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第37話
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「ああ、もう、寝てないとだめだってば。何か要るなら取るから」
「そんなに寝てられるか、目が腐る」
「生きてそこに嵌ってりゃ腐りません」
「躰に芽が出る、根が生える!」
「五月蠅いっ! 小学校低学年男子ですか、あーたは!」
昨夜は実況見分の立ち会いと被害状況確認のためにシドが病院で受診したのみで、別室の意を受けたヴィンティス課長の命により捜査を外れた二人は傷病休暇扱いとなった。
そして病院から帰るとそのままシドの部屋でハイファも一緒に過ごし、あれこれと世話を焼きながらヒマ潰しに話し相手を務めているのである。
「昨日ってか、たった十時間前に左上腕二頭筋一部断裂と左肋骨一本にヒビの怪我。どうして半日も大人しくしてられないかなあ、もう!」
結局かなりの大怪我だったのだ。それならいっそ腕がちぎれでもすれば再生槽に放り込んでおけたのにと、ハイファは起き出しソファで煙草を吸うシドを睨んだ。
「利き腕と足は動く。仕事に支障はねぇぞ?」
「そういう問題じゃないでしょ、普通は痛いでしょ? 痛覚ブロックテープも勝手に剥がして、貴方は痛いのが好きな訳? マゾですか、全く」
「あれ、何か嫌なんだよ。上半身に巻くと唇の端とかピリピリ痺れてさ。食いもんの感触も味もしねぇんだもんよ。煙草は落としそうになるし」
言い訳でしかないシドの科白にハイファは一瞬黙り込む。
痛覚ブロックテープは痛みを取り去るのではなく手軽な麻酔様処置剤だ。脳に痛みを伝える神経を誤魔化すだけで治療薬ではない。便利だが治りが遅くなる。
猶予は二、三日。いや、もう無為に一晩と半日が過ぎようとしていて、シドは内心臍を噛む思いをしていた。それはハイファも重々承知している。
「だからって、これはないでしょう!」
厚生局の印のないクスリのシートを持ちハイファはキリキリ目を吊り上げていた。
「貴方の職業倫理を疑うよ!」
だが本人は何処吹く風で、キッチンのテーブル席に移ると極めて朗らかに言う。
「おっ、旨そうだな、このピラフ。……ん、旨い。お前ホントに才能あるな、うん」
「ピラフじゃなくてチャーハンです」
「どう違うんだ?」
「ピラフはお米と具を一緒に炊き込んで、チャーハンは炒める……って、シドっ!」
本当に押し倒してやろうかとハイファは真剣に思った。
いつもは想い人の世話を焼くのが愉しいのだがこの状況は頂けない。世話を焼くというより完全に監視である。自分が目を離せば出勤しかねないこの男を見張るため、昨夜はここのソファで眠ったのだ。当然ながら安眠とはいかなかった。
こちらの心配をよそに自室から持ってきた、あり合わせの食材を駆使して作ったチャーハンをスプーンで掻き込むシドを、眠気覚ましの濃いコーヒーを飲みながら睨みつける。
……それとも一服盛ってやろうか。
「おかわり、あるか?」
「……少しなら」
あっという間に空になった皿を差し出しながら「痛てて」とシドは洩らした。ハイファはムッとして黙殺だ。フライパンの残りを皿に盛りシドの前に置いてやる。
だが怒りは心配と正比例、やはり黙ったままではいられない。
「同情の余地なしだからね。普通の鎮痛剤が効かないほど痛いなら入院したら?」
「違うって、これは昨日のダンスの筋肉痛だって。でもヤマサキと救急の奴らに服、見られたのは一生の汚点だぜ。何で俺だけ腹抱えて笑われなきゃならねぇんだ?」
「日頃の行いじゃない?」
冷たく突き放されてシドはチャーハンに逃避しながら、昨夜のことを思い出して不機嫌になる。
対衝撃ジャケットを着込んでいた現場はともかく、被害状況確認のためについてきたヤマサキはハイファには何も言わなかったクセに簡易スキャンする際にジャケットを脱いだシドを見て馴染みの医師らと共に涙を爆笑していた。
失敬な。
暫し互いに黙っていたが不機嫌度はハイファの方が上、シドは相棒をそっと窺う。
「お前は食ったのか?」
「誰かさんが起きて悪さをしているとは思わなかったから、お先に頂きました」
「んなに怒るなよ」
「別室に行きたいんだけど、これじゃあ行けそうにもないからね」
「ん、ああ、それで制服か」
濃いベージュのワイシャツに焦げ茶色のタイ、濃緑色の上下。上着は長め、同生地のベルトでウェストを軽く絞るタイプで細い躰がより強調されるデザインだ。
「中央情報局員のみ、そのネクタイだっけか?」
「そう。陸軍全体はこの」
と、制服の襟をつまんで見せる。
「コレと同じ濃い緑色。あと各星系方面隊や宙軍、惑星内配置の海軍や空軍によって色もデザインも違ったりするよ」
「へえ、覚えるのも大変だな」
「普通の兵士は殆ど現地採用で現地勤務だし、他星系任務や出向なんて殆どないからそんなのいちいち覚える必要もないんだけど。何、入隊する気にでもなった?」
「いや、俺は七分署管内だけで結構だ」
「行って欲しくないんでしょう、素直に言ったら?」
「やたらヒマでな」
「じゃあワーカホリックの刑事さんに宿題を置いていこうかな。ちょっと待ってて」
上衣の裾を翻して消えたハイファは一旦自室に戻り、足早に帰ってきた。手にしていたのは紙媒体のファイルとMB、いわゆるメディアブロックの小さなケースだ。
「そんなに寝てられるか、目が腐る」
「生きてそこに嵌ってりゃ腐りません」
「躰に芽が出る、根が生える!」
「五月蠅いっ! 小学校低学年男子ですか、あーたは!」
昨夜は実況見分の立ち会いと被害状況確認のためにシドが病院で受診したのみで、別室の意を受けたヴィンティス課長の命により捜査を外れた二人は傷病休暇扱いとなった。
そして病院から帰るとそのままシドの部屋でハイファも一緒に過ごし、あれこれと世話を焼きながらヒマ潰しに話し相手を務めているのである。
「昨日ってか、たった十時間前に左上腕二頭筋一部断裂と左肋骨一本にヒビの怪我。どうして半日も大人しくしてられないかなあ、もう!」
結局かなりの大怪我だったのだ。それならいっそ腕がちぎれでもすれば再生槽に放り込んでおけたのにと、ハイファは起き出しソファで煙草を吸うシドを睨んだ。
「利き腕と足は動く。仕事に支障はねぇぞ?」
「そういう問題じゃないでしょ、普通は痛いでしょ? 痛覚ブロックテープも勝手に剥がして、貴方は痛いのが好きな訳? マゾですか、全く」
「あれ、何か嫌なんだよ。上半身に巻くと唇の端とかピリピリ痺れてさ。食いもんの感触も味もしねぇんだもんよ。煙草は落としそうになるし」
言い訳でしかないシドの科白にハイファは一瞬黙り込む。
痛覚ブロックテープは痛みを取り去るのではなく手軽な麻酔様処置剤だ。脳に痛みを伝える神経を誤魔化すだけで治療薬ではない。便利だが治りが遅くなる。
猶予は二、三日。いや、もう無為に一晩と半日が過ぎようとしていて、シドは内心臍を噛む思いをしていた。それはハイファも重々承知している。
「だからって、これはないでしょう!」
厚生局の印のないクスリのシートを持ちハイファはキリキリ目を吊り上げていた。
「貴方の職業倫理を疑うよ!」
だが本人は何処吹く風で、キッチンのテーブル席に移ると極めて朗らかに言う。
「おっ、旨そうだな、このピラフ。……ん、旨い。お前ホントに才能あるな、うん」
「ピラフじゃなくてチャーハンです」
「どう違うんだ?」
「ピラフはお米と具を一緒に炊き込んで、チャーハンは炒める……って、シドっ!」
本当に押し倒してやろうかとハイファは真剣に思った。
いつもは想い人の世話を焼くのが愉しいのだがこの状況は頂けない。世話を焼くというより完全に監視である。自分が目を離せば出勤しかねないこの男を見張るため、昨夜はここのソファで眠ったのだ。当然ながら安眠とはいかなかった。
こちらの心配をよそに自室から持ってきた、あり合わせの食材を駆使して作ったチャーハンをスプーンで掻き込むシドを、眠気覚ましの濃いコーヒーを飲みながら睨みつける。
……それとも一服盛ってやろうか。
「おかわり、あるか?」
「……少しなら」
あっという間に空になった皿を差し出しながら「痛てて」とシドは洩らした。ハイファはムッとして黙殺だ。フライパンの残りを皿に盛りシドの前に置いてやる。
だが怒りは心配と正比例、やはり黙ったままではいられない。
「同情の余地なしだからね。普通の鎮痛剤が効かないほど痛いなら入院したら?」
「違うって、これは昨日のダンスの筋肉痛だって。でもヤマサキと救急の奴らに服、見られたのは一生の汚点だぜ。何で俺だけ腹抱えて笑われなきゃならねぇんだ?」
「日頃の行いじゃない?」
冷たく突き放されてシドはチャーハンに逃避しながら、昨夜のことを思い出して不機嫌になる。
対衝撃ジャケットを着込んでいた現場はともかく、被害状況確認のためについてきたヤマサキはハイファには何も言わなかったクセに簡易スキャンする際にジャケットを脱いだシドを見て馴染みの医師らと共に涙を爆笑していた。
失敬な。
暫し互いに黙っていたが不機嫌度はハイファの方が上、シドは相棒をそっと窺う。
「お前は食ったのか?」
「誰かさんが起きて悪さをしているとは思わなかったから、お先に頂きました」
「んなに怒るなよ」
「別室に行きたいんだけど、これじゃあ行けそうにもないからね」
「ん、ああ、それで制服か」
濃いベージュのワイシャツに焦げ茶色のタイ、濃緑色の上下。上着は長め、同生地のベルトでウェストを軽く絞るタイプで細い躰がより強調されるデザインだ。
「中央情報局員のみ、そのネクタイだっけか?」
「そう。陸軍全体はこの」
と、制服の襟をつまんで見せる。
「コレと同じ濃い緑色。あと各星系方面隊や宙軍、惑星内配置の海軍や空軍によって色もデザインも違ったりするよ」
「へえ、覚えるのも大変だな」
「普通の兵士は殆ど現地採用で現地勤務だし、他星系任務や出向なんて殆どないからそんなのいちいち覚える必要もないんだけど。何、入隊する気にでもなった?」
「いや、俺は七分署管内だけで結構だ」
「行って欲しくないんでしょう、素直に言ったら?」
「やたらヒマでな」
「じゃあワーカホリックの刑事さんに宿題を置いていこうかな。ちょっと待ってて」
上衣の裾を翻して消えたハイファは一旦自室に戻り、足早に帰ってきた。手にしていたのは紙媒体のファイルとMB、いわゆるメディアブロックの小さなケースだ。
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