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第38話
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「これ、現認されているサイキ持ちのサイキの種類やそれが関係した過去のケース一覧だから一応目を通しておいて欲しいな。勿論例外だって山ほどあるし、テラに与して晴れて削除された人もいるから読みづらいけど、まるで知らないよりマシでしょ。極秘資料でMBもこっちでないと読めないから……っと」
そう言いながらハイファは自分の左手首から別室仕様のリモータを外してテーブルに置く。次にシドの左手首からそっとリモータを外させると、自分の別室リモータをシドに嵌めさせてからコマンドを幾つか打ち込んだ。認識されたらしく小さな電子音が鳴る。
「お前これ、外した時点でヤバいんじゃなかったっけか?」
「そうだね。任務中の別室員一名失探。ミッシング・イン・アクション、軍隊用語で言うMIAってヤツだよ。今頃は別室戦術コンのトレーサーシステムがピィピィいってる筈」
「俺も俺だが、お前もお前だな」
「怒られるのにはもう慣れてるよ。じゃあ、大人しくお留守番ね」
「ところで行方不明隊員は何しに行くって?」
最低限の連絡は取れるように私物リモータを装着して、そらで覚えているシドと別室のアドレスをハイファは打ち込みながら言った。
「僕らとは逆ルート、ミカエルティアーズそのものを追ってるチームの情報と、こっち側のすり合わせ。他星系で空間的にも時間的にも遠いから、戦果がどれくらい上がってるのかが即、分かる訳じゃない。だからあんまり期待してないけどね」
「ほんっとに難儀だよなあ、宇宙を股にかけるスパイ稼業ってのは」
「まだ楽な方だよ、今回は。それに何たってこうして愛する人と一緒だし」
「行け。早く行け。とっとと行ってこい!」
「はいはい。何か要るものは?」
「ねぇよ。……気ぃつけて、ちゃんと帰ってこいよな」
その科白にとびきりの笑顔を浮かべたハイファはテーブルでロクに身動きがとれないシドを椅子の背ごと抱き締め、擦り傷が微かに残るその頬にチュッとキスをした。
「△※×♂#@っ!」
言葉にならない喚きと飛んできたスプーンを背にハイファは手をヒラヒラさせ足取りも軽やかに出て行く。ドアが閉まりロックが掛かるのを確かめてシドは呟いた。
「チクショウ、熱が出そうだぜ……」
左胸の痛みを庇いつつ立ち上がったシドはマグカップにコーヒーを注いでテーブルに置き、まずはリモータのファイルを開いた。そこで動きを止めて頬に手を当てる。
(――って、何で俺、熱?)
頭を振ってふとよぎったナニかを捕まえ吐かせるのを放棄した刑事はコーヒーをひとくち、それから書類の内容に没頭すべく姿勢を正した。
いっそ骨折していれば入院・手術・再生槽入りで全治五日といわれた傷だが、中途半端で入院も拒否となると、痛みは半月ほど残るだろうと診断された。腕は一応切開し筋肉の断裂部は合成蛋白接着剤で繋いだが、これも再生槽入りしなければ完治までは一週間以上だ。
勿論シドはマゾではないので治るのなら、とっとと治して痛みなど消し去りたい。
だが病院に銃弾や手榴弾をぶち込まれるのと比べたら、どちらがマシか明白だ。
ここでこうして座っていても当然ながら危険が過ぎ去ってくれる訳ではない。現にハイファは何度もコソ泥紛いに侵入している。だが取り敢えず入居者以外は拒絶するセキュリティシステムである。破られるにしても前兆くらいは捉えられる筈だった。
密室殺人を考えればセキュリティなど関係ないのか、などとチラリと思ったが、そこまで石橋を叩くようでは何も始まらず、故に終われもしないのだ。
ホロスクリーンを立ち上げると削除部分の多いファイルを読み始める。
(どれどれ。テレポートにPK、テレパシー、と。こいつらも人間には違いねぇのに使い勝手のいい兵器扱いじゃ、堪んねぇよなあ)
約千年、十世紀前にその存在が確認された彼らサイキ持ちは、過去において長命系星人との混血がなされているという事実以外、何の科学的解明もなされていない。
生まれながらにその身に帯びた、人にはありえないもうひとつの本能であるサイキと、先祖返りのような長命によって世間からは羨み、妬み、白眼視される時期が長く続いた。
現代に至ってはあからさまな差別を受けることはかなり減ったものの、彼らはまだ安穏としていられないのが実情だ。
サイキを欲しがる研究機関や組織、サイキ自体を全て抹殺せんという狂信的カルト集団などにつけ狙われ、傷害や殺人を犯してしまう者もいれば逆に命を落とす者もいる。おまけにサイキ持ちに対して法は厳しい。
そんな社会でサイキ持ちが生き抜くには自ら何処かの組織に身を置くのが賢明なのだろう。喩えそれがダークで決して日の目を見られぬ別室員や雇われ暗殺者組織であっても。
使えるレヴェルのサイキ持ちが世のため人のためにサイキを活かし、表舞台に立ったという話など聞いたことはない。
それだけ特殊な『便利さ』を利用される訳だ。『便利さ』を利用する人間が『便利なもの』と自分自身を同等の人間として扱うだろうか。
だからサイキ持ちはずっと羨まれ妬まれ今に至っては他者に害成す存在として飼われる者が大多数を占めるのだ。
(今は同情かましてる場合じゃねぇんだがな。それこそカネで雇われて俺らの命を消しに来る訳だしさ……なになに、Eシンパス? 何だこれは)
昔ながらのSF小説には出てこなかったようなサイキも色々とあるらしい。
(電子の流れを自在に操るだって? 強い奴だと惑星一個の電子的ネットワークを瞬時に乗っ取る、と。すげぇなこいつは。高度文明圏だと何よりヤバいぜ)
そう言いながらハイファは自分の左手首から別室仕様のリモータを外してテーブルに置く。次にシドの左手首からそっとリモータを外させると、自分の別室リモータをシドに嵌めさせてからコマンドを幾つか打ち込んだ。認識されたらしく小さな電子音が鳴る。
「お前これ、外した時点でヤバいんじゃなかったっけか?」
「そうだね。任務中の別室員一名失探。ミッシング・イン・アクション、軍隊用語で言うMIAってヤツだよ。今頃は別室戦術コンのトレーサーシステムがピィピィいってる筈」
「俺も俺だが、お前もお前だな」
「怒られるのにはもう慣れてるよ。じゃあ、大人しくお留守番ね」
「ところで行方不明隊員は何しに行くって?」
最低限の連絡は取れるように私物リモータを装着して、そらで覚えているシドと別室のアドレスをハイファは打ち込みながら言った。
「僕らとは逆ルート、ミカエルティアーズそのものを追ってるチームの情報と、こっち側のすり合わせ。他星系で空間的にも時間的にも遠いから、戦果がどれくらい上がってるのかが即、分かる訳じゃない。だからあんまり期待してないけどね」
「ほんっとに難儀だよなあ、宇宙を股にかけるスパイ稼業ってのは」
「まだ楽な方だよ、今回は。それに何たってこうして愛する人と一緒だし」
「行け。早く行け。とっとと行ってこい!」
「はいはい。何か要るものは?」
「ねぇよ。……気ぃつけて、ちゃんと帰ってこいよな」
その科白にとびきりの笑顔を浮かべたハイファはテーブルでロクに身動きがとれないシドを椅子の背ごと抱き締め、擦り傷が微かに残るその頬にチュッとキスをした。
「△※×♂#@っ!」
言葉にならない喚きと飛んできたスプーンを背にハイファは手をヒラヒラさせ足取りも軽やかに出て行く。ドアが閉まりロックが掛かるのを確かめてシドは呟いた。
「チクショウ、熱が出そうだぜ……」
左胸の痛みを庇いつつ立ち上がったシドはマグカップにコーヒーを注いでテーブルに置き、まずはリモータのファイルを開いた。そこで動きを止めて頬に手を当てる。
(――って、何で俺、熱?)
頭を振ってふとよぎったナニかを捕まえ吐かせるのを放棄した刑事はコーヒーをひとくち、それから書類の内容に没頭すべく姿勢を正した。
いっそ骨折していれば入院・手術・再生槽入りで全治五日といわれた傷だが、中途半端で入院も拒否となると、痛みは半月ほど残るだろうと診断された。腕は一応切開し筋肉の断裂部は合成蛋白接着剤で繋いだが、これも再生槽入りしなければ完治までは一週間以上だ。
勿論シドはマゾではないので治るのなら、とっとと治して痛みなど消し去りたい。
だが病院に銃弾や手榴弾をぶち込まれるのと比べたら、どちらがマシか明白だ。
ここでこうして座っていても当然ながら危険が過ぎ去ってくれる訳ではない。現にハイファは何度もコソ泥紛いに侵入している。だが取り敢えず入居者以外は拒絶するセキュリティシステムである。破られるにしても前兆くらいは捉えられる筈だった。
密室殺人を考えればセキュリティなど関係ないのか、などとチラリと思ったが、そこまで石橋を叩くようでは何も始まらず、故に終われもしないのだ。
ホロスクリーンを立ち上げると削除部分の多いファイルを読み始める。
(どれどれ。テレポートにPK、テレパシー、と。こいつらも人間には違いねぇのに使い勝手のいい兵器扱いじゃ、堪んねぇよなあ)
約千年、十世紀前にその存在が確認された彼らサイキ持ちは、過去において長命系星人との混血がなされているという事実以外、何の科学的解明もなされていない。
生まれながらにその身に帯びた、人にはありえないもうひとつの本能であるサイキと、先祖返りのような長命によって世間からは羨み、妬み、白眼視される時期が長く続いた。
現代に至ってはあからさまな差別を受けることはかなり減ったものの、彼らはまだ安穏としていられないのが実情だ。
サイキを欲しがる研究機関や組織、サイキ自体を全て抹殺せんという狂信的カルト集団などにつけ狙われ、傷害や殺人を犯してしまう者もいれば逆に命を落とす者もいる。おまけにサイキ持ちに対して法は厳しい。
そんな社会でサイキ持ちが生き抜くには自ら何処かの組織に身を置くのが賢明なのだろう。喩えそれがダークで決して日の目を見られぬ別室員や雇われ暗殺者組織であっても。
使えるレヴェルのサイキ持ちが世のため人のためにサイキを活かし、表舞台に立ったという話など聞いたことはない。
それだけ特殊な『便利さ』を利用される訳だ。『便利さ』を利用する人間が『便利なもの』と自分自身を同等の人間として扱うだろうか。
だからサイキ持ちはずっと羨まれ妬まれ今に至っては他者に害成す存在として飼われる者が大多数を占めるのだ。
(今は同情かましてる場合じゃねぇんだがな。それこそカネで雇われて俺らの命を消しに来る訳だしさ……なになに、Eシンパス? 何だこれは)
昔ながらのSF小説には出てこなかったようなサイキも色々とあるらしい。
(電子の流れを自在に操るだって? 強い奴だと惑星一個の電子的ネットワークを瞬時に乗っ取る、と。すげぇなこいつは。高度文明圏だと何よりヤバいぜ)
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