叩き込んだ。狙ってきた以上BELは側面のスライドドアを開放している。そこに向けて更に二射。シドをまたも狙われて頭に血が上っていた。
 それでも残り一発となってシドと共に身を翻し玄関に走る。ドアから飛び出した。
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