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第19話・夜(刑事・キッズ/刑事・チンピラ)

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 小汚い、いや、味のある店・チンポウロウで夕方仕込んだ食材が、その日のうちに無くなって看板を引っ繰り返し閉店したのは泉とタツ・アサのコンビが行った晩が初めてのことだった。

 おまけにいえば小用に立った泉が扉を間違えて更に階段を下り、開けた部屋の中にいた十五人ばかりの中高生らがいわゆる「キッズマフィア」だと、当然その時の泉は気付く由も無かった。

 その大勢のガキどもから一斉に不審げな視線を向けられた泉は一瞬、引いた。明らかに未成年ばかりで男女取り混ぜた集団なのだが、不審者を咎める目はそこらのチンピラより堂に入って、そのまま意味も分からないのに『秘密を知ったから』などという理由で拉致監禁する気じゃないか……と、泉は妄想逞しくも思ったのだ。

 それともなけなしのカネをカツアゲされるか。
 危機を感じて普段の数倍、思考を速めた泉はコンマ数秒でそれらを考え、対応策を練って実行した。つまりは何も気付かなかったフリをして、

「ああ、間違えました、ごめんね?」

 などといいつつドアを閉めたのだ。そしてそそくさと本来の目的地であるトイレを探して階段を上がり、チンポウロウの中にちゃんと『TOILET』とプレートを貼ったドアを見つけて用を足した。

 手を洗ってからハンカチを忘れたことに気付いて、手をぶんぶん振り回し水分を飛ばす。粗相をしなかった安堵と満腹感で幸せだった。お蔭で眠気が這い寄ってきたが、さすがにここで眠るのは泉でも抵抗を感じた。

 そこで眠気に抗うために煙草を吸いつつ、ナニかを考えようと試みる。
「さっきの子供と大人の中間くらいの人たち、何であんな所にいるんだろうなあ?」

 ざっと数えて十五人、それが十畳もないだろう擦り切れた畳敷きの地下室にいるのは何故なのか。あれでは布団も人数分、敷けるかどうかだ。みんな体格は悪くなかった。だからご飯はおそらくキチンと食べているだろう。でも日光に当たらないとビタミンDが作られなくて骨が脆くなるんだぞ。地下から出た方がいい。

 ああ、でも今は夜だった。日中は彼らも外に出ているのかも知れない。そうだ、そうに違いない。だから今から皆、寝る時間で僕も――。

 危ういところで煙草を消すと、泉はアッサリ眠気に敗北して空の皿に顔を突っ込んで、豪快ないびきをかき始めた。

◇◇◇◇

「ちょっ、アニキ! 誰だよ今の。見られちまったよ?」

 自分たちが『キッズマフィア』と呼ばれているのを知る集団の中でも、一、二を争う鼻っ柱の強い女子であるルミが振り返りつつ喚いた。喚かれたのは一番年嵩の、それでも未成年であるタケシだ。布団や毛布を積んだ天辺にあぐらをかいている。割と崩れやすいそこで微妙にバランスを取りながら応えた。

「ふん。どう見たって素人トーシロだ。上の店から迷い込んだんだろう」
「気にすることないって? シンジがなし崩し的に滝本組に嵌められてヤクネタ運びさせられるようになってからこっち、『どんな奴でも疑え、気を付けろ」っつったのはリーダーのあんたじゃん」

 言われてタケシは暫し考えるとリーダーらしく威厳を以て命じた。

「ならルミ、誰か一人とさっきの奴の本拠地ヤサを確認してこい」

 頷いたルミは早速部屋の隅のカーテンの向こうで『夜の街を歩いてもおかしくない女』に化けた。その間にカップルの男役として選ばれたミキオもスーツ姿になっている。しこたま飲み終えてネクタイも緩めている設定だ。

「じゃあ、さっさと行くよ、ミキオ」
「待ってくれよう、ルミちゃん」

 客かスパイか知れないが見失うと厄介なので、ルミはおっとりした性格のミキオを急かし階段を駆け上った。

◇◇◇◇

 タツとアサはトイレからふわふわと戻ってきた泉が、元のカウンターのスツールに腰掛けて煙草を一本吸い終えると同時に、眠りに落ちる瞬間を見た。

「泉兄さん、そいつは……あーあ」
「のどかな御仁だなあ。ギョーザの皿に顔突っ込んで寝るとは。まあ、これだけ食えばどの皿だって一緒だろうけどな」

「というよりもだな、アサ。もっと大変てぇへんなコトがあるだろう?」
「あー、参ったなあ、タツ。ツケが利かねぇなんざ、このチンポウロウ始まって以来だろうよ。なあ、オヤジ?」

 随分と交渉したのだが今日に限って珍しく、一人で店を切り盛りする店長が、

「あのう、言いづらいんですが野菜も小麦粉製品も高騰してて……ツケは勘弁して下さいよぅ」

 と、非常に遠慮がちながらきっぱり言い切られてしまい、これまでのツケも溜めていたタツとアサは互いに懐のカネだけでは到底足らないのを知っているので困っているのだ。

 殆どタツとアサがチンポウロウに足を運ぶのは夜なので、昼間は繁盛しているかどうか分からない。しかし一応は梅谷組のシマにある店で、結果として梅谷の者に恥をかかせることになる通牒をするとは、ハッキリ言ってタダゴトではなかった。

 それも「払う、払わない」と話題に載せる前に店長から申し訳なさそうに言い出したのだ。

「なあ、オヤジよぅ。何か困り事でもあったのかい?」

 俯いてしまった店長にタツが優し気な声で探りを入れる。

「ツケが利く上に中華でここより旨い店はないから随分と歩いてきたんだがなあ」

 アサは少し強めに押してみる作戦だ。

 しかしそれでも店のオヤジは申し訳なさそうに身を縮めるばかりで、ツケもまとめて明朗会計現金払いを譲る気はないらしい。仕方なくタツとアサは互いの財布を出して銭を数え始めた。

 ――タツが2520円。アサに至っては630円だった。

 勿論こうなれば客人だろうが遠慮はせずに眠る泉の財布も引っ張り出す。4000に少し足りない。
 いい年をした男が三人集まって一万円に届かない有り金というのも情けないが、まさか泉がメニュー表の端から端までチャレンジするとは想定外だったし、今日いきなりツケを清算するハメになるとは思わなかったのだから仕方ない。

「どうするよ、アサ?」
「どうしようもこうしようもねぇだろ、誰かにカネ持ってきて貰うんだよ」
「誰かったって、ツケも溜め込んで三万超えてんだ、組の若い衆には無理だろう?」

「だからって組長おやっさんを呼び出す訳にゃいかねぇし、若頭カシラか?」
「カシラも三万持ってるかどうか……そうだ、薫さんはどうだ!?」
「おおっ、そいつだ! 薫さん御自身は持ち合わせが無くても、あの彼氏さんならバッチリ持ってる筈だぜ!」

 早速アサが薫に電話を架けた。表向きは飲食代が払えず無銭飲食ラジオなどという情けない罪で通報されそうだとは言わない。あくまでギョーザの皿に顔を突っ込んだまま起きない泉をどうするかの相談である。

《えーっ、何で組で寝かせておかなかったのサ?》
「はあ、腹が減ったと仰いまして。空腹で御客人を帰すは梅谷組の名折れっすから」
《じゃあ、また連れて帰って寝かせてよ》
「それがですね、ええと……店の食材が尽きるまで腹に収めて食い倒れっす。で、あのう……支払いが――」

《チンポウロウならツケが利くんじゃないの?》
「それが今日に限って……すんません、薫さん!」

 電話の向こうで巨大な溜息が聞こえてアサとタツも、せっかくの薫と想い人との逢瀬に水どころか中華脂を差したくなかったのだが、ずっと同じ釜の飯を食ってきた薫を頼りにしてしまうのも仕方ない。

 そんなやり取りなど知らず、泉はギョーザの皿の上で寝返りを打ち、皿の端っこに付属した酢醤油とラー油の中にバチャンと目の辺りを突っ込んだ。
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