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第27話・午前中から午後(刑事・キッズ・チンピラ)
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「はーい、皆さん。もう安心ですよー、こうして正義の味方が来ましたからねー」
馬鹿がバカでかい声で上塗りをするのを、タツとアサは「アー」と口を開けたまま見上げていた。勿論、ドア一枚向こうには人の気配があったものの、返事などある筈もなく息をひそめて身動きすら止めていることだろう。
正義の味方どころか犯罪を重ね、ヤクネタ運びまでしているキッズマフィアにとって刑事など敵でしかない。
大体、何故にここでサツカンと明かしても誰得じゃねぇのかと、タツとアサにも泉の意図の見当がまるでつかなかった。それはそうだ、泉はただドジっぷりを発揮しただけ、ガサ入れ時に「県警組対ですが」と早朝に訪れて名乗るのを踏襲しただけなのだから。
それと、ちょっぴり『警察官は子供たちのヒーローだ』という、自分自身のガキンチョの頃の夢も、万引きに置き引きに無銭飲食、更にヤクネタ運びで本物のヤクザにまで関わっているような筋金入りの悪ガキ共に託して、いや、押し付けている。
「あれえ、開けてくれないのかな? 大丈夫、何もしませんよー」
何もしないのなら開ける必要もあるまいにとチンピラ二人は思ったが、開けて貰わないと薫さんから頼まれた大事な用件が足せなくなる。それは二人も困るので開けて貰うしかないが、鍵ひとつで開く筈のドアを大食漢のデカが溶接した上にアホな呪文で封印してしまった。
「あああ、もう、これ、どうすんだよタツ?」
「俺に訊かれても知るかい、アサ」
愚痴りつつ二人のチンピラはチンピラらしく爪先でドアを蹴ってみた。意外とぺらぺらな合板の音がした。蹴り破るのは簡単そうである。だがキッズマフィアにもご協力を戴かねばならないのだ、薫さんの命令を実行するためには。ここは下手に出た方がいい。
うんうんとチンピラ二人が頷き合った時、ふいにドアが内側から開けられた。
「入っていいわよ。靴は脱いで」
仕切ったのは見覚えのある、確かルミと呼ばれていた気の強そうな女子だ。今は清楚なセーラー服姿だが、ダマされてはならない。大体、目つきが女学生ではなく、スナックで想定より二桁高いボトルを入れさせた時のホステスの目だ。つまりカモ、もとい上客をゲットしたときの顔つきだった。
故に泉はともかくタツとアサも自分たちが歓迎されていると悟り、怪訝な思いでくたびれた革靴を脱ぐ。波打つようにあちこち凹んだ畳を踏んでいくと、部屋の一番奥には布団の山が築かれ、天辺に少年が胡坐をかいていた。
「オレはタケシ、ここのリーダーだ」
「県警組対の桐生巡査長です」
「タツだ」
「アサでいい」
何だか色々とおかしな具合になってきたが、招き入れられた以上は協力を持ちかけてみてもいいんじゃないかなあ、などと泉は半ば雰囲気に呑まれつつも『与えられた任務』を全うしようと口を開きかけた。
だが、それを不機嫌そうなタケシが吼えて止める。
「サオリとアツシがいなくなった。もう4時間になる。もし、お前らが騒いだせいで滝本組に埋められるか沈められるかしてたら、絶対に許さねぇからな!」
そこでオツムの具合はともかくとして、大人三人は顔を見合わせた。
「え、ヤクネタ運びって、そんなに早くから出かけちまったのか!?」
「4時間前っちゃ、俺たちが珍宝楼を出て、まもなくじゃねぇか」
「そんな……児童を寝かせもせず労働させるなんて最低です!」
ハズした刑事を置き去りに話は進む。
「その、サオリとアツシがヤクネタの運び屋だったのか?」
「そうだ、タツ兄。朝一番で卸から受け取って小売りの元締めに渡して帰ってくるんだ」
「てぇとタケシ、ウチのシマ内でやってるなら、とうに帰ってねぇとオカシイじゃねぇか?」
「だから……たぶん攫われたんだ。こっちに組対が紛れ込んで探ってるのを知られて……人質だ」
暫し絶望的とも思える重く暗い空気がボロ部屋に満ちた。
人質と言っても『こちらの口を重く封じるだけ』であって、サオリとアツシの命に関しては何の交換要求も為されていない。有り体に言って『価値など無い』のだ。却って殺してキッズらの恐怖を煽り、口止めに使った方がなんぼも価値が出る。
「助けに行きましょう!」
「……へ?」
唐突に叫んでこぶしを握り締めた泉は、それなりにヒーローっぽくはあった。けれどここにいる全員が殆ど食い逃げ状態でイビキをかいていたのも知っているのだ。巨大シャコ貝に足を挟まれたダイバーのような目で、現役組対ではなく自分たちの延長線上にいると思われるタツとアサをキッズたちはじっと見た。
タツとアサはハッキリ言って精神的に退いたが、ここで梅谷組の株を落とす訳にはいかない。グッと腹の底に力を入れて詳しい経緯を聴くことにする。
「じゃあ、いつも朝の暗いうちに取引の手伝いをしている、と」
「メンバーは四人。二人一組で交互に行くが、今日はサオリとアツシの番だった」
「残るメンバーは?」
「ヨリコとシズオ。手筈はだな――」
すれ違った黒塗り高級車の後部窓からブツを渡される。大抵はA4くらいの膨らんだ封筒だ。それを手にして決まった交差点数か所に時間通りに立っていると原付バイクが封筒の中から紙包みを持って行き、空になったら終了といった具合らしい。
「なら、その黒塗り高級車とキッズの取引を画像に収めなければなりませんね!」
鼻息も荒く言い放った泉を皆が「アー」と見上げた。
既に此方の目論見は滝本組の麻薬売買関係者にバレたとみて間違いない。それ故にサオリとアツシが質に取られたのだ。おまけにここの連中にはまだ知れていないが、梅谷組の若い衆には先んじて『取引画像を収めたぞ、ほほほ~イ!』な噂を滝本組に伝わるよう流せと命令してしまっているのである。
組対の薬銃課長は決して甘くは見ていなかっただろう。
ただ、桐生泉のマヌケっぷりが半端なかっただけだ。
そう、命令されたことをこなすのに必死だった泉は、その命令実行の順番をすっかり忘れて片端からスッキリ片付けてしまったのである。
取引画像という動かぬ証拠を得てから滝本組をビビらせ、捜索差押令状を取る。麻薬取引関係者だけでなく使用者責任として滝本の組長にも同時に通常逮捕状を発布して引っ張る。
その際に熾烈な抵抗が予想されるため、前回の樫原組壊滅で味を占めた薬銃課長が、『隠し玉』の山ほどある恭介を使って何もかもを有耶無耶に……もとい、前回残してしまった滝本組の制圧を目論んでいたのであった。
だが、桐生泉に伝えたら拙いんじゃないかな……という匙加減がここでも狂ってしまい、キッズマフィア二人の命が今にも吹き消されようとしている。
どんどん空気が重くなって、泉もここまでくると現実を理解せざるを得ない。けれど組対の刑事として、ヒーローとして、皆と一緒に暗い顔をしている訳にはいかないのだ。
そこで取り出したのは泉が「じゃーん!」と取り出したのは携帯だった。
「大丈夫です、僕には解決方法がありますからね!」
そして音声通話で架けたのは当然ながら頼り甲斐のある愛しのジャック先輩だった。
馬鹿がバカでかい声で上塗りをするのを、タツとアサは「アー」と口を開けたまま見上げていた。勿論、ドア一枚向こうには人の気配があったものの、返事などある筈もなく息をひそめて身動きすら止めていることだろう。
正義の味方どころか犯罪を重ね、ヤクネタ運びまでしているキッズマフィアにとって刑事など敵でしかない。
大体、何故にここでサツカンと明かしても誰得じゃねぇのかと、タツとアサにも泉の意図の見当がまるでつかなかった。それはそうだ、泉はただドジっぷりを発揮しただけ、ガサ入れ時に「県警組対ですが」と早朝に訪れて名乗るのを踏襲しただけなのだから。
それと、ちょっぴり『警察官は子供たちのヒーローだ』という、自分自身のガキンチョの頃の夢も、万引きに置き引きに無銭飲食、更にヤクネタ運びで本物のヤクザにまで関わっているような筋金入りの悪ガキ共に託して、いや、押し付けている。
「あれえ、開けてくれないのかな? 大丈夫、何もしませんよー」
何もしないのなら開ける必要もあるまいにとチンピラ二人は思ったが、開けて貰わないと薫さんから頼まれた大事な用件が足せなくなる。それは二人も困るので開けて貰うしかないが、鍵ひとつで開く筈のドアを大食漢のデカが溶接した上にアホな呪文で封印してしまった。
「あああ、もう、これ、どうすんだよタツ?」
「俺に訊かれても知るかい、アサ」
愚痴りつつ二人のチンピラはチンピラらしく爪先でドアを蹴ってみた。意外とぺらぺらな合板の音がした。蹴り破るのは簡単そうである。だがキッズマフィアにもご協力を戴かねばならないのだ、薫さんの命令を実行するためには。ここは下手に出た方がいい。
うんうんとチンピラ二人が頷き合った時、ふいにドアが内側から開けられた。
「入っていいわよ。靴は脱いで」
仕切ったのは見覚えのある、確かルミと呼ばれていた気の強そうな女子だ。今は清楚なセーラー服姿だが、ダマされてはならない。大体、目つきが女学生ではなく、スナックで想定より二桁高いボトルを入れさせた時のホステスの目だ。つまりカモ、もとい上客をゲットしたときの顔つきだった。
故に泉はともかくタツとアサも自分たちが歓迎されていると悟り、怪訝な思いでくたびれた革靴を脱ぐ。波打つようにあちこち凹んだ畳を踏んでいくと、部屋の一番奥には布団の山が築かれ、天辺に少年が胡坐をかいていた。
「オレはタケシ、ここのリーダーだ」
「県警組対の桐生巡査長です」
「タツだ」
「アサでいい」
何だか色々とおかしな具合になってきたが、招き入れられた以上は協力を持ちかけてみてもいいんじゃないかなあ、などと泉は半ば雰囲気に呑まれつつも『与えられた任務』を全うしようと口を開きかけた。
だが、それを不機嫌そうなタケシが吼えて止める。
「サオリとアツシがいなくなった。もう4時間になる。もし、お前らが騒いだせいで滝本組に埋められるか沈められるかしてたら、絶対に許さねぇからな!」
そこでオツムの具合はともかくとして、大人三人は顔を見合わせた。
「え、ヤクネタ運びって、そんなに早くから出かけちまったのか!?」
「4時間前っちゃ、俺たちが珍宝楼を出て、まもなくじゃねぇか」
「そんな……児童を寝かせもせず労働させるなんて最低です!」
ハズした刑事を置き去りに話は進む。
「その、サオリとアツシがヤクネタの運び屋だったのか?」
「そうだ、タツ兄。朝一番で卸から受け取って小売りの元締めに渡して帰ってくるんだ」
「てぇとタケシ、ウチのシマ内でやってるなら、とうに帰ってねぇとオカシイじゃねぇか?」
「だから……たぶん攫われたんだ。こっちに組対が紛れ込んで探ってるのを知られて……人質だ」
暫し絶望的とも思える重く暗い空気がボロ部屋に満ちた。
人質と言っても『こちらの口を重く封じるだけ』であって、サオリとアツシの命に関しては何の交換要求も為されていない。有り体に言って『価値など無い』のだ。却って殺してキッズらの恐怖を煽り、口止めに使った方がなんぼも価値が出る。
「助けに行きましょう!」
「……へ?」
唐突に叫んでこぶしを握り締めた泉は、それなりにヒーローっぽくはあった。けれどここにいる全員が殆ど食い逃げ状態でイビキをかいていたのも知っているのだ。巨大シャコ貝に足を挟まれたダイバーのような目で、現役組対ではなく自分たちの延長線上にいると思われるタツとアサをキッズたちはじっと見た。
タツとアサはハッキリ言って精神的に退いたが、ここで梅谷組の株を落とす訳にはいかない。グッと腹の底に力を入れて詳しい経緯を聴くことにする。
「じゃあ、いつも朝の暗いうちに取引の手伝いをしている、と」
「メンバーは四人。二人一組で交互に行くが、今日はサオリとアツシの番だった」
「残るメンバーは?」
「ヨリコとシズオ。手筈はだな――」
すれ違った黒塗り高級車の後部窓からブツを渡される。大抵はA4くらいの膨らんだ封筒だ。それを手にして決まった交差点数か所に時間通りに立っていると原付バイクが封筒の中から紙包みを持って行き、空になったら終了といった具合らしい。
「なら、その黒塗り高級車とキッズの取引を画像に収めなければなりませんね!」
鼻息も荒く言い放った泉を皆が「アー」と見上げた。
既に此方の目論見は滝本組の麻薬売買関係者にバレたとみて間違いない。それ故にサオリとアツシが質に取られたのだ。おまけにここの連中にはまだ知れていないが、梅谷組の若い衆には先んじて『取引画像を収めたぞ、ほほほ~イ!』な噂を滝本組に伝わるよう流せと命令してしまっているのである。
組対の薬銃課長は決して甘くは見ていなかっただろう。
ただ、桐生泉のマヌケっぷりが半端なかっただけだ。
そう、命令されたことをこなすのに必死だった泉は、その命令実行の順番をすっかり忘れて片端からスッキリ片付けてしまったのである。
取引画像という動かぬ証拠を得てから滝本組をビビらせ、捜索差押令状を取る。麻薬取引関係者だけでなく使用者責任として滝本の組長にも同時に通常逮捕状を発布して引っ張る。
その際に熾烈な抵抗が予想されるため、前回の樫原組壊滅で味を占めた薬銃課長が、『隠し玉』の山ほどある恭介を使って何もかもを有耶無耶に……もとい、前回残してしまった滝本組の制圧を目論んでいたのであった。
だが、桐生泉に伝えたら拙いんじゃないかな……という匙加減がここでも狂ってしまい、キッズマフィア二人の命が今にも吹き消されようとしている。
どんどん空気が重くなって、泉もここまでくると現実を理解せざるを得ない。けれど組対の刑事として、ヒーローとして、皆と一緒に暗い顔をしている訳にはいかないのだ。
そこで取り出したのは泉が「じゃーん!」と取り出したのは携帯だった。
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