鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼

文字の大きさ
表紙へ
上 下
49 / 229
4巻

4-1

しおりを挟む




 プロローグ 武具鑑定士取締バッフェゲリヒトマイスター焦心しょうしん


 武具比べも終わり、武具鑑定士取締バッフェゲリヒトマイスターであるアタシ――エレナ・モアッレとその一行は、翼竜街をった。愛しい愛娘アルディリア仕事ギルドの都合で来られなかったけど、翼竜街の領主・耀安劉ヨウアンルをはじめ、津田つだ驍廣たけひろって驚きの武具を鍛えた若き鍛冶師や、多くの者に見送られての出立だった。
 それから二日目の朝――〝響鎚の郷エアシーネハマー〟への道と甲竜街への道とに分かれる分岐路に、間もなく差しかかろうというときだった。愛娘アルディリアの手配で、道中の護衛をしてくれている翼竜街所属の衛兵殿が、アタシたち一行の足を止めさせると、腰に差していた唐剣とうけんを抜いた。
 これまでの道中、アタシに対して動じることなく言葉を交わし、時には冗談じょうだんを言うような気さくな人物だと思っていた衛兵殿。だが今は、少し緊張したように引きまった表情となり、同じ人物には見えないほど張り詰めた空気をまとっていた。

「道を開けられよ! 我らは、翼竜街ギルド総支配人・シュウ延李エンリ様が武具の鑑定に招聘しょうへいされた武具鑑定士取締エレナ・モアッレ様の一行である。翼竜街での武具鑑定も終わり、響鎚の郷への帰路につく我らに、道をふさぐように徒党ととうを組んで待ち受けるとは、いかなる存念があってのことか?」

 衛兵殿は、周囲に響きわたるような大きな声で誰何すいかした。すると、彼がジッとにらみつける先――何もない空間が突如らめいたかと思うと、旅装の男たちが姿を現した。彼らの中でもっとも小奇麗こぎれいな男が進み出て、フードを取った。その姿に、アタシは自分の目を疑う。

「こ、これは天樹国てんじゅこくのハイエルフ氏族の御方でしたか?」

 衛兵殿も驚いたようで、あわてて手にした唐剣とうけんを背に隠し、片膝かたひざを突く。そんな彼の様子に、ハイエルフ氏族の男は少し満足そうに、それでいてさげすむような目付きで――

「役目ご苦労。我らがこの場で待つのは、武具鑑定士取締殿への伝言と、同道している不届き者の身柄を引き取るため。武具鑑定士取締殿! 武具鑑定士取締エレナ・モアッレ殿はいずれにおられる?」

 ハイエルフ氏族の呼びかけに、何やら胸騒ぎを覚えながらも、アタシは衛兵殿の前へ進み出た。

「おぉ、エレナ・モアッレ殿、我らは響鎚の郷族長ベツィルクライザァーヨゼフ・グスタフ殿からの伝言を頼まれ、貴女あなたがここに来るのを待っていたのだ。エレナ・モアッレ殿、貴女あなたにはこれより甲竜街におもむいていただきたいとのことだ。なんでも、貴女あなたさとったあとすぐに、甲竜街からも武具の鑑定の依頼が入ったそうだ。急なことで申し訳ないのだが、『急ぎ来てほしい』と使いの者にじ込まれたらしく、ヨゼフ殿もお困りの様子であった。それから、連れておられる未熟な鍛冶師見習いのドワーフ氏族の者たちは、輝樹の郷シエロバオムに連行せよとのめいを受けておる。その者たちは、翼竜街にて相当な失態を演じ、天下にかんたる響鎚のさとの鍛冶師にどろを塗ったというではないか。我らが族長センティリオ・ファータ様も、そのことを聞いて真偽のほどを確かめたいとおおせになられた。くだんの未熟者どもの身柄は我らが預かり、輝樹こうじゅさとに連行する。よもやいやとは言われますまいな!」

 そう一方的に告げたハイエルフ氏族は、後方にひかえていた者たちに合図を送り、〝翼竜街で失態を演じた〟トント以下三人のドワーフ氏族に縄をかけて、まるで囚人しゅうじんのように扱う。そして、

「では、エレナ殿。甲竜街のこと、しかと頼みましたぞ」

 と一言残し、彼らはすぐに天樹国の方へと消えていった。そのあまりの手際のよさに、アタシも衛兵殿も呆気あっけに取られた。

「……エレナ殿、良かったのでしょうか? とはいえ、ハイエルフ氏族の方がお出座でましになられては、自分ごとき一衛兵にいやとは言えなかったのですが。そもそも、その言葉を発するすきさえありませんでしたな……」

 あっという間に見えなくなったハイエルフ氏族一行に、あきれたようにつぶやく衛兵殿。

「アタシが知るわけないだろ! なんでまたハイエルフ氏族なんだい? いつもは輝樹の郷にこもっているっていうのにさ……」

 事情を知らないのはアタシも同じだから、投げやりに答えるしかなかった。
 ――まさかこの件が後に大きな災いとなって降りかかってくるなんて、このときのアタシには知るよしもなかった。



 第一章 能ある猫はつめを隠していますが何か!


 俺――津田驍廣は、魔獣騒動のときに意識を失ってから、一季いっき(一ヶ月)もの間、眠り続けてようやく目を覚ました。床上げをした翌日、本調子ではない体を紫慧しえに支えてもらいながら、アルディリアも伴い、これまで色々と心配をかけた人たちへの挨拶あいさつ回りに出かけることにした。
 紫慧は、何日か休んでからの方がいいのではと心配してくれた。だが俺としては、少しでも動いて早く体調を回復させ、鍛冶仕事に復帰したかった。だから、挨拶あいさつ回りもリハビリの一つだと無理やり理屈をつけて出かけることにしたのだ。
 それに、昨夜ドンチャン騒ぎをやらかしておいて、また寝込んでしまったら、スミス爺さんが戦鎚ピウスボース片手に「軟弱者なんじゃくもの!」と怒鳴どなり込んでくることだろう。
 アルディリアもその様子が想像できるのか、しぶる紫慧に「驍なら大丈夫だから」と一緒に説得してくれた。もちろん、その後耳元で「ワタシがいてよかっただろ♪」などとしたり顔で言われてしまったのだが、それも自らがいた種とあきらめた。
 本来ならば、いの一番にスミス爺さんの鍛冶場に顔を出すのが筋なのだが、昨夜のドンチャン騒ぎの帰り際、スミス爺さんから――「まず一緒に生死の境をくぐり抜けた麗華レイカとレアン、その次は翼竜街ギルドの翔延李支配人やフェレースたちに挨拶あいさつをしてから、鍛冶場に来い」と言われていた。そこで、俺はまず麗華とレアンが住む翼竜街領主・耀ヨウ家の邸宅へと歩を進めた。
 耀家邸宅の門には、取次と護衛を兼ねた衛兵が詰めており、俺たちは彼に、氏名とこの場に訪れた目的を告げる。すると、衛兵は俺の顔を見て驚いたような表情を浮かべたが、

「津田驍廣殿と紫慧紗シェーシャ殿、そしてアルディリア殿ですな。ただちにお呼びいたしますので、しばしお待ちを!」

 と言うが早いか、大慌おおあわてで門の中へと消えていった。俺は『なぜにそんなにあわてて?』と首をひねるが、一緒にいた紫慧とアルディリアは、衛兵の様子を特に不思議に思っていないようだ。
 そんなことを考えている間に、再び邸宅の門が開かれた。衛兵とともに姿を現したのは、漢服の襖裾アオジュと呼ばれる腰までの丈の上着と、巻きスカートを組み合わせたような服装をした、侍女メイド姿の美しい女性。彼女は小走りに駆けてくると、俺たちの前で止まり、深々と拱手きょうしゅし、

「ようこそおいでくださいました。津田驍廣様、紫慧紗様、アルディリア様。中で緋麗華ヒレイカ様がお待ちです。こちらに……」

 と、まるで貴人を迎えるような態度で邸宅内へと案内された。
 俺は女性の態度に戸惑とまどいながらも、頭頂部に立つ二つの狗耳いぬみみと、臀部でんぶはくでも取るようにリズムよくれる尻尾しっぽに、以前どこかで会ったことを思い出した。

貴女あなたはもしかして、レアンのお姉さんで――」
「はい、レティシアと申します! 先の魔獣騒動の際、弟がシュバルツティーフェの森から無事に帰ってこられたのは、津田様のおかげだと。しかも、弟に良き武具ナイフを鍛えていただいたともうかがっております。本当にありがとうございました」

 たずね終わらない内に、かぶせ気味に返答してくれたレアンのお姉さん。俺は彼女の言動にさらに戸惑とまどってしまい、生返事なまへんじで応じるのがやっとだった。
 そんなやり取りをしている間にも、案内されるままに邸宅の扉を抜け、一つの部屋に通された。

「――すぐに緋麗華様をお呼びいたします、こちらでお待ちください」

 そう告げると、優雅ゆうがな一礼を残し、レアンのお姉さんは部屋から出ていってしまった。
 待てと言われれば待つしかないのだが、領主の邸宅、しかも豪華な調度品が置かれた、いかにも貴賓室きひんしつと思われる部屋に残され、俺と紫慧は所在なさげにソワソワしながらその場に立ちつくす。アルディリアはギルド職員としてこのような状況に慣れているのか、部屋の中央に並べられた長椅子に腰を下ろし、俺と紫慧の狼狽うろたえる姿に苦笑を浮かべ、

「驍廣も紫慧も、何をそんなところで立っている。麗華を呼んでくると言っていたのだから、ワタシたちは先方が来るまで座って待っていればいいのだ」

 と、俺たちにも長椅子に座るよう促した。俺と紫慧は素直にアルディリアに従い、長椅子に腰掛けようとしたら――扉の外から誰かが走ってくる足音が聞こえ、その後すぐに貴賓室きひんしつの扉が勢いよく開いた。

「驍廣さん!」
「驍廣!!」

 声を上げて飛び込んできたのは、執事服(見習い用)をまとったレアンと、せっかくのきらびやかな衣服(曲裾チュジェ)が走ったために着崩れて情けない姿になってしまった麗華だった。
 部屋に飛び込んできた直後の二人は、少し緊張しているような表情だったが、俺の姿を見るなり満面の笑みを浮かべる。そして、座ろうと中腰になっていた俺に飛びつき、長椅子に押し倒した。

「驍廣さん、良かった、もう体は大丈夫なんですね。シュバルツティーフェの森で気を失われてから、何度お見舞いに行っても気が付かれる気配がなくて、このまま目覚めなかったらどうしようって、心配していたんですよ」
「そうですよ、驍廣。特に、そばで心配そうに看病かんびょうを続けていた紫慧とアルディリアの様子といったら……。何にしても、目を覚ましこうやって元気な姿を見せてくれて本当に良かったですわ。貴方あなたからの申し出であったとはいえ、魔獣討伐に同行する許可をギルドに求めたのは、形式的にはわたくしということになっていましたから、この一季いっき随分と肩身の狭い思いをしてきたのですよ」

 レアンは単純に、俺が元気な姿を見せたことを喜び、一方の麗華は、紫慧とアルディリアがどれほど親身になって俺の看病かんびょうをしていたか、そして麗華自身もどれだけ心を痛めていたかを皮肉交じりに告げる。だが、内心では元気になった俺の姿に安堵あんどと喜びの感情を抱いてくれたようで、ねたような表情の中にも笑みが見え隠れしていた。
 そんな二人にみくちゃにされた俺は、何とか二人を引きがそうとするのだが、一季いっきもの間寝込んでいた体は力がおとろえていて、押しのけることができなかった。そこで、助けを求めて手を伸ばしジタバタさせると、それに気付いた紫慧とアルディリアがあわてて割って入ろうとしたのだが――

「麗華様! レアン! 何をしているのですか!!」

 二人をしかりつける金切り声が部屋中に木霊こだまする。声の方を見たら、顔を真っ赤にして目をり上げる侍女レティシアの姿が……

「姉ちゃん……」
「レティシア……」

 レアンと麗華は、侍女の怒りの表情を見て顔を引きらせ、すぐさま俺から離れる。そして、長椅子に倒れた俺の体を無理やり起こし、自分たちの乱れた衣服を整えようとした。しかし、レアンの執事(見習い用)服はしわが取れず、麗華に至っては完全に着崩れてしまい、直そうとすればするほど恰好かっこうになった。
 そんな二人に、レティシアは大きく溜息ためいきをつき、

「レアン、貴方あなたは着替えてすぐに驍廣様たちへお茶の用意をなさい。麗華様、そのような姿ではお客様に対して失礼です。お召し物を変えさせていただきますので、お部屋の方にお戻りください。驍廣様、紫慧様、アルディリア様、申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちください。では失礼いたします」

 そう告げると、レアンと麗華をき立てるようにして、部屋を出ていった。その姿に、俺たちは呆気あっけに取られ、ただ見送ることしかできなかった。
 少しして、レアンはレティシアの言いつけ通り、しわだらけになった服を着替えて、俺たちのいる部屋に戻ってきた。今度は騒ぐことなく、俺たちにお茶をれると、壁際に下がり、直立不動の姿勢を取る。そんなレアンに、俺たちも話しかけていいのか判断が付かず、とりあえずれてくれたお茶を飲みながら、麗華が来るのを待つことにした。やがて――

「お待たせいたしました、紫慧、アルディリア、それに驍廣も。驍廣は本当に元気になったようで良かったですわ。この一季いっきの間、なかなか目を覚まさない貴方あなたを心配していたのですよ」

 レティシアが開けた扉から、すまし顔で入り直した麗華に、思わずクスリと笑ってしまっても仕方ないだろう。そんな俺たちを不満そうにひとにらみした麗華は、対面の長椅子に優雅ゆうがに腰掛ける。レアンはそれを待っていたかのように、俺たちにれたものと同じお茶を出した。麗華はお嬢様然とした仕草で目礼して、出されたお茶を口に運ぶ。
 その何とも取ってつけたようなやり取りに、我慢がまんしきれず噴き出してしまう俺と紫慧。

「驍、紫慧。噴き出すなんて……失礼……だぞ」

 隣に座るアルディリアに注意されるものの、そう言う彼女でさえ笑い出すのを必死にこらえているようだった。
 街を治める領主の娘に対して失礼極まりない態度を見せる俺たち。本来なら『無礼者!』ととがめられるところだと思う。だが、笑われている本人たちも、自分らが見せている姿が普段とはあまりにも違うことを承知しているようだ。
 それでも、やはり笑われるのは面白くないらしい。しかも、この振る舞いを強要した者が『普段の行いが悪いからですよ。身から出たさびです……』とばかりに落胆らくたんの表情を見せるに至り――

「だから、驍廣たちにこのような他人行儀ぎょうぎな、通り一遍の態度など必要ないと言ったのです! それをレティシアが、淑女しゅくじょとしての振る舞いがどうのこうのと言うから……」

 麗華はふくれっつらになって、レティシアをねたようににらみつけた。当のレティシアは再び大きく溜息ためいきをつき、

「麗華様。麗華様は耀家の公女として取るべき態度、身につけるべき所作があると、執事長からも口がっぱくなるほど聞かされているではありませんか! そのご忠告を聞き入れず、奔放ほんぽうな態度を取られているから、このようなことになるのです」

 やり込められる麗華の姿に、さすがに俺も同情してしまう。

「麗華、笑って済まなかった。レティシアさん、だったな。麗華とレアンと俺たちは、魔獣討伐で苦楽をともにした『仲間』なんだ。今日この場を訪ねたのも、長い間寝ていて心配を掛けてしまった仲間へ挨拶あいさつを、と思ってのこと。公女の麗華とその従者であるレアンに会いに来たんじゃなくて、一緒に死線をくぐり抜けた仲間である二人に顔を見せに来ただけだから」

 俺が麗華への謝罪とともにレティシアへ告げると、彼女は少し困ったような表情をした。

「皆様が麗華様に対してそのようなことを言うから……。とはいえ、驍廣様のおっしゃる通り、皆様と麗華様そして愚弟は、立場や地位などを超えた仲間ですし、安劉アンル様もそのことをお認めになられています。……私が出過ぎた真似まねをしてしまったのかもしれません。失礼いたしました。レアン、こちらに来てお座りなさい。ここからは私が給仕きゅうじをします。仲間である貴方あなたが一人立っていては、皆様もゆっくりと話ができないでしょうからね」

 レティシアはレアンを麗華の隣に座らせると、優しい笑顔を見せ一礼し、冷めてしまったお茶を一旦いったん下げ、れ直してくれた。彼女がれてくれたお茶は、先にレアンがれたものと同じはず。なのに、口元に運んだときに鼻腔びこうくすぐ芳醇ほうじゅんな香りとまろやかな口当たりに、まるで全くの別のお茶が出されたのかと思うほどで、口にした全員から感嘆かんたん溜息ためいきが漏れた。
 そんな俺たちの様子に、レティシアは微笑ほほえみ、

「津田様、改めてご挨拶あいさつさせていただきます。私はレアンの姉でレティシアと申します。先の騒動の際には、麗華様と弟の身を守ってくださったとお聞きしました。そのお礼をと思っておりましたが、長らく床に伏せっておられるのに、私のような者がお見舞いに参りましてもご迷惑をお掛けするだけだとひかえさせていただいておりました。本日はこのようにお元気なお姿を見ることができ、また感謝の言葉をお伝えすることができ、胸のつかえが取れた思いでございます」

 そう言って、深々と頭を下げる彼女の言動に、俺はあわてた。

「いや、そんな感謝されることは何も……。魔獣討伐に同行させてもらった者として当然のことをしただけだ。それに、途中で気を失ってしまった俺を、翼竜街まで運んでくれたんだ。むしろ俺の方が感謝しなければいけない。麗華、レアン。心配掛けてすまなかった!」

 俺は、対面に座る麗華とレアンに頭を下げた。レアンは恐縮してあわてふためき、麗華は頭を下げる俺を満更まんざらでもない顔で見つめる。

「――そうですわね。驍廣を翼竜街に連れて帰った後、色んなところに説明をして回らなければならなかったわたくしの苦労がようやくむくわれた思いですわ。ですが、頭を下げてそれで全てを丸く収める、というのも少し面白くないですわねえ……どうでしょう? レアンのために、魔獣討伐の際に刃の欠けてしまった二振りの唐剣とうけんに代わる武具を鍛えてはいただけませんか?」

 悪戯いたずらを思いついたような笑みを浮かべる麗華がそんなことを言い出す。レティシアが彼女をとがめるようににらみつけるのを、俺は手を挙げて制し、

「そんなことだったらいつでも……とりあえず、スミス爺さんと相談をしてからになるが、必ずレアンのために武具を打たせてもらうと約束しよう」

 と、笑いながら返しておいた。
 その後、俺が森で気を失ってからのことを聞きながら、レティシアのれてくれたお茶を楽しんだが、まだギルドなどに挨拶あいさつに回らなければいけないので、おいとますることにしたら――

「ギルドへ向かうのですか? でしたら今回の騒動の当事者としては、同行しないわけには行きませんわ! レティシア、外出の用意を!!」

 麗華は言うが早いか、レティシアとレアンを引きずるようにして部屋から出ていった。そして、すぐにいつもの漢服に細めのパンツ、それに腰に唐剣とうけんを下げて現れると、俺たちをかすように外へと連れ出した。

「麗華様、良かったのですか? このことが後で執事長に知れたら……」

 麗華にかされ邸宅を出た俺たち。麗華とレアンを先頭に天竜通りを歩く中、レアンが小声で声を掛けると、前を歩く麗華は一瞬ビクリと体を震わせた。

「だ、大丈夫ですわ。これはともにあの騒動を乗り越えた者としての務めなのですから、バル爺だって話せば分かってくれますわ。それに、都の竜賜ロンシから帰ってきて以来、わたくしはリリスと全く会えていないのですよ。せっかく驍廣たけひろが元気になったのですから、ギルドに同行し、一度も顔を見せない薄情者に文句の一つも言ってやらねば気がすみません」

 麗華の言葉に、レアンも納得するようにうなずくが、反対にアルディリアの顔は一瞬だけ曇る。その表情に何かあるのか? と向けた俺の視線に、アルディリアは顔をそむけた。

「そう言えば、昨日俺が目を覚ました後、月乃輪亭つきのわていで軽く宴会みたいな騒ぎになったんだけど、そのときもリリスは顔を見せなかったし、今日も見なかったんだよ。アルディリア。お前、ギルドで一緒に働いているんだろ。リリスのこと、何か知らないか?」

 俺の問いかけに、みんなの視線がアルディリアに集まるが――

「リリスか? ……彼女は魔獣討伐窓口の担当だったから、色々と事後の対応に追われて、麗華のところに顔を出せなかったんじゃないのか? ワタシは驍廣の様子を見るために、ギルドには行ってなかったので、ちょっと分からない……」

 と、普段のアルディリアとは違い、歯切れの悪い回答しか帰ってこなかった。そんな彼女に違和感を覚えたのは俺だけではなかったようで、紫慧も表情を曇らしている。

「ふん! どうせこれからギルドに向かうのじゃろ。ギルドに行けばその辺のことも分かるじゃろうから、立ち止まっておらんで早く行くぞ!」

 リリスの話題が出て、天竜通りの真ん中で立ち止まってしまっていた俺たちに、いつものように俺の頭の上で寝ていた賢虎けんこのフウが、目を覚ましたのかそう告げる。そして、俺の頭の上から飛び降り、先導するように高々と立てた尻尾しっぽを振りながら歩きはじめた。俺と紫慧しえは顔を見合わせて苦笑を浮かべ、フウを追いかけた。
 アルディリアはそっと息をき出すと、フウに軽く目礼をしてから、麗華レイカとレアンを促し、俺たちの後を追いかけるように歩き出した。


 ギルドに着くと、俺たちはまずリリスに会おうと、彼女がいつも働いている魔獣討伐窓口に向かう。だがそこにいたのはリリスではなく、猫人族ねこひとぞくのギルド職員フェレースだった。
 窓口には、以前は並んで順番待ちまでしていた討伐者の姿はなく、フェレースは眠そうな顔で時々あくびをしながら受け付けにいたが、近付く俺たちに気付き、あわてて居ずまいを正し、営業スマイルを浮かべた。

「翼竜街ギルド魔獣討伐窓口にようこそぉ♪ ただ今、翼竜街近郊での魔獣の発生、目撃情報は入っておりませ~ん。なのでぇ、討伐依頼もないんですがぁ、なにか御用でぇ……あれぇ、アルディリアじゃないですかぁ、どうしたんですかぁ、討伐窓口に顔を見せるなんてぇ?」

 相変わらず語尾の伸びたノンビリ口調で話すフェレースに、麗華はれたらしい。

「失礼いたします。魔獣討伐窓口担当のリリスと、ギルド総支配人のショウ延李エンリおじさまにお会いしたいのですが、お呼びいただけますか?」

 そう言いながら、アルディリアを押しのけて、窓口にいるフェレースに詰め寄った。だが――

「リリスですかぁ? リリスなら今はギルドにいませんよぉ、長期の休暇を取ったとかでぇ……。延李総支配人は奥の支配人室にいますので、ちょっと待っててくださいねぇ」

 フェレースは、俺たちの返事も待たずに、サッと奥へと消えてしまった。

「リリスが長期の休暇を取ってギルドにいない? どういうことだ、アルディリア?」

 俺の言葉と注がれる仲間たちの視線に、アルディリアは困ったような表情を浮かべ、

「さっきも言ったが、ワタシは詳しいことは知らないのだ。……総支配人に聞いてくれないか」

 と、言及を避けるばかり。仕方なく俺たちは、延李に話を聞くためにこの場は大人しくフェレースを待つことにした。俺たちのやり取りを知ってか知らずか、フェレースは戻ってくるなり、

「は~い。では皆さん、総支配人がお会いになるということなのでぇ、私について来てくださいねぇ。支配人室にご案内しま~す」

 と、気の抜けるような口調で、窓口の横に設置してある扉を開け、俺たちを迎え入れると、支配人室まで案内してくれた。
 支配人室には延李が一人、机の上にうずたかく積まれた書類の山と格闘中で、盛んに筆を走らせる音と判子はんこをつく音が静かな部屋に響いていた。

「総支配人、麗華様と驍廣さんたちをお連れしましたぁ」
「フェレース、悪いが、もう少しで区切りがつくから、そこの長椅子に座って待ってもらってくれ。その間に、皆さんにお茶をお出しして」

 書類の向こう側から、延李が顔も上げずに言う。

「はぁ~い、分かりましたぁ。では皆さん、こちらにお座りください。すぐにお飲み物の準備をいたしますねぇ」

 フェレースは延李の言葉通り俺たちに長椅子に座るよう告げると、一旦いったん支配人室を後にした。残された俺たちは、言われるままに支配人室の中央に置かれている長椅子に座る。
 ほどなくして、フェレースが急須きゅうすと人数分の湯呑ゆのみ、それに小鉢こばちに入れたお菓子を持って戻ってきた。彼女はその間延まのびする言葉遣いからは想像もできないような優雅ゆうがでそつのない仕草でお茶の準備を済ませると、俺たちの前にお茶の注がれた湯呑ゆのみを置いていった。
 お茶からは、甘い芳醇ほうじゅんな香りが立ち上る。苛立いらだちが静まり、落ち着いた気分になるような気がした。
 フェレースの優雅ゆうが給仕きゅうじの姿を、レアンはウットリした顔で眺めていたが、一通り給仕きゅうじが終わり脇にひかえようと下がる彼女を見て、口を開いた。

「あのぉ……すみません、その給仕きゅうじの所作は一体どこで身につけられたのでしょうか? あっ! 申し遅れました、自分は耀家で執事見習いをしている、レアン・ケルラーリウスと言います。自分も執事長から手ほどきを受けているのですが、まだまだ未熟で……。先程の所作、未熟な自分にも、長年の経験による素晴らしいものだと分かりました。良かったら、フェレースさんはどこで身につけられたのか、教えていただけないでしょうか?」

 麗華が不躾ぶしつけな質問をしたレアンをとがめようとするのを、フェレースは笑みを浮かべて制した。

「そんなにめてもらえるなんて嬉しいわぁ。私の母は、先代の竜賜代表領主様の御屋敷に御奉公に上がっていたことがあったの。その母に厳しくしつけられたのよぉ」

 フェレースが返答を終えたところで、延李も一区切りついたのか筆をおき、俺たちと対面するように置かれた椅子に近付き、

「お待たせした。緋麗華様、それに驍廣殿をはじめとした救街の勇士諸君」

 と、座らずに立ったままでそう言いながら、頭を下げた。翼竜街ギルドを取り仕切る総支配人のいきなりの行動に、俺たちはあわてて立ち上がり返礼する。一方、フェレースは延季の言葉に驚き、口をあんぐりと開けて固まってしまった。
しおりを挟む
表紙へ

あなたにおすすめの小説

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

異世界転移して5分で帰らされた帰宅部 帰宅魔法で現世と異世界を行ったり来たり

細波みずき
ファンタジー
異世界転移して5分で帰らされた男、赤羽。家に帰るとテレビから第4次世界大戦の発令のニュースが飛び込む。第3次すらまだですけど!? チートスキル「帰宅」で現世と異世界を行ったり来たり!? 「帰宅」で世界を救え!

貧乏男爵家の四男に転生したが、奴隷として売られてしまった

竹桜
ファンタジー
 林業に従事していた主人公は倒木に押し潰されて死んでしまった。  死んだ筈の主人公は異世界に転生したのだ。  貧乏男爵四男に。  転生したのは良いが、奴隷商に売れてしまう。  そんな主人公は何気ない斧を持ち、異世界を生き抜く。

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。