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第11話・晩飯時(探偵・ヤクザ・刑事)

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「恭介、すき焼き出来たから、早く早く!」
「肉、どんどん焼けてますよ、ジャック先輩。卵もほら!」

「あーっ、勝手に卵、溶いてるっ! 恭介はね、生卵のカラザは苦手なんだよ」
「そうですか、よくご存じで。でもカラザには栄養があるんです。先輩の身体のためを思えば食べて貰うべきでしょう」
「今時、栄養なんて他の食べ物から幾らでも摂れますよーだ」

 まだ二人はそれぞれに口と菜箸とでやり合っていたが、恭介は耳を何処かに置き忘れてきたような顔をして着席しテーブルの一角を占めた。ここでも素早く出された箸と溶き卵の器を持たされる。

 目前の卓上コンロに載せられた鉄鍋には、ちゃんとしたすき焼きが煮えていた。割り下か砂糖と酒と醤油かで激論が交わされていたが、どちらで作られたのかは分からない。

 しかし腹が減り、旨そうでもあったので、肉を摘まみ上げて卵に浸すと食してみる。ここでもまた先を争うが如く恭介の器に二人して何だかんだと突っ込んでくるのを躱しつつ味わった。まともな味どころか、かなりの旨さだ。

 そこからが本格的な激戦となった。

 食べ盛りは過ぎた筈の三人だったが、何せ非常識な大食漢が一名混じっているので、油断するとすぐに煮えた具など無くなってしまうのだ。一枚の肉、一個の焼豆腐、ひとひらの春菊までが二膳、三膳の箸で引き裂かれる修羅場と化していた。

 だが確実にキロ単位の肉が消費され、ビールの空き缶が転がり、炊飯器の飯粒も殆ど底を尽きかけると、ようやく薫と恭介には言葉を交わす余裕が出てくる。

「で、今晩だが……」
「追い出してくれるのかな、この組対」
「追い出してもドアの前でいじけられているのを想像しながらヤルのか?」

 恭介と薫は鉄鍋に肉と野菜を更にぶち込んでいる泉を眺めた。

「何か、サイテーだよね。じゃあ血だけ吸う?」
「血だけで済ませられる自信がないな」
「嬉しがらせてくれるようになったじゃん」

「どっちにしても二万円じゃないのか?」
「当たり前じゃない」
「売血奴が」

 多少は艶っぽい話の筈がどうしても殺伐としてしまい、その原因の一端である泉は鉄鍋いっぱいに煮えた具の第五弾目に取り掛かっていた。興を削がれた恭介と薫はそんな泉をねめつける。

「ねえ、恭介。この人、白菜二玉と糸こんにゃく三袋と焼豆腐三丁に肉1キロは食べてんだけど」
「だから何だ?」
「んー、別に。でも間違って梅谷組ウチに来られた日には壁紙まで食われそうかもって」
「そんなにシノギに困ってるのか? そういやシマを荒らされてるんだったな」

 頷きながら立った薫はポットの湯でティーバッグの紅茶を淹れた。貧乏所帯に慣れ過ぎていて、ティーバッグ一個でカップ二杯を淹れ、三杯目の出汁殻をキッチンのテーブルに放置して、両手にカップを持ちリビングに移る。まだ食っている泉を残して恭介も移動だ。
 煙草を咥えて火を点けながら二人掛けソファに座すと薫も隣に腰掛ける。

「シマを荒らされてるのは確かなんだけどさ、相手はガキなんだよね」
「ふん。ガキを相手にヤクザがシマのアガリに事欠くとはな」
「そうは言うけど万引きで本屋が潰れる時代なんだから」

「お前より、そこらの事情は知ってるさ。で、俺にどうしろって?」
「どうしたってガキ共の本拠地ヤサを見つけられない。ってゆうか、僕にそんなヒマは今は無いし、元々の梅谷のみんなも一緒。樫原組から新たに入った連中はシマでのシノギを仕込んでる最中だし、ねえ?」

 上目遣いに見られて恭介はその媚びた目に少々機嫌を悪くした。正直で素直すぎるが故に薫にヤクザは似合わないと思い、足を洗えと言い続けてきた。けれど自分でリクルートしてしまった、今は無き樫原組の部屋住み若い衆十五名に対して薫は責任を感じている。

 それに抜群の記憶力を活かした賭け事では誰より稼ぐ博才の持ち主だ。

 だからといってたまに顔を見せた時くらいは「抱かれに来た」と思わせるひとことくらい、あってもいいんじゃないかと恭介は思う。逆に薫の方も、おそらくは恭介が「抱かせろ」と言うのを待っているのだ。
 しかしそれを言ったが最後、負けのようで互いに意地になっていた。

 大体、一回二万円で血を吸わせるという約束事も、初めは薫の照れから出た言葉だと恭介は思っていたのだ。それが本気だと知れて100ml五千円と宣言され、すったもんだの挙げ句に一回二万円まで値切ったつもりの恭介だったが、冷静に考えたら値上げされていたという体たらくだ。

 けれど『シノギのために』という理由でもつけなければ探偵とヤクザの若中わかちゅうの関係など、あっさり途切れてしまいそうだったからで――。

「ねえ、頼むから調べてくれないかな。探偵料、払うからさ」
「まあ、暫くオフだからな」
「オッケーね。じゃあ今回の血はおカネ取らないよ」

「……まさかそれが探偵料か?」
「うん! 文句あるなら吸血料も再交渉だからね」

 朗らかに宣言されて恭介は勢い唸った。

「泉は腹一杯になれば寝る。ついでに飲ませておく。それまでに薫、お前は風呂で磨いておけ」

 遊ばれてばかりが癪なだけではない、恭介は本気で薫を抱き尽くしたかった。ひらひらと手を振りつつバスルームへと向かう薫も同じで、抱き尽くされたくて来たのである。
 ツンデレ同士のしたたか者同士は、甘々な境地に至るまでに毎回の如く険しい道を通るのが恒例になっているのだ、何故だか分からないが。

 紫煙混じりの溜息をついて恭介はそれでも整った口元を緩める。
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