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5巻
5-1
しおりを挟むプロローグ 迷公子、翼竜街来訪!
「父上、お呼びと伺いましたが、何かご用でしょうか?」
俺――壌擁恬は配下の者とともに、公子としていつものように街の見回りを終えて邸宅に戻った。そこへ、爺やから甲竜街の領主を務める偉大な父、壌擁掩が呼んでいると教えられ、急いで父のいる執務室に向かうと、父は普段と変わらず険しい表情を浮かべ、机の上に広がる書類を睨んでいた。
「擁恬か……なんだ? また街に出ていたのか。そのように服を汚してはエクラが悲しがるぞ。まあ良い。今日呼んだのは、お前に一つ仕事を与えようと思ったからだ」
父は俺の服に付いた赤い染みを見つけ、咎めるようなことを口にした。だが、その言葉から察するに、大したことではないと考えているに違いない。そんなことよりも、父がじきじきに俺に仕事を与えると言ったことに驚いた。
「『仕事』ですか?」
そう聞き返した俺の表情がおかしかったのか、父は表情を緩めた。
「擁恬。お前も今年で十三歳だ。あと二年もすれば元服を迎え、甲竜街の領主の息子として、堂々と他の領主とも渡り合わねばならぬ。今のうちから他の街のことを知り、甲竜街の公子としての身の律し方を学んでおいた方が良いからな。先日、翼竜街から我が甲竜街に金属鋼の大量注文が入ったのだが、その際に無礼にも、甲竜街の産する金属鋼の質が以前より落ちているなどと言ってきている。そこで、お前は儂の名代として翼竜街に赴き、事の真意を確かめ、そのような風聞を打ち払ってくるのだ!」
そう告げると、再び机の書類へと目を向け、退室するように一度だけ手を振る父。
「分かりました。父上の名代として翼竜街に赴き、悪しき風聞を一掃してまいります!」
拝命の挨拶をし執務室を出ると、いつもと同じように爺やが待っていた。
「爺や、父上の名代として翼竜街に行くことになった」
俺の言葉に爺やは恭しく頭を下げ、
「はい、お話は伺っておりました。擁掩様のご名代とは大役を仰せつかりましたな。それだけ擁恬坊ちゃまのお力を高く評価されておられてのことかと。早速、甲竜街産の金属鋼について、詳しい者をギルドから呼び寄せて話を聞くことにいたしましょう。擁恬坊ちゃまは日頃より甲竜街の中を見てまわられております。その際に見聞きしたものが血肉となっているはず。ギルドの者の話もすぐに理解されることでございましょう」
爺やの提案は面倒だったが、仕方なくギルドから遣わされたという鼠人族の男から、いかに甲竜街の金属鋼が素晴らしいのかを聞いたのち、配下の者とともに翼竜街へ旅立った。
その際、母は随分と心配し、
「恬、翼竜街の安劉様は寛容な御方と伺っていますが、街の民を大事にされている御方だともお聞きします。くれぐれも粗相のないように、甲竜街の街中でのような振る舞いは慎みなさい」
と、口うるさく言ってきたが、俺は無視した。
俺の母は、天樹国で妖精族を纏めるハイエルフ氏族の現族長センティリオ・ファータ様の妹だ。かつてはエクラ・ファータと言ったが、甲竜街とハイエルフ氏族との友好を深めるために父のもとに嫁ぎ、今ではエクラ・壌・ファータと名乗っている。
母は、ハイエルフ氏族の郷、輝樹の郷から甲竜街に来て以来、よく体調を崩すようになった。特に俺を生んでからは、一日の大半を床ですごすことが多かった。
そんな母に従者として天樹国から付き従ってきたのが爺やの、カイーブ・キーファーだった。
母が病床にあることで、俺が寂しい思いをしないようにと、様々なことを教え、甲斐甲斐しく世話をしてくれたのは、この爺やだった。
今回の翼竜街行きに俺の配下も連れていくことにしたのは、そんな爺やの勧めでもあった。
こうして俺は、意気揚々と甲竜街を出立した。
道中、魔獣の襲撃もなく、荷の運搬は甲竜街ギルドで手配した人足に任せていたため、物見遊山の旅を満喫した。だが、翼竜街に着いた俺たちを待ち受けていたのは、翼竜街に入ろうしている商人の荷車や行商人たちの長蛇の列だった。
この列は翌日に迎える闇の節を目当てに集まった連中のものだ。甲竜街でもそうだが、一季に二回巡ってくる闇の節は、その街の商人や職人をはじめとした全ての者の休日で、この日は各商店や露店の店主たちも休みを取る。代わりに他の街から来た行商人が露店の場所を借りたり、見習い職人や見習い商人が店舗を借り、商品を販売することができる貴重な機会でもあった。
そんな機会を求め多くの商人や行商人が翼竜街に集まり、俺たちの入街を阻んでいたのだ。
甲竜街であれば公子である俺が、商人などと同じように街門の前に並ぶなど考えられない。
俺は配下の一人を、優先的に門内に入れるよう街門の守衛に話をつけさせるために走らせたのだが、帰ってきた配下からの答えは耳を疑うものだった。
なんと、守衛は甲竜街公子である俺からの要請を拒絶し、順番が来るまでお待ちいただきたいと言ったというのだ。
商人どもと同じ門の前に並ぶことさえ甲竜街では考えられないのに、並んで順番を待てなどとは、屈辱以外の何物でもない!
俺は前に並ぶ商人たちを押しのけ、文句を言う者には鉄拳制裁で身のほどを弁えるように指導しながら街門前まで押し進むと、守衛だと思われる甲冑姿の翼竜人族二人が槍を手に立ち塞がった。
「ここを天竜賜国の国境を守る街、翼竜街と知ってこのような暴挙に出るか! 返答次第ではただでは済まぬぞ!!」
「貴様ら! 俺を誰だか分かってそのようなことを口にしているのか? 俺は甲竜街公子・壌擁恬だ。今回、翼竜街ギルドの依頼で甲竜街からわざわざ金属鋼を届けに来てやったというのに、他の商人どもと一緒に入場の順番を待てとは何事か!!」
俺が怒鳴りつけてやっても、守衛は動じる様子がなく、むしろ少しかわいそうな子供を見るような目をした。
「甲竜街の公子であろうと、たとえ竜賜におられる代表領主・壌擁建様であろうと、ここ翼竜街の入場規則は従っていただく。先ほども申したが、ここ翼竜街は天竜賜国の国境を守る街。その街に入場する際の確認は、貴賤にかかわらず街に到着した順に行っている。本日は明日の闇の節に合わせて、商売のために訪れる者が多く、待たせてしまうが、この街が天竜賜国の国境を守る街だということをご理解いただきたい」
無礼極まる守衛の態度に、俺は怒りに震えた。配下の者たちにこの守衛を殴り倒させて翼竜街に入り、領主の耀安劉様に事の真意を問いただそうと思った矢先――甲竜街から荷を運んできた人足の頭が血相を変えて近づき、俺の足に縋りついた。
「擁恬坊ちゃま、お怒りは分かりますが、ここは翼竜街。何とかこの場は堪えてくださいませ!!」
泣きながら懇願されたせいで興を削がれてしまい、この場は人足頭の顔を立てることにした。だが、わざわざ最後尾に並ぶなど面倒なので、順番は荷を運ぶ人足どもに任せ、俺自身は配下の者たちと街門の脇に陣取り、ゆっくりと寛ぐことにした。
街門脇で車座になった俺たちは、携帯していた酒を飲んだり、イビキをかいて眠ったり、列に並んでいる商人にちょっかいを出しからかったりと、思い思いに過ごし順番を待った。
しばらく待つと俺たちの順番になり、荷の中身を調べられ、身元も一人一人確認されて、ようやく翼竜街に入ることができた。
街門を抜けた俺たちを待っていたのは、翼竜街ギルドの総支配人を務める翔延李とギルドの制服を着た数人の職員らしき者たちだった。どうやら街門の守衛が知らせたようで、俺はこれ幸いと翔延李の前に進み出た。
「出迎えご苦労。俺が甲竜街領主・壌擁掩が一子、壌擁恬だ。本日は翼竜街ギルドから注文のあった黒剛鋼、白銀鋼、並びに靭鋼などの各種金属鋼を、壌擁掩の名代として甲竜街より運んできた。ところで、これらの金属鋼を注文する際に『甲竜街から届けられる金属鋼の質が以前よりも低下している』などということを伝えてきたそうだが、それは根も葉もない言いがかりだ! これらの金属鋼は、父・擁掩の指導のもと新たに取り組んだ製錬方法によって生み出されている物で、質も確かだ。どうせ難癖をつけて質の良い金属鋼を安価に仕入れようとでも考えたのだろうが、これ以上くだらぬことを口にするようならば、甲竜街から金属鋼を買わなければ良いだけのこと。こちらは一向に構わぬ、左様心得ていただきたい!! それでは、失礼する。こちらは甲竜街からの長旅にもかかわらず街門前で長らく待たされ疲れているのだ、早く今日の宿に案内していただこう」
そう言い切った俺に、翔延李とギルド職員の多くは唖然としていたが、中に一人だけ俺を睨みつける女が。その女は、竜人族ではなく、かといって人間や他の種族の特徴も見られなかったが、体から溢れ出す妖気で妖人族だと分かった。
妖人族。自らの国である『妖ノ聖域』に住む者。背に羽や比翼を持っていたり、頭に角を生やしていたりする。人間の国『聖職者の国』から『聖戦』と称した戦を仕掛けられたために、今や山岳地帯まで追い詰められ、七部族を中心に散発的な反抗を繰り返しているという弱小種族。そのような者がなぜ、天竜賜国の街の一つ、翼竜街のギルドで職員の制服を纏っているのだ?
しかも、不埒にもこの俺を睨みつけるなど……
ここが翼竜街でなく甲竜街ならば、即刻捕縛し、罪に見合った罰が与えられるというのに、翼竜街では注意を受けることもなく放置されるとは、なんと規律の乱れた街なのだ。
そんな憤りが湧きあがったが、これはあくまでも翼竜街の問題であり、この乱れが甲竜街にまで及ばないようにせねばならぬ! と心に決め、用意された宿へと向かうことにした。
翌日、『闇の節』を迎えた翼竜街は早朝から騒がしかった。昨日街門前に並んでいた商人や行商人から呼び込みの声が上がり、商品に対しての批評や値切りが各所で行われていた。
俺も配下の者たちを引きつれ、街へと繰り出した。通りに開かれた露店に並ぶ、海竜街や羅漢獣王国から持ち込まれたと思われる、甲竜街では見たことのない品物を見ては、『甲竜街で造られる品の方が数段優れている!』などと言ってひやかす。また、翼竜街の住民でまだ見習いとおぼしき職人の品を『こんなものが売り物になるか!』と笑いものにしながら、練り歩いた。そのせいで、喉に渇きを覚えた。何か喉を潤すものはないかと見回すと、街門近くの広場で果物の果汁を搾り販売する一軒の屋台を見つけた。
屋台の店主はまだ若い兎人族の女で、俺たちの注文に少し緊張した様子で果汁を木製の杯に搾り出し、一人ずつ手渡していく。だが俺の番になって急に何かに躓いて体勢を崩すと、手に持っていた果実の搾り汁を俺の服へとかけた。
しかも、慌てた店主は傍らに置いてあった汚れた雑巾で、服にかかった果汁を拭き取ろうとしたのだ。俺の服を汚れた雑巾で拭くだと!? その不埒な行為に、俺は店主を蹴り飛ばしていた……
第一章 休日は大騒ぎですが何か!
「一体なんなんだ?」
俺と紫慧の腕に嵌まった紅と蒼の腕輪のことで、その腕輪を売る露店の店主・金屋紗媛と押し問答をしているとき、いきなり街門前広場の方から、物が破壊される音とともに悲鳴が聞こえてきた。
俺と紫慧、そして紗媛は通りに目を向けると、そこには既に人だかりができていた。人垣の向こうからは、
「やめてください! 汚した服はきちんと弁償いたします。ですからやめて!!」
と泣き声が響き、続いて下卑た野太い声がした。
「やかましい! 我が親愛なる友であり甲竜街の公子でもある擁恬様の服が、貴様のような屋台の小娘ごときに、おいそれと弁償できるわけがないだろう。それを、この屋台と引き換えにしてやろうと言うのだ。ありがたいと思い、感謝するのだな!!」
「まったく、翼竜街のご領主殿は民にどんな教育をしているのやら。我ら治める者のありがたみが分かっていない! おい、もっときちんと翼竜街の愚民に身のほどを分からせてやれ!」
野太い声にあわせるように傲然と言い放つ、少し幼い甲高い声も聞こえる。
俺はその人だかりに近づき、一番外側で背伸びをして中を覗いている男に声をかける。
「なんなんだ、この騒ぎは? 一体何が起きてるんだ?」
「なんでも、そこの屋台で果物の果汁を搾って売っていた娘が、果汁をお客にかけてしまったらしいんだ。そのことに怒ったお客と連れていた取り巻きが、汚した服の弁償代だといって屋台を壊してるようなんだよ……」
「なっ! そんな、果汁で服が汚れただけで屋台を壊すなんて、滅茶苦茶じゃないか!? なんで誰も止めようとしないんだよ?」
思わず大きな声が出てしまった俺に、男は――
「仕方ないだろう、今日は闇の節で、この場所にいるのは普段、職人や商人として働いている者ばかりで、荒事に慣れていないんだよ。しかも、向こうで暴れているのは例の御仁とその取り巻きたちだ……。あの娘さんにゃ悪いが、災難だと思って諦めてもらうしかないのさ」
「例の御仁? ……相手が誰だか知らないけれど、翼竜街の街中で無法な行為が行われてるっていうのに、災難だって諦めろっていうのか?」
「知らないのか!? 相手は甲竜街の公子だよ。我儘で気性が荒く、取り巻きも屈強な体躯の剛腕自慢が多い。それに、見回りと称して甲竜街を我が物顔で歩き回り、気に入らない者がいれば容赦なく打ちのめしているって話だ。下手に文句を言おうものなら、今暴れている何倍もの被害が周りに降り注ぐかもしれないんだ。仕方ないんだよ!」
そう言う男も、内心では悔しいのだろう、きつく口を結び、歯を噛み締めながら下を向いた。
甲竜街の公子? 翼竜街で言えば麗華と同じ立場か? 確か甲竜街ってのは天竜賜国の街の一つだったよな? その公子ってことはお偉いさんの子供なんだろうが、だから暴れていても我慢しろと? そんな馬鹿なことがあってたまるか!!
男が止めるのも無視して、人垣を掻き分けていくと、俺の脇をすり抜けるように紫慧が前に出ていた。
人だかりの先では、両肩から背中にかけて硬質な鎧のごとき甲羅を背負った、いかにも力の強そうな男たちが、自分たちの振るう暴力に酔っているような嫌らしい表情を浮かべていた。その傍らでは、屋台の残骸が散乱し、唯一壊されずに残っていた果物の搾り機を庇うように、兎耳少女が彼らの前に立っていた。
「お願いです! これだけは、これだけは壊さないでください。これは父から譲り受けた、たった一つの品なんです。お願いします!」
懇願する兎耳少女の様子に、男たちはニヤニヤと笑みを深めた。
「坊ちゃま、こんなこと言っていますが、どうしましょうか?」
やり取りを見つめていた、装飾の施された豪奢な服を着た少年は、何がそんなに気に入らないのか、不機嫌だといわんばかりの表情で、
「例外はない!」
と、吐き捨てるように言い放つ。
「と、いうことだ。嘆くなら自分の失態を嘆き、恨むのなら高貴な御方に対する態度というものを、貴様たち愚民どもに示してこなかった翼竜街の領主を恨むんだな!」
そう言って男たちは、兎耳少女を突き飛ばし、搾り機を高々と持ちあげ――
「やめて~!!」
叫び声を上げる少女を一瞥したあと、愉悦の表情を浮かべて搾り機を地面へ叩きつけた。それだけでは満足しなかったのか、腰や背中に下げていた錘(中華風のメイス、打撃部は天秤の錘に酷似している)や狼牙棒(中華風モーニングスター)などの打撃武具を手に取ると、搾り機へと次々と振り下ろし、あっという間に搾り機を屑鉄へと変えてしまった。
兎耳少女は突き飛ばされた際に怪我をしたのか立ち上がることができず、口から血を流しながら搾り機だった物のところまで這っていき、無残な屑鉄と化したその姿を茫然と見つめていた。
そんな彼女のもとに紫慧が駆け寄り、抱き起こしつつ素早く治癒術で傷を癒した。俺はそんな紫慧を守るように傍らに立った。
「彼女は、大丈夫そうか?」
「体の方の傷はたぶん……でも……」
紫慧は顔色を暗くする。横目で兎耳少女を見れば、搾り機をジッと見つめたまま感情を失ったかのような表情で固まっていた。俺は男たちを睨みつけて近づこうとしたとき、反対側の方から――
「一体何の騒ぎなのだ、これは!」
怒気を孕んだ声が響くと、その声に人垣が左右に開き、道ができた。そこに賦楠と優にヴェティス、そしてアルディリアの四人が姿を見せる。彼らを見た豪奢な服装の少年はなぜか表情を歪め、嫌悪感を露わにした。賦楠たち三人を従えたアルディリアは、男たちの前まで進み出ると、手に持っていた大鎌を地面に突き立て、
「ワタシは翼竜街ギルドのアルディリア・アシュトレト。一体この騒ぎはどういうことなのか説明を伺おう。事と次第によっては、翼竜街ギルドの名において、そなたたちを捕縛する!」
と、街門広場に響き渡るような声で、宣言した。だが、男たちは下卑た笑みをより一層深めて、
「捕縛? 大きな声で何を言うのかと思えば……無知蒙昧な者とはどこにもいるものだな。よっく聞けぇい! こちらにおられる御方は甲竜街のご領主様のご子息、壌擁恬様だ! 昨日、翼竜街ギルドの要請によって、靭鋼をはじめ黒剛鋼や白銀鋼など各種金属鋼の原鋼を甲竜街領主・壌擁掩様の名代として甲竜街から翼竜街までわざわざ届けられた御方。言うなれば翼竜街にとって大恩ある御方だ! その御方の衣服にそこの娘は己の失態により飲み物をこぼし、汚したのだ。ならばそれ相応の報いを受けてしかるべきであろうが!! それとも何か? 翼竜街ギルドは大恩ある御方の衣服を汚した者を罰することを許さぬとでも言うつもりか?」
と、逆に大声で言い放った。その言葉に続けるように今度は壌擁恬が、
「大体、翼竜街ギルドの者だと言ったが、貴様は妖人族であろう? 妖人族と言えば、人間どもによって自国が攻められ危機的状況にあると聞いている。己の国が危機に瀕しているというのに我が天竜賜国に逃げてくるような、低能で下賤な輩が街の運営に関わるギルドの職員になっていること自体身のほど知らずだ。しかも、そんなギルドを代表するような物言いには呆れる。これだから翼竜街には低俗な愚民が蔓延るのだ! これが天竜賜国の国境を守る街とは嘆かわしい!」
と、甲高い声で言い放ち、周りを固める男たちは下卑た笑みのまま、アルディリアを蔑むような視線を向けていた。だが、彼らに対してアルディリアは毅然とした態度を崩さず、怜悧な視線を向け続ける。そして、そんな彼女の後方から――
「何を言うのかと思えば、そのような世迷い言を。そういった讒言が世間一般で通用すると思っているのですか? そんな思い違いは、この街では、いえ天竜賜国においては通用しません。それは貴方のお爺様であられる竜賜代表領主・壌擁建様も仰っておられるでしょう! それを街を治める『家系』に生まれた者が恥ずかしげもなく口にするとは……。お父様である擁掩様は一体どんなご教育を貴方にされているのでしょうね、擁恬?」
と、レアンを伴った麗華が姿を現し、アルディリアの横に並ぶように進み出た。
麗華の姿に、顔色を変える擁恬。一方、取り巻きの男たちは、彼女に対して口々に罵声を浴びせかけた。だが、駄犬の遠吠えなど耳には入らぬとばかりに、意に介さずジッと見つめてくる麗華の鋭い眼光に、擁恬はその場から逃げるように、
「お、お前たち、行くぞ!」
と立ち去ろうとする。男たちは擁恬の急変した態度に当惑しながらも、後に従った。
そんな中、取り巻きの中で一番体が大きく、最も嬉しそうに屋台や搾り機を壊していた男が、兎耳少女と彼女を支えるように抱きかかえる紫慧の横を通り過ぎる瞬間――不意に足を振り上げると、なんの躊躇もなく二人を踏み潰そうと振り下ろした。
「紫慧!!」
「大丈夫……だけど何なのコイツは? まだ危害を加えようとするなんて!」
俺の叫び声に答えながら、紫慧は腰に携えていた圏――海獅で男の足を受け止めて、さらに払い飛ばした。
だが、彼女の背後から別の男が忍び寄り、いきなり抱きついてきた。
「お嬢ちゃ~ん、そんな汚らしい亜人なんかと一緒にいないで、俺たちと良いことしようやぁ」
嫌らしい口説き文句に対し、紫慧は額に青筋を浮かべると、男の足の甲を踏み砕く勢いで一切の容赦なく踏みつけた。足の甲を踏まれた痛さに男が力を緩めた瞬間、男の腕から抜け出し、そのまま背面蹴りで顎を蹴り抜き昏倒させる。そして兎耳少女を連れて俺のそばへと退避し、ものすごい形相で男たちを睨みつけた。
一瞬どうなることかと心配したが、苦もなく危機を脱した紫慧の姿にホッと安堵した俺も、昏倒した男に近づく擁恬と取り巻きを睨みつけた。
「一体何の真似だ! 服を汚したと言って屋台を壊しただけでは飽き足らず、まだ暴力も振るうのか! 衣服が汚れた件の制裁は、屋台を壊したことで終わらせるんじゃなかったのか!! 自分の身勝手な理屈を振りかざして好き放題した挙句、一度口にした言葉まで容易く反故にするとは。それが領主の家系に連なる者の在り様か! 恥を知れ!!」
俺の雷鳴がごとき一喝に、擁恬は及び腰になりながらも、
「なっ! 亜人風情が! この無礼者たちに身のほどを思い知らせてやれぇ!」
と、顔を真っ赤にして甲高い声を上げる。すると、周りの男たちは『待ってました!』とばかりに俺と紫慧を取り囲み、錘や狼牙棒などを手に、舌舐めずりをし――
「お任せください坊ちゃん。こんな亜人の一匹、俺らにかかれば一捻りでさぁ。おい、兄ちゃん! えらい別嬪さんを連れて良い格好を見せたかったようだが、謝るなら今のうちだぜぇ」
「へっへっへ、威勢の良いことを言っちゃいるが、内心はビクビクなんだろ。今なら地べたに顔を擦りつけて許しを請い、その綺麗なお嬢ちゃんを差し出しゃあ、半殺しで済ませといてやるよ。お嬢ちゃんも、さっきのことには目をつぶってやるから、そんな輪っかなんて構えてないで、俺たちと良いことしようぜぇ」
下種な言葉を口にしながら、徐々に取り囲む輪を縮めてくる男たち。紫慧は、抱きつかれたことに加え、いやらしい眼つきで自分の体を舐め回すように見る彼らの言葉に堪忍袋の緒が切れたのか――
「ふざけるなぁ~!」
怒声とともに、取り囲む男たちへ突進した。囲みの隙間をすり抜ける際、そばにいた男の顎を海獅で打ち抜き、数歩離れた位置で足を止めると、新たな獲物を狙うような目で男たちを睨みつける。
一瞬のことで何が起きたのか分からない男たちだったが、顎を打ち抜かれた男だけは、自分の後ろに立っている紫慧を見つけて、いやらしい笑みを浮かべたまま捕まえようとしたのだろうが……一歩踏み出した途端、崩れ落ち、白目をむいて伸びてしまった。
その様子に、兎耳少女の代わりができたとヘラヘラ笑っていた男たちの顔が一瞬で凍りつき、次の瞬間――
「このアマぁ! おとなしくしてやればつけ上がりやがってぇ!」
「痛い目に遭わないと分からんようだなぁ!!」
「構わねぇ! 死なない程度に腕の一本も叩き折ってやりゃおとなしくなるだろう、それからゆっくりと可愛がってやらぁ!!」
などと口々に口汚い言葉を発し、それぞれの獲物を手に、紫慧に襲いかかる。
四方八方から繰り出される重武具を海獅で受け流し、時には受け止めて防御を固める紫慧。囲みを解き紫慧に殺到する男たちに、俺は彼女の加勢に入るべく懐からいつもの布を出して頭に巻いて彼らに近づくと、そんな俺を見た男たちの数人が、
「なんだ? 亜人のくせにテメぇも俺たちに逆らおうってのか! この身のほど知らずが!!」
と、声を張り上げて重武具を振り下ろしてきた。
俺は腰に差した兜割りを抜かず、左手を上げて素手で錘を掴んだ。渾身の力で振るった錘が素手で止められるとは思っていなかったのか、目を大きく見開き驚きの表情となった顔面に、右手拳で殴りつけると一発で白目をむき倒れた。それを皮切りに、近くで武具を振り上げている男たちの腹部や顎に、拳や膝蹴りを入れて昏倒させ、紫慧の様子を確認しようと視線を振る。すると、攻撃を受け流していた紫慧の海獅が耐えられなくなったのか、全体に細かいヒビが走り、ついに板斧(片手用のバトルアックス)によって打ち砕かれ、そのままその刃が紫慧に襲いかかろうとしていた。
「紫慧!!」
俺が思わず声を上げた瞬間、緋龍の宿る腕輪が一瞬脈動し、微かに紅い光を放つ。それと同時に、紫慧がつけている蒼龍の腕輪からも強烈な蒼い光が生じた。
「紫慧様、危うきところでござった。然れどもこれよりは某が御身をお守りいたす」
声とともに、多くの野次馬の視界を奪った蒼い光が収まり、目に飛び込んできた光景は――紫慧の腕から肩口まで巻きついた蒼い龍が、男の板斧を口でくわえて止めている姿だった。
周囲で事の成り行きを見ていた人々は茫然とし、当事者である紫慧と男たちも、くわえ込んだ板斧を噛み砕こうと顎に力を入れる蒼龍に目を奪われていた。
蒼龍に視線が集中している間に、俺は邪魔な男たちの襟や腕を掴んで投げ飛ばして、紫慧のもとまで辿り着くと、板斧を振り下ろした男の腹を思いっきり蹴り飛ばし、
「いつまで呆けてるつもりだ、しっかりしろ紫慧! まったく……見境もなく一人で突っ込んでいく奴があるか、この猪娘!」
と、紫慧を叱りつけた。俺の声で意識を取り戻したのか、彼女は自分の右腕に巻きつく蒼龍を見て、
「すご~い! 腕輪が龍になっちゃった♪ 素敵ぃ~♪ って、なんだよ猪娘って!! まあ、言ってることは分かるけど……」
と、場違いな声を上げてから抗議の言葉を口にしたが……徐々に声が小さくなり、申し訳なさそうに下を向いてしまった。俺は苦笑しながら少し強めに頭を撫で回したあと、俺に投げ飛ばされて怒りで血走った目をこちらに向ける男たちを睨みつけ、
「おい、お前らは『喧嘩』の仕方も知らないのか! 女の子に一撃でノされたからって、そんな大層な武具を振りかざして。お前ら分かってんだろうなあ? そんな得物を振り回したらタダじゃ済まないってことくらい……。お前らが選んだんだ。それ相応の覚悟はできてるよな!」
そう言うと同時に、男たちを威圧するように『気』を放つと、武具を構える彼らはもちろん、後ろに控えていた擁恬も顔色が変わり、目が泳ぎ出した。
それを見て、こいつらは領主の公子とその取り巻きということで今まで無法が許されていた、図体がでかいだけの餓鬼だと分かった。
俺は浮歩を使って一瞬で近くにいた男の懐に飛び込むと、反応される前に胸の中心――胸骨の部分に掌底突きを放つ。男は面白いくらいに吹き飛び、真後ろにいた男三人も巻き込んで、擁恬の横まで転がり、倒れた。土まみれになり、口から吐瀉物を流しながら転がる彼らの姿に、擁恬は腰を抜かしていた。残りの取り巻きたちは顔面を真っ青にし、手に持っている打撃武具を俺に向けて構えつつも、小刻みに震えていた。
自由市場で起こった騒ぎは、擁恬たちにとっては思いもよらない、だがワタシのように驍や紫慧を知る者にとっては当然起こりうるであろう方向へと進んでいった。
まったく……皆が楽しんでいる闇の節に騒ぎを起こすだけでも問題だというのに、紫慧にまで手をあげるとは。あいつらは相手と自分との実力の差が分からないのか? それとも、紫慧がそれほどまでに魅力的に見えたのだろうか?
ただ、圧勝すると思っていた紫慧だが、男たちの攻撃を防いでいるうちに、圏を砕かれてしまっている。
そう言えば、あの圏は先日ワタシが修練場で暴走してしまったときに、驍が借りて使っていたが、その際にワタシの大鎌の斬撃によってかなり傷つけてしまったような……
紫慧の窮地は、もしかして半分はワタシにも責任が?
そんな心配をしたものの、驍のおかげで紫慧は無事だったし、男たちの中の数人は一撃で吹き飛ばされている。
このまま驍が武威を揮えば、この場は容易く収まるだろう。
だが、その後に厄介事が降りかかってくるのは目に見えている!
場を一番簡単に収拾できるのは、ワタシの隣にいる麗華だが、当の彼女はこの展開に瞳を輝かせて楽しんでいる。しかも、お付きのレアンまでもが驍に声援を送っている。
実際、驍が擁恬と取り巻きを威圧してからは、周りで見ていた翼竜街の者たちも、レアンと同じように驍が男たちを殴り倒すたびに歓喜の声を上げていた。
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ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは――
※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。
1~4巻発売中です。
成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~
m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。
書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。
【第七部開始】
召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。
一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。
だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった!
突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか!
魔物に襲われた主人公の運命やいかに!
※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。
※カクヨムにて先行公開中
アイスさんの転生記 ~貴族になってしまった~
うしのまるやき
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郡元康(こおり、もとやす)は、齢45にしてアマデウス神という創造神の一柱に誘われ、アイスという冒険者に転生した。転生後に猫のマーブル、ウサギのジェミニ、スライムのライムを仲間にして冒険者として活躍していたが、1年もしないうちに再びアマデウス神に迎えられ2度目の転生をすることになった。
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〈あらすじ〉
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やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
巻き添えで召喚された会社員は貰ったスキルで勇者と神に復讐する為に、魔族の中で鍛冶屋として生活すると決めました。
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お金の執着心だけは人一倍の会社員【越後屋 光圀(えちごや みつくに)】
ある日、隣に居る人が勇者として召喚されてしまうのに巻き込まれ一緒に異世界に召喚されてしまう。
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