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7巻
7-2
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「う~ん……儂のバスタードソードが使いものにならないほど歪んだ……か。一体なにがあったのだ?」
「はい。全ては俺の力不足によるものなのですが……」
俺は、翼竜街を襲った魔獣の大発生を発端とする騒動の一部始終を話した。
「……そんなことが起きておったのか。なんにしても、騒動が落ち着いたようでなによりだ。ルークス殿も、儂が鍛えた剣を手に奮闘したとは、鼻が高いわい。武具を鍛える鍛冶師は、常に己が鍛えた武具がどのようなことに使われたのかが気にかかるものだ。多くの命を無暗に奪うためだけに使われてしまうことさえある中で、人々の命を救うのに儂の武具が揮われたと聞けるのは嬉しいもの。たとえ、そのせいで武具が砕かれ、役目を終えることになったとしても、儂は鍛冶師冥利に尽きると思っておる」
ダンカン殿は、テーブルの上に置かれた剣に目を落とし、満足そうに微笑んだ。だがすぐに、俺がまだ伝えていないことがあることに気がついたのか、眼差しを鋭くした。
「ルークス、今の話では、翼竜街に辿り着いた時点で、儂が鍛えた剣は使いものにならなかったはずじゃな。じゃがお主は、今翼竜街から離れた、ここ響鎚の郷に来ておる。しかも、見たところお主が携えておる武具は、腰に差しておる短剣の他は、今テーブルに置かれておるこの剣だけ……。しかしおかしなことに、この剣の柄や鞘は、儂がアルヴィラ殿に贈ったものと同じに見える。これは一体どういうことなのだ? 歪んで使えなくなったものを翼竜街で鍛え直したのか? 確かに、あの街にはスミス・シュミートという名鍛冶師が鍛冶場を開き、鍛造武具の注文を一手に引き受けていると聞いた。だが、彼は鍛冶場を閉めようかと考えており、響鎚の郷には翼竜街ギルドから武具鍛冶師の派遣の打診がきておったはず……」
ダンカン殿の鋭い眼光に気圧されたが、なんとか心を奮い立たせると、向けられた視線を真正面から受け止める。そんな俺の態度に何かを感じたのか、ダンカン殿は眼光を緩めた。
「ほ~、儂の眼光を受け止めるか。なかなかの胆力だ、お主の父、アルヴィラが郷守若頭についたときには、まだそれほどの胆力は備えてはおらなんだぞ。いい経験を積んでおるようだな、結構、結構~♪ それでは話してもらおうか、騒動が収まった後に何があったのか。そして、この目の前に置かれた剣の正体を!」
そう言い終えたダンカン殿は、猛獣が獲物を見つけたときのような凄味のある笑みを浮かべた。
「……ダンカン殿に了承を得ず申し訳なかったのですが、俺は翼竜街で一人の鍛冶師に出会ったのです」
「一人の鍛冶師のぉ……名を言わぬところを見ると、スミス・シュミート殿ではないのだな?」
「はい。スミス翁ではありません。出会った場所は、スミス翁の鍛冶場なのですが、その者は俺と同じくらいの若者で、名を津田驍廣殿と申される亜人の鍛冶師です」
「ほ~、亜人の鍛冶師……それはまた珍しい。だが、鍛冶師は我らドワーフ氏族やスミス殿のような単眼巨人族だけでなく、羅漢獣王国にも多くの優れた者がおる。まあ、亜人の鍛冶師と聞いても、この辺では珍しいと思いはするが、別段驚くほどのことではないな。それで?」
さすがはダンカン殿だ。こうもあっさり『亜人の鍛冶師』の存在を受け入れるとは。現在天樹国内では『妖精至上主義』が猛威を振るっている。それに、そもそもドワーフ氏族の多くは自分たちの技術しか認めたがらない。にもかかわらずこの場で示された度量の広さに、俺は素直に感心してしまった。
「はい。その驍廣殿が、歪んでしまった俺の剣を見て、ダンカン殿の腕が素晴らしいと褒めた上で『ルークスとしては精霊力に溢れ、精霊術を使う場合に手助けとなり、なおかつ武具としての剛性強度が確保されたバスタードソードが希望だと考えていいんだな?』と言ったのです。俺が、そんな都合のいい武具は簡単にはできないだろう、とりあえず豊樹の郷までの道中で使用できればいいと口を滑らせたら――『剣の強度を念頭に置いて、精霊術にも多少の助力が可能な武具なら、既に鍛えたことがある。製作日数に懸念があるなら、ルークスの剣を打ち直させてもらえれば、製作日数を短くできるが?』と……」
「それで、その津田驍廣という鍛冶師に打ち直しを許したというわけだな。お主も大胆なことをするのぉ」
「はあ、鍛冶場の主であるスミス翁に大丈夫と保証していただきましたし、打ち直す場に立ち合うことも許されましたので……」
「なんと!? 鍛冶師が仕事をしている場に立ち合いを許したのか!! それはまた豪儀な。儂でさえ、仕事場での立ち合いは遠慮願うというに……それで、どうだったのじゃ?」
「はい……俺の話を聞く前に、まずは剣を見てもらった方がいいと思います」
ダンカン殿は鼻から息を荒々しく吐き出し、
「話を聞く前に現物を見ろとは……面白い♪」
と、大きな声を上げて立ち上がった。長年の鍛冶仕事によって節くれだった手を伸ばし、テーブルに置かれたバスタードソードを持ち、ゆっくりと鞘から抜く。目の前に露わになる刀身を見て、戸惑いと驚きが入り交じった表情に変わり……
「こ、これは一体なんなのだ!? 答えよ、ルークス!!」
ダンカン殿の銅鑼声に促され、俺が口を開こうとしたら――
「やかましいぞ! 我が主君の話を聞きたいなら大声で喚くな!!」
先に武具に宿るウルヴァリンが姿を現し、ダンカン殿を一喝してしまった。突然現れたウルヴァリンに驚いたダンカン殿はその場に尻もちをつき、助けを求めるように俺を見た。
「ウルヴァリン! ダンカン殿に失礼だろう!! すみません、ダンカン殿、どうぞこちらに……」
俺は慌ててダンカン殿のそばに駆け寄り、彼を改めて椅子に座らせた。まだ彼はバスタードソードを強く握りしめたままだったので、指を一本一本優しく離して、剣をテーブルの上に置いた。
「これは、歪んでしまったバスタードソードに、驍廣殿が新たにアダマンタイトを使い、オプシディアン粉を加えて打ち直したもの。その結果なのか、これまで備わっていたエアリエルの精霊力に加え、スキアの精霊力をも内包するようになった上、精獣まで宿ってしまうというオマケまでついて……」
「や、やはりこやつは精獣なのだな!? しかも、武具の所有者だけでなく、他の者にも姿を見せ、言葉まで解する精獣……うん? 今『スキア』の精霊力まで武具に付与したと言ったか! なんと! ……同時に複数属性の精霊力を武具に与えるとは。それにもまして驚くべきは、もともとミスリルで鍛えた武具を鍛え直すのに、同じミスリルではなくアダマンタイトを用いたことか……」
ダンカン殿は腕組みをしながら、厳しい表情でジッとバスタードソードを見つめて考え込んでしまった。俺はその様子に腑に落ちないものを感じて、口を開いた。
「……ダンカン殿。複数の金属鋼を用いて武具を鍛える鍛冶師の話を、奥方のエレナ殿から聞いておられませんか? 魔獣騒動の前に、翼竜街にて翼竜街公子耀緋麗華様の武具を選ぶ『武具比べ』が行われ、立会人として呼ばれた『武具鑑定士取締』のエレナ殿が、驍廣殿の武具を鑑定したと聞きましたが……」
ダンカン殿は急に、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……エレナは既に確認済みか。それならば間違いはなかろう。しかし、儂に内密にするとは、小賢しい真似をしおって!」
そう吐き捨てるように呟いてから、表情を緩めた。
「すまぬ。エレナは翼竜街での鑑定を終えたあと、そのまま甲竜街に呼ばれたようでな。儂も先程まで輝樹の郷に呼ばれておったので、その話は聞いておらなかったのだ。だが、鍛冶師の夢をついに叶える者が現れたか……」
ダンカン殿が『感無量だ!』とでも言いたげに大きく息を吐き出した。
「『鍛冶師の夢』ですか?」
「うむ。ルークスも知っての通り、武具や防具に使われる金属鋼には、それぞれ特徴がある。ミスリルは精霊力を付与することができ、アダマンタイトを用いれば頑強な武具ができる、といった具合にな」
「はい。そのことはよく知っております。ですから、使い手や使用目的によって金属鋼を使い分けていて、そういった選定眼も鍛冶師としての『腕』だと、父から聞いたことがあります」
「そうだな。だが、儂ら鍛冶師はこうも思っておったのだ。必要とする要素を持つ金属鋼を組み合わせて使えば、より優れたものが鍛えられるのでは、とな。これまで多くの鍛冶師が、そのような武具や防具を作ることを夢見て、幾度となく挑んできたが、ついぞ成し遂げられる者は現れなんだのだ」
「それが『鍛冶師の夢』ですか。そして、ついにその『夢』を現実にした者こそ、驍廣殿だと?」
「まさに! 数多いる種族の中で、最も鍛冶に精通していると自負してきたドワーフ氏族としては、口惜しいという気持ちが湧いてもこよう。だが、今『鍛冶師の夢』を実現した武具を目の前にし、内包する『力』を感じると、そんな矮小な思いなど霧散するわ♪」
豪快に笑うダンカン殿。それを見てようやく俺も安堵したのだが、次に発せられた言葉に、表情を引きつらせることとなった。
「ときにルークス殿。この剣が持つ精霊力は、こうして見ているだけでも十分感じられるのだが、アダマンタイトと組み合わせたのならば、強度の方もかなりのものなのであろう? すまぬが、一つ試させてもらうわけにはゆかぬかのぉ?」
キラキラと子供のような眼差しで懇願するダンカン殿に、俺は否とは言えなかった。
するとダンカン殿は、ニコニコと満面の笑みで、バスタードソードを手に取った。
「うむむむ!? 冷静になってよく見ると、この拵えは以前のものに似せてあるだけで、儂が郷の者に整えさせたものではないのぉ。これは、翼竜街の拵え師曽呂利傑利殿の手によるものだな。なるほど、長年スミス殿の武具を一手に手がけ、二人で翼竜街を支えてきたと聞き及んでおったが、この拵えを見ると頷けるのぉ。素晴らしい仕事をしておる♪ さて、ちょっと待っておれ」
そう言うとダンカン殿は一旦家の奥に入っていき、すぐに別のロングソードと使い古された一振りの金鎚を持って戻ってきた。そのまま俺を促して家の外に出て裏に回り込むと、そこは小さな広場だった。この広場は、ダンカン殿の自宅兼鍛冶場が目隠しとなり、外からは見えなくなっている。
「ここは、鍛えた武具を実際に試す場所だ。儂が己の修業として試行錯誤をするためのな。周りからは見えない場所だから、安心するがよい」
ダンカン殿はバスタードソードを鞘から抜き、柄頭を、親指と人差し指でつまむようにして持ち上げ、懐から五寸(十五センチ)ほどの小さな金鎚を取り出すと、剣腹を軽く叩いた。
『キーーン』と澄んだ金属音が広場に響き渡り、耳を澄ましていたダンカン殿が満足げに何度か頷く。
「うむ……鍛錬を相当繰り返したと見える。これほど澄んだ音を奏でる武具には久しぶりに出おうたのぉ……これならば大丈夫だろう」
ダンカン殿は、広場に置かれていた二つの平らな石の上に、バスタードソードを水平になるように置いた。そして、年季の入った金鎚を握り、バスタードソードへと振りおろした。
「な、なに、やめ――」
――ガッキーギャラン、ギャラン、ギャラン……
驚いた俺はとっさに叫ぶが、その声は金鎚とバスタードソードの衝突音にかき消された。
「な、なんてこと……へ?」
曲がってしまうと思ったバスタードソードは、石の上を何度か跳ねて大きな音を立てたものの、曲がるどころか、金鎚の打撃痕さえついていなかった。
驚き固まっている俺を放置し、ダンカン殿はバスタードソードを拾い上げ、縦に横にと持ちかえながら、ときに陽にかざすなど、舐めるように見回す。
「たいしたものじゃ、アダマンタイトを使い鍛えた剣に、勝るとも劣らぬ強度を誇るようじゃな。では次は――」
まだ何かしようとするので、俺はダンカン殿の手からもぎ取るようにバスタードソードを奪い返し、抗議の意をこめて睨みつけた。すると、ダンカン殿は一瞬呆気に取られた顔をしたが、すぐに苦笑を浮かべる。
「ルークス、そのように心配せずとも、壊すつもりなどありはせんぞ。大丈夫だと確信があったからしたまでのことだ」
そう言われても、俺はとても信用できず睨んだままでいた。そのせいか、ダンカン殿は、困った顔をして、頭をガシガシと掻きむしったあと、溜息をついた。
「……そうか。ではこうしよう。ルークスに手を貸してもらう。それならばいいじゃろう? 次は――」
俺が何にも答えないうちに、勝手に話を進め、もともと広場に立てられていた金属の棒に、ロングソードを縛りつけ、
「これでよし! ルークス、ここに縛りつけた剣に、そのバスタードソードで打ちかかってみよ!」
と、言い放った。俺は、この爺さんは何を言い出すんだ? とまた睨みつけたが、ダンカン殿は逆に俺の反応を面白がるようにニヤリと笑う。
「なんじゃ? 何を躊躇しておる。そうか! ルークス、お主、自信がないのか? そうだろうなあ。亜人の鍛えた武具で儂の鍛えた剣に打ちかかれと言われても、せっかく手に入れた武具が再び使えなくなってしまうかもしれんからのぉ。これは悪いことを言った、許せ許せ♪」
いくら響鎚の郷の『鍛冶総取締役』であろうと、この武具を鍛えてくれた驍廣殿を小ばかにするような発言は許せない! 一気に頭に血がのぼった俺は、
「や、やってやる! その代わり、自慢の剣が打ち砕かれても文句を言うなっ!!」
と、怒声を上げて、鉄の棒に縛りつけてあるロングソードとの間合いを詰め、ウルヴァリンを袈裟がけに斬ろうと振り下ろす。
ロングソードに当たった瞬間、わずかな抵抗を感じたものの、そこで止められることなく『キィィ』という音を響かせて、振り抜く。
手に断ち切った感触を感じつつ残心。ロングソードに視線を留めていると、振り抜いた軌跡に沿って刀身がスーッと斜めに滑り出した。
そのまま流れるように滑り落ち、断ち切られた刀身は鉄の棒の隣に並び立つように突き立った。
残心を解き、してやったりとばかりに鼻息も荒くダンカン殿へ視線を向ける。俺はてっきり、ダンカン殿は自身が鍛えた剣が断ち切られたことに驚愕し、表情を凍りつかせていると思っていた。だが彼は、今日一番の笑顔でロングソードのもとに小走りで駆け寄ると、子供のようにキラキラと瞳を輝かせ、切断面を指で撫でるなど観察していた。
「う~む、打ち砕かれるであろうと予想しておったが、まさかここまで綺麗な断面を見ることができるとはのぉ。本来、叩き切るように扱うバスタードソードで断ち斬ってみせるとは。これは恐れ入ったわい、ガ~ァハッハッハ♪」
絶賛とともに、嬉しそうに大きな笑い声を上げた。
呆気に取られた俺が、彼をポカ~ンと見つめていたら、いきなり後頭部を叩かれ、思わず踏鞴を踏んでしまった。あわてて後ろをふり向くと、歯を剥き出しにし、鼻筋に皺を寄せて俺を威嚇するウルヴァリンと目が合った。
「主君! なにを掌の上で転がされておるのだ。いいようにダンカン殿に踊らされおって!! まあしかし、某の創造主を罵倒する言葉で義憤に駆られてのことゆえ、この程度で許すが、某の主君となりし者がこのように心を弄ばれるなどあってはならんぞ! そのことを肝に銘じ、益荒男としてさらに精進を重ねるのだ。某も主君の力になろうぞ!!」
鼻息荒く叱咤激励するウルヴァリンとのやり取りを温かな眼差しで見つめているダンカン殿に気づき、俺は羞恥で顔を紅潮させてしまうのだった。
「さて、今日は実にいいものを見せてもらった。『鍛冶総取締役』などと持ち上げられて、昨今の鍛冶事情を嘆いておったが、このような優れた鍛冶師がいると知っては、儂もますます鍛冶仕事に精進せねばと思いを新たにしておる。感謝するぞ、ルークス。家におるのは儂だけだからたいしたもてなしはできぬが、今日はゆるりと滞在し、そのバスタードソードを鍛えたという津田驍廣殿の話を聞かせてはくれぬか♪」
ダンカン殿はそう言って俺の背中をバシバシと叩きながら、家へ入るよう促すのだった。ところが――
「ダンカン! ダンカン・モアッレはいるか!?」
家の表から、ダンカン殿を呼ぶ声が聞こえてきた。
俺たちは連れ立って、家の中へは戻らずに直接声の方へ小走りで向かう。するとそこには、ロリーカ・セグメンタータや鎖帷子を着込み、片手用のウォーハンマーやバトルアックスにラウンドシールドで武装したドワーフ氏族の戦士たちが、家の扉を睨みつけていた。
その物々しい様子に、俺はダンカン殿を庇うように一歩前に進み出ると、バスタードソードの柄に手を伸ばした。だが、ダンカン殿が俺を手で止める。
「一体何事だ? そのような物騒な姿で、家の前で大声を上げて」
ダンカン殿は悠然と戦士たちの方に近づいていく。集まっていた年若い戦士は、思いもよらぬ方向から声をかけられたせいか、慌てて武具を手に構えを取り、剣呑な視線をダンカン殿に向けた。
そんな中、一番年嵩の偉丈夫が、いきり立つ若い戦士たちを制するように片手をあげ、
「おられたか……。そう若い者を煽るようなことを口にしてくれるな、ダンカン殿!」
と苦笑を浮かべた。だが、ダンカン殿が気にした様子はない。
「なんじゃ、ヤコブまでおったのか。お主が動くとは、一体何用だ?」
『ヤコブ』と呼ばれた偉丈夫は、苦虫を噛み潰したような表情に変わった。そして、息を大きく吸い込んでから、意を決したように口を開く。
「ダンカン・モアッレ、貴殿に対し、響鎚の郷族長ヨゼフ・グスタフより、捕縛命令が出た」
「なんじゃと? 『鍛冶総取締役』であるこの儂に捕縛命令じゃとぉ……。正気か? 本気で言っておるのか!? 響鎚の郷郷守役ヤコブ・コンラート!!」
声を荒らげるダンカン殿。対してヤコブ殿は、一層顔を顰めた。
「貴殿は、養女アルディリアを通じ、他種族、それも亜人に対して我らが長きにわたって蓄えてきた鍛造鍛冶の秘術を独断で伝授した嫌疑がかけられている」
「な、なにを馬鹿なことを……アルディリアに鍛冶の技術など教えたことはないわ!」
「分かっておる。だが、その嫌疑を族長に告げたのは輝樹の郷――と言えば分かるだろう。俺個人としては信じておらぬが、族長命令が出てしまっては、郷守役としては従わぬわけにはいかぬのだ。これまで鍛冶師として、響鎚の郷、ひいては天樹国に多大な貢献をしてきた貴殿に対して、手荒な真似はしたくない。おとなしく同道願いたい」
そう言って頭を下げるヤコブ殿の姿に、言葉を失ったダンカン殿は、力なく肩を落としてポツリと呟いた。
「鍛冶の秘術を伝授じゃと? そのようなこと、一体何年かかると思っておるのだ。一朝一夕でできるものではないぞ。しかも、アルディリアが響鎚の郷で学んだのは、鑑定士としての心得だけだというに……」
これが耳に届いたのか、ヤコブ殿の脇に控えていた若いドワーフ氏族の戦士の一人が、肩を怒らせ目を吊り上げた。
「ゴチャゴチャ言ってないで、おとなしくついてくればいいんだよ! この、恥知らずの裏切り者がぁ!!」
そう叫ぶと、いきなり無抵抗のダンカン殿の腹部を蹴りつけた。
だが、ダンカン殿は微動だにしない。そのことにさらに憤った若者は、持っていたウォーハンマーを腰に吊るし、直接殴りかかろうと腕を振り上げたが――
「やめぬかっ! この馬鹿者がぁ!!」
ヤコブ殿が、腹に響くような声で若者を怒鳴りつけた。あまりの迫力に、若いドワーフ氏族の戦士は顔を真っ青にしてブルブルと震えながら、振り上げた腕をおろし、スゴスゴと後ろへ下がっていった。
彼をひと睨みしてから、ダンカン殿に向き直ったヤコブ殿は、深々と頭を下げた。
「ダンカン殿、大変失礼した。若い者への教育が行き届かず、恥ずかしい限りだ。だが、嫌疑をかけられていることも事実であり、その嫌疑に対して嫌悪を抱く者も少なくない。貴殿にも言いたいことは多々あると思うが、ここは黙って同道していただきたい」
ダンカン殿は、申し訳なさそうに告げるヤコブ殿と、周囲に忙しなく視線を動かす先程の若者の挙動不審な様子に、落胆したように何回か頭を振った。
「そうか……。ルークス、せっかくお主の話を肴に久しぶりに美味い酒が飲めると思ったのだが、このような仕儀となってはそういう訳にもいかぬ。すまぬな。話の続きはまたの機会を待つといたそう。次の機会には今日の分も合わせて歓待するからの、今日のところは許してくれ。ではヤコブ、参るとするかの」
響鎚の郷の中心にある、ドワーフ氏族族長の館へと歩を進めるダンカン殿。
そんな彼を取り囲むように、戦士たちも歩き出した。そんな中、一人ヤコブ殿だけは動かず、集団が少し離れたところで、そっと俺に近づいてきた。
「失礼いたす。間違いであったら許して欲しいのだが、貴殿は豊樹の郷の郷守役、アルヴィラ・フォルモートン殿のご子息、ルークス殿ではないか?」
突然のことに、俺は思わず眉間に皺を寄せてしまったが、ヤコブ殿はかまわず続けた。
「どうやら、当たりであったようだな。見たところ、貴殿はダークエルフ氏族の中でも腕の立つ方とお見受けする。もしそうであるのなら、一日も早く豊樹の郷へ帰られることをお勧めする」
「それは一体どういうことで……」
「武具や防具の汚れ具合から察するに、貴殿は魔獣が多数発生した翼竜街に出向かれておられたのではないかな。ならば知らぬのも無理はないのだが、豊樹の郷に今、危難が降りかかっておる」
思いもかけぬ言葉に俺は沈黙し、ヤコブ殿を凝視した。
「つい先日、豊樹の郷からリヒャルト族長のご息女リシュラ・アーウィン殿がこの郷に参られ、救援の要請をされたのだ」
「救援の要請!? 豊樹の郷がですか? ……まさか人間どもの侵攻が始まったというのですか! いやそれならば、輝樹の郷をさしおいてドワーフ氏族の住む郷へ救援の要請というのもおかしな話……」
言葉の意味を理解しようと考え込む俺の肩に、ヤコブ殿はそっと手を置き、努めて穏やかな口調ではあったが、にわかには信じがたいことを口にした。
「今から告げることを落ち着いて聞かれよ。豊樹の郷が穢呪の病に侵され、事態を重く見たリヒャルト殿は、豊樹の郷の民を一番近くにある響鎚の郷へ避難させて欲しいと要請してきたのだ」
「……豊樹の郷が穢呪の病に……そんな、そんな馬鹿な!? あの緑豊かな豊樹の郷が、穢呪の病に侵されるなど、あり得ない! 何かの間違いでは!!」
思わずヤコブ殿の胸倉を掴んでしまったが、彼の体は微動だにせず。逆にヤコブ殿は、胸倉を掴む俺の手を、その大きな掌でそっと包んだ。
「はい。全ては俺の力不足によるものなのですが……」
俺は、翼竜街を襲った魔獣の大発生を発端とする騒動の一部始終を話した。
「……そんなことが起きておったのか。なんにしても、騒動が落ち着いたようでなによりだ。ルークス殿も、儂が鍛えた剣を手に奮闘したとは、鼻が高いわい。武具を鍛える鍛冶師は、常に己が鍛えた武具がどのようなことに使われたのかが気にかかるものだ。多くの命を無暗に奪うためだけに使われてしまうことさえある中で、人々の命を救うのに儂の武具が揮われたと聞けるのは嬉しいもの。たとえ、そのせいで武具が砕かれ、役目を終えることになったとしても、儂は鍛冶師冥利に尽きると思っておる」
ダンカン殿は、テーブルの上に置かれた剣に目を落とし、満足そうに微笑んだ。だがすぐに、俺がまだ伝えていないことがあることに気がついたのか、眼差しを鋭くした。
「ルークス、今の話では、翼竜街に辿り着いた時点で、儂が鍛えた剣は使いものにならなかったはずじゃな。じゃがお主は、今翼竜街から離れた、ここ響鎚の郷に来ておる。しかも、見たところお主が携えておる武具は、腰に差しておる短剣の他は、今テーブルに置かれておるこの剣だけ……。しかしおかしなことに、この剣の柄や鞘は、儂がアルヴィラ殿に贈ったものと同じに見える。これは一体どういうことなのだ? 歪んで使えなくなったものを翼竜街で鍛え直したのか? 確かに、あの街にはスミス・シュミートという名鍛冶師が鍛冶場を開き、鍛造武具の注文を一手に引き受けていると聞いた。だが、彼は鍛冶場を閉めようかと考えており、響鎚の郷には翼竜街ギルドから武具鍛冶師の派遣の打診がきておったはず……」
ダンカン殿の鋭い眼光に気圧されたが、なんとか心を奮い立たせると、向けられた視線を真正面から受け止める。そんな俺の態度に何かを感じたのか、ダンカン殿は眼光を緩めた。
「ほ~、儂の眼光を受け止めるか。なかなかの胆力だ、お主の父、アルヴィラが郷守若頭についたときには、まだそれほどの胆力は備えてはおらなんだぞ。いい経験を積んでおるようだな、結構、結構~♪ それでは話してもらおうか、騒動が収まった後に何があったのか。そして、この目の前に置かれた剣の正体を!」
そう言い終えたダンカン殿は、猛獣が獲物を見つけたときのような凄味のある笑みを浮かべた。
「……ダンカン殿に了承を得ず申し訳なかったのですが、俺は翼竜街で一人の鍛冶師に出会ったのです」
「一人の鍛冶師のぉ……名を言わぬところを見ると、スミス・シュミート殿ではないのだな?」
「はい。スミス翁ではありません。出会った場所は、スミス翁の鍛冶場なのですが、その者は俺と同じくらいの若者で、名を津田驍廣殿と申される亜人の鍛冶師です」
「ほ~、亜人の鍛冶師……それはまた珍しい。だが、鍛冶師は我らドワーフ氏族やスミス殿のような単眼巨人族だけでなく、羅漢獣王国にも多くの優れた者がおる。まあ、亜人の鍛冶師と聞いても、この辺では珍しいと思いはするが、別段驚くほどのことではないな。それで?」
さすがはダンカン殿だ。こうもあっさり『亜人の鍛冶師』の存在を受け入れるとは。現在天樹国内では『妖精至上主義』が猛威を振るっている。それに、そもそもドワーフ氏族の多くは自分たちの技術しか認めたがらない。にもかかわらずこの場で示された度量の広さに、俺は素直に感心してしまった。
「はい。その驍廣殿が、歪んでしまった俺の剣を見て、ダンカン殿の腕が素晴らしいと褒めた上で『ルークスとしては精霊力に溢れ、精霊術を使う場合に手助けとなり、なおかつ武具としての剛性強度が確保されたバスタードソードが希望だと考えていいんだな?』と言ったのです。俺が、そんな都合のいい武具は簡単にはできないだろう、とりあえず豊樹の郷までの道中で使用できればいいと口を滑らせたら――『剣の強度を念頭に置いて、精霊術にも多少の助力が可能な武具なら、既に鍛えたことがある。製作日数に懸念があるなら、ルークスの剣を打ち直させてもらえれば、製作日数を短くできるが?』と……」
「それで、その津田驍廣という鍛冶師に打ち直しを許したというわけだな。お主も大胆なことをするのぉ」
「はあ、鍛冶場の主であるスミス翁に大丈夫と保証していただきましたし、打ち直す場に立ち合うことも許されましたので……」
「なんと!? 鍛冶師が仕事をしている場に立ち合いを許したのか!! それはまた豪儀な。儂でさえ、仕事場での立ち合いは遠慮願うというに……それで、どうだったのじゃ?」
「はい……俺の話を聞く前に、まずは剣を見てもらった方がいいと思います」
ダンカン殿は鼻から息を荒々しく吐き出し、
「話を聞く前に現物を見ろとは……面白い♪」
と、大きな声を上げて立ち上がった。長年の鍛冶仕事によって節くれだった手を伸ばし、テーブルに置かれたバスタードソードを持ち、ゆっくりと鞘から抜く。目の前に露わになる刀身を見て、戸惑いと驚きが入り交じった表情に変わり……
「こ、これは一体なんなのだ!? 答えよ、ルークス!!」
ダンカン殿の銅鑼声に促され、俺が口を開こうとしたら――
「やかましいぞ! 我が主君の話を聞きたいなら大声で喚くな!!」
先に武具に宿るウルヴァリンが姿を現し、ダンカン殿を一喝してしまった。突然現れたウルヴァリンに驚いたダンカン殿はその場に尻もちをつき、助けを求めるように俺を見た。
「ウルヴァリン! ダンカン殿に失礼だろう!! すみません、ダンカン殿、どうぞこちらに……」
俺は慌ててダンカン殿のそばに駆け寄り、彼を改めて椅子に座らせた。まだ彼はバスタードソードを強く握りしめたままだったので、指を一本一本優しく離して、剣をテーブルの上に置いた。
「これは、歪んでしまったバスタードソードに、驍廣殿が新たにアダマンタイトを使い、オプシディアン粉を加えて打ち直したもの。その結果なのか、これまで備わっていたエアリエルの精霊力に加え、スキアの精霊力をも内包するようになった上、精獣まで宿ってしまうというオマケまでついて……」
「や、やはりこやつは精獣なのだな!? しかも、武具の所有者だけでなく、他の者にも姿を見せ、言葉まで解する精獣……うん? 今『スキア』の精霊力まで武具に付与したと言ったか! なんと! ……同時に複数属性の精霊力を武具に与えるとは。それにもまして驚くべきは、もともとミスリルで鍛えた武具を鍛え直すのに、同じミスリルではなくアダマンタイトを用いたことか……」
ダンカン殿は腕組みをしながら、厳しい表情でジッとバスタードソードを見つめて考え込んでしまった。俺はその様子に腑に落ちないものを感じて、口を開いた。
「……ダンカン殿。複数の金属鋼を用いて武具を鍛える鍛冶師の話を、奥方のエレナ殿から聞いておられませんか? 魔獣騒動の前に、翼竜街にて翼竜街公子耀緋麗華様の武具を選ぶ『武具比べ』が行われ、立会人として呼ばれた『武具鑑定士取締』のエレナ殿が、驍廣殿の武具を鑑定したと聞きましたが……」
ダンカン殿は急に、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……エレナは既に確認済みか。それならば間違いはなかろう。しかし、儂に内密にするとは、小賢しい真似をしおって!」
そう吐き捨てるように呟いてから、表情を緩めた。
「すまぬ。エレナは翼竜街での鑑定を終えたあと、そのまま甲竜街に呼ばれたようでな。儂も先程まで輝樹の郷に呼ばれておったので、その話は聞いておらなかったのだ。だが、鍛冶師の夢をついに叶える者が現れたか……」
ダンカン殿が『感無量だ!』とでも言いたげに大きく息を吐き出した。
「『鍛冶師の夢』ですか?」
「うむ。ルークスも知っての通り、武具や防具に使われる金属鋼には、それぞれ特徴がある。ミスリルは精霊力を付与することができ、アダマンタイトを用いれば頑強な武具ができる、といった具合にな」
「はい。そのことはよく知っております。ですから、使い手や使用目的によって金属鋼を使い分けていて、そういった選定眼も鍛冶師としての『腕』だと、父から聞いたことがあります」
「そうだな。だが、儂ら鍛冶師はこうも思っておったのだ。必要とする要素を持つ金属鋼を組み合わせて使えば、より優れたものが鍛えられるのでは、とな。これまで多くの鍛冶師が、そのような武具や防具を作ることを夢見て、幾度となく挑んできたが、ついぞ成し遂げられる者は現れなんだのだ」
「それが『鍛冶師の夢』ですか。そして、ついにその『夢』を現実にした者こそ、驍廣殿だと?」
「まさに! 数多いる種族の中で、最も鍛冶に精通していると自負してきたドワーフ氏族としては、口惜しいという気持ちが湧いてもこよう。だが、今『鍛冶師の夢』を実現した武具を目の前にし、内包する『力』を感じると、そんな矮小な思いなど霧散するわ♪」
豪快に笑うダンカン殿。それを見てようやく俺も安堵したのだが、次に発せられた言葉に、表情を引きつらせることとなった。
「ときにルークス殿。この剣が持つ精霊力は、こうして見ているだけでも十分感じられるのだが、アダマンタイトと組み合わせたのならば、強度の方もかなりのものなのであろう? すまぬが、一つ試させてもらうわけにはゆかぬかのぉ?」
キラキラと子供のような眼差しで懇願するダンカン殿に、俺は否とは言えなかった。
するとダンカン殿は、ニコニコと満面の笑みで、バスタードソードを手に取った。
「うむむむ!? 冷静になってよく見ると、この拵えは以前のものに似せてあるだけで、儂が郷の者に整えさせたものではないのぉ。これは、翼竜街の拵え師曽呂利傑利殿の手によるものだな。なるほど、長年スミス殿の武具を一手に手がけ、二人で翼竜街を支えてきたと聞き及んでおったが、この拵えを見ると頷けるのぉ。素晴らしい仕事をしておる♪ さて、ちょっと待っておれ」
そう言うとダンカン殿は一旦家の奥に入っていき、すぐに別のロングソードと使い古された一振りの金鎚を持って戻ってきた。そのまま俺を促して家の外に出て裏に回り込むと、そこは小さな広場だった。この広場は、ダンカン殿の自宅兼鍛冶場が目隠しとなり、外からは見えなくなっている。
「ここは、鍛えた武具を実際に試す場所だ。儂が己の修業として試行錯誤をするためのな。周りからは見えない場所だから、安心するがよい」
ダンカン殿はバスタードソードを鞘から抜き、柄頭を、親指と人差し指でつまむようにして持ち上げ、懐から五寸(十五センチ)ほどの小さな金鎚を取り出すと、剣腹を軽く叩いた。
『キーーン』と澄んだ金属音が広場に響き渡り、耳を澄ましていたダンカン殿が満足げに何度か頷く。
「うむ……鍛錬を相当繰り返したと見える。これほど澄んだ音を奏でる武具には久しぶりに出おうたのぉ……これならば大丈夫だろう」
ダンカン殿は、広場に置かれていた二つの平らな石の上に、バスタードソードを水平になるように置いた。そして、年季の入った金鎚を握り、バスタードソードへと振りおろした。
「な、なに、やめ――」
――ガッキーギャラン、ギャラン、ギャラン……
驚いた俺はとっさに叫ぶが、その声は金鎚とバスタードソードの衝突音にかき消された。
「な、なんてこと……へ?」
曲がってしまうと思ったバスタードソードは、石の上を何度か跳ねて大きな音を立てたものの、曲がるどころか、金鎚の打撃痕さえついていなかった。
驚き固まっている俺を放置し、ダンカン殿はバスタードソードを拾い上げ、縦に横にと持ちかえながら、ときに陽にかざすなど、舐めるように見回す。
「たいしたものじゃ、アダマンタイトを使い鍛えた剣に、勝るとも劣らぬ強度を誇るようじゃな。では次は――」
まだ何かしようとするので、俺はダンカン殿の手からもぎ取るようにバスタードソードを奪い返し、抗議の意をこめて睨みつけた。すると、ダンカン殿は一瞬呆気に取られた顔をしたが、すぐに苦笑を浮かべる。
「ルークス、そのように心配せずとも、壊すつもりなどありはせんぞ。大丈夫だと確信があったからしたまでのことだ」
そう言われても、俺はとても信用できず睨んだままでいた。そのせいか、ダンカン殿は、困った顔をして、頭をガシガシと掻きむしったあと、溜息をついた。
「……そうか。ではこうしよう。ルークスに手を貸してもらう。それならばいいじゃろう? 次は――」
俺が何にも答えないうちに、勝手に話を進め、もともと広場に立てられていた金属の棒に、ロングソードを縛りつけ、
「これでよし! ルークス、ここに縛りつけた剣に、そのバスタードソードで打ちかかってみよ!」
と、言い放った。俺は、この爺さんは何を言い出すんだ? とまた睨みつけたが、ダンカン殿は逆に俺の反応を面白がるようにニヤリと笑う。
「なんじゃ? 何を躊躇しておる。そうか! ルークス、お主、自信がないのか? そうだろうなあ。亜人の鍛えた武具で儂の鍛えた剣に打ちかかれと言われても、せっかく手に入れた武具が再び使えなくなってしまうかもしれんからのぉ。これは悪いことを言った、許せ許せ♪」
いくら響鎚の郷の『鍛冶総取締役』であろうと、この武具を鍛えてくれた驍廣殿を小ばかにするような発言は許せない! 一気に頭に血がのぼった俺は、
「や、やってやる! その代わり、自慢の剣が打ち砕かれても文句を言うなっ!!」
と、怒声を上げて、鉄の棒に縛りつけてあるロングソードとの間合いを詰め、ウルヴァリンを袈裟がけに斬ろうと振り下ろす。
ロングソードに当たった瞬間、わずかな抵抗を感じたものの、そこで止められることなく『キィィ』という音を響かせて、振り抜く。
手に断ち切った感触を感じつつ残心。ロングソードに視線を留めていると、振り抜いた軌跡に沿って刀身がスーッと斜めに滑り出した。
そのまま流れるように滑り落ち、断ち切られた刀身は鉄の棒の隣に並び立つように突き立った。
残心を解き、してやったりとばかりに鼻息も荒くダンカン殿へ視線を向ける。俺はてっきり、ダンカン殿は自身が鍛えた剣が断ち切られたことに驚愕し、表情を凍りつかせていると思っていた。だが彼は、今日一番の笑顔でロングソードのもとに小走りで駆け寄ると、子供のようにキラキラと瞳を輝かせ、切断面を指で撫でるなど観察していた。
「う~む、打ち砕かれるであろうと予想しておったが、まさかここまで綺麗な断面を見ることができるとはのぉ。本来、叩き切るように扱うバスタードソードで断ち斬ってみせるとは。これは恐れ入ったわい、ガ~ァハッハッハ♪」
絶賛とともに、嬉しそうに大きな笑い声を上げた。
呆気に取られた俺が、彼をポカ~ンと見つめていたら、いきなり後頭部を叩かれ、思わず踏鞴を踏んでしまった。あわてて後ろをふり向くと、歯を剥き出しにし、鼻筋に皺を寄せて俺を威嚇するウルヴァリンと目が合った。
「主君! なにを掌の上で転がされておるのだ。いいようにダンカン殿に踊らされおって!! まあしかし、某の創造主を罵倒する言葉で義憤に駆られてのことゆえ、この程度で許すが、某の主君となりし者がこのように心を弄ばれるなどあってはならんぞ! そのことを肝に銘じ、益荒男としてさらに精進を重ねるのだ。某も主君の力になろうぞ!!」
鼻息荒く叱咤激励するウルヴァリンとのやり取りを温かな眼差しで見つめているダンカン殿に気づき、俺は羞恥で顔を紅潮させてしまうのだった。
「さて、今日は実にいいものを見せてもらった。『鍛冶総取締役』などと持ち上げられて、昨今の鍛冶事情を嘆いておったが、このような優れた鍛冶師がいると知っては、儂もますます鍛冶仕事に精進せねばと思いを新たにしておる。感謝するぞ、ルークス。家におるのは儂だけだからたいしたもてなしはできぬが、今日はゆるりと滞在し、そのバスタードソードを鍛えたという津田驍廣殿の話を聞かせてはくれぬか♪」
ダンカン殿はそう言って俺の背中をバシバシと叩きながら、家へ入るよう促すのだった。ところが――
「ダンカン! ダンカン・モアッレはいるか!?」
家の表から、ダンカン殿を呼ぶ声が聞こえてきた。
俺たちは連れ立って、家の中へは戻らずに直接声の方へ小走りで向かう。するとそこには、ロリーカ・セグメンタータや鎖帷子を着込み、片手用のウォーハンマーやバトルアックスにラウンドシールドで武装したドワーフ氏族の戦士たちが、家の扉を睨みつけていた。
その物々しい様子に、俺はダンカン殿を庇うように一歩前に進み出ると、バスタードソードの柄に手を伸ばした。だが、ダンカン殿が俺を手で止める。
「一体何事だ? そのような物騒な姿で、家の前で大声を上げて」
ダンカン殿は悠然と戦士たちの方に近づいていく。集まっていた年若い戦士は、思いもよらぬ方向から声をかけられたせいか、慌てて武具を手に構えを取り、剣呑な視線をダンカン殿に向けた。
そんな中、一番年嵩の偉丈夫が、いきり立つ若い戦士たちを制するように片手をあげ、
「おられたか……。そう若い者を煽るようなことを口にしてくれるな、ダンカン殿!」
と苦笑を浮かべた。だが、ダンカン殿が気にした様子はない。
「なんじゃ、ヤコブまでおったのか。お主が動くとは、一体何用だ?」
『ヤコブ』と呼ばれた偉丈夫は、苦虫を噛み潰したような表情に変わった。そして、息を大きく吸い込んでから、意を決したように口を開く。
「ダンカン・モアッレ、貴殿に対し、響鎚の郷族長ヨゼフ・グスタフより、捕縛命令が出た」
「なんじゃと? 『鍛冶総取締役』であるこの儂に捕縛命令じゃとぉ……。正気か? 本気で言っておるのか!? 響鎚の郷郷守役ヤコブ・コンラート!!」
声を荒らげるダンカン殿。対してヤコブ殿は、一層顔を顰めた。
「貴殿は、養女アルディリアを通じ、他種族、それも亜人に対して我らが長きにわたって蓄えてきた鍛造鍛冶の秘術を独断で伝授した嫌疑がかけられている」
「な、なにを馬鹿なことを……アルディリアに鍛冶の技術など教えたことはないわ!」
「分かっておる。だが、その嫌疑を族長に告げたのは輝樹の郷――と言えば分かるだろう。俺個人としては信じておらぬが、族長命令が出てしまっては、郷守役としては従わぬわけにはいかぬのだ。これまで鍛冶師として、響鎚の郷、ひいては天樹国に多大な貢献をしてきた貴殿に対して、手荒な真似はしたくない。おとなしく同道願いたい」
そう言って頭を下げるヤコブ殿の姿に、言葉を失ったダンカン殿は、力なく肩を落としてポツリと呟いた。
「鍛冶の秘術を伝授じゃと? そのようなこと、一体何年かかると思っておるのだ。一朝一夕でできるものではないぞ。しかも、アルディリアが響鎚の郷で学んだのは、鑑定士としての心得だけだというに……」
これが耳に届いたのか、ヤコブ殿の脇に控えていた若いドワーフ氏族の戦士の一人が、肩を怒らせ目を吊り上げた。
「ゴチャゴチャ言ってないで、おとなしくついてくればいいんだよ! この、恥知らずの裏切り者がぁ!!」
そう叫ぶと、いきなり無抵抗のダンカン殿の腹部を蹴りつけた。
だが、ダンカン殿は微動だにしない。そのことにさらに憤った若者は、持っていたウォーハンマーを腰に吊るし、直接殴りかかろうと腕を振り上げたが――
「やめぬかっ! この馬鹿者がぁ!!」
ヤコブ殿が、腹に響くような声で若者を怒鳴りつけた。あまりの迫力に、若いドワーフ氏族の戦士は顔を真っ青にしてブルブルと震えながら、振り上げた腕をおろし、スゴスゴと後ろへ下がっていった。
彼をひと睨みしてから、ダンカン殿に向き直ったヤコブ殿は、深々と頭を下げた。
「ダンカン殿、大変失礼した。若い者への教育が行き届かず、恥ずかしい限りだ。だが、嫌疑をかけられていることも事実であり、その嫌疑に対して嫌悪を抱く者も少なくない。貴殿にも言いたいことは多々あると思うが、ここは黙って同道していただきたい」
ダンカン殿は、申し訳なさそうに告げるヤコブ殿と、周囲に忙しなく視線を動かす先程の若者の挙動不審な様子に、落胆したように何回か頭を振った。
「そうか……。ルークス、せっかくお主の話を肴に久しぶりに美味い酒が飲めると思ったのだが、このような仕儀となってはそういう訳にもいかぬ。すまぬな。話の続きはまたの機会を待つといたそう。次の機会には今日の分も合わせて歓待するからの、今日のところは許してくれ。ではヤコブ、参るとするかの」
響鎚の郷の中心にある、ドワーフ氏族族長の館へと歩を進めるダンカン殿。
そんな彼を取り囲むように、戦士たちも歩き出した。そんな中、一人ヤコブ殿だけは動かず、集団が少し離れたところで、そっと俺に近づいてきた。
「失礼いたす。間違いであったら許して欲しいのだが、貴殿は豊樹の郷の郷守役、アルヴィラ・フォルモートン殿のご子息、ルークス殿ではないか?」
突然のことに、俺は思わず眉間に皺を寄せてしまったが、ヤコブ殿はかまわず続けた。
「どうやら、当たりであったようだな。見たところ、貴殿はダークエルフ氏族の中でも腕の立つ方とお見受けする。もしそうであるのなら、一日も早く豊樹の郷へ帰られることをお勧めする」
「それは一体どういうことで……」
「武具や防具の汚れ具合から察するに、貴殿は魔獣が多数発生した翼竜街に出向かれておられたのではないかな。ならば知らぬのも無理はないのだが、豊樹の郷に今、危難が降りかかっておる」
思いもかけぬ言葉に俺は沈黙し、ヤコブ殿を凝視した。
「つい先日、豊樹の郷からリヒャルト族長のご息女リシュラ・アーウィン殿がこの郷に参られ、救援の要請をされたのだ」
「救援の要請!? 豊樹の郷がですか? ……まさか人間どもの侵攻が始まったというのですか! いやそれならば、輝樹の郷をさしおいてドワーフ氏族の住む郷へ救援の要請というのもおかしな話……」
言葉の意味を理解しようと考え込む俺の肩に、ヤコブ殿はそっと手を置き、努めて穏やかな口調ではあったが、にわかには信じがたいことを口にした。
「今から告げることを落ち着いて聞かれよ。豊樹の郷が穢呪の病に侵され、事態を重く見たリヒャルト殿は、豊樹の郷の民を一番近くにある響鎚の郷へ避難させて欲しいと要請してきたのだ」
「……豊樹の郷が穢呪の病に……そんな、そんな馬鹿な!? あの緑豊かな豊樹の郷が、穢呪の病に侵されるなど、あり得ない! 何かの間違いでは!!」
思わずヤコブ殿の胸倉を掴んでしまったが、彼の体は微動だにせず。逆にヤコブ殿は、胸倉を掴む俺の手を、その大きな掌でそっと包んだ。
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