鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼

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7巻

7-1

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 プロローグ 黒狼慟哭どうこく



 草木をきわけ、吹き抜ける風のごとく疾駆しっくする影。それは、人の背丈せたけゆうに超える巨大な黒い狼だった。
 谷を越え、川を泳ぎ渡り、森の中を走り続けていたが、ふいに立ち止まる。頭を高く上げて周囲のにおいを探るようにヒクヒクと鼻先を動かす。しかし、目当てのにおいをぎ取ることができず、鼻筋に深いしわを浮かべ、険しい表情を見せると――えた。

「ワァオゥゥゥゥゥゥ!!」

 周囲にとどろく声に、森に住むうさぎねずみといった小動物は恐れおののき、石のくぼみや灌木かんぼくの中へ身を隠し息を潜めた。
 他者を震撼しんかんさせる咆哮ほうこうだが、それは母が子を探し求める声だった。
 二度三度と上がる遠吠とおぼえ。しかし、母親の呼びかけにこたえるものはなく、彼女のさけびは深いシュバルツティーフェの森の中へ消えていった。
 やがて森に静寂が戻ると、黒狼は力なく頭を下げたものの、すぐに頭をもたげ、再び走り出すべく四肢ししに力をこめる。そのとき彼女の背後から、草木をきわける音とともに、激しく呼吸をする一匹の白い仔狼が姿を現した。
 黒狼は白仔狼のもとに近づき、体をめはじめる。

「ついてきてしまったの? 待ってなさいと言っておいたでしょう。なんで言うことが聞けないの?」

 白仔狼の体をめつつ優しく語りかける黒狼。そんな彼女に、白仔狼は涙をこらえるように弱々しい声で答える。

「だって……だって、兄たまたちにちゅづゅいて、母たままでいなくなったらと思うと……」

 一瞬言葉に詰まる黒狼だったが、すぐに微笑ほほえんだ。

「馬鹿な。いなくなるわけがないでしょ。氷雪狼ビンシュェラン様からお情けをいただき、ようやく授かったお前を置いて、いなくなったりするわけがないでしょう。ただ、お前を産んだばかりで動けなかった母に代わり、サビオハバリー様のお下知げちに従って森の見回りに出ていったお前の兄たちが、いつまで経っても戻ってこないので、探しに出ただけです。あのたちを見つけたらすぐに戻るから、巣穴にお帰りなさい」

 だが、白仔狼はブルブルと大きく体を震わせた。

っ! とてもな気配が森の中に漂っているの。もち、このまま母たまと別れてしまったら、二度と会えない気がして……。お願い! 一緒に連れていって! わたち、足手まといにならないように頑張がんばって走る!!」

 それまで我慢していた涙がついにこぼれ落ちそれでも必死に訴える白仔狼――娘に、黒狼は困ったような表情をする。

「仕方のないねえ……乳離れしたばかりのあなたが、私の脚についてこれるわけがないでしょ。でも、巣穴からは随分と離れてしまったし、仕方ないわね。自分から『足手まといにならない!』と口にしたのだから、決してはぐれないようについてくるのですよ」

 黒狼はかすかに笑みを浮かべ、再び走り出した。そして、白仔狼も必死の形相ぎょうそうで母を追いかける。
 シュバルツティーフェの森を、黒と白の影が風となって駆け抜けていった――


 ――三日後。
 時々休憩きゅうけいを入れつつ走り続けた黒狼と白仔狼の親子は、行方ゆくえの分からない他の子供たちが向かったと思われる場所――天樹国に接するシュバルツティーフェの森の外周部へと差しかかろうとしていた。


 シュバルツティーフェの森は、天竜賜国てんりゅうしこく天樹国てんじゅこく、アンスロポス帝国といった様々な国々と接する広大な森。
 森を治めるのは、長き生の果てに『智』を身につけた賢猪けんししサビオハバリーだったが、あまりにも広い土地ゆえに、彼だけで全てを見回ることは不可能だった。
 そこで、賢猪は智を備えはじめた白野牛バイソン赤猪あかししそして黒狼の三頭に、それぞれある程度の土地を任せた。
 白野牛は東側の海岸線近く、赤猪は南のアンスロポス帝国と接する場所、黒狼は天樹国と接する地を任されていた。
 今までは、賢猪と三頭の獣たちがお互いに協力しあい、過不足なく森を治めていた。
 だが、つい一季ほど前、赤猪が穢獣アイジュウに堕ちた。
 穢獣アイジュウと化した赤猪はけがれを振りきながら、シュバルツティーフェの森を南から北へ――アンスロポス帝国から天竜賜国へと縦断するように駆け抜けた。
 賢猪は赤猪と対峙してこれを打ち倒し、けがれが広がるのを抑えることに成功する。だが、賢猪も戦いで深く傷つき、けがれをその身に浴びてしまう。
 賢猪の穢獣アイジュウ化という最悪の事態になりかねなかったが、運良く居合わせた人族がけがれを払ってくれたおかげで、それだけは回避することができた。
 恩人を天竜賜国に送り届けて森に戻った賢猪は、赤猪が穢獣アイジュウに堕ちてしまった原因を探るために、赤猪に任せていた場所へ自らおもむき、白野牛と黒狼には、それぞれに任せてある森で異変が起きていないか調べるように下知げちくだす。
 しかし間の悪いことに、黒狼は子供を出産したばかりだった。
 黒狼の体をおもんぱかった賢猪は、代わりに黒狼の息子たちに森の調べを任せた。
 黒狼の息子たちは、母の体を心配し、また母の責務を自分たちに任せてくれた賢猪の心遣いに感謝すると、賢猪の下知げちを果たさんと、意気揚々と森へ向かった。
 だが、それを最後に、彼らは消息を絶ってしまう……


 黒狼と白仔狼が、輪状山脈のふもとに広がる森に差しかかったとき――

「グルルゥゥゥゥ……」

 黒狼の後方を必死で走っていた白仔狼が急に足を止めると、全身の毛を逆立ててまだえそろっていない牙をき出しにし、前方へ警戒とも威嚇いかくともとれる低いうなり声を発した。

「どうかしたの?」

 そんな白仔狼の様子に、自らも足を止める黒狼。白仔狼は森の先をにらみつけたまま、母に告げる。

「母たま、この先からなにかが……」

 黒狼も鼻をヒクつかせたが、白仔狼が言うような臭いを感じることができない……そう答えようとした瞬間、一陣の風とともに強烈な腐敗臭ふはいしゅうと、かすかではあるがぎ慣れたにおいが黒狼の鼻腔に届いた。

「このにおいは坊やたちの! 坊やたち~!!」
「母様、待ってえ!!」

 かすかではあっても、探し続けていた我が仔のにおいをぎ取った黒狼は、白仔狼の悲鳴交じりの制止に気づくことなく、においのする方向へと一目散に駆け出していた。
 はやる心のままに四肢ししを動かし、草木をきわけたその先に、突如、木が切り倒され、に照らされているひらけた場所が出現した。そこで黒狼が目にしたのは――

「ぼ、坊やたち……坊やたち!!」

 腐臭ふしゅう漂う獣の屍骸しがい幾重いくえにも積み上げられた小山の奥に、首だけ出した状態で地面にめられている我がたちの姿だった。
 あまりにむごい光景に声を上げる黒狼。だが、仔狼たちに母の声は届いていない。目の前に積まれた獣の屍骸しがいを喰おうとしているのか、よだれを垂れ流しながら必死に首を伸ばし、時々死骸しがいから流れてくる腐臭ふしゅう漂う液体――腐汁ふじゅうを、その汁にれた土と一緒にめ取り、嚥下えんかする。それは正気を失った、『餓鬼がき』さながらの姿だった。
 黒狼は、常軌をいっした我がの姿を見て警戒心を忘れ、あわてて駆け寄ろうと、獣たちの屍骸しがいを飛び越え、仔狼の近くに着地した瞬間――足元の地面が崩れ落ちた。
 一瞬、なにが起きたのか分からなかった黒狼だが、野生の本能が危険を察知し、少しでも早く崩れた地面から抜け出そうと、足場を確保すべく四肢ししを動かす。だが、抜け出そうとすればするほど、まるで蟻地獄ありじごくのように、周りの土は四肢ししの動きに合わせてグズグズと崩れ落ち、あっという間に黒狼の体は地面の下へみ込まれていった。
 しかも、首まで地面に沈んだ途端、四肢ししになにかが絡みつき、降下は止まったが、黒狼は身動きが取れなくなる。気がついたときには、仔狼たちと同じように、首だけを残して、地面にもれた状態になっていた。

「母たま!?」
「来ては駄目だめ! あなたは早くこの場から離れなさい!!」

 白仔狼は、母親を助けようと草木の間から飛び出した。だが、初めて自分に向けられた叱責しっせきとも取れる母親の強い言葉に、身も心も硬直させてしまった。

樹精霊ドリュアス! この者の動きを封じよ。蔦樹呪縛ランケフェッセルン!!」

 突然、響く精霊術の詠唱えいしょう。それに合わせて、つたが地面から出現し、白仔狼の体に巻きつき拘束こうそくする。その様子を、なすすべもなくながめることしかできない黒狼。そんな彼女を嘲笑あざわらうように、笑い声が木霊こだました。

「ヒッヒヒヒヒ♪ 仔狼だけでは物足りないと思っていたのですが、親狼まで捕縛ほばくできるとは。これはまさに、ラクリア様のお導きを天が祝福し、我らの行いを成就じょうじゅさせようとしているあかし……これで下準備が整います」

 その声とともに、複数の妖精族が姿を現した。黒狼は牙をき出しにして、うなり声を上げた。妖精族たちは一瞬ひるんだものの、彼らを率いる笑い声の主にき立てられ、地面にまる黒狼の周囲に立ち、彼女に向けて一粒の種を投げつけると、呪文の詠唱えいしょうを始めた。
 詠唱えいしょうに合わせて、黒狼のかたわらに落ちた種はすぐに芽吹めぶき、根を伸ばしていく。その根が黒狼の体にまとわりつき、やがて全身を覆うと、妖精族の詠唱えいしょうが止まり――途端、根は一斉に黒狼の皮膚ひふを突き破って体内へと侵入し、ありとあらゆる体液を吸いはじめた。

「うぐう……貴様タチ、コレハ一体ナンノつもりだ……」

 黒狼は、体中に走る激痛と痛みに伴なう脱力感に苦悶くもんの声を漏らしつつ、妖精族らをにらみつける。

畜生ちくしょう風情ふぜいが、片言とはいえ我ら人族が使う『言葉』を口にするとは、なんとけがらわしきことか! 獣ごときが身のほどをわきまえよ!!」

 笑い声を上げた者の声が怒気をはらみ、悪意とともに黒狼へき捨てられた。
 その侮蔑ぶべつの言葉に、黒狼は怒りに駆られ、威圧を込めた咆哮ほうこうを上げた。

「ゥワァオォォォォン!」

 咆哮ほうこうにより気絶する者や、へたり込み失禁する者が出た他、正面から受けた者は錯乱さくらんし、短剣で仲間を傷つけたり、黒狼をしばる草根を取ろうとした。しかし――

「愚か者が! シュバルツティーフェの森の黒き狼の遠吠とおぼえには、威圧と精神錯乱さくらんを引き起こす力が備わっていると告げたであろうが!!」

 叱責しっせきと同時に、錯乱さくらんした妖精族の首が血飛沫ちしぶきとともに宙を舞った。
『ボタッ』という重くも軽くもない音を立てて地に落ちた首。そのうらみのこもった目が自分に向けられているように思えた妖精族たちが、顔を引きつらせる。だが、血のしたた弯剣サーベルを持った初老の妖精族だけは一切ひるまなかった。

「なにをほうけている! 黒狼はまだ力を保っているぞ! 残りの吸血草を使い、全ての力と思考力を奪い去り、ただの獣に変えるのだ!!」

 老妖精族の一喝いっかつに、身動きを止めていた妖精族たちはあわてて持っている種を全て黒狼に投げつけ、吸血草の根を二重三重に狼の体へとわせていった。
 根は、黒狼の体にたくわえられている養分を吸い取っていく。体内の養分を吸い取られることで、強烈な飢餓感きがかんに襲われる黒狼。そんな彼女の目の前には、腐臭ふしゅう漂う獣の肉が山積みにされていた……
 長らくシュバルツティーフェの森に生き、智をたくわえ、賢猪に次いで肉食獣のいただきに立った。北に広がる氷原を治める狼族の頂点に位置する氷雪狼ビンシュェランに、自身のを産むに相応ふさわしき者と認められもした。そんな存在であるにもかかわらず、彼女は襲いくる飢餓きがかんに抗いきれず、眼前の腐肉ふにくに思考を支配されていった――


「ふ~。これで、ラクリア様にお教えいただいた『犬神いぬがみの呪法』がなった。穢呪あいじゅやまいがこの地をむしばみ、その怨念おんねんは生ある者にすがろうと豊樹の郷フルフトバールバウムへ……。ラクリア様に背いてきたダークエルフ氏族の者どもよ。己が犯したあやまちのむくい、存分に受けるがよい!」

 正気をなくし、仔狼と同じように、よだれを垂れ流しつつ、目の前の屍骸しがいを求めて少しでも肉を口にしようと激しく頭を動かし続ける黒狼を眺めながら、陰惨いんさんな笑みを浮かべる老妖精族。
 彼をおののきつつ見つめていた妖精族たちだったが、その中の一人が、つたで身動きが取れなくなっている白仔狼に気づいた。

「ぞ、族長様。あの白い仔狼はいかがいたしましょうか? 同じように地面にめ、吸血草の種を植えつけま……いえ、吸血草は黒狼に全て使ってしまい、もうありませんが……」
「そうですね。白い狼とはなかなかめずらしいですが、まだ産まれて間もない仔狼のようですから、吸血草を使うまでもありません。そのままめてしまえば十分。母仔ははこともども、穢呪あいじゅの病の苗床なえどこになってもらいましょう。この世に生を得たばかりの仔狼が飢餓きがかんに襲われ、この世にうらみを残す……。さぞかし強いけがれを招いてくれることでしょう。そして、そのけがれが豊樹の郷へ……。今からあの小生意気な野蛮氏族どもがどのような醜態しゅうたいを見せるか、楽しみです。ヒ~ッヒヒヒヒ♪」

 族長――カイーブはみにくい笑みを浮かべ、一人えつる。
 他の者は、いつもとあまりに違う族長の狂気じみた様子に震えた。同時に、自分たちが禁忌きんきを犯してしまったのではないかという恐怖と後悔、そして自らの身に降りかかるかもしれない災いへの不安を抱くのだった。



 第一章 おっとり刀で駆けつけますが何か!



「ふ~。やっと着いたか」

 魔獣リッチ不死ノ王の出現によって起きた『魔獣騒動』が終息し、故郷である豊樹の郷に向けて翼竜街をった俺――ルークス・フォルモートンは、ようやく途中の響鎚の郷エアシーネハマーに到着した。そして今、土壁の翼竜街とも、丸太造りの我が故郷豊樹の郷とも異なる、石造りの家々が建ち並ぶ郷の中を、一軒の家に向かって歩を進めている。
 翼竜街には幼馴染おさななじみのリリス・アーウィンがいた。久しぶりに彼女に会いたかったのだが、騒動が一段落したときには、豊樹の郷からの使者を名乗る者とともに、帰郷してしまっていた。
 俺としては、すぐにでもリリスの後を追いたかった。しかし、翼竜街までの道中で数多あまたの魔獣を斬ったために、使用していたバスタードソード片手半剣さやに収まらないほどゆがみ、刃こぼれもひどく使えなくなっていた。
 翼竜街周辺から魔獣が消えたことは確認されていたが、豊樹の郷までの道中の確認は取れておらず、魔獣に遭遇そうぐうしない保証はない。
 だから、使用に耐えられないと分かっているバスタードソードで旅立つことは、あまりにも無謀だと断念せざるを得なかった。
 そもそも、俺が愛用していたバスタードソードは、響鎚の郷で『鍛冶総取締役シュミートハンヴェルガーフューラー』の任についている名匠ダンカン・モアッレが鍛えた業物わざものだった。
 本来、俺のような未熟者が手にしていい武具ではない。だが、我が親父殿が豊樹の郷の『郷守役ヴォルストシュッツェンコッフェ』を務めていた縁で、俺は幼い頃からダンカン殿の知遇ちぐうを得ていた。そんな経緯もあり、俺が豊樹の郷の『郷守若頭ヴォルストシュッツェンユンガー』に任じられた際、祝いの言葉とともにこのバスタードソードが贈られたのだ。
 そんな武具を、数多あまたの魔獣を斬り伏せたとはいえ、武具のていをなさなくなるほどゆがめてしまったのは、ひとえに己の技量不足以外の何物でもなく、ただただ、そのことを悔いていたのだが――
 街中まちなかで起きた妖精族による鍛冶師襲撃事件で知りあった亜人(?)の鍛冶師・津田驍廣つだたけひろ殿と竜人族(?)の紫慧紗シェーシャ殿に、ゆがめてしまったバスタードソードを打ち直してもらえることになった。
 いや、驍廣殿はただ打ち直すのではなく、今まで見たこともないような手法を用いて、バスタードソードを生まれ変わらせたのだ。
 強度を上げた上に、もともと付与されていたエアリエル風精霊に加えて、スキア闇精霊を付与してくれた。おまけに、精獣まで宿っている。
 俺は、生まれ変わったバスタードソードを手に、ようやく豊樹の郷への帰路についたのだが、途中で響鎚の郷にも寄ることにした。
 目的は、ダンカン殿に、武具を十全に使いこなせずに破損させてしまったことを謝罪し、新たに生まれ変わったバスタードソード――ウルヴァリンを見てもらうため。
 道中、不思議なことに、騒動後の翼竜街周辺では一切見かけなかった魔獣が、翼竜街を離れるにつれて徐々に姿を現すようになった。
 特に、天樹国のある輪状山脈山麓さんろくに足を踏み入れた途端、魔獣は急激に増えた。魔獣騒動時のシュバルツティーフェの森とまではいかなくとも、普段では考えられないような遭遇そうぐう回数だった。
 これまでの俺の技量では、とても一人では切り抜けることができず、一度街に戻って討伐隊を組むなどしなければならなかっただろう。
 しかし、驍廣殿の鍛えたバスタードソードは恐ろしいほどの斬撃力を発揮はっきし、ただの一太刀にて全ての魔獣を斬り伏せてしまった。あの四腕熊スーワンシィォンでさえ、胴体どうたいへ横一文字にバスタードソードを振り抜けば、それだけで上半身と下半身がまっぷたつになったほどだ。
 また、バスタードソードに付与された闇と風の精霊力が、俺の行使する精霊術を補助してくれる。おかげで、焼狸シャオリのような群れを成す魔獣と遭遇そうぐうしても、これまでなら五射が限界だった風精霊術のヴィントプファイルシーセン風矢射撃が二十射も放つことが可能となり、一度に殲滅せんめつできた。
 だが戦いの後はなかなか悲惨ひさんな光景になるので、自分のしたことながら、呆然ぼうぜんとすることもしばしばだった。ただそのたびに、バスタードソードに宿った精獣・貂熊グズリのウルヴァリンが姿を現し、

「なにを呆けておる! しっかりせぬか!!」

 と、容赦ようしゃのない言葉でしかり飛ばし、正気に戻してくれる。
 おかげで、俺は身の危険を感じることなく(幾度となく心は折れそうになったが……)響鎚の郷へ辿たどり着くことができた。
 ダンカン殿の住居兼鍛冶場に向かって、石造りの家が建ち並ぶ道を歩く中、郷に広がる妙な気配を感じていた。
 歩きながらそれとなく周囲に目線を走らせて正体を探ると、それは家々の窓や物陰から向けられる郷民たちの視線だった。
 元々、我らダークエルフ氏族は、天樹国に住むハイエルフ氏族をはじめとした妖精族の多くから、嫌悪とまではいかなくとも色眼鏡で見られることが多い。
 理由は、多くの妖精族が生活のかてを森の木々からのによって得ているのに対し、我らダークエルフ氏族は森に住む動物や鳥を狩る――によって得ていたからだ。動物や鳥に向けている刃をいつか自分たちにも向けるのでは(?)、という恐れを抱かれてきたからだ。
 もちろん、俺たちダークエルフ氏族が同朋どうほうたる妖精族の仲間たちに刃を向けることなど、あり得ない話なのだが。
 しかし、そんな妖精族の中にあって、ドワーフ氏族とは良好な関係を築いていた。
 ドワーフ氏族が、生活のかてを狩猟や採取ではなく、自分たちが作り出した武具、防具、そして机や椅子のような生活雑貨などの交易で得ていたからだ。
 当然、その交易相手にはダークエルフ氏族も含まれていた。しかも、お互いの郷が近くにあったこともあって、関係は他の氏族よりも深い……はずだった。
 そんなドワーフ氏族の郷――ここ響鎚の郷で注がれている視線は、これまでの良好な関係が嘘のような冷たいものだった。
 居心地の悪さを感じつつ、早足に目的の家へと向かう。そこは、『鍛冶総取締役』という大きな肩書を持つ者が住むにはあまりにも僻地へきちにあった。郷の中心部から離れており、周りに他の家が一軒も建っていない。
 しかし、こんな見るからにさびしげな場所に建っているにもかかわらず、俺にはこの家だけが響鎚の郷の中で唯一、明るく温かい火をともしているように感じられた。

「ごめんください。ダンカン・モアッレ殿はご在宅ですか?」

 コンコンと、重たそうな木の扉を指でたたいて声をかけたものの、中から反応はない。聞こえなかったのかと、今度は拳で強めにたたく。
 ――ドンドン!!

「すみません! ダンカン殿!! ダンカン殿はご在宅でしょうか!?」

 声をひときわ大きくした。すると――

「やかましい! 聞こえておる、ちょっと待っておれ!!」

 銅鑼どらごえが返ってきたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。
 現れたのは、髪や髭に白いものが交じるものの、いわおのような体躯たいくの初老のドワーフ氏族。

「誰じゃ一体……うん? お主はアルヴィラ……にしては若いのぉ。何者じゃ?」

 俺はほころぶ顔をなんとか引きめた。

「お初にお目にかかります。豊樹の郷で郷守若頭を務めております、ルークス・フォルモートンと申します」
「ほ~、豊樹の郷のルークス・フォルモートンのぉ……フォルモートン? フォルモートンといえば、アルヴィラも確か……」
「はい! アルヴィラ・フォルモートンは、我が父です!」
「おお! どうりでアルヴィラのやつに似ておるわけだ。あやつの息子かあ♪ そうかそうか、よく来たのぉ……っと立ち話もなんだ、中に入りなさい。といっても、今家にはわししかおらんから、たいしたもてなしはできんがな」

 ダンカン殿はそう言うと、俺のすそを掴み、強引に家の中へ引っ張り入れた。そして、チラリと外を確認してから扉を閉める。俺がその様子に眉をひそめると、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「――さあ、ここに座ってくれ。すまんのぉ、輝樹の郷シエロバオムから戻ってきてからというもの、どうも郷がおかしな様子でなあ。特にお主らダークエルフ氏族の者が来ると、郷の中に殺気にも似た不穏な空気が漂うのだ。一体なにがどうなっているのやら……おっと、お主に聞かせるようなことではなかったのぉ。で、豊樹の郷の郷守役であるアルヴィラ殿のご子息が一人でいかがしたのだ?」

 と、テーブルを挟み、対面の椅子に俺を座らせたダンカン殿が、早速本題に入った。
 俺は姿勢を正し、深々と頭を下げた。

「ダンカン殿。ダンカン殿は以前、我が父の依頼で一振りのバスタードソードを鍛えたことを覚えておいででしょうか?」
「アルヴィラ殿の依頼で? ……お~、確かに一振り鍛えたのぉ。アルヴィラ殿はダークエルフ氏族にはめずらしく、大振りのトゥバイハンダー大剣の使い手だったはずだが、なにゆえバスタードソードをと思いつつ鍛えたのを覚えておるが……そうか! あのバスタードソードは、ご子息のためのものであったか。アルヴィラめ、そうならそうとちゃんと言わねば分からぬではないか! ご子息、すまなかったのぉ。もう少し儂がアルヴィラ殿を問い詰めていれば、よりご子息に合った武具にしたものを……それで、どうなのだ? やはり問題があったか?」

 ダンカン殿は少し肩を落としてたずねてきたので、俺はあわてた。

「とんでもない! 俺なんかが扱っていいのかと戸惑とまどうくらいに素晴らしい武具で、我が父から手渡されたときはどれほど嬉しかったか。実際、郷の近くに出現した魔獣と対峙したときも、ダンカン殿が鍛えてくれたバスタードソードのおかげで何度、命を拾ったことか。改めて感謝申しあげます」

 そう告げ、俺は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げると、そこでようやく、ダンカン殿は安堵あんどの笑みを浮かべた。
 だが、それを見て、俺の心はズキンと痛んだ。これからその笑顔を再びくもらせてしまうようなことを口にしなければいけないのだから……

「ダンカン殿!」
「うん? なんだ?」
「実は、ダンカン殿にご報告すべきことがあるのですが……」

 つい言いよどむ俺を、ダンカン殿は優しげな表情のまま静かに待ってくれた。俺は、何回か深呼吸をした後に、腰に吊るしていたバスタードソードをさやごとテーブルの上に置いて――

「申し訳ありません! せっかくダンカン殿に鍛えていただいたバスタードソードをゆがめ、使いものにならない武具にしてしまいました!」

 き出すように告げた俺の言葉に、ダンカン殿はピクリと額を動かしたあと、ゆっくり何回かうなずいた。

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