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第59話
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途中で旅行者を小突き回していた青少年たちに巨大レールガンをちらつかせながら教え諭し、痴情のもつれからハサミを持って女を追いかけていた中年男を現逮してヤマサキを呼び、公園で遊ぶ幼女を菓子で誘っていた男にバンカケしたら他署の新米エリート刑事で呆れつつ注意し、一時間半を掛けてようやく薬屋に辿り着く。
それでも一滴も血を見ずに済んだのは日頃の行いだと自画自賛してドアを開けた。
「邪魔するぜ、ゲホゲホ」
チャリンとベルを鳴らし入ると漢方薬店のオヤジは振り向くなり眉をひそめる。
「あれ、旦那。えらく顔色が悪いようですが」
「風邪引いたみたいでな。は、ハックシュン!」
「鬼の霍乱ってトコですかね」
「放っとけ……ハックシュン! ゲホゴホ……ずびび」
「放っておけませんねえ。薬、出しますから飲んで下さいよ」
「薬って言えばこの前の礼に来たんだが……」
「いえ、旦那から礼なんて、あたしは貰えませんよ」
「そう言わずに貰ってくれねぇか? あいつ本当に助かったんだよ。あんたのお蔭だ」
「そりゃあようござんした。大体、常日頃から旦那にはサーヴィスするって言ってるじゃないですか。何もドラッグを見逃して貰ってるからってだけじゃありませんし、これ以上の便宜も無用ですよう」
数種の薬を計り、調合しながらオヤジは言葉を継ぐ。
「旦那はいつだってここに歩いてくるでしょう? それで本当に悪い奴を見逃さないでいてくれる。悪い奴と街の住人との間に立って体を張って盾になってくれてる。こんな裏通りの住人でも分け隔てなくね。だからあたしは旦那を大事にしたいんです。その旦那の盾になろうってお人なら尚更だ。そういうことですよ」
シドは黙って聞きつつ薬包紙の上に載った漢方薬を手渡されたグラスの水で飲み下す。
こういう瞬間が果たしてハイファの仕事にはあるのだろうかと思いながら。
◇◇◇◇
そして一週間が経った。シドにとっては相変わらずの足での捜査の一週間である。
課長の懸念した通りに事件発生率が急上昇し、そのクソ忙しいさなかにシドの持ち込んだ悪性の風邪が機動捜査課全員斬りという非常事態に陥っていた。
独り風邪も全快のシドは珍しく書類に没頭していた。泥水コーヒーと煙草を糧にして、酷い右下がりの文字で紙切れを埋め続けながらオートドアが開く気配で顔を上げる。
そこで入ってきた人物に驚き、思わずシドは椅子を蹴倒し立ち上がった。
青い顔でマスク姿のヴィンティス課長が絞められたニワトリの如き掠れ声を出す。
「おお、ハイファス君。休暇はどうだったかね? もうすぐ定時なのに悪いね、ゲホゲホゲホ……皆が皆この状態だ、即戦力が帰ってきてくれて本当に嬉しいよ。ずび」
唖然としてシドは課長の多機能デスクの前に立ったハイファを見つめた。
「ゴホゴホ! あんな目に遭ったというのに、またキミとバディを組んでくれると言うんだ。有難いと思いたまえよシド。……ハックション!」
ヴィンティス課長はハイファの敬礼に答礼してくるりと背を向け夕暮れの窓外を眺め始める。そのやり取りを唖然としてみていたシドは不意にスイッチが入って、にこにこ笑うハイファに事情聴取するべくソフトスーツの腕を掴んだ。
「ちょっと来い」
取調室はシドが外回りで引っ張ってきた被疑者たちで満室だったため、気兼ねなく話せるのは留置場のシドの巣だけである。ハイファの腕を掴んだまま階段を駆け下り、靴を脱ぎ捨てて巣に入ると開口一番、シドは唾を飛ばして叫んだ。
「どういうことだよ、おいっ!?」
「どういうコトって……だから機動捜査課に配属なんだけど」
「もしかしてまた厄介な事件じゃねぇだろうな?」
「違うってば。別室から惑星警察に出向になったんだよ。『昨今の案件の傾向による恒常的警察力の必要性』なんてのを別室戦術コンが弾き出したから」
突然のことに脳のロクロが空転しているらしいシドに、ハイファは噛み砕いて説明した。
それでも一滴も血を見ずに済んだのは日頃の行いだと自画自賛してドアを開けた。
「邪魔するぜ、ゲホゲホ」
チャリンとベルを鳴らし入ると漢方薬店のオヤジは振り向くなり眉をひそめる。
「あれ、旦那。えらく顔色が悪いようですが」
「風邪引いたみたいでな。は、ハックシュン!」
「鬼の霍乱ってトコですかね」
「放っとけ……ハックシュン! ゲホゴホ……ずびび」
「放っておけませんねえ。薬、出しますから飲んで下さいよ」
「薬って言えばこの前の礼に来たんだが……」
「いえ、旦那から礼なんて、あたしは貰えませんよ」
「そう言わずに貰ってくれねぇか? あいつ本当に助かったんだよ。あんたのお蔭だ」
「そりゃあようござんした。大体、常日頃から旦那にはサーヴィスするって言ってるじゃないですか。何もドラッグを見逃して貰ってるからってだけじゃありませんし、これ以上の便宜も無用ですよう」
数種の薬を計り、調合しながらオヤジは言葉を継ぐ。
「旦那はいつだってここに歩いてくるでしょう? それで本当に悪い奴を見逃さないでいてくれる。悪い奴と街の住人との間に立って体を張って盾になってくれてる。こんな裏通りの住人でも分け隔てなくね。だからあたしは旦那を大事にしたいんです。その旦那の盾になろうってお人なら尚更だ。そういうことですよ」
シドは黙って聞きつつ薬包紙の上に載った漢方薬を手渡されたグラスの水で飲み下す。
こういう瞬間が果たしてハイファの仕事にはあるのだろうかと思いながら。
◇◇◇◇
そして一週間が経った。シドにとっては相変わらずの足での捜査の一週間である。
課長の懸念した通りに事件発生率が急上昇し、そのクソ忙しいさなかにシドの持ち込んだ悪性の風邪が機動捜査課全員斬りという非常事態に陥っていた。
独り風邪も全快のシドは珍しく書類に没頭していた。泥水コーヒーと煙草を糧にして、酷い右下がりの文字で紙切れを埋め続けながらオートドアが開く気配で顔を上げる。
そこで入ってきた人物に驚き、思わずシドは椅子を蹴倒し立ち上がった。
青い顔でマスク姿のヴィンティス課長が絞められたニワトリの如き掠れ声を出す。
「おお、ハイファス君。休暇はどうだったかね? もうすぐ定時なのに悪いね、ゲホゲホゲホ……皆が皆この状態だ、即戦力が帰ってきてくれて本当に嬉しいよ。ずび」
唖然としてシドは課長の多機能デスクの前に立ったハイファを見つめた。
「ゴホゴホ! あんな目に遭ったというのに、またキミとバディを組んでくれると言うんだ。有難いと思いたまえよシド。……ハックション!」
ヴィンティス課長はハイファの敬礼に答礼してくるりと背を向け夕暮れの窓外を眺め始める。そのやり取りを唖然としてみていたシドは不意にスイッチが入って、にこにこ笑うハイファに事情聴取するべくソフトスーツの腕を掴んだ。
「ちょっと来い」
取調室はシドが外回りで引っ張ってきた被疑者たちで満室だったため、気兼ねなく話せるのは留置場のシドの巣だけである。ハイファの腕を掴んだまま階段を駆け下り、靴を脱ぎ捨てて巣に入ると開口一番、シドは唾を飛ばして叫んだ。
「どういうことだよ、おいっ!?」
「どういうコトって……だから機動捜査課に配属なんだけど」
「もしかしてまた厄介な事件じゃねぇだろうな?」
「違うってば。別室から惑星警察に出向になったんだよ。『昨今の案件の傾向による恒常的警察力の必要性』なんてのを別室戦術コンが弾き出したから」
突然のことに脳のロクロが空転しているらしいシドに、ハイファは噛み砕いて説明した。
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