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第13話・朝(ヤクザ・刑事)
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一時的に起きたというより薫に起こされた恭介は、午前7時半という奇跡的な時刻に和風の朝食をモグモグと食い、殆ど無意識らしいが歯磨きをすると茫洋と寝室へと消えて行った。
食ったのに煙草の一本も吸わないで睡眠を選んだのは、最近の仕事が夜ばかりなのを示している。恭介本人は吸血鬼の特性ではなく『タダの夜型人間だ』と言い張るが、いつもなら少々無理をしてでも話し相手くらいはしてくれるので、常と違う要因として薫の怒りは当然ながら泉へと矛先が向いた。
「居候までしなくたって、通えばいいじゃん!」
「愛するジャック先輩に『虫が付く』と困るので監視を兼ねているんです。まさに心配した通りでしたよ、まさかの滝本系二次団体のチンピラが付きまとっているなんて。僕は先輩の相手として貴方が相応しいとは思えませんから!」
「誰もあんたに認められようとは思ってないから大丈夫ですよーだ」
「日本は未だ同性結婚を許していません。法を無視した破廉恥行為だ!」
「へえ~っ、僕がいなきゃ恭介の部屋に忍んで行くつもりだったのは誰でしょう?」
「え、あ、う……」
素直すぎる泉は途端に挙動不審になった。
舌戦でやや薫が有利なのは恭介が自然と薫の作った和食を食ったからだ。薫が泊まった翌朝の習慣もあるだろうが、ベッドから降りるのも難儀するほど攻めてしまった薫が健気にも作った朝食を食わない恭介ではない。薫と恭介は互いにツンデレではあるが、それなりに気持ちが通じ合っているからこそ遠慮が無いのだ。
一方で勢い任せなのか自分の腹に収めるつもりか知らないが、プレートにそびえ立った泉のパンケーキの塔(フルーツと生クリームのトッピング付き)は恭介に認識されなかったかの如くスルーされてしまった。
恭介にしてみたらギネスにでもチャレンジするのは、できれば自宅でやって欲しかったのと、トグロを巻いた生クリームは見るだに胸焼けしそうで、デザートとしてもそそられなかったらしい。
どんなにドジでも刑事になれば嫌でも空気を読むようになる。お蔭で泉は恭介にとって薫の存在は既に当たり前になっているのだと思い知らされ、しかし組対の刑事としては指定暴力団の二次団体構成員を相手に負けを認める訳にはいかず、舌戦を繰り広げながら自分でこさえたパンケーキの山を腹に収めているのだった。
時々、武士の情けの如く薫がテーブル中央に置いた焼き塩鮭を箸で裂いて食う。塩気が逆に甘露のように沁みた。
ものすごい勢いでパンケーキの塔を低くしながら泉は何とか自分にアドバンテージのある話題を探してみる。
「そういえば昨日、ジャック先輩に『探偵依頼』してましたよね?」
「あー、あれね。料金は払ったから受けてくれる……のかなあ」
「僕に訊かれても知りませんが、変なヤクザの揉め事に先輩を巻き込まないで下さいよ」
「揉め事って言えば揉め事かもだけど、依頼内容は特にヤクザだからって括りでもないんだよね」
「って、どういうことですか?」
ここで薫は目前の組対の刑事が恭介から聞いていたほどのドジ度合いだとは思っても見ず、却って刑事なら「うってつけ」かも知れないと考えて懸案を話してしまう。
「梅谷組のシマは知ってるよね?」
「そりゃあ……職場の地図さえ見れば」
「ああ、そう。ま、いいや。でさ、シマの店という店で万引きってゆうか、あからさまな泥棒みたいなことするガキたちがいてさ――」
ガキといっても、おそらくは中学生くらいで男女は同比率。シマは殆どが夜の店だが昼間に開いているコンビニや衣料店に八百屋やちょっとしたスーパーマーケットなどもあった。それらに集団で客のふりをして入り込み、手当たり次第に商品をバッグに詰め込んで逃走するのだ。
「逃げ足は速いし、中学生にしちゃあ格好は一見、もっと大人を装ってるらしいんだよね」
どの件も気付いて追いかけたが無駄。それだけではない、メインの夜の店も被害に遭っていた。
「実際は中坊じゃなくて高校生くらいなのかも知れないんだけど、バーやクラブにスナックではもっと大人の客のふりで『呑み代の踏み倒し』に『他の客の財布狙い』だよ」
「そういうのって、ちゃんと被害届は出しているんですか?」
「殆ど出してない。シマでの揉め事を収めてこそ『ミカジメ料』を取れるんだし、客だって『まっさら』な人間ばかりじゃないし」
「なるほど。訳アリの客には貴方の、ええと?」
「梅谷組」
「そう、その梅谷組が損失補填して立件せず有耶無耶にしていると」
「有耶無耶にしたいんじゃないけど、面子もあるからさ」
それに元々博徒系で鳴らした義理堅い梅谷組は、貧乏所帯の組の屋台骨さえ危ないというのに、シマ内だからと若頭自らが衣料品店だのスーパーだのを回り、ミカジメ料を取るどころか逆に万引きされた金額をキッチリ補償した上に詫びの菓子折りまで配り歩いているのだ。
「そういうことをするから犯罪が犯罪として表沙汰にならず、犯人は増長して再犯に走るんですよ!」
「五月蠅いなあ、怒鳴らないでくれる? 大体さ、ンなコトは分かってるんだって」
「じゃあ、何故その子供らを捕まえるなり告発するなりしないんですか?」
単純故に真っ直ぐ訊いた泉に薫は言おうか言うまいか迷った。だがこの刑事(謹慎中)は暫くは『ジャック先輩』にへばりついて離れないだろう。経緯は恭介から昨夜のうちに改めて聴いていたので呆れながらも了解していた。
「……じゃあさ、これは組対のデカとしてじゃなく、梅谷組の若中である石動薫からでもなく、風の噂で小耳に挟んだことにして欲しいんだけれど……できるかなあ、拳銃失くすイカレポンチに」
「なっ、あ、アレは一時的に見えなくなっただけです! 僕はドジですがイカレてはいません!」
「はいはい。なら恭介にも上手く伝えておいて欲しいんだけどさ、例の悪戯が過ぎるガキたちを使って、誰かがクスリを運ばせてるらしいんだ」
クスリと聞いてさすがに泉も頬を引き締めた。目の色さえ変わっている。
「クスリとは……シャブですか?」
「シャブが主だけどMDMAとかLSDも。滝本系じゃ表向きクスリは御法度になってる。それが梅谷組のシマで挙がったら、タダでは済まなくなる」
「もしかして、だからその子供たちを深追いできないとか?」
前のめりになった泉の低い声に、薫は少しばかり感心した。
食ったのに煙草の一本も吸わないで睡眠を選んだのは、最近の仕事が夜ばかりなのを示している。恭介本人は吸血鬼の特性ではなく『タダの夜型人間だ』と言い張るが、いつもなら少々無理をしてでも話し相手くらいはしてくれるので、常と違う要因として薫の怒りは当然ながら泉へと矛先が向いた。
「居候までしなくたって、通えばいいじゃん!」
「愛するジャック先輩に『虫が付く』と困るので監視を兼ねているんです。まさに心配した通りでしたよ、まさかの滝本系二次団体のチンピラが付きまとっているなんて。僕は先輩の相手として貴方が相応しいとは思えませんから!」
「誰もあんたに認められようとは思ってないから大丈夫ですよーだ」
「日本は未だ同性結婚を許していません。法を無視した破廉恥行為だ!」
「へえ~っ、僕がいなきゃ恭介の部屋に忍んで行くつもりだったのは誰でしょう?」
「え、あ、う……」
素直すぎる泉は途端に挙動不審になった。
舌戦でやや薫が有利なのは恭介が自然と薫の作った和食を食ったからだ。薫が泊まった翌朝の習慣もあるだろうが、ベッドから降りるのも難儀するほど攻めてしまった薫が健気にも作った朝食を食わない恭介ではない。薫と恭介は互いにツンデレではあるが、それなりに気持ちが通じ合っているからこそ遠慮が無いのだ。
一方で勢い任せなのか自分の腹に収めるつもりか知らないが、プレートにそびえ立った泉のパンケーキの塔(フルーツと生クリームのトッピング付き)は恭介に認識されなかったかの如くスルーされてしまった。
恭介にしてみたらギネスにでもチャレンジするのは、できれば自宅でやって欲しかったのと、トグロを巻いた生クリームは見るだに胸焼けしそうで、デザートとしてもそそられなかったらしい。
どんなにドジでも刑事になれば嫌でも空気を読むようになる。お蔭で泉は恭介にとって薫の存在は既に当たり前になっているのだと思い知らされ、しかし組対の刑事としては指定暴力団の二次団体構成員を相手に負けを認める訳にはいかず、舌戦を繰り広げながら自分でこさえたパンケーキの山を腹に収めているのだった。
時々、武士の情けの如く薫がテーブル中央に置いた焼き塩鮭を箸で裂いて食う。塩気が逆に甘露のように沁みた。
ものすごい勢いでパンケーキの塔を低くしながら泉は何とか自分にアドバンテージのある話題を探してみる。
「そういえば昨日、ジャック先輩に『探偵依頼』してましたよね?」
「あー、あれね。料金は払ったから受けてくれる……のかなあ」
「僕に訊かれても知りませんが、変なヤクザの揉め事に先輩を巻き込まないで下さいよ」
「揉め事って言えば揉め事かもだけど、依頼内容は特にヤクザだからって括りでもないんだよね」
「って、どういうことですか?」
ここで薫は目前の組対の刑事が恭介から聞いていたほどのドジ度合いだとは思っても見ず、却って刑事なら「うってつけ」かも知れないと考えて懸案を話してしまう。
「梅谷組のシマは知ってるよね?」
「そりゃあ……職場の地図さえ見れば」
「ああ、そう。ま、いいや。でさ、シマの店という店で万引きってゆうか、あからさまな泥棒みたいなことするガキたちがいてさ――」
ガキといっても、おそらくは中学生くらいで男女は同比率。シマは殆どが夜の店だが昼間に開いているコンビニや衣料店に八百屋やちょっとしたスーパーマーケットなどもあった。それらに集団で客のふりをして入り込み、手当たり次第に商品をバッグに詰め込んで逃走するのだ。
「逃げ足は速いし、中学生にしちゃあ格好は一見、もっと大人を装ってるらしいんだよね」
どの件も気付いて追いかけたが無駄。それだけではない、メインの夜の店も被害に遭っていた。
「実際は中坊じゃなくて高校生くらいなのかも知れないんだけど、バーやクラブにスナックではもっと大人の客のふりで『呑み代の踏み倒し』に『他の客の財布狙い』だよ」
「そういうのって、ちゃんと被害届は出しているんですか?」
「殆ど出してない。シマでの揉め事を収めてこそ『ミカジメ料』を取れるんだし、客だって『まっさら』な人間ばかりじゃないし」
「なるほど。訳アリの客には貴方の、ええと?」
「梅谷組」
「そう、その梅谷組が損失補填して立件せず有耶無耶にしていると」
「有耶無耶にしたいんじゃないけど、面子もあるからさ」
それに元々博徒系で鳴らした義理堅い梅谷組は、貧乏所帯の組の屋台骨さえ危ないというのに、シマ内だからと若頭自らが衣料品店だのスーパーだのを回り、ミカジメ料を取るどころか逆に万引きされた金額をキッチリ補償した上に詫びの菓子折りまで配り歩いているのだ。
「そういうことをするから犯罪が犯罪として表沙汰にならず、犯人は増長して再犯に走るんですよ!」
「五月蠅いなあ、怒鳴らないでくれる? 大体さ、ンなコトは分かってるんだって」
「じゃあ、何故その子供らを捕まえるなり告発するなりしないんですか?」
単純故に真っ直ぐ訊いた泉に薫は言おうか言うまいか迷った。だがこの刑事(謹慎中)は暫くは『ジャック先輩』にへばりついて離れないだろう。経緯は恭介から昨夜のうちに改めて聴いていたので呆れながらも了解していた。
「……じゃあさ、これは組対のデカとしてじゃなく、梅谷組の若中である石動薫からでもなく、風の噂で小耳に挟んだことにして欲しいんだけれど……できるかなあ、拳銃失くすイカレポンチに」
「なっ、あ、アレは一時的に見えなくなっただけです! 僕はドジですがイカレてはいません!」
「はいはい。なら恭介にも上手く伝えておいて欲しいんだけどさ、例の悪戯が過ぎるガキたちを使って、誰かがクスリを運ばせてるらしいんだ」
クスリと聞いてさすがに泉も頬を引き締めた。目の色さえ変わっている。
「クスリとは……シャブですか?」
「シャブが主だけどMDMAとかLSDも。滝本系じゃ表向きクスリは御法度になってる。それが梅谷組のシマで挙がったら、タダでは済まなくなる」
「もしかして、だからその子供たちを深追いできないとか?」
前のめりになった泉の低い声に、薫は少しばかり感心した。
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