追跡の輪舞~楽園20~

志賀雅基

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第15話・職場での理不尽。鬱憤晴らしで上司に嫌がらせ、後輩にパワハラ

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 玄関で靴を履き、いつもの儀式であるソフトキスを交わすと廊下に出て、リモータでドアロックした。エレベーターに乗り込んでハイファが三十九階のボタンを押す。

「何だよハイファ、年明け初出勤っつーのにスカイチューブかよ?」
「表を歩きたい気持ちは分かるけど今日は我慢してよね。ストライクして書類を山とこさえてるヒマも、あっさり撃たれるような安い命も持ち合わせてないんだから」
「ふん。こうなったら囮捜査を敢行したいところなんだがな」

 いつも任務に文句垂れているシドが自分を囮にしたがるとは、余程腹を立てているらしい。ストライクなどと口にしたのも拙く、ハイファは黙ってバディから目を逸らした。

 三十九階でエレベーターを降り、通路を歩いてスカイチューブ内のスライドロードに乗っかる。これは七分署にも直結していて、これを使えば不用意なストライクも避けられるという訳だ。それ故ヴィンティス課長はいつも『使え』と五月蠅いのだが、自分の足を使うことにこだわるシドが自発的に使うことは滅多にない。

 オートで運ばれながらシドは地上を眺め下ろす。大通りのコイル群が色とりどりのボンネットを輝かせて眩しい。官庁街の歩道を行き交う人々はさすがに正月二日で少なかった。それでも併設されたスライドロードにはスーツ姿の男女も見受けられた。 

 やがて七分署側に辿り着くとリモータチェッカとX‐RAYをクリアしてビルを移る。通路を歩きエレベーターに乗ると機捜課のある一階へ向かった。途中で何度もエレベーターは止まり、署員が乗り降りしてゆく。そうして五階では見知った顔が乗ってきた。

「よう、イヴェントストライカの旦那と嫁さんは珍しくオート通勤か?」

 それは捜査一課のヘイワード警部補だった。シワシワのワイシャツに無精ヒゲという、新年に似合わぬヨレた姿だ。

 初動捜査専門の機捜課で扱った案件は一週間で他課送りにするが、当然ながら殺しやタタキ専門の捜一とは縁が深い。それ故にフレンドリーな口調だが開口一番の『嫁さん』口撃にシドは怯む。怯んでいる間にハイファとヘイワード警部補は暢気に挨拶をしていた。

「新年明けましておめでとうございます、今年も宜しくお願い致します」
「こっちも宜しくハイファス先生。旦那もお手柔らかに頼むぞ」
「ところで新年早々また深夜番を背負ったんですか?」

 目前の男から吹きつけてくるオッサン臭にハイファは一歩退く。そこでヘイワード警部補は腕を上げて自分の身をあちこち匂うと溜息をついて言う。

「そんな顔をせんでくれハイファス先生。年末からこちら、ずっとあんたと旦那が持ち込んだタタキの裏取りプラス深夜番になだれ込みだ。連勤十七日、ムゴいよなあ」

 ようやく立ち直ってシドはニヤリと笑った。

「同情誘おうったってムダですよ、カードで負けて深夜番背負った人が。いい加減に博打に手を出すの、やめたらどうです?」
「たまには博打もいいもんだ、人生に張りが出るってもんだぞ。人生が博打の旦那にゃ不要だろうがな」
「だから旦那は止めて貰えませんかね」

 一階に着くとヘイワード警部補も機捜課のデカ部屋についてくる。

「ヘイワード警部補まで、機捜ウチに何か御用ですか?」
「用ってほどでもないが、お宅の課長に宝飾店のタタキの裏取りが終わった報告だ」
「深夜番明けなのにご苦労様ですね」
「あんたら夫婦も休日中に五分署管内でのストライクご苦労さん」

 喋りつつ三人で機捜課のデカ部屋のオートドアをくぐった。シドとハイファはデジタルボードの自分の名前の欄を『有休』から『在署』に入力し直し出勤完了である。

 さっさと自分のデスクに向かったシドは椅子にドカリと腰を下ろし煙草を咥えた。ついてきたヘイワード警部補も倣って煙草を咥える。シドがオイルライターで二本分に火を点けたその左手を見てヘイワード警部補が眉を上げてみせた。

「あ、もう平気です」
「ならいいが。お前さんも負傷、セントラルエリア内で九名も連続で狙撃されて死亡とは、全くムゴいよなあ。どうなってるんだ、いったい?」

 答えられずシドが黙り込んだところにハイファがデカ部屋名物の通称泥水と呼ばれるコーヒーを持ってくる。往復して紙コップ三つを調達し、シドの右隣である自席に着地した。

「二分署、四分署、五分署、八分署は新年早々帳場入りだ。セントラルエリア全域に各署の警備部を配置するのも時間の問題だな。俺たちも制服着せられて借り出されるかも知れん」
「そんな話があるんですか?」

 ハイファにヘイワード警部補が頷く。

「セントラルエリア統括本部じゃ、お偉いさんたちが会議中って話でな」

 シドとハイファは顔を見合わせる。それは少々拙かった。狙撃銃入りのケースを担いで歩いている訳にいかなくなるからだ。ある程度は軍が圧力をかけて引き延ばすだろうが、惑星警察にも面子というものがある。帳場と呼ばれる捜査本部まで立てた以上は軍に全てを任せておくような悠長な真似はしないだろう。

 その間にも出勤してきた課員たちがあちこちで新年の挨拶を交わしているが、やはり今日は休日モードで在署番の数も少ない。だが状況が状況だからだろう、ヴィンティス課長が出勤してきて課長席に着いた。そしてシドを見て怪訝な顔をする。

「シド、本日の『ツアー客』はどうしたんだね? ひったくりは? 痴漢は?」

 前置きもなしに訊いた課長をガン無視してやろうかと思ったが、課長の多機能デスクの真ん前がハイファのデスク、その左隣がシドという配置である。互いの言動を無視するにも限界があった。部下も挨拶なしで返す。

「そいつは外回りをしてからですよ、課長」

 途端にいつもの如く青い目に哀しげな色を湛えるかと思いきや、ヴィンティス課長は意外にもそのブルーアイにチカラを漲らせた。シドは何事かと身構える。

「ほう、その意気や良し。そこでだ。若宮志度巡査部長、ハイファス=ファサルート巡査長、前へ」

 上司は上司、シドは煙草を消してハイファと共に課長の前に立った。

「キミたち二人に特別勤務を与える。セントラルエリア統括本部・警備部の直下に入り、『新春恒例・都市部警備行動研修会』に参加せよ。これには統括本部長から『優秀な人員を選抜せよ』とのお言葉も貰っている。名誉だと思いたまえよ」

 なるほど、また居酒屋『穂足』で互いの上司は飲んだらしい。目配せしあったシドとハイファはそう思ったが本星セントラルエリア内を七分署所属の二人が自由に闊歩するための理由づけとしては、苦しいながらも妥当なところではあった。

「了解しました」

 二人揃って挙手敬礼しデスクに戻る。面白そうに眺めていたヘイワード警部補と一緒に冷めた泥水を飲んだ。そこにシドの後輩ヤマサキが何処からか帰ってきて左隣に着席する。

「シド先輩、またストライクしたって聞いたっスよ。それも狙い撃たれた先輩の巻き添えでお爺さんとお婆さんが撃たれて……あぎゃっ!」

 馬鹿でかい声で喚いたヤマサキはシドに脛を蹴飛ばされて涙目だ。

「巻き添えになったのはこっちだっての!」

 更に書き損じの書類十数枚を溜め込み重ねて作ったハリセンでヤマサキの頭を張り飛ばした。その騒ぎに室内隅のホロTV前でへたったソファに腰掛け、気も早く本日の深夜番を賭けてのカードゲームに興じていた、在署番のゴーダ主任やケヴィン警部にヨシノ警部の幹部トリオが笑う。

「頼むからウチの管内で射殺体をこさえるんじゃねぇぞ」

 ゴーダ主任が鬼瓦のような顔で言うと、ケヴィン警部が、

「シドが本日中に狙撃事件を起こす方に賭ける奴、挙手!」

 デカ部屋内の全員が手を挙げた。

「だから俺が起こしてる訳じゃねぇって!」

 唸ってシドは取り敢えずヤマサキとゴーダ主任のバディでペーペー巡査のナカムラを睨みつけて俯かせる。だがヤマサキのバディでありシドのポリアカでの先輩マイヤー警部補が紙コップを手に、涼しい声ながら少々心配げに言った。

「でもシド、本当に気を付けて下さいね。一度ならずということもありますから」
「マイヤー警部補だけですよ、そう言ってくれるのは」
「貴方がたがいなくなると機捜課の面白味は七割減ですからね」

 もうニヤニヤ笑いとなったマイヤー警部補も機捜課の人間だった。憤然としてシドはチェーンスモークする。「早く出て行け」というヴィンティス課長の目を無視してハイファに泥水二杯目を調達させ悠長に啜り、耳をかっぽじった。ヤマサキにも、

「お前、正月に家族サーヴィスはしなくていいのかよ?」

 などと訊く。これでも所帯持ちのヤマサキは、愛娘二人の映った3Dポラを手にしながらデレデレと、

「年末にブラジリアシティの温泉につれて行ったっスから、いいんスよ」

 と、羨ましい答えを返した。暫し何処が穴場だとかいう世間話で盛り上がる。
 そうしてしこたま課長に嫌がらせをしてからシドは武器庫の解錠を申し出た。課長が多機能デスクを操作するのを見届けてシドはハイファと武器庫へ向かう。

 分厚い扉を開けてみると、鍵が掛かっていた筈の武器庫には先客がいた。
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