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第12話
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揺れる金のしっぽを眺めながらシドは一般人が知り得ない別室について続けた。
「でもさ、お前んとこならとっくに病院の特別室くらい覗き済みだろ、喩え患者が偽名で入ってても。リストをこっちに寄越さないのはどうしてだ、ケチか?」
「率直な疑問は室長に伝えておくよ。でもこの際リストは無視してもう一度病院は回る。だって僕が来たのはシドのストライクを期待してのことだからね、これ重要」
「ストライクなあ。まあいい、俺は俺で普段の仕事と変わんねぇし付き合うさ」
途端に嬉しげな顔をするハイファにシドは投げられたボールを取ってきた犬を想像し、本当にこいつにスパイが務まっているのだろうかと何十回目かの疑問を持つ。
「けど気を付けてよね。敵は星系政府議会議員どころか、この広大なテラ系星系全てを統括するテラ連邦議会議員、その議席はたったの七百なんだから」
「名士中の名士、下手に食いつくとこっちが痛い目を見るってか」
「そういうこと」
喋りながらも迷いなく銃を組み立てるハイファの手元をシドは注視する。
組み上げた銃に弾薬を詰め込んだ弾倉を叩き込み、スライドを引いて薬室に初弾を送り込むとマガジンキャッチを押して掌にマガジンを落とした。マガジンの減った一発を再装填、満タンにしてから再びマガジンを叩き込んで安全装置を掛ける。
幾らセイフティを掛けているとはいえチャンバに一発を送り込み、すぐさま撃てる状態で保持する辺りはこいつも笑って話せる以外の修羅場をかいくぐってきたようである。
単なるマニアなヲタと違い、やはりこいつも実戦を積んだ軍人なのだ。
そのヲタが満足げなのを確認して、シドは凭れたロッカーから身を起こした。
「ところで何でその銃なんだ? 『おっきくて格好いい!』とかねぇのかよ?」
コンパクトでハイファの言う通り、ショルダーホルスタで脇に吊ってもスーツのラインは崩れない上、ジャケットのボタンを留めれば武器を持ち歩いているようには見えない。だがそれこそガンヲタはもっとデカい派手なブツを選ぶと思っていたのだ。
おまけに遥かAD世紀の太古から使われている機構の火薬式である。見た目を裏切る重さがあり、装弾数も九発とチャンバに一発の計十発と少なく威力も弱い。
当たりにくい、というのはハイファには要らぬ心配だろうが。
しかし今回ハイファは星系政府法務局が認めた『刑事』であり、『シドのバディ』なのだ。シドのレールガン以上のブツでも持ち出さない限りは、武器の所持を咎められることはない。
さっき捜査戦術コンに流した申請はシド自身認めるのも癪だが危機管理と確率論的観点から簡単に通る筈、そうでなくとも別室絡みで手抜かりなどある筈がない。
そう不思議に思ったシドだったが、スパイ軍人は暢気にのたまった。
「だってせっかく警察官になったんだもん、これ持たなきゃウソでしょ。惑星警察の制式拳銃シリルM220。一度は持ってみたかったんだよね、有質量弾を撃てるのも滅多にないんだし。名前も付けちゃおっかな~。ねえ、知ってる? 武器も名前を付けるくらい可愛がると命中率もアップするんだよ、本当に。統計的立証もされてる」
全く、シドには解らないガンヲタぶりだった。
「……もういい。行くぞ」
「アイ・サー、じゃなくて、『はい、先輩♪』」
「そんなに嬉しいか?」
「当たり前じゃない。室長に言われた時は耳を疑ったもん」
「お互い上司には恵まれてねぇんだな」
「それはノーコメント、ってゆうかシドとのお仕事なんてご褒美貰っちゃったしね」
仕事が褒美とは、とうに絶滅したブラック企業のようだとシドは思う。
「これまでの酷い仕打ちを忘れるくらいでなきゃ、スパイは務まらねぇんだろうな」
「過去の不幸より今の幸せ。これから数日間シドは完全に僕のもの。愛する人と一緒に公然と外を並んで歩いて、手を繋いで、ちょっと抱き締めたりキスしたり……」
「それ、デカ部屋で口走ったら殺すぞ」
腰の巨大レールガンを撫でるシドの冷たい低音にハイファは無言で頷いた。
「でもさ、お前んとこならとっくに病院の特別室くらい覗き済みだろ、喩え患者が偽名で入ってても。リストをこっちに寄越さないのはどうしてだ、ケチか?」
「率直な疑問は室長に伝えておくよ。でもこの際リストは無視してもう一度病院は回る。だって僕が来たのはシドのストライクを期待してのことだからね、これ重要」
「ストライクなあ。まあいい、俺は俺で普段の仕事と変わんねぇし付き合うさ」
途端に嬉しげな顔をするハイファにシドは投げられたボールを取ってきた犬を想像し、本当にこいつにスパイが務まっているのだろうかと何十回目かの疑問を持つ。
「けど気を付けてよね。敵は星系政府議会議員どころか、この広大なテラ系星系全てを統括するテラ連邦議会議員、その議席はたったの七百なんだから」
「名士中の名士、下手に食いつくとこっちが痛い目を見るってか」
「そういうこと」
喋りながらも迷いなく銃を組み立てるハイファの手元をシドは注視する。
組み上げた銃に弾薬を詰め込んだ弾倉を叩き込み、スライドを引いて薬室に初弾を送り込むとマガジンキャッチを押して掌にマガジンを落とした。マガジンの減った一発を再装填、満タンにしてから再びマガジンを叩き込んで安全装置を掛ける。
幾らセイフティを掛けているとはいえチャンバに一発を送り込み、すぐさま撃てる状態で保持する辺りはこいつも笑って話せる以外の修羅場をかいくぐってきたようである。
単なるマニアなヲタと違い、やはりこいつも実戦を積んだ軍人なのだ。
そのヲタが満足げなのを確認して、シドは凭れたロッカーから身を起こした。
「ところで何でその銃なんだ? 『おっきくて格好いい!』とかねぇのかよ?」
コンパクトでハイファの言う通り、ショルダーホルスタで脇に吊ってもスーツのラインは崩れない上、ジャケットのボタンを留めれば武器を持ち歩いているようには見えない。だがそれこそガンヲタはもっとデカい派手なブツを選ぶと思っていたのだ。
おまけに遥かAD世紀の太古から使われている機構の火薬式である。見た目を裏切る重さがあり、装弾数も九発とチャンバに一発の計十発と少なく威力も弱い。
当たりにくい、というのはハイファには要らぬ心配だろうが。
しかし今回ハイファは星系政府法務局が認めた『刑事』であり、『シドのバディ』なのだ。シドのレールガン以上のブツでも持ち出さない限りは、武器の所持を咎められることはない。
さっき捜査戦術コンに流した申請はシド自身認めるのも癪だが危機管理と確率論的観点から簡単に通る筈、そうでなくとも別室絡みで手抜かりなどある筈がない。
そう不思議に思ったシドだったが、スパイ軍人は暢気にのたまった。
「だってせっかく警察官になったんだもん、これ持たなきゃウソでしょ。惑星警察の制式拳銃シリルM220。一度は持ってみたかったんだよね、有質量弾を撃てるのも滅多にないんだし。名前も付けちゃおっかな~。ねえ、知ってる? 武器も名前を付けるくらい可愛がると命中率もアップするんだよ、本当に。統計的立証もされてる」
全く、シドには解らないガンヲタぶりだった。
「……もういい。行くぞ」
「アイ・サー、じゃなくて、『はい、先輩♪』」
「そんなに嬉しいか?」
「当たり前じゃない。室長に言われた時は耳を疑ったもん」
「お互い上司には恵まれてねぇんだな」
「それはノーコメント、ってゆうかシドとのお仕事なんてご褒美貰っちゃったしね」
仕事が褒美とは、とうに絶滅したブラック企業のようだとシドは思う。
「これまでの酷い仕打ちを忘れるくらいでなきゃ、スパイは務まらねぇんだろうな」
「過去の不幸より今の幸せ。これから数日間シドは完全に僕のもの。愛する人と一緒に公然と外を並んで歩いて、手を繋いで、ちょっと抱き締めたりキスしたり……」
「それ、デカ部屋で口走ったら殺すぞ」
腰の巨大レールガンを撫でるシドの冷たい低音にハイファは無言で頷いた。
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