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6巻
6-2
しおりを挟む第一章 三人の武具を打ちますが何か!
「うっむむむむぅ……参ったぁぁぁ。いくら嬉しいからといっても、あそこまで羽目を外さないでもいいだろうに……」
「う~~~。昨夜は儂も、ちと羽目を外しすぎたようじゃ」
「……面目次第もございません。妾ともあろう者が、あんな見苦しい醜態を曝そうとは……」
早朝の翼竜街にこぼれる、俺――津田驍廣とフウと炎の愚痴とも泣き言とも取れるその言葉の原因は、昨夜の出来事にあった。
昨日は、天竜偃月刀を耀家邸宅に届けたあと、俺と紫慧とアルディリアの三人は、武具を鍛え上げたことへの感謝と慰労を兼ねて催された、内輪だけの宴会で夕飯をご馳走になった。
安劉の強い勧めもあったが、脇に控えるバトレルさんから「まさか耀家当主の誘いをお断りになるなどということはございませんね?」と、仕込み杖の刀身をわずかにちらつかせながら言われては、断れるわけがなかった。
その際、拵えを担当した傑利、斡利親子と、竜玉を鍛えるにあたって相談に乗ってもらったスミス爺さんやテルミーズも、ともに耀家に招かれた。
いつもの月乃輪亭で集まる仲間たちが揃ったことになるので、うすうすは悪い予感がしていた。ただ、アルディリアがギルドの指導によって飲酒が止められているので、乱痴気騒ぎはないだろう……と油断していたのがまずかった。
この日の安劉は、天竜偃月刀のこともあり上機嫌で、耀家所蔵の銘酒の数々を酒蔵から持ち出し、次々と封を開けて振る舞っていた。その彼が、いつもは豪快に酒を嗜むアルディリアが飲んでいないのを見つけ、その理由を聞くと途端に額に青筋を浮かべ、即座にバトレルさんに耳打ちした。
バトレルさんは黙礼し一旦退出して、すぐに戻ってきたのだが、後ろには延李総支配人とフェレースが付き従っていた。そんな二人に安劉が問い質す。
「延李、フェレース。聞くところによると、アルディリア殿に禁酒を申し渡したということだが、なにゆえだ?」
いきなり呼ばれて来てみれば、ギルドの業務とはあまり関係のないことを尋ねられて、驚く延李。おまけに安劉は……
「今日は、儂の新たな武具が手元に届いた祝いの日。それに尽力してくれた者たちに、儂から心ばかりのお礼をと、この酒宴を開いたというに、そのお一人であるアルディリア殿がギルドによって禁酒を強要されているというではないか! ギルドは儂の酒宴に来た者に対しても、禁酒を強要するのか!!」
と、完全に酔っ払いの『俺の酒が飲めねえのか!』的言いがかりを展開しはじめた。延李とフェレースは困惑しながらも、
「そ、それは以前、アルディリアと一緒に酒宴を開いた職人たちが、深酒をして翌日仕事ができず、翼竜街の生産力を著しく落としてしまったことがあったからです。その原因は、いつもギルドの業務で世話(ダメ出し)になっているアルディリアに、職人たちがその返礼(意趣返し)として酒を注ぎ交わし続けたからだと分かりました。そこで、このようなことが二度と起こらぬよう、アルディリアには闇の節の前日以外の複数人による宴会での飲酒は禁止すると命じたわけでして……」
と、額に汗を浮かべつつ、安劉に理解してもらおうと説明したのだが、酔っ払いの安劉に通じるわけがない……
「延李! 堅苦しいことを言うでない!! 今宵は無礼講じゃ、領主の儂が許せばよいであろう! アルディリア殿、今日だけは禁酒を解禁する! 大いに飲まれるがよい!!」
そんな風に言われたものだから、アルディリアは目を爛々と輝かせ、出てくる酒という酒を次から次へと飲み干して、空樽を積み上げていった。
しかも、自分が飲むだけでは飽き足らず、周りにいた者たちを次々と巻き込み……
最初にテルと擁恬が、続いて傑利とスミス爺さん、最後に、そのまま強制参加となった延李まで酔い潰してしまった。
そんな中、唯一アルディリアと対等に飲み続けていたのは、フェレースだった。頭の上にぴょこんと立った猫耳からお尻から生える尻尾の先まで真っ赤にしながらも、アルディリアと同じように飲み続け、最後には……
「なんだ、フェレースもけっこう行ける口だったのではないか!」
「うふふふ♪ 実はそうなのよ~ぉ。でも周りがなかなかついて来てくれなくて~ぇ。私と対等に飲める人は、アルディリアが初めてよ~ぉ」
「ほ~、それはそれは、思わぬところでよい飲み仲間を見つけられた。次はリリスも交えて女だけで飲みに行くのもいいな」
「あっ、それいい~ぃ♪ ぜひ今度やりましょうよ。でも今日はこの辺でぇ~」
「なんだ、フェレースもか。ワタシも今日は満足だぁ~♪」
そう言いつつ、二人折り重なるようにして崩れ落ちたらしい。
『らしい』としているのは、俺と紫慧は、この惨状を察した麗華とレアンによって、早々に別の部屋に避難できたからだ。
避難する直前に俺が見たのは、アルディリアを筆頭に、酒の入った杯を持ち『逃がさぬ!』とばかりにお互いの肩を組んで杯を重ねる、常軌を逸した酒飲みたちの乱痴気騒ぎだった。
そんな雰囲気に呑まれたのか、フウは酒杯を抱え込んで、上機嫌でフ~ワフワと宙を漂い――
牙流武は杯を重ねるアルディリアの足元に纏わりつき、片時も離れようとせず――
炎は乱痴気騒ぎの輪の中に交じって、器用に翼を使い、酒飲みたちと一緒に酒杯を干していた――
だが、避難をしたといっても、それは同じ耀家邸宅の中。次々と封を開けられた大量の酒樽の酒気酒精が屋敷全体に充満し、別室に逃れた俺たちのもとにも届き……翌日目を覚ました俺も、二日酔いに苦しめられることになった。
もちろん、俺はまだ軽い方だ。スミス爺さんや傑利、安劉に延李といった、アルディリアと張り合って倒れるまで杯を酌み交わしていた面々は、重度の(命の危険さえあった)二日酔いに陥っていた。バトレルさんの言によれば「今日は床から起き上がれないだろう」という状態で、改めてアルディリアの酒豪っぷりを痛感させられた。
そして、そんな惨状を生み出した当の本人は……
「さてと、驍。今日はどうする? 大仕事が一つ片付いたことだし、今日くらいはゆっくりするか? それとも、後に控えているヴェティス、優、賦楠三名の武具製作に着手するか?」
と、耀家邸宅を後にしてから、早朝の天竜通りに響き渡るような大きな声で尋ねてきた。
そんなアルディリアに、俺の横にいた紫慧は、
「アリア、大きな声を出さないでよ、頭に響くじゃない」
と、恨みがましい顔で睨みつけながら、抗議の声を上げる。
「なに? 紫慧、二日酔いなのか! 麗華に連れられて、早々に退散したくせに♪」
アルディリアが、なぜか優越感たっぷりの表情を見せていた。
「いや、お前が強すぎるんだよ! 耀家の酒蔵を一晩で空にするってどんだけだよ!! まったく毎回毎回よくもまあ、あそこまで飲めるな。ほどほどにしとかないと、そのうち体壊すぞ」
俺もツッコミ兼忠告をするが、当の本人は、まるで意に介さず、
「何を言うのだ、驍。『酒は百薬の長』! 楽しく飲めば、体に悪いことなどあるものか。大体、お前たちが弱すぎるのだ。響鎚の郷にいた頃、ダンカンとうさんと飲んだときは、ワタシはよく酔い潰れてしまって、エレナかあさんに『お前もまだまだだねえ』と言われていたものだ」
などと、しれっととんでもないことを口にした。
「……それって、何年前の話で、お前がいくつのときのことだよ」
「うん? 確か十二~三年ほど前になるか。ワタシが七歳か八歳になった頃だったから……」
この返答に、俺は呆れてしまい、酒に関してアルディリアに注意するのを諦めた。
幼少のみぎりよりの筋金入り。何を言っても無駄でございます(合掌)。
とりあえず俺たちは一旦月乃輪亭に戻り、酒と汗で臭くなっている衣服を着替え、体に纏わりついた酒気を共同浴場で綺麗に洗い流した。いつもは濡れるのを嫌がるフウも、さすがに自分の体についた酒の臭いに辟易したのか、俺が汲んだ手桶の中でお湯に浸かっていた。早目の昼食を済ませると、アルディリアにヴェティスを呼んでくるよう頼み、俺と紫慧は鍛冶小屋に行って、仕事の準備を始める。
ほどなくして、アルディリアがヴェティスを連れてきた。
「急に呼びだして悪かったな。長らく待たせていたが、今日からヴェティスの武具の製作に入ろうと思うんだ。で、その前にいくつか確認しておきたいことがあるんだが」
「えっと……なんでしょうか? も、もしかして、私の思い違いから驍廣さんに襲いかかったことで、やっぱり武具を作るのはなしって……」
血相を変えるヴェティスに、俺は苦笑しながら彼女の言葉を遮った。
「いやいや、一度約束したことを今さら反故になんてしないさ。聞きたいのは、修練場の立ち合いのとき、小剣が砕かれたあと、俺に爪を突き立ててきただろ? そのことについて話を聞きたいんだ。もしかして、ヴェティスは徒手空拳術も使えるのか?」
俺の問いかけに、ヴェティスは耳を力なくペチャッと伏せた。
「あのときのことは……確かに驍廣さんの体に爪を立てたけど、徒手空拳術なんて立派なものじゃないです。リデルさんや『森の陽光』の仲間たちと、武具を失った際にどう戦うか話したことがあって、そのときに人間よりも鋭く強靭な爪や牙を使った体術がいいんじゃないかってなったんです。だから、いざというときのために心の準備はしていたのと、私たち獣人族は幼い頃に親から武具を持たない状況で敵に抗う術を多少教えられていたので」
「そうか……じゃあ修練場で使っていた小剣について聞かせてくれ。得意な武具は小剣でいいんだな? それも、二刀流で」
「う~ん……以前は直刀と小剣の二振りを使っていたんですが、思い入れがあるわけではありません。私はそんなに力が強くないから、身軽さを武器にできるような武具を好んで使っていただけでしたし」
「なるほどね~。ということは、元々身につけている体術の邪魔にならないなら、どんな武具でも大丈夫ってことだな、了解した。悪かったな、わざわざ来てもらって。それじゃ武具を成形する前に一度連絡するから、楽しみに待っていてくれ!」
話を終えてヴェティスから離れ、みんながいつもの定位置――炉の上に炎が留まり、鞴の上でフウが居眠りを始め、炉の土壁に牙流武は身を横たえる――につき、仕事にかかろうとすると、
「あの~、驍廣さん。もしよかったら武具を作るところを、見ていてもいいですか? 武具がないと、ギルドで受けられる仕事が街中の雑用くらいしかなくて暇なんです。それで、後学のためにどうやって自分の武具が作られるのか見ておきたいと思って……。実は、今私が言ったようなことは優や賦楠も言っていたので、私が許可がもらえれば、それぞれ自分の武具を作ってもらえるときに見に来たいって言うと思いますが……ダメでしょうか?」
と、好奇心を瞳の奥に煌めかせながら、上目遣いでお願いしてくるヴェティス。
「う~ん、素人が見てもあまり面白いとは思わないが、自分の武具がどうやって作られるのか気になるってのは、俺もよく分かる。興味があるのなら見ててくれて構わない。ただし、仕事中は火の粉が飛んだりするし、俺たちも集中したいから、アルディリアと一緒に壁際まで離れてくれよ」
俺は頭を掻きつつも許可を出し、ようやく紫慧と仕事に取りかかることにした。
今回、ヴェティスのために鍛えようと考えている武具は『ジャマダハル』だ。
俺が現世で得た知識では、一昔前は『カタール』と、間違った名で呼ばれていた武具だが、その一番の特徴は持ち手にある。
通常、剣や刀、短剣など、刃物と呼ばれる武具は、刃の延長線上に持ち手となる柄がある。だがジャマダハルは、刃とは直角になるような位置、鍔と平行に持ち手が付けられていて、持ち手を握ると、手の甲の延長線上に刃が来る特殊な形状の武具だ。
刃の根元から伸びる二本の棒の間に握りが付く形だが、この二本の棒は、腕を護る防御――籠手としての役割を持たせることもできる。また、手の甲の延長線として伸びる刀身は、斬る、突くなど、自在な運用が可能だ。
以前麗華から、レアンに武具をと言われたときに、レアンの軽快な動きを用いた戦い方なら、このジャマダハルが合っているのではないか、と考えたこともあった。
そこで、レアンのように体術を駆使した戦い方をするヴェティスにも適合する武具なんじゃないか、とぼんやりと考えていたのだ。
ただ、ヴェティスであってもレアンであっても、一つ問題になってくるのが、ジャマダハル最大の特徴であるその握り――持ち手だ。
これまで通常の刀剣を使ってきた者にとっては、握りの位置が九十度変わることになってしまう。その違和感は相当なものだろう。
そこで先に確認したのだが、ヴェティスは徒手空拳術とまではいかなくとも、無手での抗い方、つまり戦い方を幼い頃に叩き込まれたという。
それならば、手の延長として扱うことのできるジャマダハルは、ヴェティスに合っているような気がした。
ジャマダハルを鍛えるため、まず俺が手に取った金属鋼は、靭鋼と黒剛鋼、そして白銀鋼の三種類。
あまりレアンと比較するのはよくないのかもしれないが、レアンにジャマダハルを鍛えるなら、風鼬と同じ白銀鋼と黒剛鋼の二種類しか使わなかった。
それなのになぜ、同じ体術を活かした戦い方を選択しているヴェティスには靭鋼まで使うのか? これは同じ体術を使う戦い方といっても、二人には決定的な違いがあるからだ。レアンは俺の体力作りのときにも見せたように、一定以上の速力を保ったまま縦横無尽に駆け巡ることで敵を翻弄する。それに対して、修練場で見たヴェティスの動きは、瞬発力を活かし、一撃で相手の急所を狙うものだった。
まるで、獲物が力尽きるまで追いつめて狩る『狼』に対して、物陰から危襲をかけて獲物をしとめる『猫』の違いのように感じた。
その上で考えたのが、ただ強靭なだけでなく、より敵の急所を的確に狙える方がよいのでは? ということだった。
靭鋼製の武具としてすぐに思いつくのは、俺を襲った妖精族の使っていた靭鋼製の炎状細剣と、兎人族のラルゴ・スフォルツに鍛えた細剣だ。二人とも細かな剣捌きを得意とし、特に炎状細剣にはエライ目にあった。今思い出すと、靭鋼はその柔軟性で俺の打ち払いを逸らすだけでなく、狙う一点目がけて獲物を狩る生きもののように、刃先の形状を変えて襲いかかってきていたように感じる。
その動きと同じ機能を、ヴェティスのジャマダハルにも与えられたら。そのために、白銀鋼と黒剛鋼の土台の上に靭鋼を用いてみようと考えたのだ。
早速、用意した金属鋼をそれぞれ鍛え上げつつ、鉱石粉(精霊石)を付与していく。
まず、靭鋼にはお決まりの琥珀粉を、黒剛鋼にも金剛石粉を付与して鍛え上げる。白銀鋼には、先に鍛えた金属鋼の間を取り持ってもらえるように、琥珀粉と金剛石粉、それから風精霊の宿る翠玉粉を混ぜ合わせる。ヴェティス自身は精霊術が使えないとはいえ、彼女を見守る使役精霊はいる。以前、真眼で確認した際に、それが風精霊と樹精霊だと分かっていた。今回はそのうちの風精霊の精霊力を武具に付与させることにした。
それぞれ、綺麗な木目、漆黒、翠銀色に輝く金属鋼に鍛え上げて、この日は終了した。
◇
驍廣さんと紫慧さんが金属鋼を鍛え終え、片付けを始めたときのこと。隣にいたアルディリア姐さんが、急に私――ヴェティスの顔を見て問いかけてきた。
「ヴェティス、何か言いたいことがあるんじゃないのか? あるならイジイジしていないで、ハッキリ言いなさい!」
「……間違っていたらすみません。今日、驍廣さんたちが鍛えていた金属鋼は、全て私の武具にするためのものですよね?」
私はそうでないことを祈りながら、オズオズと尋ねた。
「何を当たり前のことを言ってるのだ?」
姐さんは少し呆れたような表情だった。私はガックリと肩を落としてしまう。
「姐さん、すみません。今から驍廣さんに、武具製作をお断りしてもいいでしょう――ヒィッ!」
私がそう口にした途端、姐さんの表情が般若の形相に変わり、詰め寄ってきた。
「ヴェティス、本気でそんな馬鹿なことを言ってるのか? 冗談でも許さんぞ! 何を考えてそんな下らないことを口にするんだ!?」
「許してください。でも、白銀鋼に黒剛鋼、それに靭鋼まで使った武具にお支払いできるお金なんて、私持っていません!!」
身を縮こまらせながらも叫ぶように反論したら、姐さんは般若の形相から一転、驚いたような表情になった。そしてすぐに、クスクス笑い出す。訳が分からず私が呆然としていると――
「悪い! これはワタシの落ち度だった。そうだな、今まで鋳造で作られた鋼の武具を使っていたヴェティスが白銀鋼などを見たら、それは驚くだろうな。すまない、お前たち三人に伝えるのを忘れていたことがある。ヴェティス、それから優に賦楠の武具だが、支払いは翼竜街ギルドが肩代わりすることに決まった」
「……え~!! 鍛造武具の支払いを、翼竜街ギルドで肩代わり!?」
「ああ、そうだ」
「『ああ、そうだ』じゃないですよ! なんでそうなるんですか?」
「それは、お前が魔獣不死ノ王の出現を知らせたことに対する正当な報酬を受け取らなかったからだ」
「そ、そんなあ。私はちゃんと報酬をいただきましたよ!」
「いや、『森の陽光』に払われるはずの報酬を受け取らなかっただろう。お前だけじゃない、優も賦楠も、そしてルークス殿も、揃って『たまたま居合わせただけで報酬をもらうようなことはしていない』と言って受け取らなかった。そのため『森の陽光』に払われるはずだった報酬が宙に浮いてしまったのだ。もし『森の陽光』に所属していた冒険者たちに身内なり、残された親族がいれば、その者たちに払うこともできたのだが、残念ながら、お前も含めて皆が天涯孤独の身。同じように翼竜街を守るために不死ノ王と戦い、散っていった衛兵団の親族には、見舞金としてそれなりの額が払われているのだ。それなのに、『森の陽光』に対して親族がいないからといって何もないのでは、『翼竜街は衛兵にだけ補償をし、冒険者に冷たい』『片手落ちもいいところだ』『身内びいき』などと言われかねない。そこで、翼竜街の上の方におられる方々が、ヴェティスたちのために驍が鍛えた武具の支払いを引き受けることにしたのだ」
「いや……そんなこと……」
「決したことだ! それに、ルークス殿には同意をいただき、彼はすでに街を発っている。今さらルークス殿を呼び戻して、ヴェティスが難色を示しているから武具の支払いをしろと言えというのか?」
「う~~~~」
苦虫を噛み潰した表情で睨む私に、
「少しはギルドや領主に格好つけさせてくれ」
と、言いながらはにかむ姐さん。そう言われてしまうと、そしてそんな顔を見てしまうと、私は言い返すことができなくなってしまった。
私はこの話を優と賦楠にもして、二人からも了承をもらった。特に賦楠は武具が無償で手に入ると聞いて大喜びだった。だがこのときは、まさか私たちの武具があんなシロモノになるとは夢にも思っていなかったわけで。武具が完成したとき、私は自分の浅はかな決断を後悔することになる――
◇
ヴェティスの武具に取り組みはじめて二日目の朝。俺と紫慧は、鍛冶小屋に行く前に一度スミス爺さんたちの様子を確かめようと鍛冶場を覗いた。するとそこには、二日酔いならぬ三日酔いになっているスミス爺さんと、そんな爺さんを励ましつつ、なんとか鍛冶仕事に取りかかろうとしているテルミーズがいた。
頭を抱えながらも、テルミーズの叱咤で足を引きずるようにして鍛冶場に姿を現したスミス爺さんは、すぐに椅子にドカッと腰を下ろす。そんな爺さんに木杯に水を入れて運ぶテルミーズの姿は、まるで孫が困りものの爺さんを宥め賺しつつ仕事をさせようとしているようだった。微笑ましい二人の様子に、俺と紫慧は顔を見合わせて笑い、そのまま爺さんやテルミーズに気づかれないように鍛冶小屋に向かった。
鍛冶小屋には、すでにヴェティスが待っていた。
「驍廣さん、おはようございます。先ほどまでアルディリア姐さんもいたんですが、ギルドに呼ばれて行ってしまいました。姐さんから『すまないが、今日は鍛冶小屋の方に顔を出せないかもしれない』と伝言を預かっています。姐さんを呼びに来た職員の話だと、姐さんの後を任された生産者窓口の職員が何か問題を起こしたようで、姐さんの手を借りたいそうです」
と、なぜか申し訳なさそうに話すヴェティス。
「そうか、アリアも何かと大変なんだな。まあ、俺たちのところばかりいたら『給料泥棒』と言われちまうし、いいんじゃないか」
気楽にそう返して、紫慧と準備を始めたが、ヴェティスは眉間に皺を寄せて――アルディリア姐さんって、驍廣さんと紫慧さん専属の職員じゃなかったの? いいのかなあ、専属の職員が別件で動いていても――と、何やらブツブツと呟いていた。
俺と紫慧は粛々と鍛冶仕事の準備を進め、前日の続きに取りかかる。
鍛錬しておいた黒剛鋼・靭鋼・白銀鋼を再び炉でゆっくりと熱する。十分に熱が伝わったところで、白銀鋼を芯にしてその上に黒剛鋼、一番外側が靭鋼になるように鍛接を行う。鍛接した金属鋼を、俺と紫慧が戦鎚と大金鎚で拍子よく交互に打ち鍛えながら、少しずつジャマダハルの形状へと成形していくことにする。
今回のジャマダハルの製作において一番の問題となるのが、握りとその握りを支える支持棒の成形だと考えていた。
刀身はルークスのために手がけた片手半剣に近い、幅の広い両刃の小剣の形状に成形する。つまり、芯となる白銀鋼や黒剛鋼が刀身の剛性を保ち、重ねた靭鋼が刃先となる。そうすることで、完成した際には、ヴェティスの動きに合わせて刃先がたわみ、的確に刃筋を立てることができるだろう。
一方、握りの部分やその握りを支える支持棒は、俺が初めて扱う構造。この部分の作りを甘くして、戦いの最中にいきなりボキリと折れたりしたら、目も当てられない。
そのことを念頭に入れて、まず手始めに刀身から成形する。
刀身はただの直剣型ではなく、わずかだが根元から切先に向けて緩やかな曲線を描き、両刃の中心が鎬のように甲高に盛り上がるようにする。
刀身の成形が大体終わったところで、日本刀なら茎になる刀身の根元部分に鏨で楔を入れ、二等分するように切れ目を入れて開き、握りを支える二本の支持棒へと成形していく。もちろん、それ以上切れ目が広がらないように、楔を入れた箇所を念入りに打ち鍛えておいた。
握りを支える支持棒は、刀身の切先からの曲線に沿ってわずかに膨らみをつけて、支持棒が使用者の手首から腕を防御できるように構造的な剛性を持たせた。
最後に支持棒をつなげ、握りとなる黒剛鋼の棒を二本ずつ鍛接する。握りの棒を二本つけたのは、しっかり握ってジャマダハルを保持できるようにするためと、戦いで刃を弾かれたとき、握りを起点に刃が回転しないようにしておきたかったため。
この日は、刀身と握りの大まかな成形が終わったところで終了した。
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