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第29話・夜(探偵・ヤクザ・チンピラ)
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郊外というより山の中だが梅谷のシマだという場所にトレーラーを停め、降りてみるとそこはお約束の如き産業廃棄物業者の活躍の場だと恭介は看破した。ポツリと灯った外灯の辺りに人影が幾つも見える。薫が招集した若い衆全員だ。言われた通り昼間に噂をバラ撒いてから呼び出された彼らは、こちらの影を見てホッとした雰囲気だった。
ホッとしている場合じゃないのだと知る薫は振り向き見上げて恭介を睨む。
「ねえ、本気でやらせるの?」
「まあな」
「ジョークだと言って」
「ふん。行け、教官殿」
帰る途中の山中で陶器製の手榴弾、それも第二次大戦末期のシロモノを試し投げさせられた薫は、四個投げて二個が不発という、じつに二分の一なる低確率に自分の命を預けねばならない現実に呆然としたのだ。当たり前である。
地上部隊の若い衆が哀れでならず、気が進まない。だが恭介曰く、
『全部で五千発、単純計算で二千五百は使えるんだぞ』
ということで、今から陶製手榴弾の使い方講座を実施せねばならないのであった。
ちなみに戦時下でこれを作らされた人々は『これが兵器か……』と動揺したらしい。
皆に動揺を与えてもいい事は何もない。暗澹たる思いを隠して薫は景気のいい声を上げた。
「集まれー、使い切れない程の武器・弾薬を調達してきたよー!」
「おお、流石は薫さんにその彼氏さんですぜ」
「待ってたんスよ、車でけぇー。これに満載っすか!?」
「チャカですかい、マイトですかい?」
前のめりに訊く下っ端十五名に囲まれた薫は、穴があったら入りたい気持ちを堪えて恭介から手に押し付けられた陶製手榴弾を皆に晒した。じっと見られながら自分の博才を信じて自信満々のフリをし、手榴弾の蓋に付いていた小さな板切れを剥がすと着火紐を擦る……擦った。
擦るが、これで着火する筈が着火しなくて、おもむろに恭介がライターを取り出そうとした途端に『シュッ』と発火。
「四秒から五秒だからね! どいて、投げるよ!」
ここからもまだ博打、ちゃんと破裂するのか――?
『バン!』とオレンジ色の炎が目視できると同時に産廃の砂が飛んできた。薫は胸をなでおろす。誰かのような怪力じゃないので、そうそう遠くに飛んでおらず、やや至近で見たそれは『当たれば怪我では済まないんじゃないかな』くらいのインパクトを皆に与えることに成功したようだった。
「じゃあ、練習用に降ろしてくれるかな?」
「へい。……うおっ、すんげぇ量ですね」
早速、その場で薫ちゃんの手榴弾使い方講座が始まって三十秒で終わり、皆が得物を手にして実践編だ。
「俺、この、つるつるの黒いヤツが気に入ったぜ」
「バーカ、手に馴染む質感は、ざらついた味のあるヤツだろ」
「ところで薫さん、四秒から五秒って、四秒寄りなんスか? それとも五秒寄りっスか?」
「湿気てんですかね、火ぃ点かねぇんスけど」
そこで薫が恭介のアドヴァイスに従って口を挟む。当の恭介は電話ばかりしていて知らぬふりだ。
「着火剤がダメになってるのはライターで火ぃ付けた方が早いからな」
するといきなり若い一人がテンパった。
「ど、どうしよう……お、俺、彼女の誕生日プレゼント買いたくて!」
「はあ? それがどうしたのさ?」
「煙草やめたばっかで……ライター持ってないっすよ! もうダメだっ!!」
夜の地面に膝をついて泣き伏す男に恭介が自分の予備の使い捨てライターを黙って渡した。
しかし火を点けて投げれば足元に叩きつけてしまう者、産廃の土砂の山肌から転がり落ちてきて間一髪、恭介が蹴って難を逃れる者、当然ながら不発も続出したが再び拾う根性は無いのでシャベルを持って作業している方が多い者など、場は混乱を極めた。
結論として皆が体得したのは、二個のうち一個が不発なら倍の四個投げるしかないという事だ。
皆に命じて乗り付けられていた数台のトラックに陶製手榴弾を乗せ換えると、もの悲しさと共に置いて薫と恭介は去る。一台に途中まで送らせ、幹線道路でタクシーに乗り換えた。
子供たち二人が拉致られている状況で暢気にしてはいられない。機動性を考えれば自家用車は不利と割り切っている。タクシー内でも恭介はあちこちに携帯で続けざまに連絡を取った。
耳を傾けても殆ど内容が掴めない薫はじりじりとして整った横顔に視線を注ぐ。そのうち電話を切った恭介は携帯をスーツのポケットにしまいながら言った。
「よし。子供二人が生存している確率が高くなったぞ」
「えっ、ホント? 何で分かったの?」
「滝本組の組長だが……言いたくないが、大の子供好きらしい」
「子供大好きって、まさか小児性愛者ってこと!?」
「『好き』の程度がどのくらいかまでは知らん。だが流石に相手がガキとはいえ殺しは組長の耳にも入れる筈だ」
「そりゃそうだろうけど……」
元々ゲイではなかったのに潰した樫原組組長らに無理矢理されて動画まで録られた薫である。顔色を悪くしているのに気付き、恭介はその固く握って震える拳を己の手で包み込んだ。
まもなくタクシーは小さな繁華街の中に在る事務所の前で停まった。トレーラーを転がしている途中のATMで改めてカネを降ろしてあるのでタクシー代は踏み倒さない。
二人してシケた感じの繁華街に降り立つと、薫は目前の事務所を観察する。
「何これ、樫原組の事務所って、潰したのにまだこんなの残ってるんだ?」
「中身は違うがな。入るぞ」
カラカラと横に滑らせる扉は梅谷組と同じで薫は親しみを覚える。だが中は真っ暗で……と思った拍子に明かりが点いた。そこに人がいたので薫は仰天する。真っ暗闇でじっとしていたのは五名もの男たちだった。
彼らを一瞥し、薫は仮にもヤクザとして生きてきた者独特の嗅覚で正体を見破る。
「そうだ。俺の元上司が急遽置いた事務所と中身だ。それに――」
恭介が彼らに頷くと一人が立って壁際のロッカーを開けて見せた。
「攪乱部隊の増援、彼らはSATだ」
ロッカーの中にはハリウッド映画でしか薫は見たことがないようなライフル複数の他に、懐かしの恭介のショットガン・レミントンM870まで揃っていたのだった。
更に奥の間からムサい十人ばかりが顔を出す。
ホッとしている場合じゃないのだと知る薫は振り向き見上げて恭介を睨む。
「ねえ、本気でやらせるの?」
「まあな」
「ジョークだと言って」
「ふん。行け、教官殿」
帰る途中の山中で陶器製の手榴弾、それも第二次大戦末期のシロモノを試し投げさせられた薫は、四個投げて二個が不発という、じつに二分の一なる低確率に自分の命を預けねばならない現実に呆然としたのだ。当たり前である。
地上部隊の若い衆が哀れでならず、気が進まない。だが恭介曰く、
『全部で五千発、単純計算で二千五百は使えるんだぞ』
ということで、今から陶製手榴弾の使い方講座を実施せねばならないのであった。
ちなみに戦時下でこれを作らされた人々は『これが兵器か……』と動揺したらしい。
皆に動揺を与えてもいい事は何もない。暗澹たる思いを隠して薫は景気のいい声を上げた。
「集まれー、使い切れない程の武器・弾薬を調達してきたよー!」
「おお、流石は薫さんにその彼氏さんですぜ」
「待ってたんスよ、車でけぇー。これに満載っすか!?」
「チャカですかい、マイトですかい?」
前のめりに訊く下っ端十五名に囲まれた薫は、穴があったら入りたい気持ちを堪えて恭介から手に押し付けられた陶製手榴弾を皆に晒した。じっと見られながら自分の博才を信じて自信満々のフリをし、手榴弾の蓋に付いていた小さな板切れを剥がすと着火紐を擦る……擦った。
擦るが、これで着火する筈が着火しなくて、おもむろに恭介がライターを取り出そうとした途端に『シュッ』と発火。
「四秒から五秒だからね! どいて、投げるよ!」
ここからもまだ博打、ちゃんと破裂するのか――?
『バン!』とオレンジ色の炎が目視できると同時に産廃の砂が飛んできた。薫は胸をなでおろす。誰かのような怪力じゃないので、そうそう遠くに飛んでおらず、やや至近で見たそれは『当たれば怪我では済まないんじゃないかな』くらいのインパクトを皆に与えることに成功したようだった。
「じゃあ、練習用に降ろしてくれるかな?」
「へい。……うおっ、すんげぇ量ですね」
早速、その場で薫ちゃんの手榴弾使い方講座が始まって三十秒で終わり、皆が得物を手にして実践編だ。
「俺、この、つるつるの黒いヤツが気に入ったぜ」
「バーカ、手に馴染む質感は、ざらついた味のあるヤツだろ」
「ところで薫さん、四秒から五秒って、四秒寄りなんスか? それとも五秒寄りっスか?」
「湿気てんですかね、火ぃ点かねぇんスけど」
そこで薫が恭介のアドヴァイスに従って口を挟む。当の恭介は電話ばかりしていて知らぬふりだ。
「着火剤がダメになってるのはライターで火ぃ付けた方が早いからな」
するといきなり若い一人がテンパった。
「ど、どうしよう……お、俺、彼女の誕生日プレゼント買いたくて!」
「はあ? それがどうしたのさ?」
「煙草やめたばっかで……ライター持ってないっすよ! もうダメだっ!!」
夜の地面に膝をついて泣き伏す男に恭介が自分の予備の使い捨てライターを黙って渡した。
しかし火を点けて投げれば足元に叩きつけてしまう者、産廃の土砂の山肌から転がり落ちてきて間一髪、恭介が蹴って難を逃れる者、当然ながら不発も続出したが再び拾う根性は無いのでシャベルを持って作業している方が多い者など、場は混乱を極めた。
結論として皆が体得したのは、二個のうち一個が不発なら倍の四個投げるしかないという事だ。
皆に命じて乗り付けられていた数台のトラックに陶製手榴弾を乗せ換えると、もの悲しさと共に置いて薫と恭介は去る。一台に途中まで送らせ、幹線道路でタクシーに乗り換えた。
子供たち二人が拉致られている状況で暢気にしてはいられない。機動性を考えれば自家用車は不利と割り切っている。タクシー内でも恭介はあちこちに携帯で続けざまに連絡を取った。
耳を傾けても殆ど内容が掴めない薫はじりじりとして整った横顔に視線を注ぐ。そのうち電話を切った恭介は携帯をスーツのポケットにしまいながら言った。
「よし。子供二人が生存している確率が高くなったぞ」
「えっ、ホント? 何で分かったの?」
「滝本組の組長だが……言いたくないが、大の子供好きらしい」
「子供大好きって、まさか小児性愛者ってこと!?」
「『好き』の程度がどのくらいかまでは知らん。だが流石に相手がガキとはいえ殺しは組長の耳にも入れる筈だ」
「そりゃそうだろうけど……」
元々ゲイではなかったのに潰した樫原組組長らに無理矢理されて動画まで録られた薫である。顔色を悪くしているのに気付き、恭介はその固く握って震える拳を己の手で包み込んだ。
まもなくタクシーは小さな繁華街の中に在る事務所の前で停まった。トレーラーを転がしている途中のATMで改めてカネを降ろしてあるのでタクシー代は踏み倒さない。
二人してシケた感じの繁華街に降り立つと、薫は目前の事務所を観察する。
「何これ、樫原組の事務所って、潰したのにまだこんなの残ってるんだ?」
「中身は違うがな。入るぞ」
カラカラと横に滑らせる扉は梅谷組と同じで薫は親しみを覚える。だが中は真っ暗で……と思った拍子に明かりが点いた。そこに人がいたので薫は仰天する。真っ暗闇でじっとしていたのは五名もの男たちだった。
彼らを一瞥し、薫は仮にもヤクザとして生きてきた者独特の嗅覚で正体を見破る。
「そうだ。俺の元上司が急遽置いた事務所と中身だ。それに――」
恭介が彼らに頷くと一人が立って壁際のロッカーを開けて見せた。
「攪乱部隊の増援、彼らはSATだ」
ロッカーの中にはハリウッド映画でしか薫は見たことがないようなライフル複数の他に、懐かしの恭介のショットガン・レミントンM870まで揃っていたのだった。
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