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第9話・夕方(探偵・刑事・ヤクザ)
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失礼極まりない口に言葉を挟むヒマもなく、潰れかけヤクザ一家・梅谷組の若中を張る石動薫はまくし立てた挙げ句に、キッチンで泉と鉢合わせて首を傾げる。コンプレックスである名は女性的、顔立ちは更に女性の如く綺麗に整っているが、れっきとした男性である。
薫も以前に恭介が拾い、二人で一緒にこの辺り一帯をシマにしている指定暴力団・滝本組の二次団体だった樫原組を壊滅に追い込んだという経緯があった。
その後、薫は『足を洗ったら恭介の探偵助手になる』などと言いつつ、未だ足を洗わない。樫原の下っ端まで梅谷組が引き受けた上に、潰れた樫原の更に下請けともいえる三次団体だった梅谷を滝本が二次団体に引き上げると宣言し、元は市役所職員で仕方なく跡を継いだ弱腰の梅谷の組長は、怖くて盃を返せなかったのだ。
お蔭で薫は下っ端の面倒から月々の上納金集めのシノギに駆け回っている状態で、恭介のところに寄ることも多くはなかった。
余程シノギに窮したら「血を吸わせる代わりにカネをとる」というムードもへったくれもない現実主義者だが、恭介は眩しくすら思える薫のバイタリティに当てられるのは嫌いではなかった。
けれど不思議に何だか今の状況は不穏を醸している。
二十八歳の恭介より六歳ばかり若い薫は平静を保っているように見えるが、小柄な身体はやや身構え、色素の薄い肌は紅潮し、これも色素が薄く柔らかな髪からは揺らめくオーラが見えるようだった。
オーラの色は暗く、もしかして嫉妬というヤツかと恭介は想像した。
一方の泉も薫よりは余程ガタイの良い身で威圧するかの如く薫を明らかに検分している。シノギついでに寄ったのか、薫は気崩した灰紫のスーツ・チャコールグレイのシャツは第三ボタンまで寛げ・首からはお約束のゴールドチェーン(恭介はメッキのパチモノと知っている)・ロレックスの腕時計(恭介は以下略)といった具合だ。
泉は勝ち誇ったかの如く鼻で嗤い、薫を無視して恭介に話しかけた。
「ジャック先輩、夕ご飯の買い物に行きましょうよ」
「そいつは薫が……足りる訳がないな。買い出しだ」
「多めに買ったよ? 馬鹿食いしない限りは三人でも足りるって」
「馬鹿食いすれば足りないんだろう?」
恭介の言葉で今度は察しの良い薫が鼻で嗤う。
「へえ、このウドの大木はやたらと肥料が要るんだね。コンビニで期限切れ弁当でも貰ってこようか?」
仮にも組対の刑事である泉は一見して薫の素性をほぼ見抜き、負けずに吠えた。
「社会の底辺で他人の上前を刎ねてるゴミクズ虫にバカにされるいわれはありませんよ!」
「へえ。じゃあ、あんたはサツカンってとこか。今どきサツカンだからって聖人君子面して街なかを歩けるとでも思ってんの? サツカンの犯罪が一日何件報道されてるのかなあ?」
「人それぞれです! 僕は絶対に犯罪なんかに手出ししません!」
それで拳銃失くしてりゃ世話はないが、ともかく恭介は『このままだと今晩、薫の血にありつけなくなるのではないか?』という疑念と怖れを抱き始めていた。それが喩え一回二万円にまで値切った血であっても。大体、吸血衝動と性欲は直結しているので薫を抱きたい思いの方が強かった。
というコトで、二人のバトルを眺めていた恭介は黙って寝室に戻ると黒のシャツに濃茶のネクタイ、黒のスーツに着替えて携帯や財布やキィを持つとキッチンに出た。
口撃の応酬は続いていたが、聞き流して二人が息継ぎしたタイミングで訊く。
「薫、晩飯は何だ?」
「張り込んでさ、すき焼きにしようと思ったのに、こいつ、誰?」
「謹慎中の組対の刑事。確率論の新境地を拓くほどのドジだ、気をつけろ」
「ふうん、分かった。でもさ、この刑事『ジャック先輩を愛してる』って、どゆこと?」
「そいつは余り気にするな、あとで説明してやる。とにかく買い出しだ」
「締めの冷凍讃岐うどんも三玉入りだし、普通は足りるよ?」
その点でも普通じゃなく非常識な大食漢が一名混じっているので、自分たちも腹を満たそうと思うなら、全く以て食材が足らないのを恭介は懇切丁寧に薫に説明した。
一方の泉には正直に薫が梅谷組の若中だとバラし、その他の一切は、
「察しろよバカ! 特に今夜!!」
と二人で泉を睨む。その間に泉は薫の買ってきた食材のチェックをし、まずは肉が「キロ単位」で足らないだのといった計算と、キッチンにある調味料や鉄鍋にカセットコンロなどを点検していて、つまりは恭介と薫の数日ぶりの逢瀬も肉の奪い合いに終始する気配が既に充満していた。
「さあて、買い物です。ジャック先輩、財布かカードは持ちましたか?」
「何故、お前が仕切るんだ? それに交代でメシ代を出すなら次はお前だぞ?」
「だって僕、昼はカルミアで払いました。だから次は先輩の番です」
図々しくも図太いコイツが自殺企図など今となっては信じられなかった。放って置いても特急電車の方が這い逃げたに違いない。
おまけに恭介自身のやらかしたミス、吸血による思考操作の『さじ加減』間違いである。恭介自身もこんな事例は初めてで、泉の自分に対する秋波がいつになったら収まるのか皆目見当が付かない。まさか延々ずっと……。
嫌な考えを振り払い、三人して近所のスーパーに繰り出した。
外はこの辺りも何処かで咲いているらしい金木犀の香りで夜気が色づけられている。この空気は嫌いじゃなく恭介の『ウンザリ思考』も融かされ、夜に生きる者としての力が湧いてくる。
だが力はともかくスーパーでは終始一貫して恭介は傍観者に徹した。
夕刻の売り尽くしセールの主婦軍団に混じる根性などない。その点、薫と泉は競うように争奪戦に積極参加していた。お蔭で泉のブラックホールも満足しそうなほど大量の肉が手に入る。
次はシラタキだの砂糖が足らないだの言い出し、卵だのも追加したら泉と薫がそれぞれ提げたカゴは満載だ。あとは支払うだけという事で、自然と恭介は薫のカゴを担当してやる。
突き刺さった泉の視線などガン無視だ。間違っても「その気」にさせたくない。
薫も以前に恭介が拾い、二人で一緒にこの辺り一帯をシマにしている指定暴力団・滝本組の二次団体だった樫原組を壊滅に追い込んだという経緯があった。
その後、薫は『足を洗ったら恭介の探偵助手になる』などと言いつつ、未だ足を洗わない。樫原の下っ端まで梅谷組が引き受けた上に、潰れた樫原の更に下請けともいえる三次団体だった梅谷を滝本が二次団体に引き上げると宣言し、元は市役所職員で仕方なく跡を継いだ弱腰の梅谷の組長は、怖くて盃を返せなかったのだ。
お蔭で薫は下っ端の面倒から月々の上納金集めのシノギに駆け回っている状態で、恭介のところに寄ることも多くはなかった。
余程シノギに窮したら「血を吸わせる代わりにカネをとる」というムードもへったくれもない現実主義者だが、恭介は眩しくすら思える薫のバイタリティに当てられるのは嫌いではなかった。
けれど不思議に何だか今の状況は不穏を醸している。
二十八歳の恭介より六歳ばかり若い薫は平静を保っているように見えるが、小柄な身体はやや身構え、色素の薄い肌は紅潮し、これも色素が薄く柔らかな髪からは揺らめくオーラが見えるようだった。
オーラの色は暗く、もしかして嫉妬というヤツかと恭介は想像した。
一方の泉も薫よりは余程ガタイの良い身で威圧するかの如く薫を明らかに検分している。シノギついでに寄ったのか、薫は気崩した灰紫のスーツ・チャコールグレイのシャツは第三ボタンまで寛げ・首からはお約束のゴールドチェーン(恭介はメッキのパチモノと知っている)・ロレックスの腕時計(恭介は以下略)といった具合だ。
泉は勝ち誇ったかの如く鼻で嗤い、薫を無視して恭介に話しかけた。
「ジャック先輩、夕ご飯の買い物に行きましょうよ」
「そいつは薫が……足りる訳がないな。買い出しだ」
「多めに買ったよ? 馬鹿食いしない限りは三人でも足りるって」
「馬鹿食いすれば足りないんだろう?」
恭介の言葉で今度は察しの良い薫が鼻で嗤う。
「へえ、このウドの大木はやたらと肥料が要るんだね。コンビニで期限切れ弁当でも貰ってこようか?」
仮にも組対の刑事である泉は一見して薫の素性をほぼ見抜き、負けずに吠えた。
「社会の底辺で他人の上前を刎ねてるゴミクズ虫にバカにされるいわれはありませんよ!」
「へえ。じゃあ、あんたはサツカンってとこか。今どきサツカンだからって聖人君子面して街なかを歩けるとでも思ってんの? サツカンの犯罪が一日何件報道されてるのかなあ?」
「人それぞれです! 僕は絶対に犯罪なんかに手出ししません!」
それで拳銃失くしてりゃ世話はないが、ともかく恭介は『このままだと今晩、薫の血にありつけなくなるのではないか?』という疑念と怖れを抱き始めていた。それが喩え一回二万円にまで値切った血であっても。大体、吸血衝動と性欲は直結しているので薫を抱きたい思いの方が強かった。
というコトで、二人のバトルを眺めていた恭介は黙って寝室に戻ると黒のシャツに濃茶のネクタイ、黒のスーツに着替えて携帯や財布やキィを持つとキッチンに出た。
口撃の応酬は続いていたが、聞き流して二人が息継ぎしたタイミングで訊く。
「薫、晩飯は何だ?」
「張り込んでさ、すき焼きにしようと思ったのに、こいつ、誰?」
「謹慎中の組対の刑事。確率論の新境地を拓くほどのドジだ、気をつけろ」
「ふうん、分かった。でもさ、この刑事『ジャック先輩を愛してる』って、どゆこと?」
「そいつは余り気にするな、あとで説明してやる。とにかく買い出しだ」
「締めの冷凍讃岐うどんも三玉入りだし、普通は足りるよ?」
その点でも普通じゃなく非常識な大食漢が一名混じっているので、自分たちも腹を満たそうと思うなら、全く以て食材が足らないのを恭介は懇切丁寧に薫に説明した。
一方の泉には正直に薫が梅谷組の若中だとバラし、その他の一切は、
「察しろよバカ! 特に今夜!!」
と二人で泉を睨む。その間に泉は薫の買ってきた食材のチェックをし、まずは肉が「キロ単位」で足らないだのといった計算と、キッチンにある調味料や鉄鍋にカセットコンロなどを点検していて、つまりは恭介と薫の数日ぶりの逢瀬も肉の奪い合いに終始する気配が既に充満していた。
「さあて、買い物です。ジャック先輩、財布かカードは持ちましたか?」
「何故、お前が仕切るんだ? それに交代でメシ代を出すなら次はお前だぞ?」
「だって僕、昼はカルミアで払いました。だから次は先輩の番です」
図々しくも図太いコイツが自殺企図など今となっては信じられなかった。放って置いても特急電車の方が這い逃げたに違いない。
おまけに恭介自身のやらかしたミス、吸血による思考操作の『さじ加減』間違いである。恭介自身もこんな事例は初めてで、泉の自分に対する秋波がいつになったら収まるのか皆目見当が付かない。まさか延々ずっと……。
嫌な考えを振り払い、三人して近所のスーパーに繰り出した。
外はこの辺りも何処かで咲いているらしい金木犀の香りで夜気が色づけられている。この空気は嫌いじゃなく恭介の『ウンザリ思考』も融かされ、夜に生きる者としての力が湧いてくる。
だが力はともかくスーパーでは終始一貫して恭介は傍観者に徹した。
夕刻の売り尽くしセールの主婦軍団に混じる根性などない。その点、薫と泉は競うように争奪戦に積極参加していた。お蔭で泉のブラックホールも満足しそうなほど大量の肉が手に入る。
次はシラタキだの砂糖が足らないだの言い出し、卵だのも追加したら泉と薫がそれぞれ提げたカゴは満載だ。あとは支払うだけという事で、自然と恭介は薫のカゴを担当してやる。
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