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5巻
5-2
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仕方ない。驍の尻拭いができるのはワタシだけだ。
驍と紫慧がワタシを除け者にして二人だけで闇の節を楽しもうなどという不埒なことをすると知り、動向を探るためにあとをつけてみれば、結局騒動が起き、紫慧までもが一緒になって騒ぎを大きくしている。
やはり、驍にはワタシがついていないと駄目なのだな♪
そう一人納得し、大きく溜息を吐いたワタシは、両者が向き合う場所へと近づいていった。
まったく、驍はいつも世話がかかる♬
何なんだよ、アイツは……。俺は甲竜街の公子・壌擁恬だぞ。
竜人族の中でも最も体躯に優れ、力も強い、高貴な甲竜人族の領主の息子である俺が、威圧されるなどあってはいけないこと。しかも、あの者はどう見ても『亜人』ではないか?
異種族間で生殖活動を行った際、通常は両親のどちらかの優位な形質を受け継いで生まれるのがほとんどだ。そこに種族間での優劣は存在せず、どちらの種族に生まれるかは時の運。そんな文殊界にあって、ごくわずかな例外が存在した。それが『亜人』だ。
亜人として生まれる個体は両親双方の形質を受け継いでしまい、種族としての特定が困難な者たちだが、大抵の場合は劣性な形質が出てきてしまう。しかも、両方の形質が体内で争うためか幼い頃にその寿命を使いきってしまい、成人する者は極めて少ないとされている。
あの者は、今までに見たこともない青黒い肌をし、人間と同じような形態を持つ。唯一、特徴的なのは額にある目のようなものだが、とても種族は特定できず、『亜人』としか言いようがない。そんな者に甲竜人族の公子である俺が威圧されるなどあり得ない。いや、あってはならないことなのではないか!? 幼い頃より我に仕えていた妖精族の爺やがそう教えてくれていたではないか!
『擁恬坊ちゃま。坊ちゃまは甲竜人族の公子として、天竜賜国のみならず、これからの文殊界を、天樹国のハイエルフ氏族の方々とともに導いていく定めの御方。その高貴なお生まれに相応しい、品性と力をお持ちになられるようにお努めになられ、愚かなる他種族の者たちに侮られぬよう、毅然とした態度でお望みなさいませ!』と。
だから、俺は粗相を働いた者に対して『適切なる罰』を与えたのだ!
俺は正しい行いをしているのに、なぜこの街の者は、俺に逆らう亜人に声援を送っているのだ? しかも、この者は俺に対し公然と罵倒し、威圧してくる。その威圧によって俺は今、身動き一つ取れない……このようなことがあって良いはずがない! そう思い、自らを奮い立たせようとしても、体が言うことを聞いてくれない……これは何なのだ? もしかして、これが『恐怖』というものなのだろうか……。俺はこの亜人に『恐怖』を感じているというのか?
俺の威圧を受けて、甲竜人族の公子とやらは腰を抜かして地べたに座り込み、驚愕の表情で俺を凝視している。そんな状態がしばらく続いていると、俺と公子との間に歩を進める者がいた。
「驍、そのくらいで良いだろう。こんな奴でも甲竜街の公子、粗略に扱うことはできぬ。この場はその辺で引いてもらえぬか?」
そう言いながら、アルディリアが俺の眼光を遮るように公子との間に立ち、笑顔を見せていた。
「アルディリア。そいつはお前のことも散々に言っていたんだぞ、それでも庇うのか?」
「コイツが言ったようなことは、これまでも言われてきた。何とも思わない……とは言わないが、ここ翼竜街にはワタシのことをちゃんと分かってくれる者が大勢いる。ワタシにとってはそれで十分だ。もちろん、驍や紫慧だってワタシのことを分かってくれているだろ?」
「そんな風に言われたんじゃ、矛を収めざるを得ないよな。これで手を出したら、俺の方が堪え性のない悪ガキになっちまう」
そう言って俺はアルディリアの笑顔に苦笑しながら、威圧を解いた。その途端、大きく息をついてうなだれる擁恬に、アルディリアはそっと近づいた。
「擁恬様。この場で起こったことは、今この場にいる者だけの秘密といたします。その方が貴方様にとっても良いのではありませんか? もし今回のことがお父上である甲竜公の耳に入れば、お叱りを受けるのは貴方様では? それから、これより先もし何か良からぬことを考えるようであれば、そのときは相応の対応を取らせていただきます。これは翼竜街ギルドとしての最大の譲歩だとお考えください。この際なのではっきり申し上げますが、この街では貴方様のような考えは通用いたしません。公子であると声高に告げられるのであれば、もう少し広い視野で物を見、見識を広げられることをお勧めいたします」
そう言って深々と頭を下げるアルディリアに対し、擁恬は呆気に取られた表情を浮かべるが、言葉の意味を理解していくうちに苦虫を噛み潰したように顔をしかめつつも、
「分かった……」
と、頷こうとしたそのとき――
「キャ~、放してぇ!」
「うるせぇ静かにしろぉ!」
突然、悲鳴が周囲に響いた。声のする方を見ると、紫慧が一番最初に昏倒させた男が、兎耳少女を後ろから羽交い締めにして、首元に短剣を突きつけていた。
「ちぃ! 迂闊だった!」
「しまったぁ!」
そう口々に吐き捨て、娘と男の方に駆け寄ろうとする、俺、紫慧、麗華、賦楠、優、ヴェティス、そしてアルディリアだった。だが――
「動くんじゃねえ!! 一歩でも動いてみろ、この娘の首が胴から離れちまうぜえ!」
叫ぶ男の短剣によって兎耳少女の首筋から血が一筋流れ落ち、俺たちは動きを止めざるを得なかった。いやらしい笑みを浮かべた男は、紫慧の蹴りで口の中を切っているのか、赤く染まった唾を地面に吐き捨てる。
「まったく、よくもやってくれたな。せっかくこれまで甲竜街の小倅の威光を笠に、好き勝手し放題だったってのによお。亜人と女の二人組にまとめて打ち倒されちまったら、もうそんなことできねえじゃねえか。まだ楽しめると思ったのによぉ。まあ、それでも妖精族の爺さんからの依頼も大体は果たせただろうから、まあ良いんだが。とはいえ、この落とし前だけはつけさせてもらわねえと、俺の腹の虫がおさまらねえ」
「妖精族の爺さん? 誰のことだ? ……もしや、爺やの依頼でお前たちはこれまで俺に付き従ってきたというのか?」
擁恬が驚きの表情を浮かべて問いかけると、男の笑みは残忍なものに変わった。
「なんだ? まだ気がついてなかったのか? 俺たちはお前のお優しいカイーブとかいう爺さんに『甲竜街の公子の威光を笠に好き放題に暴れ、公子の評判と甲竜街領主の権威を貶めよ』って依頼されてたんだよ。でなきゃ、誰がお前みたいな糞生意気な餓鬼の相手なんぞするか!」
男の言葉に擁恬は顔面蒼白になる。
「爺やが……高貴であれ、他種族の者に侮られぬように毅然とした態度を保てと教えてくれた爺やが、俺を使って甲竜街領主の権威を貶めようとしていただなんて……そんな……ウソだ、嘘だ、うそだ……」
「へっへっへぇ、嘘なもんか。俺は直接にカイーブの爺さんから依頼されてたんだからな。いや~愉しかったぜ。甲竜街公子の配下だって言やあ、女を犯そうが、物を盗もうが誰も楯突きゃしねえ。それこそ好き放題、やりたい放題なんだからな。まあ、さすがに殺しまではやらなかったが、それでも一生寝たきりになった奴もいたっけかな。俺たちのやらかしたことは、み~んな『公子』って肩書きの餓鬼が背負ってくれるんだ。ホント『公子』様様だったぜ。ぎゃ~っはっはっはっは」
高笑いをしながら言い放つ男に、擁恬は、
「ウソだぁ~!!」
と、声を上げて、腰に吊るしていた訶莉棒(棍棒の打撃面に鉄などを巻きつけることで強度を高めると同時に打撃力強化を図った強化棍棒)を振り上げ、襲いかかった。
しかしその動きは、修練を積んだ者の動きではなく緩慢なもので、男は兎耳少女を抱えたまま容易に擁恬を蹴り飛ばした。
だが擁恬を蹴りつけた瞬間、少女の首元に突きつけられていた短剣が首から離れた。その一瞬を逃さず俺たちは男のもとへ詰め寄ろうとするも、わずかに早く再び首元に短剣が突きつけられ――そうになるところを、何者かの手が短剣の刃を握り、兎耳少女の首に向かうことを許さなかった。
「アルディリア!」
そう叫ぶ俺を軽く一瞥し、アルディリアは握った短剣を自分のもとに引き寄せながら、右手に持った大鎌を男の首に突きつけた。
「これ以上狼藉を働くならば、貴様の首が胴体から飛ぶことになるが、どうする?」
聞く者の背筋を凍らせるような低い声で告げる彼女に、男は体を硬直させ、それまで浮かべていた笑みを引きつらせ、
「わ……分かった俺が悪かった。だから殺さないでくれ……」
と、言葉を発するのがやっとだった。
賦楠と優が男を拘束すると、兎耳少女は紫慧が抱えるように支え、男に蹴り飛ばされた擁恬は麗華に起こされていた。
それを確認し、俺は未だに短剣の刃を握ったままのアルディリアに近づき、ゆっくりと刃を握る手を開きつつ短剣を取ってやった。アルディリアの掌は、短剣の刃を強く握ったために、切れて血塗れになっていた。その掌に、俺は頭に被っていた布を引き裂いて巻きつけ、止血をしながら、
「アルディリア、咄嗟のことだったとはいえ、短剣の刃を掴んで止めるなんて無茶が過ぎるぞ。今回は、切れ味が悪くて血を流す程度で済んだから良かったものの、もし指でも切り落とすことになったらどうするつもりだったんだ?」
と、語気を強めた。アルディリアは、布に巻かれた自分の掌を見ながら、
「まあそのときはそのときだ。これはギルド職員としてのワタシの務めだからな」
と、なんとも他人事のように言った。そんな物言いにイラっとして、俺は声に怒気を含めた。
「お前なあ、ギルド職員の務めだからって、自分の身を傷つけてまで果たすことか? いくら場を収めるためでも、アルディリア自身が傷ついちゃ何にもならないだろうが。少しは周りにいる者の気持ちも考えろ!」
アルディリアは不意に、いつもの張りつめているような表情を崩し、
「なんだ? 驍はワタシのことを心配してくれるのか?」
と、わずかに顔をほころばせて俺の顔を覗いてくる。その表情にむず痒いものを感じつつ、
「心配するに決まっているだろうが! 俺だけじゃなく、紫慧だって、麗華だって成り行きを見守ってここに集まっている者たちは皆、アルディリアが傷つくのを望んでいないぞ。とにかく、あまり無茶をするなよ!」
と言うと、アルディリアは一瞬呆けたような表情になり、周りで見守る翼竜街の者たちを見回して、何とも申し訳なさそうな表情をした。
「すまなかった。驍の言う通りだな。これからは気をつけることにしよう」
そのままうなだれた頭を、俺がポンポンと軽く叩いたら、彼女は驚いたように顔を上げる。
「素直で結構! いつもそうだと良いんだがな」
ニヤリと笑いかければ、そんな俺につられて、アルディリアも不器用な笑みを見せてくれた。
「アルディリアぁ~、応援に来たよぉ~」
騒動も終幕を迎える頃になって、人垣の向こう側から、なんとも間延びしたフェレースの声がした。
フェレースは連れてきたギルドの保安部員に、昏倒している男たちを捕縛するように指示し、その間に俺とアルディリアから事の顚末を聞くと、周りにも聞こえるように大きく溜息を吐き出し、
「は~、総支配人からも昨日の様子を聞いてはいましたが、甲竜街の公子様は噂通りの御方だったということですねぇ~。しかもその元凶が公子様付きの妖精族とは……まったく甲竜街には困ったものです~」
そう落胆を示した。擁恬の取り巻きたちはギルドへと連行された。そしてこの騒動での一番の被害者である兎耳少女は……首の傷は紫慧の治癒術によって治ったものの、無残に壊された搾り機を茫然と見つめたままで、傍らでかけられる励ましの言葉は届いてはいないようだった。
そこへひょっこり顔を見せた傑利が、俺に声をかけてきた。
「驍廣さん、これ直せませんかニャ? たぶん何とかなると思うんニャが……」
その言葉で、兎耳少女の瞳に光が灯り、パッと顔を上げると、傑利とそして俺の顔を見つめた。彼女を一瞥してから、俺は傑利に近づくと、足元に転がる壊された搾り機を手に取った。
「傑利、ここまで執拗に壊された物を直せってのか? 難しいことを簡単に言ってくれるよ。だが……この搾り刃は無事なようだし、他の部分は作り直せば何とかできないこともないか。だが、細部の細かい細工や、木で作ってある部品は俺じゃどうしようもないぞ」
俺がそう告げると、傑利はニヤリと笑う。
「その辺は任せるニャ。これでも職人仲間に知己が多いし、細かい細工は私が仕上げるニャ。お嬢さん安心するニャ。この搾り機はちゃんと元通りに直してあげますニャ」
「ありがとうございます! その搾り機は父さんが残してくれた唯一の形見の品だったんです。私の父さんも果物を仕入れて果汁を搾り売っていて、父さんの周りにはいつも搾り果汁を求める子供たちが集まっていて……。私もそんな風になりたいと思って、屋台を開いたんです。ですからその搾り機が壊されたときにはもう目の前が真っ暗になっちゃって。よろしくお願いします!」
と、兎耳少女は涙を流しながら笑みを浮かべて、何度も頭を下げた。
集まっていた人々も、事が無事に収まったのを確認すると、それぞれの店へと帰っていき、再び闇の節ならではの喧騒が自由市場に戻り、騒動は終結した。
自由市場で狼藉を働いた男たちは、フェレース率いるギルド保安部員のよってギルドに連行されたが、問題として残ったのは、男たちを率いていた擁恬の扱いだった。
擁恬の甲竜街の領主公子としての体面を慮ると、さすがに男たちと同様に公衆の面前で拘束し、ギルドに連れていくわけにもいかない。ギルド保安部では対応が苦慮されたが、騒ぎの場に翼竜街の領主公子である麗華がいたこともあり、彼の身柄は麗華に預けられ、翼竜街領主の耀安劉に後の対応を一任することとなった。
そのことを伝えに安劉のもとへと走ったレアンが戻ってくると、麗華に駆け寄り何事かを耳打ちした。すると麗華は頷き、改めて俺たちに歩み寄り、頭を下げた。
「アルディリアと驍廣、そして紫慧さん。わたくしとともに翼竜街領主公邸までおいでくださいませんか。父・安劉がお話ししたいことがあると申しております。申し訳ありませんが……」
頭を下げる麗華を見て、驚きの表情を浮かべる擁恬。彼の様子を横目で見つつ、
「ああ、一向に構わないぞ。というか、相手に非があったとはいえ公衆の面前で徒党を組む者たちとの大立ち回りをやらかしたんだ、何の咎めも受けずに無罪放免というわけにはいかないだろうと思っていたからな」
俺がそう返すと、アルディリアも同じことを考えていたのだろう、了承したように頷く。紫慧も申し訳なさそうに表情を曇らせながら、口を開いた。
「そうだね、いくら売り子さんを助けるためとはいえ、ボクが出ていったことで騒ぎが一段と大きくなってしまって……ごめんなさい……」
「いえ、驍廣や紫慧さんを責めるつもりなどありませんわ。この場でのことはむしろ領主が頭を下げなければいけないことです。この場の件とは別に、少し話をさせていただきたいとのことで……ここでお耳に入れるのも憚られますので……」
麗華は慌てて訂正してくれるが、肝心の内容については言葉を濁した。そんな態度に疑問を抱きつつも、俺たちは耀家邸へ向かうことにした。
耀家邸に着くと、俺と紫慧とアルディリアは、以前レティシアに案内された貴賓室に通され、麗華とレアン、それと麗華に奥襟を掴まれた擁恬は、俺たちと別れて邸宅の奥へと消えていった。貴賓室には既に俺たちが訪れることが伝えられていたのか、人数分のお茶と菓子が用意され、給仕役として執事長のバトレルが、客間の中央にある長机と長椅子の脇に控えていた。
「驍廣様、紫慧様、アルディリア様、どうぞこちらにお座りください。間もなく旦那様もお見えになると思います。それまでしばし、わたくしめの淹れたお茶で喉を潤してくださいませ」
バトレルに促されるまま、長椅子に座ると同時に、それぞれにお茶が出された。
彼が淹れてくれたお茶からは芳醇な香りが立ちのぼり、広場での騒ぎで荒れていた心が落ち着くような気がした。お茶を飲みながら待っていると、静かに貴賓室の扉が開かれ、扉を開けたレアンに続き、安劉を先頭に麗華と、右頬を腫らした擁恬が入ってきた。
慌てて長椅子から立ち上がろうとする俺たちを、安劉は軽く手を挙げて制し、
「此度の領主の座に連なる者の失態、まことに申し訳ない。本来ならば、失態を犯した擁恬が父、擁掩が謝罪すべきところなれど、擁掩のいる甲竜街は遠方のため、擁掩に代わり儂――耀安劉が街を治める領主の座に連なる者の一人としてお詫び申し上げる」
そう言ってから、深々と頭を下げる安劉に、擁恬は蒼白の顔面に驚きと怒りがない交ぜになったような表情をし、ブルブルと震え出すと、
「安劉様! おやめください。領主ともあろう御方がなぜ『亜人』や『妖人族』ごときにそのように頭を下げられるのですか?」
と声を荒らげた。すると、いつもは柔和で温厚そうな笑みを浮かべている安劉が、憤怒の表情を浮かべ、雷鳴のごとき声で怒鳴った。
「この、たわけが! 種族など関係ないわ!! 街に住む全ての民の模範となるべき領主の一族が、己の務めも顧みず傍若無人に振る舞っただけでなく、民に迷惑をかけるなど許されざる所業! されど、貴殿が幼いゆえに今度だけは許していただくため、頭を下げて謝罪するは当然のこと。それなのに貴殿は、まだそのような愚かなことを口にするか!!!」
そして、彼の声に縮み上がった擁恬の、赤く腫れていない方の頬を平手打ちして壁際まで張り飛ばした。俺は慌てて止めに入ろうと立ち上がったが、安劉は俺の方に向き直り再び低頭し、
「お見苦しいところをお見せいたした。度重なる醜態の数々はまことに申し訳ない。どうか儂に免じてなにとぞお許しいただきたい」
と、謝罪の言葉を口にし続ける。そんな彼の姿に、俺の隣で驚き固まっていた紫慧とアルディリアも立ち上がった。
「頭をあげてください安劉様。大人げなく擁恬に付き合って、公衆の面前で暴れてしまった俺たちにも落ち度がありました。ですから、俺たちに対しての謝罪はいりません」
「そうです! ボクがもう少し上手く立ち回っていたら、こんな大騒ぎにはならなかったかもしれないんですから」
「まあ、相手が相手だっただけに難しいことではあったかもしれないが、もう少しやりようはあったのかもしれない。その意味では、安劉様が騒ぎを大きくした当事者である驍と紫慧にこれ以上謝罪をする必要はないだろう。だが、騒動の被害者である屋台の少女には、耀家から何か手を差し伸べていただけるよう、ギルドの一職員としてお願いしたい」
「必ず! 被害に遭った少女には耀家が被害の弁償と補償を約束しよう」
俺たちの言葉に安劉はもう一度深く頭を下げて、確約してくれた。
その後、安劉と麗華を交えてお茶を飲みながら雑談を交わし(その間、反省を促すためか、擁恬は安劉によって客間の隅で立たされていた)、室内に広がっていた嫌な空気が消え去ったのを見計らい、アルディリアが、
「さてと、安劉様。そろそろ本題をお聞かせ願えないでしょうか?」
と水を向ける。すると、それまでにこやかにお茶を飲んでいた安劉が表情を引き締めた。
「ああ、そうだな……驍廣殿、紫慧殿。お二人、甲竜街に赴いてはいただけぬか?」
あまりにも唐突な申し出に、俺と紫慧はお互いの顔を見合わせて、
「「それはどういうことなんだ(でしょうか)?」」
と、同時に問いただしていた。そんな俺たち二人の様子を見て、安劉は苦笑を浮かべる。
「実は、甲竜街領主・壌擁掩殿の弟君・壌擁彗殿と、甲竜街の全ての鍛冶師に一目置かれている甲竜街鍛冶の重鎮ダッハート・ヴェヒター殿の連名で、驍廣殿に甲竜街にお越しいただけないかと打診する書簡が届いておるのだ。公式な招聘というわけではないのだが、儂としては擁彗殿とダッハート殿からの要請とあらば、ぜひにも叶えてさし上げたいと思うておる。どうじゃろう、期日が設けられているわけでもなし、すぐに答えを求めてはおらんが、考えてもらえんだろうか?」
「そうだな……。甲竜街はスミス爺さんも修業した鍛冶場があると言っていたし、興味はあるんだが、今鍛冶場に大量の注文が入っていて、それを片づけないことには難しいだろうな。スミス爺さんのもとに入っている注文だけでなく、『俺』に武具を鍛えて欲しいと注文してくれている者もいる。最低でも俺の分だけは鍛え終わらない限り無理だ。そのあとでも良いと言ってもらえるのなら考えられるんだが……」
「それで十分だ。先方も急な申し入れであることは重々承知している。打診する書簡には『無理強いは決してしないように!』と付け加えられていたほどだ。驍廣殿が抱えている状況が解消したあとならば、甲竜街への招聘を拒否しないと伝えておけば、問題なかろう」
安劉は安堵の表情を浮かべて満足そうに頷き、今度はアルディリアに視線を向けた。
「それでだ。アルディリア殿、お主には驍廣殿と紫慧殿が甲竜街に赴く際の案内役を頼みたい。二人はまだまだこの国について不慣れな面が多々あり、自由市場でのように騒ぎに巻き込まれてしまうことが予測できる。アルディリア殿はこれまで武具や防具はもちろん、それらに使われる金属鋼などの素材について、様々な国を渡り歩いて研鑚をつまれたと聞いておる。その見識をもって、驍廣殿たちが無用な面倒に巻き込まれぬよう力を貸してはもらえぬか? 当然、ギルド総支配人の翔延李にも許可は取るので、ギルド職員としての公務と考えてもらって良いのだが……」
そう話すと、アルディリアは何の躊躇も見せずに、
「安劉様に申しあげます。ワタシは既に総支配人から『驍廣殿と紫慧殿が困らぬよう、全力でお二人を支えよ!』と鍛冶師・津田驍廣、及び紫慧の専属職員の辞令を申しつかっております。津田驍廣が甲竜街に赴くというのであれば、同道するはワタシの職務。否はございません」
とハッキリと伝えた。その言葉に、安劉は満足そうに頷き、再び俺の方を見ると、それまでの真剣な表情を一変させ、
「それで、最後にもう一つ頼みたいことがあるのだが……驍廣殿! 儂にも武具を打ってはくれまいか!!」
と、頬を緩ませてズィ~っと身を乗り出すように、客間の長机越しに迫ってきた。
「以前より、驍廣殿が鍛えたレアンや麗華の武具を目にするたびに、精獣と戯れる二人が羨ましくてのう。ぜひ儂にも一振り武具を鍛えて欲しいと思っていたのだ。だが、甲竜街行きが決まり、驍廣殿が翼竜街へと発ってしまっては、次に頼めるのはいつになるか分からぬ! 頼む! 甲竜街に発つ前に儂にも一振り武具を打ってくれ!!」
安劉の隣に座っていた麗華は慌てて、俺に掴みかかる勢いの彼を必死に押しとどめていた。そこへ、後方で控えていたバトレルが音もなく近づくと、どこからともなく取り出した張り扇でスッパ~ンと、大きな音を響かせて安劉の頭を引っぱたき、
「旦那様、お客様の前で、はしたのうございます」
と、これでもかというほど冷静かつ底冷えするような声で告げる。張り扇の一撃に硬直していた安劉はおそるおそる振り返り、バトレルの姿を確認したあと、青ざめ引きつった顔でゆっくり席に戻る。そして、それまでの勢いが嘘のように、静かに膝を閉じて、太腿に握りこぶしを置いて姿勢をピンっと正した。
そんな安劉の姿を見て満足そうに頷くと、バトレルは俺の方に向き直った。
「驍廣様、紫慧様、アルディリア様、大変お見苦しいところをお目におかけしました。旦那様は幼少の頃より夢中になると周りが見えなくなる悪癖がございます。幼き頃より直すようにと大旦那様から申しつけられてきたのですが……申し訳ございません。されど、命の宿る武具は、武人にとって垂涎の一品。このような姿をさらしてしまったのもいたし方なきことかと思われます。どうか我が主人の願い、お聞き届けいただけぬでしょうか」
そう言いながら軽く頭を下げるバトレルの瞳には、反論は許さぬという意志が見え隠れし、全身からも『頼むから断るな!』と訴えかけるような『気』が発せられていた。
貴賓室内に充満する重苦しい空気に、俺は頷くことしかできず、俺が頷くのを見た安劉は、整えさせられた姿勢のままで喜色満面の表情を浮かべ、
「おお! 打ってくれるか!! 良かった! それでは早速修練場の方に向かうとしよう!」
と、言うが早いか素早く席を立ち、俺が返事をする間もなく、バトレルを引き連れ、貴賓室を出ていってしまった。その様子に唖然としていると、麗華が口を開いた。
「数日前の驍廣とアルディリアさんの立ち合いを目にしてから、修練場に赴くたびにお父様は『驍廣殿との立ち合いではどのように……』と、何度も嬉しそうに言っておられたのです。あのとき、『じゃあ、アルディリア。お前さんの大鎌を打つためにちょっと俺と立ち合ってもらうぞ』と言っておられたでしょう。それでお父様も、驍廣に武具の製作を頼んだ際には、同じように立ち合えるとそれは楽しみにされていたんですよ。普段は温厚で柔和な笑みを浮かべていますが、昔はお母様と二人でシュバルツティーフェの森にて魔獣狩りに興じていたと聞いております。翼竜街の領主となってからは控えておられますが、やはり武人の血が驍廣を見て疼いていたのですわ。ちなみに、蛮偉は修練場の場長として衛兵に武術指導をしていましたが、そんな彼も一度としてお父様に勝てたことはありません。立ち合いの際には決して気を抜かないよう、心してくださいませ」
麗華の言葉に、俺はゲンナリしつつ、促されるままに重い足取りで修練場へと向かった。
どうやら好々爺然とした表情を見せていても、蛙の子は蛙ならぬ蛙の親は蛙らしい……。しかし、よりにもよって夫婦・親子揃って戦闘狂なのかよ。こんなんで大丈夫なのか、翼竜街って……
大いなる疑問を抱えたまま修練場に着くと、そこにはなぜか賦楠、ヴェティス、優の三人がいた。俺は思わずアルディリアを見ると――
「今日、鍛冶場は休みで邪魔も入らないことだし、安劉様と立ち合うのなら、同じように驍に武具を鍛えてもらう予定の三人とも立ち合っておいた方が良いかと思い、レアンに呼びに行ってもらったのだが。何か不都合でもあったか?」
と、言ってのけるアルディリア。
何かアルディリアに思惑があるようだが、俺も三人とは立ち合いたいと思っていたし、今日やるのもありかと考えて紫慧を見れば、彼女は苦笑を浮かべて肩を竦め、三人と立ち合うのを許してくれた。そんな紫慧に感謝しつつ、俺は自分の頬を『パンパン』と叩いて自分に活を入れる。
「よっしゃ! それじゃ、一丁やりますかぁ!! で、誰から立ち合うんだ?」
俺の声に、立ち合いを所望する四人が一斉に手を挙げ、お互いに顔を見合わせて睨み合いを始めようとする。それを、アルディリアと麗華が止めに入り、しばらく六人で話し込んでいたかと思うと、アルディリアが、
「驍、この中で一番の手練れは言うまでもなく安劉様だが、その安劉様といきなり立ち合ってしまっては、疲れてあとが続かなくなるのではないか?」
と尋ねてきた。その問いに俺はしばし考え、
「そうだなあ……安劉様は見たところ長柄の武具を使うんだろうから、最後にしてもらった方が良いかもな」
そう答えると、再び六人は相談を再開し、やがて――
「よし! では、その順番で! おのおの異存はないな! 驍、決まったぞ! 立ち合いの順番は、優から始め、ヴェティス、賦楠、最後に安劉様の順となった。良いな!!」
アルディリアが言い終えたら、優が進み出て、早速体をほぐしはじめた。
「よろしく。立ち合うのが楽しみ……」
微笑を浮かべる優に苦笑を返し、俺も立ち合いに備えて柔軟体操を始めた。
驍と紫慧がワタシを除け者にして二人だけで闇の節を楽しもうなどという不埒なことをすると知り、動向を探るためにあとをつけてみれば、結局騒動が起き、紫慧までもが一緒になって騒ぎを大きくしている。
やはり、驍にはワタシがついていないと駄目なのだな♪
そう一人納得し、大きく溜息を吐いたワタシは、両者が向き合う場所へと近づいていった。
まったく、驍はいつも世話がかかる♬
何なんだよ、アイツは……。俺は甲竜街の公子・壌擁恬だぞ。
竜人族の中でも最も体躯に優れ、力も強い、高貴な甲竜人族の領主の息子である俺が、威圧されるなどあってはいけないこと。しかも、あの者はどう見ても『亜人』ではないか?
異種族間で生殖活動を行った際、通常は両親のどちらかの優位な形質を受け継いで生まれるのがほとんどだ。そこに種族間での優劣は存在せず、どちらの種族に生まれるかは時の運。そんな文殊界にあって、ごくわずかな例外が存在した。それが『亜人』だ。
亜人として生まれる個体は両親双方の形質を受け継いでしまい、種族としての特定が困難な者たちだが、大抵の場合は劣性な形質が出てきてしまう。しかも、両方の形質が体内で争うためか幼い頃にその寿命を使いきってしまい、成人する者は極めて少ないとされている。
あの者は、今までに見たこともない青黒い肌をし、人間と同じような形態を持つ。唯一、特徴的なのは額にある目のようなものだが、とても種族は特定できず、『亜人』としか言いようがない。そんな者に甲竜人族の公子である俺が威圧されるなどあり得ない。いや、あってはならないことなのではないか!? 幼い頃より我に仕えていた妖精族の爺やがそう教えてくれていたではないか!
『擁恬坊ちゃま。坊ちゃまは甲竜人族の公子として、天竜賜国のみならず、これからの文殊界を、天樹国のハイエルフ氏族の方々とともに導いていく定めの御方。その高貴なお生まれに相応しい、品性と力をお持ちになられるようにお努めになられ、愚かなる他種族の者たちに侮られぬよう、毅然とした態度でお望みなさいませ!』と。
だから、俺は粗相を働いた者に対して『適切なる罰』を与えたのだ!
俺は正しい行いをしているのに、なぜこの街の者は、俺に逆らう亜人に声援を送っているのだ? しかも、この者は俺に対し公然と罵倒し、威圧してくる。その威圧によって俺は今、身動き一つ取れない……このようなことがあって良いはずがない! そう思い、自らを奮い立たせようとしても、体が言うことを聞いてくれない……これは何なのだ? もしかして、これが『恐怖』というものなのだろうか……。俺はこの亜人に『恐怖』を感じているというのか?
俺の威圧を受けて、甲竜人族の公子とやらは腰を抜かして地べたに座り込み、驚愕の表情で俺を凝視している。そんな状態がしばらく続いていると、俺と公子との間に歩を進める者がいた。
「驍、そのくらいで良いだろう。こんな奴でも甲竜街の公子、粗略に扱うことはできぬ。この場はその辺で引いてもらえぬか?」
そう言いながら、アルディリアが俺の眼光を遮るように公子との間に立ち、笑顔を見せていた。
「アルディリア。そいつはお前のことも散々に言っていたんだぞ、それでも庇うのか?」
「コイツが言ったようなことは、これまでも言われてきた。何とも思わない……とは言わないが、ここ翼竜街にはワタシのことをちゃんと分かってくれる者が大勢いる。ワタシにとってはそれで十分だ。もちろん、驍や紫慧だってワタシのことを分かってくれているだろ?」
「そんな風に言われたんじゃ、矛を収めざるを得ないよな。これで手を出したら、俺の方が堪え性のない悪ガキになっちまう」
そう言って俺はアルディリアの笑顔に苦笑しながら、威圧を解いた。その途端、大きく息をついてうなだれる擁恬に、アルディリアはそっと近づいた。
「擁恬様。この場で起こったことは、今この場にいる者だけの秘密といたします。その方が貴方様にとっても良いのではありませんか? もし今回のことがお父上である甲竜公の耳に入れば、お叱りを受けるのは貴方様では? それから、これより先もし何か良からぬことを考えるようであれば、そのときは相応の対応を取らせていただきます。これは翼竜街ギルドとしての最大の譲歩だとお考えください。この際なのではっきり申し上げますが、この街では貴方様のような考えは通用いたしません。公子であると声高に告げられるのであれば、もう少し広い視野で物を見、見識を広げられることをお勧めいたします」
そう言って深々と頭を下げるアルディリアに対し、擁恬は呆気に取られた表情を浮かべるが、言葉の意味を理解していくうちに苦虫を噛み潰したように顔をしかめつつも、
「分かった……」
と、頷こうとしたそのとき――
「キャ~、放してぇ!」
「うるせぇ静かにしろぉ!」
突然、悲鳴が周囲に響いた。声のする方を見ると、紫慧が一番最初に昏倒させた男が、兎耳少女を後ろから羽交い締めにして、首元に短剣を突きつけていた。
「ちぃ! 迂闊だった!」
「しまったぁ!」
そう口々に吐き捨て、娘と男の方に駆け寄ろうとする、俺、紫慧、麗華、賦楠、優、ヴェティス、そしてアルディリアだった。だが――
「動くんじゃねえ!! 一歩でも動いてみろ、この娘の首が胴から離れちまうぜえ!」
叫ぶ男の短剣によって兎耳少女の首筋から血が一筋流れ落ち、俺たちは動きを止めざるを得なかった。いやらしい笑みを浮かべた男は、紫慧の蹴りで口の中を切っているのか、赤く染まった唾を地面に吐き捨てる。
「まったく、よくもやってくれたな。せっかくこれまで甲竜街の小倅の威光を笠に、好き勝手し放題だったってのによお。亜人と女の二人組にまとめて打ち倒されちまったら、もうそんなことできねえじゃねえか。まだ楽しめると思ったのによぉ。まあ、それでも妖精族の爺さんからの依頼も大体は果たせただろうから、まあ良いんだが。とはいえ、この落とし前だけはつけさせてもらわねえと、俺の腹の虫がおさまらねえ」
「妖精族の爺さん? 誰のことだ? ……もしや、爺やの依頼でお前たちはこれまで俺に付き従ってきたというのか?」
擁恬が驚きの表情を浮かべて問いかけると、男の笑みは残忍なものに変わった。
「なんだ? まだ気がついてなかったのか? 俺たちはお前のお優しいカイーブとかいう爺さんに『甲竜街の公子の威光を笠に好き放題に暴れ、公子の評判と甲竜街領主の権威を貶めよ』って依頼されてたんだよ。でなきゃ、誰がお前みたいな糞生意気な餓鬼の相手なんぞするか!」
男の言葉に擁恬は顔面蒼白になる。
「爺やが……高貴であれ、他種族の者に侮られぬように毅然とした態度を保てと教えてくれた爺やが、俺を使って甲竜街領主の権威を貶めようとしていただなんて……そんな……ウソだ、嘘だ、うそだ……」
「へっへっへぇ、嘘なもんか。俺は直接にカイーブの爺さんから依頼されてたんだからな。いや~愉しかったぜ。甲竜街公子の配下だって言やあ、女を犯そうが、物を盗もうが誰も楯突きゃしねえ。それこそ好き放題、やりたい放題なんだからな。まあ、さすがに殺しまではやらなかったが、それでも一生寝たきりになった奴もいたっけかな。俺たちのやらかしたことは、み~んな『公子』って肩書きの餓鬼が背負ってくれるんだ。ホント『公子』様様だったぜ。ぎゃ~っはっはっはっは」
高笑いをしながら言い放つ男に、擁恬は、
「ウソだぁ~!!」
と、声を上げて、腰に吊るしていた訶莉棒(棍棒の打撃面に鉄などを巻きつけることで強度を高めると同時に打撃力強化を図った強化棍棒)を振り上げ、襲いかかった。
しかしその動きは、修練を積んだ者の動きではなく緩慢なもので、男は兎耳少女を抱えたまま容易に擁恬を蹴り飛ばした。
だが擁恬を蹴りつけた瞬間、少女の首元に突きつけられていた短剣が首から離れた。その一瞬を逃さず俺たちは男のもとへ詰め寄ろうとするも、わずかに早く再び首元に短剣が突きつけられ――そうになるところを、何者かの手が短剣の刃を握り、兎耳少女の首に向かうことを許さなかった。
「アルディリア!」
そう叫ぶ俺を軽く一瞥し、アルディリアは握った短剣を自分のもとに引き寄せながら、右手に持った大鎌を男の首に突きつけた。
「これ以上狼藉を働くならば、貴様の首が胴体から飛ぶことになるが、どうする?」
聞く者の背筋を凍らせるような低い声で告げる彼女に、男は体を硬直させ、それまで浮かべていた笑みを引きつらせ、
「わ……分かった俺が悪かった。だから殺さないでくれ……」
と、言葉を発するのがやっとだった。
賦楠と優が男を拘束すると、兎耳少女は紫慧が抱えるように支え、男に蹴り飛ばされた擁恬は麗華に起こされていた。
それを確認し、俺は未だに短剣の刃を握ったままのアルディリアに近づき、ゆっくりと刃を握る手を開きつつ短剣を取ってやった。アルディリアの掌は、短剣の刃を強く握ったために、切れて血塗れになっていた。その掌に、俺は頭に被っていた布を引き裂いて巻きつけ、止血をしながら、
「アルディリア、咄嗟のことだったとはいえ、短剣の刃を掴んで止めるなんて無茶が過ぎるぞ。今回は、切れ味が悪くて血を流す程度で済んだから良かったものの、もし指でも切り落とすことになったらどうするつもりだったんだ?」
と、語気を強めた。アルディリアは、布に巻かれた自分の掌を見ながら、
「まあそのときはそのときだ。これはギルド職員としてのワタシの務めだからな」
と、なんとも他人事のように言った。そんな物言いにイラっとして、俺は声に怒気を含めた。
「お前なあ、ギルド職員の務めだからって、自分の身を傷つけてまで果たすことか? いくら場を収めるためでも、アルディリア自身が傷ついちゃ何にもならないだろうが。少しは周りにいる者の気持ちも考えろ!」
アルディリアは不意に、いつもの張りつめているような表情を崩し、
「なんだ? 驍はワタシのことを心配してくれるのか?」
と、わずかに顔をほころばせて俺の顔を覗いてくる。その表情にむず痒いものを感じつつ、
「心配するに決まっているだろうが! 俺だけじゃなく、紫慧だって、麗華だって成り行きを見守ってここに集まっている者たちは皆、アルディリアが傷つくのを望んでいないぞ。とにかく、あまり無茶をするなよ!」
と言うと、アルディリアは一瞬呆けたような表情になり、周りで見守る翼竜街の者たちを見回して、何とも申し訳なさそうな表情をした。
「すまなかった。驍の言う通りだな。これからは気をつけることにしよう」
そのままうなだれた頭を、俺がポンポンと軽く叩いたら、彼女は驚いたように顔を上げる。
「素直で結構! いつもそうだと良いんだがな」
ニヤリと笑いかければ、そんな俺につられて、アルディリアも不器用な笑みを見せてくれた。
「アルディリアぁ~、応援に来たよぉ~」
騒動も終幕を迎える頃になって、人垣の向こう側から、なんとも間延びしたフェレースの声がした。
フェレースは連れてきたギルドの保安部員に、昏倒している男たちを捕縛するように指示し、その間に俺とアルディリアから事の顚末を聞くと、周りにも聞こえるように大きく溜息を吐き出し、
「は~、総支配人からも昨日の様子を聞いてはいましたが、甲竜街の公子様は噂通りの御方だったということですねぇ~。しかもその元凶が公子様付きの妖精族とは……まったく甲竜街には困ったものです~」
そう落胆を示した。擁恬の取り巻きたちはギルドへと連行された。そしてこの騒動での一番の被害者である兎耳少女は……首の傷は紫慧の治癒術によって治ったものの、無残に壊された搾り機を茫然と見つめたままで、傍らでかけられる励ましの言葉は届いてはいないようだった。
そこへひょっこり顔を見せた傑利が、俺に声をかけてきた。
「驍廣さん、これ直せませんかニャ? たぶん何とかなると思うんニャが……」
その言葉で、兎耳少女の瞳に光が灯り、パッと顔を上げると、傑利とそして俺の顔を見つめた。彼女を一瞥してから、俺は傑利に近づくと、足元に転がる壊された搾り機を手に取った。
「傑利、ここまで執拗に壊された物を直せってのか? 難しいことを簡単に言ってくれるよ。だが……この搾り刃は無事なようだし、他の部分は作り直せば何とかできないこともないか。だが、細部の細かい細工や、木で作ってある部品は俺じゃどうしようもないぞ」
俺がそう告げると、傑利はニヤリと笑う。
「その辺は任せるニャ。これでも職人仲間に知己が多いし、細かい細工は私が仕上げるニャ。お嬢さん安心するニャ。この搾り機はちゃんと元通りに直してあげますニャ」
「ありがとうございます! その搾り機は父さんが残してくれた唯一の形見の品だったんです。私の父さんも果物を仕入れて果汁を搾り売っていて、父さんの周りにはいつも搾り果汁を求める子供たちが集まっていて……。私もそんな風になりたいと思って、屋台を開いたんです。ですからその搾り機が壊されたときにはもう目の前が真っ暗になっちゃって。よろしくお願いします!」
と、兎耳少女は涙を流しながら笑みを浮かべて、何度も頭を下げた。
集まっていた人々も、事が無事に収まったのを確認すると、それぞれの店へと帰っていき、再び闇の節ならではの喧騒が自由市場に戻り、騒動は終結した。
自由市場で狼藉を働いた男たちは、フェレース率いるギルド保安部員のよってギルドに連行されたが、問題として残ったのは、男たちを率いていた擁恬の扱いだった。
擁恬の甲竜街の領主公子としての体面を慮ると、さすがに男たちと同様に公衆の面前で拘束し、ギルドに連れていくわけにもいかない。ギルド保安部では対応が苦慮されたが、騒ぎの場に翼竜街の領主公子である麗華がいたこともあり、彼の身柄は麗華に預けられ、翼竜街領主の耀安劉に後の対応を一任することとなった。
そのことを伝えに安劉のもとへと走ったレアンが戻ってくると、麗華に駆け寄り何事かを耳打ちした。すると麗華は頷き、改めて俺たちに歩み寄り、頭を下げた。
「アルディリアと驍廣、そして紫慧さん。わたくしとともに翼竜街領主公邸までおいでくださいませんか。父・安劉がお話ししたいことがあると申しております。申し訳ありませんが……」
頭を下げる麗華を見て、驚きの表情を浮かべる擁恬。彼の様子を横目で見つつ、
「ああ、一向に構わないぞ。というか、相手に非があったとはいえ公衆の面前で徒党を組む者たちとの大立ち回りをやらかしたんだ、何の咎めも受けずに無罪放免というわけにはいかないだろうと思っていたからな」
俺がそう返すと、アルディリアも同じことを考えていたのだろう、了承したように頷く。紫慧も申し訳なさそうに表情を曇らせながら、口を開いた。
「そうだね、いくら売り子さんを助けるためとはいえ、ボクが出ていったことで騒ぎが一段と大きくなってしまって……ごめんなさい……」
「いえ、驍廣や紫慧さんを責めるつもりなどありませんわ。この場でのことはむしろ領主が頭を下げなければいけないことです。この場の件とは別に、少し話をさせていただきたいとのことで……ここでお耳に入れるのも憚られますので……」
麗華は慌てて訂正してくれるが、肝心の内容については言葉を濁した。そんな態度に疑問を抱きつつも、俺たちは耀家邸へ向かうことにした。
耀家邸に着くと、俺と紫慧とアルディリアは、以前レティシアに案内された貴賓室に通され、麗華とレアン、それと麗華に奥襟を掴まれた擁恬は、俺たちと別れて邸宅の奥へと消えていった。貴賓室には既に俺たちが訪れることが伝えられていたのか、人数分のお茶と菓子が用意され、給仕役として執事長のバトレルが、客間の中央にある長机と長椅子の脇に控えていた。
「驍廣様、紫慧様、アルディリア様、どうぞこちらにお座りください。間もなく旦那様もお見えになると思います。それまでしばし、わたくしめの淹れたお茶で喉を潤してくださいませ」
バトレルに促されるまま、長椅子に座ると同時に、それぞれにお茶が出された。
彼が淹れてくれたお茶からは芳醇な香りが立ちのぼり、広場での騒ぎで荒れていた心が落ち着くような気がした。お茶を飲みながら待っていると、静かに貴賓室の扉が開かれ、扉を開けたレアンに続き、安劉を先頭に麗華と、右頬を腫らした擁恬が入ってきた。
慌てて長椅子から立ち上がろうとする俺たちを、安劉は軽く手を挙げて制し、
「此度の領主の座に連なる者の失態、まことに申し訳ない。本来ならば、失態を犯した擁恬が父、擁掩が謝罪すべきところなれど、擁掩のいる甲竜街は遠方のため、擁掩に代わり儂――耀安劉が街を治める領主の座に連なる者の一人としてお詫び申し上げる」
そう言ってから、深々と頭を下げる安劉に、擁恬は蒼白の顔面に驚きと怒りがない交ぜになったような表情をし、ブルブルと震え出すと、
「安劉様! おやめください。領主ともあろう御方がなぜ『亜人』や『妖人族』ごときにそのように頭を下げられるのですか?」
と声を荒らげた。すると、いつもは柔和で温厚そうな笑みを浮かべている安劉が、憤怒の表情を浮かべ、雷鳴のごとき声で怒鳴った。
「この、たわけが! 種族など関係ないわ!! 街に住む全ての民の模範となるべき領主の一族が、己の務めも顧みず傍若無人に振る舞っただけでなく、民に迷惑をかけるなど許されざる所業! されど、貴殿が幼いゆえに今度だけは許していただくため、頭を下げて謝罪するは当然のこと。それなのに貴殿は、まだそのような愚かなことを口にするか!!!」
そして、彼の声に縮み上がった擁恬の、赤く腫れていない方の頬を平手打ちして壁際まで張り飛ばした。俺は慌てて止めに入ろうと立ち上がったが、安劉は俺の方に向き直り再び低頭し、
「お見苦しいところをお見せいたした。度重なる醜態の数々はまことに申し訳ない。どうか儂に免じてなにとぞお許しいただきたい」
と、謝罪の言葉を口にし続ける。そんな彼の姿に、俺の隣で驚き固まっていた紫慧とアルディリアも立ち上がった。
「頭をあげてください安劉様。大人げなく擁恬に付き合って、公衆の面前で暴れてしまった俺たちにも落ち度がありました。ですから、俺たちに対しての謝罪はいりません」
「そうです! ボクがもう少し上手く立ち回っていたら、こんな大騒ぎにはならなかったかもしれないんですから」
「まあ、相手が相手だっただけに難しいことではあったかもしれないが、もう少しやりようはあったのかもしれない。その意味では、安劉様が騒ぎを大きくした当事者である驍と紫慧にこれ以上謝罪をする必要はないだろう。だが、騒動の被害者である屋台の少女には、耀家から何か手を差し伸べていただけるよう、ギルドの一職員としてお願いしたい」
「必ず! 被害に遭った少女には耀家が被害の弁償と補償を約束しよう」
俺たちの言葉に安劉はもう一度深く頭を下げて、確約してくれた。
その後、安劉と麗華を交えてお茶を飲みながら雑談を交わし(その間、反省を促すためか、擁恬は安劉によって客間の隅で立たされていた)、室内に広がっていた嫌な空気が消え去ったのを見計らい、アルディリアが、
「さてと、安劉様。そろそろ本題をお聞かせ願えないでしょうか?」
と水を向ける。すると、それまでにこやかにお茶を飲んでいた安劉が表情を引き締めた。
「ああ、そうだな……驍廣殿、紫慧殿。お二人、甲竜街に赴いてはいただけぬか?」
あまりにも唐突な申し出に、俺と紫慧はお互いの顔を見合わせて、
「「それはどういうことなんだ(でしょうか)?」」
と、同時に問いただしていた。そんな俺たち二人の様子を見て、安劉は苦笑を浮かべる。
「実は、甲竜街領主・壌擁掩殿の弟君・壌擁彗殿と、甲竜街の全ての鍛冶師に一目置かれている甲竜街鍛冶の重鎮ダッハート・ヴェヒター殿の連名で、驍廣殿に甲竜街にお越しいただけないかと打診する書簡が届いておるのだ。公式な招聘というわけではないのだが、儂としては擁彗殿とダッハート殿からの要請とあらば、ぜひにも叶えてさし上げたいと思うておる。どうじゃろう、期日が設けられているわけでもなし、すぐに答えを求めてはおらんが、考えてもらえんだろうか?」
「そうだな……。甲竜街はスミス爺さんも修業した鍛冶場があると言っていたし、興味はあるんだが、今鍛冶場に大量の注文が入っていて、それを片づけないことには難しいだろうな。スミス爺さんのもとに入っている注文だけでなく、『俺』に武具を鍛えて欲しいと注文してくれている者もいる。最低でも俺の分だけは鍛え終わらない限り無理だ。そのあとでも良いと言ってもらえるのなら考えられるんだが……」
「それで十分だ。先方も急な申し入れであることは重々承知している。打診する書簡には『無理強いは決してしないように!』と付け加えられていたほどだ。驍廣殿が抱えている状況が解消したあとならば、甲竜街への招聘を拒否しないと伝えておけば、問題なかろう」
安劉は安堵の表情を浮かべて満足そうに頷き、今度はアルディリアに視線を向けた。
「それでだ。アルディリア殿、お主には驍廣殿と紫慧殿が甲竜街に赴く際の案内役を頼みたい。二人はまだまだこの国について不慣れな面が多々あり、自由市場でのように騒ぎに巻き込まれてしまうことが予測できる。アルディリア殿はこれまで武具や防具はもちろん、それらに使われる金属鋼などの素材について、様々な国を渡り歩いて研鑚をつまれたと聞いておる。その見識をもって、驍廣殿たちが無用な面倒に巻き込まれぬよう力を貸してはもらえぬか? 当然、ギルド総支配人の翔延李にも許可は取るので、ギルド職員としての公務と考えてもらって良いのだが……」
そう話すと、アルディリアは何の躊躇も見せずに、
「安劉様に申しあげます。ワタシは既に総支配人から『驍廣殿と紫慧殿が困らぬよう、全力でお二人を支えよ!』と鍛冶師・津田驍廣、及び紫慧の専属職員の辞令を申しつかっております。津田驍廣が甲竜街に赴くというのであれば、同道するはワタシの職務。否はございません」
とハッキリと伝えた。その言葉に、安劉は満足そうに頷き、再び俺の方を見ると、それまでの真剣な表情を一変させ、
「それで、最後にもう一つ頼みたいことがあるのだが……驍廣殿! 儂にも武具を打ってはくれまいか!!」
と、頬を緩ませてズィ~っと身を乗り出すように、客間の長机越しに迫ってきた。
「以前より、驍廣殿が鍛えたレアンや麗華の武具を目にするたびに、精獣と戯れる二人が羨ましくてのう。ぜひ儂にも一振り武具を鍛えて欲しいと思っていたのだ。だが、甲竜街行きが決まり、驍廣殿が翼竜街へと発ってしまっては、次に頼めるのはいつになるか分からぬ! 頼む! 甲竜街に発つ前に儂にも一振り武具を打ってくれ!!」
安劉の隣に座っていた麗華は慌てて、俺に掴みかかる勢いの彼を必死に押しとどめていた。そこへ、後方で控えていたバトレルが音もなく近づくと、どこからともなく取り出した張り扇でスッパ~ンと、大きな音を響かせて安劉の頭を引っぱたき、
「旦那様、お客様の前で、はしたのうございます」
と、これでもかというほど冷静かつ底冷えするような声で告げる。張り扇の一撃に硬直していた安劉はおそるおそる振り返り、バトレルの姿を確認したあと、青ざめ引きつった顔でゆっくり席に戻る。そして、それまでの勢いが嘘のように、静かに膝を閉じて、太腿に握りこぶしを置いて姿勢をピンっと正した。
そんな安劉の姿を見て満足そうに頷くと、バトレルは俺の方に向き直った。
「驍廣様、紫慧様、アルディリア様、大変お見苦しいところをお目におかけしました。旦那様は幼少の頃より夢中になると周りが見えなくなる悪癖がございます。幼き頃より直すようにと大旦那様から申しつけられてきたのですが……申し訳ございません。されど、命の宿る武具は、武人にとって垂涎の一品。このような姿をさらしてしまったのもいたし方なきことかと思われます。どうか我が主人の願い、お聞き届けいただけぬでしょうか」
そう言いながら軽く頭を下げるバトレルの瞳には、反論は許さぬという意志が見え隠れし、全身からも『頼むから断るな!』と訴えかけるような『気』が発せられていた。
貴賓室内に充満する重苦しい空気に、俺は頷くことしかできず、俺が頷くのを見た安劉は、整えさせられた姿勢のままで喜色満面の表情を浮かべ、
「おお! 打ってくれるか!! 良かった! それでは早速修練場の方に向かうとしよう!」
と、言うが早いか素早く席を立ち、俺が返事をする間もなく、バトレルを引き連れ、貴賓室を出ていってしまった。その様子に唖然としていると、麗華が口を開いた。
「数日前の驍廣とアルディリアさんの立ち合いを目にしてから、修練場に赴くたびにお父様は『驍廣殿との立ち合いではどのように……』と、何度も嬉しそうに言っておられたのです。あのとき、『じゃあ、アルディリア。お前さんの大鎌を打つためにちょっと俺と立ち合ってもらうぞ』と言っておられたでしょう。それでお父様も、驍廣に武具の製作を頼んだ際には、同じように立ち合えるとそれは楽しみにされていたんですよ。普段は温厚で柔和な笑みを浮かべていますが、昔はお母様と二人でシュバルツティーフェの森にて魔獣狩りに興じていたと聞いております。翼竜街の領主となってからは控えておられますが、やはり武人の血が驍廣を見て疼いていたのですわ。ちなみに、蛮偉は修練場の場長として衛兵に武術指導をしていましたが、そんな彼も一度としてお父様に勝てたことはありません。立ち合いの際には決して気を抜かないよう、心してくださいませ」
麗華の言葉に、俺はゲンナリしつつ、促されるままに重い足取りで修練場へと向かった。
どうやら好々爺然とした表情を見せていても、蛙の子は蛙ならぬ蛙の親は蛙らしい……。しかし、よりにもよって夫婦・親子揃って戦闘狂なのかよ。こんなんで大丈夫なのか、翼竜街って……
大いなる疑問を抱えたまま修練場に着くと、そこにはなぜか賦楠、ヴェティス、優の三人がいた。俺は思わずアルディリアを見ると――
「今日、鍛冶場は休みで邪魔も入らないことだし、安劉様と立ち合うのなら、同じように驍に武具を鍛えてもらう予定の三人とも立ち合っておいた方が良いかと思い、レアンに呼びに行ってもらったのだが。何か不都合でもあったか?」
と、言ってのけるアルディリア。
何かアルディリアに思惑があるようだが、俺も三人とは立ち合いたいと思っていたし、今日やるのもありかと考えて紫慧を見れば、彼女は苦笑を浮かべて肩を竦め、三人と立ち合うのを許してくれた。そんな紫慧に感謝しつつ、俺は自分の頬を『パンパン』と叩いて自分に活を入れる。
「よっしゃ! それじゃ、一丁やりますかぁ!! で、誰から立ち合うんだ?」
俺の声に、立ち合いを所望する四人が一斉に手を挙げ、お互いに顔を見合わせて睨み合いを始めようとする。それを、アルディリアと麗華が止めに入り、しばらく六人で話し込んでいたかと思うと、アルディリアが、
「驍、この中で一番の手練れは言うまでもなく安劉様だが、その安劉様といきなり立ち合ってしまっては、疲れてあとが続かなくなるのではないか?」
と尋ねてきた。その問いに俺はしばし考え、
「そうだなあ……安劉様は見たところ長柄の武具を使うんだろうから、最後にしてもらった方が良いかもな」
そう答えると、再び六人は相談を再開し、やがて――
「よし! では、その順番で! おのおの異存はないな! 驍、決まったぞ! 立ち合いの順番は、優から始め、ヴェティス、賦楠、最後に安劉様の順となった。良いな!!」
アルディリアが言い終えたら、優が進み出て、早速体をほぐしはじめた。
「よろしく。立ち合うのが楽しみ……」
微笑を浮かべる優に苦笑を返し、俺も立ち合いに備えて柔軟体操を始めた。
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