追跡の輪舞~楽園20~

志賀雅基

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第8話・別室任務キターーーー!! でもメシは美味い

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「おい、大丈夫か、ハイファ……ハイファ!」
「ん……ごめん、また僕?」
「すまん、また意識トバすまでやらかしちまった。何処か痛くねぇか?」
「うん、たぶん」

 出した声が見事に嗄れていて二人して笑いを零す。もう一度リフレッシャを浴びるべき状態だったがハイファは立ち上がろうとして叶わず、またシドに抱かれてバスタブに浸け込まれた。何とか身を擦って洗い流すと抱き上げられてドライモードだ。

 長い毛先までシドは丁寧に指を通し、乾かしてくれる。

「左手は使わないでよね」
「分かってるから五月蠅く言うなよな」

 乾くと抱かれてバスルームを出、室内に戻ってベッドに寝かせられた。毛布で包まれ、次には飲料ディスペンサーのアイスティーを口移しで飲ませて貰う。
 そのあともシドは脱ぎ捨てたスーツやネクタイをクローゼットに掛け、残りの衣服を備え付けられたダートレス――オートクリーニングマシン――に入れてスイッチを押し、寝かせたままのハイファに器用にガウンを着せたりと忙しい。

「シド、貴方も風邪引かないうちに服を着て」
「だから、分かってるって」

 鬱陶しそうに言うもののシドの機嫌はすこぶる良かった。コトのあとで面倒をみたがるのはシドの趣味のようなもの、分かっていてハイファも半ば好きにさせているのである。

 ようやくシドは自分もガウンを身に着けて、重々しい灰皿を持参しデスク付属のチェアを引きずってきた。ハイファの枕許に着席し、灰皿を傍の木製キャビネットに置くと煙草を咥えて火を点ける。リモータを見て唸った。

「時間は……何だ、もう五時近いじゃねぇか」
「僕に言われてもね。それ吸ったら寝ようよ」
「そうだな。それとさ――」
「ん、なに?」

「明けましておめでとう、今年も宜しくな」
「あ、そっか。明けましておめでとう。こちらこそ宜しくね」

 やがてハイファはいつもとは反対側、珍しい右腕の腕枕を貰って眠りに就いた。

◇◇◇◇

 レイトチェックアウトで十一時頃までは眠れるかと思っていたが、シドの目が覚めたのは八時半だった。寝る前とは違い、超不機嫌に起き出して、まずは煙草を咥えるとコーヒーメーカをセットする。横目でハイファを見ると、すんなり上体を起こしていたので少し安堵した。

 それでも不機嫌は蒸発しない。

「シド、いい加減に発振だけでも止めて」
「……くそう」

 リモータのキィを叩き潰すかのようにして振動を止める。

 目が覚めたのは発振が入ったからだった。それもハイファと同時にである。今まで何度も受けてきた忌々しい発振パターンは別室からのもので、つまりは任務が降ってきたのだった。

「昨日の今日で、おまけに新年早々、どういうことだよ!」
「僕に吼えられても困るんですけど……」

 それでも申し訳ない気持ちがあるのか、ハイファの声は弱々しい。

「でもサ、昨日の今日だからこそ、何かある気はしない?」
「したくない」
「そう言わずに別室からのお手紙、見ようよ」

「俺は軍人でもスパイでもねぇ、刑事だぞ! なのに何で他星に行ってまでマフィアと撃ち合ったり、全星で生死問わずデッド・オア・アライヴの賞金首にされて追い回されたり、ガチの戦争に放り込まれたり、砂漠で干物になりかけたり、他人の宙艦盗んで宇宙戦したりしなきゃならねぇんだよ!」

「うーん、その科白も久々だなあ」
「しみじみしてる場合かよ、いつか本気で殺されるぞ!」

 喚いておいてシドは沸いたコーヒーを繊細な絵付けのカップふたつにじょぼじょぼと注ぎ、ソーサーなしでソファセットのロウテーブルにガシャンと置いた。ハイファはベッドを滑り降りてしずしずとソファに腰掛ける。

 コーヒーを飲みつつ蒸気機関車の如く紫煙を吐くバディに恐れをなしたか、ハイファはこっそりと自分だけでリモータ操作、小さな画面に目を走らせた。

 その顔つきが少し変化したのをシドは見逃さない。

「どうした、急ぎの任務なのかよ?」
「急ぎではあるけど今のところは他星任務じゃないよ、良かったね」
「何がいいのか俺にはちっとも分からねぇんだがな」
「なら命令書、貴方も見てよ。ねえ、僕一人は嫌だよ」

 甘え声よりも硬い顔つきの方が気になって、シドは仕方なくリモータ操作した。
 見慣れた書式の命令文を読み取る。

【中央情報局発:至急。本星セントラルエリアに於いて議員及び企業役員が狙撃され死亡する事件が連続で発生。今後も同様の事案発生が予測されることから、狙撃手並びに観測手の逮捕に従事せよ。なお逮捕に際してその生死は問わないものとする。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】

「ふ……ん。嫌な予感がもう的中したな」
「その通りみたいだね。付属資料をざっと見たんだけど、答えを出しちゃえば狙撃した犯人は昨日のシードル=クラスノフと妻のマルタをったスナイパーだってこと」
「マルタは死んだのか?」

「そうみたい。で、ここからが問題。あれだけのスナイプを成功させたのはバイロン=フォレスター、相棒のスポッタがミハイル=トムスキー。出身はグラーダ星系第三惑星ミスールで、過去にクラスノフと何度か組んだことのあるテロリストだよ」

 聞いてシドは却って納得した。

 失敗できない狙撃にターゲットの人物像と行動パターンを熟知した者を持ってくるのは常套だ。きっとテラ連邦議会が軍を通し、大枚をはたいて雇ったのだろう。
 だが結果としてテロリストをテラ連邦議会の本拠地でもある太陽系に招き入れ、あまつさえ大手を振って本星を闊歩させてしまうことになったのだ。

「おまけに商売道具の得物まで土産につけてやったとは、阿呆な真似をしたもんだな。ンなことなら最初からお前にスナイプさせれば良かったんじゃねぇのか」
「貴方自分で言ったじゃない、『俺たちは第三の保険』だったって。本当にその通りだったんじゃないの? それに僕だってあの条件で狙撃を成功させられたかどうかはちょっとね」

「何だよ、そこで弱気になるなよな。で、そいつらのポラは?」
「ないよ」
「ないって、マジかよ?」
「彼らは今回の仕事でクレジットだけじゃない、当然掛かっていた中央情報局第六課によるテラ連邦全域指名手配の撤回を要求して、テラはそれを呑んだんだよ」

 それ故、彼らについての全ての記録は抹消されたという訳だった。

「だからってタイタンの宙港で通関のカメラにくらいは映ってるだろうが」
「当然だよ。全力で別室戦術コンが洗い出してるから特定したら送ってくる筈」
「じゃあそいつは置くとして、今回殺られた議員と企業役員っつーのは誰なんだ?」

 ハイファがリモータを操作しアプリの十四インチホロスクリーンに資料を映し出した。読み始めたシドは自分も知る議員や企業名を目にして眉間にシワを寄せる。

「テラ連邦議会議員のハリヤー=リーディンガーってRTVの係累だよな?」
「そうだね。あの宝石コレクターで有名なメレディス=ハウザー太陽系星系政府議会議員に、スズモト製鋼株式会社の会長も殺られてる」
「ベルトリーノ理化学工業の社長は夫人と一緒に昨日オジアーナのディナーに……あれからたった八時間で、チクショウ!」

 見境のないテロ行為に悔しさでシドは歯軋りした。

「たぶん殺れそうな隙のある人物を片端から狙ったんだね」
「それでも四人もの狙撃を成功させた……バイロン=フォレスターとミハイル=トムスキーには情報を流した奴がいる筈だろ?」

「僕に凄まないでよ。でも貴方の読みは当たってる。ハリヤー=リーディンガー議員は郊外の自宅で狙撃されたけど即死じゃなかった。彼がその後のマル害の情報を洩らしたらしい記録が彼の自宅書斎の監視カメラに残ってたよ」

「リーディンガー・テレヴィジョンっつーメディアの力で知り得た情報をテロリストに流したのか。ハリヤー議員の屋敷は八分署管内、今頃ナイマン警部補は沸騰してるだろうぜ」
「ヨハネスさんやマーレイさんも気の毒だよね」

 二人は新年早々殺しが降ってきた同輩たちを数え上げる。

「あとはメレディス=ハウザー議員の屋敷のある四分署でカサルス警部補にビアンカたち、スズモトの二分署でデイヴにマシューたちもだな」
「ベルトリーノの社長はこのマイスノーホテルの七十階デラックスルームで……」

「って、マジかよっ! くそう、目の前で二度までもか!」
「だから僕に凄まないでってば」

 ともあれ腹が立つと腹が減る体質のバディを宥めるため、ハイファはリモータ操作してメニュー表を呼び出し朝食のルームサーヴィスを頼んだ。

 まもなく貨物リフトではなくオートドアの外に朝食が届いたらしく、室内の建材に紛れた音声素子が震えて涼やかなベルの音が響く。シドがホロTVを点けてディスプレイに映ったキモノに前掛け姿の女性とワゴンを確認してから、リモータでドアロックを外した。

「おはようございます、レストラン笹川でございます」
「ご苦労様、ありがとう」

 ハイファのタラシな微笑みと、ポーカーフェイスながらまともに目を向けたシドを見て一瞬足を止め頬を赤らめた女性だったが、すぐに仕事を思い出し窓際のテーブルに膳を配し始める。熱々のライスを茶碗に盛り、ミソスープを椀に注ぎ分けた。

 そして気遣いだろう、刺繍の入ったビロードのカーテンを開けようとする。

「あ、それはそのままでいいから」
「左様ですか、それでは熱いうちにお召し上がり下さい」

 カーテンを開けさせなかったのはスナイパーの本能と云えるものからだ。今の状況下、窓外から丸見えの状態で暢気に食事など摂れる筈などない。

「俺たちは狙われねぇだろ?」
「そう思うなら雪を眺めての食事を独りでお楽しみ下さい」
「いい、一人だと伏せるヒマもねぇからな」

 本気かどうか分からない愛し人の言い様に天を仰いでから、ハイファはテーブルに着く。シドも猫足で座面がゴブラン織りのチェアに腰を下ろした。

 純和風の朝食は厚焼き卵にブリの照り焼き、大根おろしの明太子添えに高野豆腐と野菜の炊き合わせ、ミソスープの具はアサリである。
 二人は手を合わせてから箸を取った。
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