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第三章 謎と試練

77 ヘンドリック・ゲーデ

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 何故逃げなかったのか。
 ほんと、なんでなんだろうな。
 甘い言葉が欲しかった? 少しでも頑張ってると思われ許しを得たかった?
 違う。
 そんな打算的なことを考えるだけの余裕も頭も俺にはない。

 やはり責任感なのか。逃げてはいけないという融通の効かない責任感なのか……。

 ***

 また点を決められた。
 凡ミスだ。ヒルの言う通り、俺じゃなくても普通に止められたボールだろう。

 俺を責め立てるヒル。龍也とファクタは擁護してくれているが、他のメンバーは黙りだ。

 わかってる。責められて当然なんだ。
 それでも、もしかしたら……なんて、本当は甘えていたのかもしれないな。

 しかし、そんな甘えももう終わり。
 一番俺を尊敬し、信頼してくれていた最高の後輩、ザシャにも見放されたんだ。

 覚悟も決められず、流され続けた結果がこのザマだ。
 もう完全に後がない。
 俺は……なんのために……。

 「違う!」

 重く苦しい空気の中、声を発したのは……龍也。

 「確かに俺は甘かったのしれない。やり方を間違えたのかもしれない。
 それでも俺はヘンディを信じたい!
 ヘンディが今ここに立っている理由が消極的なものなんかじゃない! この試合に勝って、地球を救うためだって……そして何よりサッカーを楽しみたいからだって、そう俺は信じたい!
 ヘンディ! お前のプレーを……見せてくれ!」

 ザシャにも見限られ、応えたい期待も無くなった。
 何をするべきかもわからなくなった。
 俺を形成していたものは全て無くなった。

 じゃあ空っぽなのか?

 違う。

 ごちゃごちゃしたものが無くなって初めて気づけた。
 そうだ、俺にもあったんだ。心の中に、小さく、だけど確かに存在するその想い。

 この試合に勝って、地球を救いたいという気持ちが。そして、昔のようにサッカーを心から楽しみたいという気持ちが。
 それこそが、俺をこのコートに踏み止どまらせる想い……!

 期待、尊敬、信頼。全てを失ったのかもしれない。
 しかし、それらは取り戻すことのできないものじゃない。

 ここから始めよう。
 いい機会だ。
 子どもの頃から俺を縛り続けていたものが無くなった今、俺は俺の選択次第でどんなものにでもなることができる。

 新しい俺になるために。
 ますば、唯一残ったこの気持ち……試合に勝って地球を救いたい、サッカーを楽しみたいという気持ちに向き合うんだ……!

 「……ありがとう」

 俺はそう呟く。
 今まで酷いプレーをしてきたんだ、何を言っても誰にも通じないだろう。

 「さあみんな! 顔を上げていこう!
 試合はまだ終わっていない!」

 龍也がみんなを奮い立たせる。龍也だけは俺の言葉でわかってくれたはずだ。
 他のみんなには……俺のプレーで伝えてみせる……!

 ***

 後半34分、俺たちのボールで試合が再開される。
 ボールを持った凛はすぐに相手に囲まれる。
 凛の技術は本当に高いと思う。
 しかし、ハーフラインから相手に囲まれながら1人でゴールまでドリブルするのは流石に無茶だ。
 だからといって、他に有力な作戦もない。

 となると、状況を変える必要がある。
 今みたいに敵陣に相手が揃っている状況ではなく、少しでも相手が少ない状況……つまりカウンターを狙う必要がある。
 ディフェンスが止めるのもいいが、一番確実なのは、相手になめられているキーパーがシュートを止めること。

 大丈夫だ。俺なら止められる。
 俺がシュートを止めて、地球を救うんだ……!

 奮闘もむなしくボールを奪われてしまったオフェンス組。
 フロージアの猛攻が始まる。

 俺はディフェンスに指示を出すが、思うように動かない。
 試合も終盤で疲弊しきっているのか、それとも俺の信頼が無いのか、どちらなのかはわからない。

 最後の砦のラーラも抜かれ、俺はフリアと1VS1。
 滑る足場に足を取られる分踏み込みが浅くなる。故に動きが1テンポ遅くなる。
 だから、シュートを止めるには普段より1テンポ早く飛び出さないといけない。

 相手をよく見ろ。
 足の向き。体の角度。重心の動き。目線。そして、俺の立ち位置。
 全てを考慮すれば、自ずとシュートコースは見えてくるはずだ。

 自分を信じろ。初めてサッカーをやった日から今日まで、キーパーとして毎日努力し続けてきたじゃないか。
 大丈夫だ。俺ならやれる。
 俺なら……

 「!?」

 なんだ……?
 シュートコースが見える。
 予測なんかじゃない。はっきりと、確信を持って、この場所にボールが飛んでくるとわかる。
 右下の隅。フリアが狙ってくるのは、ここだ。

 フリアがボールを蹴る直前、俺はその場所を目指し動き出す。

 「え!?」

 驚くフリア。当然だろう、自分が蹴ろうとしている場所に先に動き出されたんだ。
 動きを読まれたことに気づいてももう遅い。そう簡単に一度決めた動きは変えられない。

 ボールが放たれる。
 スピードも乗った、早くて重いシュート。ボールはゴールの右下の隅、取りずらいいいコースに一直線だ。
 しかし、完全に読み切った俺には通じない。飛び込み、飛んできたボールを両手でしっかりと受け止める。

 「……取ったぞおおおおおおおおおお」

 俺は叫ぶ! 取った! 俺はシュートを止めたんだ……!

 「そんな!? シュートを止められないポンコツキーパーのはずでは!?」

 フリアの言葉、そんなのどうだっていい。
 今の俺に大事なのは……

 「よっしゃあああ! ナイスだ! ヘンディ!」

 龍也の言葉。そして、喜ぶチームメイトの顔。
 そうだ、俺はこの顔が好きだったんだ。
 俺は、この顔が見たくてキーパーを続けていたんだ。

 ああ、サッカーって……なんて楽しいんだろう。

 俺はボールを大きく蹴り、こう叫ぶ。

 「みんな、カウンターだ! 全力で攻めろ!
 守りは全て、俺に任せろ!」
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