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第22話
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暫し手と手の攻防を繰り広げながらシドはナニかを振り払うように大声を出した。
「やーめーろって、迷惑防止条例違反で現逮するぞ!」
「できるならすれば? 現職警察官の汚職及び違法ドラッグ使用の記事が明日配信されてもいいんならね。さあて、どっちを選ぶのかなあ、熱血すぎる刑事サンは」
グッと詰まったシドにハイファは悪魔的な囁きで続ける。
「なら部屋での続き、キス一回で手を打ったげる。減る物じゃなし、安い安い!」
「なっ、それとこれとは関係ねぇだろ!」
「大ありだよ、僕の口を塞ぎたいんじゃないの? もう黙って、ほら――」
促されるままに立ち上がってしまった自分にどう説明をつけていいのか分からぬまま、シドは密やかに近づく男のシルエットから顔を背けた。自分の背に両腕が回されゆっくりと力が加わって抱き締められるのを硬直したまま感じる。
頬にかかる白い息がくすぐったい。もう避けがたい状況だったが、まともに顔を見るド根性が湧かなかった。親友だろ、親友! 親友って何だ!?
「往生際、悪いよ。ちゃんと見て」
恐る恐る向き直ると既にあり得ない距離にハイファの顔があった。オレンジ色っぽい街灯の下、普段は若草色の瞳が濃いグリーンに見え、そこだけ別人のようだった。
先程、部屋でみせたような激情はそこになく、声色こそ焦ったシドを茶化している風だったものの、浮かべた表情は真面目で落ち着き払っている。薄明かりの中、掛かった影が顔立ちのノーブルな優美さを際立たせていた。
そうして唇が初めは優しく徐々に荒々しく押しつけられた。打開策を得ようとめまぐるしく回転していたシドの頭は空転を始める。過去に付き合った彼女らとのキスを思い浮かべて耐えようとするも歯列を割って滑り込んできた柔らかで意外に冷たい舌に思考が止まった。
いや、完全には停止せず『冷たいのだから、こいつは寒いのか』などと思う。
「――応えてよ」
再び抱き締められ唇を奪われると、何故か微かな対抗心のようなものが芽生え、急激に膨らむのを感じる。どうしてなのか自分でも分からない、どう猛な気分が生まれていた。
シドはハイファの今は珍しく結んでいない後頭部に手をやりグイと寄せた。想像以上に細い腰を抱くとさらさらの金髪を指に絡ませ、今度はこちらから挑む。
殆ど自棄だったが、先刻自分が噛み切った口の端にも構わず捩る勢いで唇を合わせた。差し出された舌を吸い、口内の届く限りを思い切り舐め回して蹂躙する。次には唇を下降させて高い台襟に隠された滑らかな首筋に辿り着いた。
「あ、はあっ……んっ」
ハイファが甘い吐息を洩らす。更に追い詰めてやりたい気分が湧き起こり、男の持ち物ではないような、きめの細かい肌にシドは唇を押し当てて吸った。あの肉食師長がつけた印を消すかのようにきつく吸い上げ、赤く濃く印を刻み込み直す。
「あっ……シド、そんな……ああっ!」
一度離した唇でハイファの左の耳たぶを甘噛みすると、そこから再度上気して熱い首筋にまで舌を這わせた。唾液に自分の煙草の匂いを嗅いだシドは、ついばむようなキスをそこに幾度も浴びせる。
腕の中のハイファはもう声にならない様子だ。シドに体重を預けるようにしがみつきソフトスーツ姿の細い身を震わせている。
そしてシドはそんなハイファの首筋に軽く歯を当て……噛みついた!
「んあっ、痛っ! でもキモチいい……」
腰砕けになりベンチに倒れ込んだハイファに目を血走らせてシドは宣言する。
「おっしゃ、勝ったな。……飲みに行くぞ」
再び裏通りまで戻ってハイファを引きずっていったのは、行きつけのリンデンバウムという二十四時間営業のバーだった。昼間は安くて美味い食事も供し、専らシドはそちらを利用する事が多い。料理ができないシドは必然的に外食が多くなるので貴重な店である。
時間も時間で音を絞ったジャズが流れる空間には客が二人きりだった。カウンター内では蝶タイのバーテンが一人、静かにグラスを磨いている。
「わあ、いい雰囲気。……じゃあ僕はマティーニ、ベルモット少なめでお願い」
公園からこちら天にも昇る気分でジンベースのカクテルをハイファが注文する一方でシドは飲む前から据わった目で必要最低限のひとことを口から押し出した。
「カミカゼ」
「やーめーろって、迷惑防止条例違反で現逮するぞ!」
「できるならすれば? 現職警察官の汚職及び違法ドラッグ使用の記事が明日配信されてもいいんならね。さあて、どっちを選ぶのかなあ、熱血すぎる刑事サンは」
グッと詰まったシドにハイファは悪魔的な囁きで続ける。
「なら部屋での続き、キス一回で手を打ったげる。減る物じゃなし、安い安い!」
「なっ、それとこれとは関係ねぇだろ!」
「大ありだよ、僕の口を塞ぎたいんじゃないの? もう黙って、ほら――」
促されるままに立ち上がってしまった自分にどう説明をつけていいのか分からぬまま、シドは密やかに近づく男のシルエットから顔を背けた。自分の背に両腕が回されゆっくりと力が加わって抱き締められるのを硬直したまま感じる。
頬にかかる白い息がくすぐったい。もう避けがたい状況だったが、まともに顔を見るド根性が湧かなかった。親友だろ、親友! 親友って何だ!?
「往生際、悪いよ。ちゃんと見て」
恐る恐る向き直ると既にあり得ない距離にハイファの顔があった。オレンジ色っぽい街灯の下、普段は若草色の瞳が濃いグリーンに見え、そこだけ別人のようだった。
先程、部屋でみせたような激情はそこになく、声色こそ焦ったシドを茶化している風だったものの、浮かべた表情は真面目で落ち着き払っている。薄明かりの中、掛かった影が顔立ちのノーブルな優美さを際立たせていた。
そうして唇が初めは優しく徐々に荒々しく押しつけられた。打開策を得ようとめまぐるしく回転していたシドの頭は空転を始める。過去に付き合った彼女らとのキスを思い浮かべて耐えようとするも歯列を割って滑り込んできた柔らかで意外に冷たい舌に思考が止まった。
いや、完全には停止せず『冷たいのだから、こいつは寒いのか』などと思う。
「――応えてよ」
再び抱き締められ唇を奪われると、何故か微かな対抗心のようなものが芽生え、急激に膨らむのを感じる。どうしてなのか自分でも分からない、どう猛な気分が生まれていた。
シドはハイファの今は珍しく結んでいない後頭部に手をやりグイと寄せた。想像以上に細い腰を抱くとさらさらの金髪を指に絡ませ、今度はこちらから挑む。
殆ど自棄だったが、先刻自分が噛み切った口の端にも構わず捩る勢いで唇を合わせた。差し出された舌を吸い、口内の届く限りを思い切り舐め回して蹂躙する。次には唇を下降させて高い台襟に隠された滑らかな首筋に辿り着いた。
「あ、はあっ……んっ」
ハイファが甘い吐息を洩らす。更に追い詰めてやりたい気分が湧き起こり、男の持ち物ではないような、きめの細かい肌にシドは唇を押し当てて吸った。あの肉食師長がつけた印を消すかのようにきつく吸い上げ、赤く濃く印を刻み込み直す。
「あっ……シド、そんな……ああっ!」
一度離した唇でハイファの左の耳たぶを甘噛みすると、そこから再度上気して熱い首筋にまで舌を這わせた。唾液に自分の煙草の匂いを嗅いだシドは、ついばむようなキスをそこに幾度も浴びせる。
腕の中のハイファはもう声にならない様子だ。シドに体重を預けるようにしがみつきソフトスーツ姿の細い身を震わせている。
そしてシドはそんなハイファの首筋に軽く歯を当て……噛みついた!
「んあっ、痛っ! でもキモチいい……」
腰砕けになりベンチに倒れ込んだハイファに目を血走らせてシドは宣言する。
「おっしゃ、勝ったな。……飲みに行くぞ」
再び裏通りまで戻ってハイファを引きずっていったのは、行きつけのリンデンバウムという二十四時間営業のバーだった。昼間は安くて美味い食事も供し、専らシドはそちらを利用する事が多い。料理ができないシドは必然的に外食が多くなるので貴重な店である。
時間も時間で音を絞ったジャズが流れる空間には客が二人きりだった。カウンター内では蝶タイのバーテンが一人、静かにグラスを磨いている。
「わあ、いい雰囲気。……じゃあ僕はマティーニ、ベルモット少なめでお願い」
公園からこちら天にも昇る気分でジンベースのカクテルをハイファが注文する一方でシドは飲む前から据わった目で必要最低限のひとことを口から押し出した。
「カミカゼ」
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