お前に似合わない職業2[警察官]

志賀雅基

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第15話・午後(ヤクザ・刑事)

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 面倒極まりないからこそキッズマフィアの件を恭介に丸投げしたのに、何故こんな奴と関わってしまったのか薫は非常な謎と後悔を抱えていた。

「行くのはいいけど、この条件は譲らないよ。1にシマでの梅谷の活動に口出ししない事。2にあんたの仕事に協力するんだから、それなりの報酬を支払う事」

 断固とした口調で言われて泉はふいに心許ない気分になった。保険料で毎月の給料は消え、共済組合に借金すらこさえているのだ。ここでヤクザの言いなりになったら嵌められて尻の毛まで毟られるんじゃないだろうか。

 不安ですという表情を隠せもしない泉に薫は悪魔的な嗤いを寄越す。

「大丈夫だよ。元々この件は恭介に振ったんだし、経費も報酬も恭介に回せばいいんだから」
「あ……ああ、そうですよね。でも、愛する先輩に『カネ払え』なんて――」
「――言わなきゃいいんだって。あんたが金星挙げてここから出て行って元に戻れば恭介だって喜ぶに違いないんだからさ」

「聞き捨てならない部分があるような気はしますけど、愛する先輩なら僕の金星を喜んでくれますよね?」
「うん、そうそう」
「何だか僕、力が湧いてきました!」
「あれだけ食っても力にならないなら困るだろうね」

「そんなことよりヤクザさん、行きましょう!」
「せめて薫ちゃんとでも呼んでくれるかな、泉くん。それとさっき言った1と2の条項、一筆したためて拇印を押して貰うから」

 互いにニコニコ笑っていたが、泉がヤクザの手口にあっさり嵌った瞬間だった。

◇◇◇◇

 日が沈み暗くなってから息を吹き返す歓楽街といえば、明るい今でもそれなりに賑やかそうな光景が脳裏に浮かびそうなものだが、梅谷組のシマの一箇所、それも一番栄えていると薫が胸を張った界隈は、泉の目から見てもショボかった。確かにこれではミカジメ料のアガリも期待できそうにない。

 そんなことを考えていると薫が尖った声を出す。
「僕は僕の仕事を蹴飛ばしてまで、あんたを案内してるの。お分かり?」

 何だかんだと言い訳をしていたが、結局のところ泉は梅谷組のシマが何処か知らなかった。お蔭で今夜の賭け麻雀と梅谷組構成員が一堂に会しての晩飯会という大切な儀式まで欠席する覚悟で、泉の案内役に徹しているのだ。

 だがそこで泉が提案する。

「薫さんの仕事に僕、ついて行きますよ。大丈夫です、口出ししませんから」
「はあ~っ!? 今日は口出ししなくても、何で僕があんたに弱みを握られなきゃならない訳? それにこの時間なら丁度、本家に帰ったら晩御飯の時間――」
「――晩御飯!! 行きましょう、ほら、薫さん。ほらほら!」

 昨夜のすき焼きの食いっぷりを思うと夕食に招待は最悪から数えてマイナス3番目くらいに拙いコトのような気が薫はしていた。
 だがこのマヌケな組対のデカから引き出せるものを引き出し、今後も組対とのパイプ役として使うのなら組長や若頭カシラには面通ししておく方が都合いい……そんな風に薫は考えてしまったのだ。

「そうだよね、腹が減っては何とやら。梅谷ウチは確かに貧乏所帯だけど夕食はみんなが揃って食べるんだよ。組長もカシラも揃ってね。そりゃあ飯のおかずは沢庵と目玉焼きに味噌汁で質素だけど、ご飯は幾らおかわりしても自由だからさ」

「仲のいい家族みたいな組なんですね」
「そう。血よりも濃い水で繋がってるんだ。近所の商店街の評判もいいし」
「それ、本当にヤクザですか?」

 改めて訊かれて薫は危うく考え込みそうになる。これを考えては存在意義に関わる大問題になってしまうので、組の誰もが目を瞑って手探りのみで避けてきた問題だ。

「ビッシビシのヤクザに決まってんだろ、あんたも覚悟しておくんだな」
「何を覚悟すればいいんですかね?」
「取り敢えずは飯の残量と若い衆の満腹加減の相関関係について良く考えといて」
「はあ。ところで僕も泉と呼んで下さいよ。お客様扱いじゃ居づらいですし」

 既に客を辞めて飯をたらふく食う気らしいと悟り、薫は慌てて携帯で晩飯当番の組長おやっさんに連絡を取った。ありったけの炊飯器で飯を炊いてくれろと要求する。

「で、泉くん。初めて梅谷ウチの敷居をまたぐのに注意点その一。現職の組対ってバラされたくなければ揉め事になりそうでも多少は我慢すること。その二は……まさか手ぶらでタダ飯を食らう訳じゃないよな?」
「僕、あんまりおカネ持ってないんですけど」

「恭介とメシ代は交代って言ってたじゃん。カネあんじゃん」
「いや、だから取っておかないと……」
「へー、明日の飯代のために義理を欠いて、おまけに聞き込みだのシノギの一端だのを覗こうなんて、虫が良すぎやしないかなあ?」

 そこまで言われては泉も折れざるを得ない。元々、根は真面目なのだ、努力の方向性が間違っているだけで。

「じゃあさ、向こうの商店街にお米を買いにレッツゴー!」

 泉は自分が甘かったのを既に痛感していた。何故なら強制的に買わされた「土産」なる米は10キロを3袋で、4袋目は泣きを入れて薫に勘弁して貰ったのである。

 おまけに薫は一袋も手伝う気はないらしく、
「初めてお邪魔するおウチに御土産は基本だよ。え? 公務員だから贈答品とは縁がない? へー、泉くんって梅谷組ウチを何だと思ってるのさ。バリバリの老舗ヤクザ一家に『刑事として』踏み込む気じゃないよねえ?」

 とまで言われて反論も思いつかず、仕方なく30キロを担いで商店街を一歩一歩踏み締めることになったのだ、薫に言われるがままに。

 地図上では毎日眺めていた各暴力団のシマだが、泉は実際にそれを全て歩いてみた訳でもなく、その地図さえも眺めつつグルグル回転させるタイプの人間、つまりは決定的に地図が読めないので、薫の指示に従い歩き続けるしかないのである。

 そうしてようやく薫が梅谷組の前で足を止めた時には、秋口とはいえ泉は世間の残暑を一人で背負ったかの如く滝の汗を流していた。暑さと喉の渇きで殆ど思考停止状態だ。

 と、安物のスーツの襟まで汗で濡らしながら、事務所とガレージがくっついて『町の消防団』のようにも見える梅谷組本家から視線をずらすと斜向かいには魚屋が、そしてその隣には酒屋があって米も売っていた。
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