お前に似合わない職業2[警察官]

志賀雅基

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第8話・昼(刑事)

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 満腹になった腹を撫でつつ泉は眠気を我慢しきれず、半分夢の世界の住人のままフラフラと歩き、何度目かに目覚めて携帯のマップを眺め、それを頼りに駅まで辿り着いて電車に乗り込み高城市駅で降りた。

 駅からはバスに乗り替えて揺られる。高城市のほぼ中心部に県警本部庁舎はあったが、そんな一等地に官舎は建てられないので、泉の住処は多少郊外寄りにあった。

 ただ若い人員でも独身者は非常時に招集のかかる一番手だ。あまり本部と離れていても仕事にならないので、棲み処は元は民間の安普請だったが、今は公金で買い上げられ修繕費用も賄っている。

 駅から数えて停留所六区間を移動し、やっと官舎が建ち並ぶエリアに着いた。非常の際には停留所六区間を自前の足で走るのだ。見た目も古いマンション・アパート群の混然一体だが、中身は高城市内の公官庁に勤める人々の住まいとなっている。
 自然と『耐乏官品』なる言葉の意味とその姿勢は身に付く訳だった。

 その混然一体の中でも一層古い安普請で陽の殆ど当たらない一棟が独身者専用官舎で、六畳一間のフローリングが詰まっている。

 その三階の自室に帰り着いた泉は押し入れから黴臭いバッグを引きずり出した。黒いショルダーバッグを開けると普段着の着替えや下着類を放り込み始める。シェーバーや携帯の充電器まで入れるとジッパーを閉め、今度は全身新しいスーツ姿に着替えるとガーメントバッグにスーツをもう一揃い入れて手にした。

 ショルダーバッグは斜め掛けだ。スーパーのトイレに二度と忘れない。

「忘れ物はないな。よし」
 指差し点検してガスの元栓やコンセントの類も確認する。そうして所要時間二十分ほどで自室をあとにすると、またも逆順を辿って恭介のマンションに舞い戻ったのだった。途中の駅構内に設置されたATMでなけなしのカネを下ろすのも忘れなかった。

 だが着いたマンションはオートロックなのでガラス扉を開けられず、テンキー式の呼び出し機能で一〇二七号室を呼び出す。嫌がられるのは承知しているので一応は声色を作ってみた。

「すみませーん、いつもにこにこネコさんマークのタマト宅配便です」
《……開けるから待ってろ》

 低く不機嫌そうな声からして恭介は騙されなかったらしい。それでも開けて貰えただけ上等といえるだろう。ロックの解けたガラス扉から入ってエレベーターに乗る。

 一〇二七号室のドアも開いていた。いそいそと入って後ろ手にドアロックもする。しかし見渡せる範囲内に恭介はいない。時刻はもう十六時過ぎ、まさかと思いつつ寝室を覗いてみると、黒いパジャマを着た恭介がベッドに伸びていた。

「吸血鬼って本当に日光で灰になるんじゃ……?」
「……ならん。俺は普通の夜型人間だ」

「普通。普通……そうですね! 先輩は普通のちょっと怪力でお酒に強い、若い男性の血が好みの、普通の人間です! 僕が保証しますから――」
「――お前の保証なんか要らん、却って泥船に乗せられた気分だ。今日は仕事がないんだ、たまたま。そして俺は基本的になんでな、暗くなるまで起きる習慣がない。分かったか!」

 不機嫌な寝起き男を前に泉はカクカクと頷き、手元が御留守になって黒いショルダーバッグの紐を離して落下させた。結構な大荷物の音が会話の途切れた空間に響いた。

「泉、そいつが何か訊いてもいいか?」
「やはりここは大先輩の御意見を参考に今現在ウチの部署が追っている薬物ルートを割り出し、一発逆転大金星を挙げて謹慎を解かれ、本職は組対そたいの薬物銃器対策課に新進気鋭のルーキーとして復帰せしめる努力をすべきと判断したのであります」

 再び耳をかっぽじっていた恭介はうんざりしつつもう一度訊く。

「それとこの、鞄から溢れた日常生活道具に着替えその他との相関関係について知りたいのだがな。お前、まさかここに押し掛けるつもりか!?」
「押し掛けるだなんて。僕の主夫能力、見くびらないで下さい!!」

 鼻息荒く宣言した男に、ほとほとげんなりした気分の恭介だったが、これだけはと思って言い放った。

「メシ代、毎食交替だからな。この条件は譲れん!」

 そういや大学のクラブで合宿のときに桐生泉は独りで飯だけ食い散らかして、残りの皆は白湯で薄めたカレー汁でひもじさに耐えたのだった。

 勿論、恭介はカネに困っていない。だがいつとも知れぬ『大金星』までに預金通帳まで食い尽くされるだろう絶大な確信が言わせたのだ。しかしエンゲル係数プラス拳銃失くすドジを考えると、今後の人生に於いて絶対に拾いものなぞするものかと胸に刻んだ恭介だった。

 そんなやり取りをしているうちに恭介も完全に目が覚めてきて、ごく近い将来に降りかかる面倒事をどうやって回避しようかと考えながらベッドを滑り降りると洗面所に行って顔を洗う。寝ている間に泉がイタズラしたとは知らない恭介は、鏡に映った自分の目が妙に血走っているのは途中で起こされたからだと思い込んだ。

 そこで玄関チャイムが鳴った。恭介が『拙い』と感じた時には既にキィロックは外からスペアで解かれた後だった。

「恭介、いるよね? じゃ~ん! かおるちゃんが愛情たっぷりの晩御飯を作りに来てあげましたよーって、あれえ、知らない人がいるけど、恭介にも友達なんか存在してたの?」
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