お前に似合わない職業2[警察官]

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
16 / 33

第16話・夕飯時(ヤクザだらけ・刑事)

しおりを挟む
「なっ、こんな近くにお米屋さんがあるじゃないですか!」
「あるけど、それが?」

 しれっと言った薫には泉もさすがにムカッ腹を立てる。

「そういう嫌がらせして面白いですか!? 幾ら僕とジャック先輩が二人きりで一夜を明かしたからって、今更、見苦しい嫉妬は止して下さい!」
「ああん、一夜を明かしたから嫉妬? ふふっ、僕は恭介にたまたま血を吸われた奴ごときに嫉妬なんかしませんよーだ。勘違いしないでくれるかな、このド貧乏刑事ふぜいが!」

「なら、何だって言うんですか! この僕に苦役を科した理由を教えて下さいよ!」
「だってさ、あんたの財布の中身じゃ、そこのミマツ屋さんの米は30キロ買えなかったんだもん。ミマツ屋さんのお米はとびきり美味しいんだけど高いから、組でも祝い事の時しか炊かないんだよ」

「あ、はあ、それで……って、何で僕の財布の中身まで知ってるんですかっ!?」

 当然、財布の中身を見たからだ。

 一緒に行動するにあたって、どのくらいまで相手の懐をアテにしていいのか把握しておくのは薫としては基本だった。残りはギリギリ恭介のマンションまでタクシーを使えるだけしか無い筈である。4袋目の米も勘弁してやったフリで、じつは計算済みだった。

 あくまで今の薫は梅谷組・若中として、今月の上納金を何としてでも稼ぎ出さねばならない身なのだ。月々のルーチンのシノギだけでは到底足らないので困り事は恭介に頼み、自分は部屋住みの奴らに指令を出す一方で、毎晩の如く賭け麻雀にいそしんでいる。

 本当なら組対とはいえボンクラ刑事なんぞに付き合っているヒマなど無いのだ。だが転んでもタダでは起きないのがヤクザの身上である。そろそろ米びつの底が見えてきて、組長がエプロンを着けたまま溜息をついていたのを見逃していなかった薫の戦略勝ちだった。

 夕飯の後は部屋住みの若い衆を二人ばかり案内役に付けて泉を放り出せばいいと思っていた。どうせドジ刑事にキッズマフィアの尻尾を掴むことなど、どだい無理な話である。

 そこまで泉をバカにする薫も薫だが、『手違いで組対に配属』まで喋ってしまった恭介も恭介だ。だが恭介としては平静を心して保ちながらも、目前にした薫(の血)に逃げられまいと、全て吐くしかなかったのだから仕方ない。
 どっちもどっちでツンデレながらいい勝負、いや、似合いのカップルと言えよう。

「じゃあさ、本家にはこっちの玄関から入って。あ、事務所を抜けてすぐ階段だけど米は分けて運んでくれる? 階段がまた抜けるから」
「『また』って、建物ごと崩れたりしませんよね? 嫌ですよ、生き埋めは」
「ヤクザの本家で刑事が生き埋めってシュールだよな」
「シュールで済めばいいですが課長のクビまで飛びますよ」

 喋りつつカラカラと横にスライドする戸を薫が開けた。すると今は誰もいない小さな事務所があり、パイプ椅子などを避けて通り抜けると玄関になっている。足元の三和土タタキには男物のくたびれた革靴が五足、綺麗に並んでいた。壁際には段ボール箱があり運動靴も革靴もごっちゃに詰め込まれ、山になって今にも崩れそうだ。

 つまり下足番の下っ端が全ての靴を並べようにも面積が足らないくらい狭い。そこで薫は無造作に靴を脱ぐと、やっと泉の担いだ米を一袋だけ受け持つ。更に大声で目前の階段上に叫んだ。

「ねえ、誰か一人来てくれる? 米がきたよーっ!」

 一人と言ったのに階段をドドドドッと若い男ばかりが十五人ほども降りてきて階段が不穏な軋みを上げる。そうして薫からも、唖然としている泉からも米の袋を取り上げると、男らが冗談でなく目を潤ませて米袋に頬ずりした。

「米だ、それもこれ、ミルキークイーンですぜ!」
「おおう! 冷めてもモッチリ旨くて、おにぎりに最適だ!」
「堪んねぇぜ、この白いブツが30キロも……ああ、ヨダレが」

 ナニか一発キメているんじゃないだろうなと泉は疑いつつも、米を持った三人がまた階段をミシミシいわせて上がって行くのを見送る。そこでふと気付けば、残った十数人が廊下に座り切れず階段まで使って、ミニマムながら集合写真でも撮るかのようなフォーメーションを組んでいた。

 その形で以て薫に頭を下げる。

「薫さん、無事の御帰り祝着至極でございやす!」
「ただいまー。何も変わりない?」
「はい、あー、いえ。例のガキどもがまた集団万引きを二度ほど」

「そっか、分かった。そっちは後で対処するから。おやっさんや若頭カシラは?」
「もう全員揃って、お待ちで」

 頷いた薫は若い衆らに紛れて二階への階段を登って行ってしまう。泉はどうしようかと悩んだが、その場に残ってくれた二人の若い衆が気を利かせて二階へと案内してくれた。
 どうやら薫とかなり懇意にしている友人といった扱いらしい。だから薫も敢えて泉を賓客として紹介しなかったのだろう。薫が刑事だと言わなければ、梅谷のシマを歩いたことも無い泉の素性はバレないと思われた。

 そこまで考え至るとホッとして泉は二階に上がるなり腹を鳴らす。二階にはご飯の炊けた匂いが充満していたのだ。熱した油の香りも混じって食欲をそそられた。

「おっ、薫ちゃんの御客人かい?」

 目敏く声を掛けてきたのは廃業して三年後の相撲取りの如き大男だった。その男に対して薫は僅かながら姿勢を正して会釈しつつ応える。

「はい。ちょっとそこで偶然会って、買った米を運んで貰ったんですよ、若頭カシラ
 傍で聞いていた泉は梅谷組の若頭と懇意になるチャンスより、米の手柄を取られた方を咄嗟に重視してしまう。炊き立てご飯の匂いが胃袋を刺激して余計にひとこと言わずに済まなくなった。

「お米は僕が――」
「――分かってるぜ、薫ちゃんの御客人。ちゃあんと分かってらあね。感謝して皆で一粒たりとも無駄にしねぇからよう。ありがてぇ御客人の土産は後で大事に頂くとして、今日はいつもの飯だが食っていかねぇかい?」

 ここで遠慮する泉ではない。カシラに頷くより先に若い衆に目でものを言い誘導して貰う。結局はエプロンを着けて古臭い眼鏡を掛けた、業務用炊飯器三台の傍に鎮座している男の隣に座布団を用意された。カシラとエプロン男に挟まれた形だ。

 ただ、座ってみたのはいいが一番上座のド真ん中で、薫とも離れてしまい食後の打ち合わせができなくなってしまったのは失敗したと思う。
 気付くと眼鏡エプロン男が大ぶりの茶碗にホッカホカの炊きたてご飯を盛り付けては泉に渡してくる。さすが客人には「わんこ蕎麦」ならぬ「わんこ飯」かと考えて、犬じゃないんだからと思い直していると、隣からカシラが教えてくれた。

「その茶碗の飯は順繰りに隣に回してやっておくんなせえ」
「あ、はい」
「飯のおかわりは自由ですが、御客人の前で恥ずかしながら、おかずはこの目玉焼きと白菜の味噌汁に沢庵というのが代々の梅谷のしきたりでして」

 これも嘘で上納金の締め切りが近くなると財政難から味噌汁の白菜まで消え、当然目玉焼きも無い、禅僧の方がマシな食卓となるが誰も文句は言わない。結束が固いのが梅谷組の自慢である。
 皆が一丸となり、今はエプロンを着けて飯を盛っている組長の口癖「組を畳む」を阻止しているのだった。

「うわあ、みんなで食べるご飯っていいですねえ。特に大釜で炊いた米は旨いんですよね」
「質素極まりねぇが、これも経験と思って噛み締めて下せえ。遠慮はナシですぜ」

 この後、皆は大きく頷いた泉の非常識な大食いを眺めて一瞬呆け、次には慌てて自分の食う分の確保に走った。それは昨夜のすき焼き争奪戦以上の混乱に梅谷一家を陥れた。

「まあ、予測の範疇ではあったんだけど。タツ、アサ。この食い倒れ熟睡野郎を僕の部屋に放り込んどいてくれるかな? ……あ、恭介からメールだ。《バー・リコシェで待つ》か」 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

処理中です...