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2巻
2-3
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「……う~ん。鍛冶場でうちの馬鹿息子も口にしていたんニャが、これはただの黒剛鋼製のナイフとは違いますニャ!! 一見、丹念に鍛錬を繰り返した黒剛鋼だけを用いて打ち上げたナイフに見えますニャ。ですが、光にかざせば黒剛鋼独特の漆黒の地色の中に、うっすらと翠色の光沢が煌めいているのニャ。そして、手に取ってみて分かったのニャが、このナイフは明らかに風精霊の精霊力を内包しているのニャ。本来、黒剛鋼で鍛えた武具には、精霊力を持たせることなどできないはずニャ。そのできないはずのことがこの武具では起きているニャ! いったいどうなっているニャ!スミス爺、そんなニヤニヤしていないで、どういうことか教えるニャ!!」
周りで食事をしている他のお客に配慮しつつ、傑利は小さいながらも力の籠った言葉を発する。それに対し、名指しされたスミス爺さんは、さらに笑みを浮かべながら、
「傑利。本当に驚くのはこれからじゃぞ。驍廣、あのイタチの精獣はどうもかなりの恥ずかしがり屋か人見知りのようじゃ。初めて目にする者たちに怯えているのか姿を隠してしまっておるから、心配せず姿を見せてくれるように言ってはくれんか?」
俺はスミス爺さんの言葉に頷きながら、
「確かに、拵えを施してもらうのに、姿を隠したままというわけには行かないな。おい! これからお世話になる傑利と斡利に姿を隠したままじゃ失礼だぞ。大丈夫だから隠れてないで出てこい!」
傑利と斡利は、俺とスミス爺さんのやり取りを不思議そうに見つめていた。
だが、俺が声をかけて、ナイフの上にイタチの姿をした精獣が姿を現すと、言葉を詰まらせて、驚愕の表情を浮かべ、固まってしまった。
「……は~ぁ。だから言ったじゃろう、本当に驚くことになるのはこれからじゃと」
スミス爺さんがため息交じりに声をかけると、傑利はギシギシと錆びついた螺子が回るような動きで、爺さんの方に視線を動かし、
「スミス爺、驚くことになると言ったからどんなことかと思えば、これはあまりにも埒外で、ただ単に驚くだけではすまないことニャ」
その意見に、斡利も追従する。
「そうですニャ、スミスの爺っさま。まさかこの目で命宿る武具を見られるとは思いもしないことですニャ。命宿る武具が打たれたことなど、ここ何十年も聞いてないですニャ。確か、生存する鍛冶師の中で過去に命宿る武具を打ったと言われるのは、甲竜街に住むダッハート・ヴェヒターと響鎚の郷に住むダンカン・モアッレ、その二人のドワーフ氏族の鍛冶師だけニャ。そんな伝説になるような武具が目の前に現れれば、驚くなという方が無理ですニャ!」
顔を引きつらせたまま傑利と斡利は、それぞれ非難(?)の言葉を口にしてスミス爺さんを睨み付ける。
「まぁそうかもしれぬな。儂も初めて知ったときには驚いたわい。しかし、さらに言うとじゃな、このナイフは本来の目的とする武具を鍛えるために、新たな技法の試しにと鍛えた武具ということじゃ。ほれ、驍廣。儂に説明させとらんで、自分で話さんか!」
そうスミス爺さんにふられ、俺は慌てて、
「あ? あぁ、そうだな。このナイフは、耀緋麗華の依頼で鍛える武具のための試作として、黒剛鋼と白銀鋼を鍛接した複合鋼で鍛えたものだ。さっき傑利が口にした疑問への回答にもなると思うが、鍛接する前に白銀鋼には風精霊を宿す翠玉を付与してる。だから、一見すると黒剛鋼のナイフなんだが、風精霊の力や翠色の光沢が見て取れるんだろうな」
「……な、何をそう淡々と話しているですニャ! スミス爺、この御人は自分が何をしでかしたのか分かっているのですニャ?」
「まぁまぁ、そう興奮するな傑利。お前さんの意見ももっともじゃ。じゃが、驍廣にしてみれば、『必要に迫られてやっていたらできた』といった程度のものらしいのじゃ。あまり深く考え込むと、今後付き合っていくときに精神の方が参ってしまうぞ。儂はもう、非常識のやることじゃから仕方ないと諦めておる。お前さんも、驍廣とつき合っていくなら、こういう奴じゃと諦めた方がよいぞ」
そう言いながら笑うスミス爺さんに、傑利は呆れ、斡利は若い分切り替えが早いのか、納得したように頷いていた。
しかし、非常識のやることだから諦めろってのはないだろうが。
……そんなかぁ?
「それで、これに合った柄と鞘をお願いしたいんだが、頼めるだろうか?」
俺は、スミス爺さんや傑利の反応に釈然としないものを感じつつも、ここは大人の対応をしなければと、本心を隠し、軽く頭を下げる。
傑利はちょっと考えるようなそぶりの後、
「もちろんですニャ。このナイフに合った柄と鞘を用意させてもらいますニャ。ちなみに、所有者となる御人が決まっておりますかニャ? 決まっていれば、教えてほしいのですニャ」
「ナイフの所有者か? それなら、耀家に仕えている狼人族のレアン・ケルラーリウスに譲る予定だよ」
「そうですニャ、耀家のレアン坊ですニャ。それなら、レアン坊の手に合った拵えを用意させてもらいますニャ。私たち拵え細工師は、確かに依頼された武具を美しく見せる細工を施す者ではありますニャ。ですが、やはり武具とは使う方の命を守るためのもの。美しい装飾よりも、重要なことは所有者となる御人に合った使いやすい拵えにしないといけませんからニャ」
その言葉で、俺はこの傑利という妖猫人族の拵え細工師が、武具の拵えを任せるに足る職人だと信用することができた。
見た目は絵本に出てくる『長靴をはいた猫』だけど……
後のことは俺と傑利に任せたと、スミス爺さんは紫慧とともに、自由市場にあるベノアさんの生地屋へ布を買いに向かった。斡利は、工房に戻って拵えの準備をするようにと傑利に言われると、
「驍廣さん、紫慧さん、スミスの爺っさま、また武具を鍛えたときには、今度は僕にも拵えをさせてくださいね!」
と、言葉を残し、俺たちが返事をする間もなく食堂から飛び出していった。
そんな斡利のことを傑利は、
「馬鹿息子が、スミス爺や驍廣さんの武具の拵えをしたいなど十年早いわ!」
と、苦笑しながらも嬉しそうに呟いていた。
そして、傑利と俺は、レアンのもとに向かった。
レアンの仕える耀家に行くと、レアンは麗華の修練の相手を務めるために修練場にいると言われたので、隣接する修練場に足を運んだ。修練場は、以前来たときは木剣の打ち合わさる音が盛大に響いていたのだが、今はほとんど聞こえず、修練をしている者そのものの気配も少なくなっていた。
「どりゃ~ぁ!」
修練場を覗いた俺と傑利の目に飛び込んできたのは、その容姿に似つかわしくないドスの利いた雄叫びを上げる麗華の姿だった。
声を上げた彼女は、足を止めて、長大な楯を構えた格好で、斬撃を何度も繰り出していた。だがその斬撃は、ことごとく空を切り、麗華の相手である黒い影が、素早く麗華の死角に廻りこみ、彼女の首筋に短木剣を突きつけた。
「くぅ~~~。レアン、もう一番お願い!」
汗を流し、肩で息をしている麗華に対して、汗は薄らと掻いているものの、呼吸は落ち着いていた黒い影――レアンは、手にしていた二振りの短木剣を収めながら、
「お嬢様、少しお休みください。先程から随分呼吸が乱れ、動きにもキレがなくなってきております」
と少し心配するような表情を浮かべた。麗華はそんなレアンの表情に気づかず、
「何を悠長なことを言っているの。さっきからわたくしの斬撃はレアンに届かず、反対に打ちこまれてばかり。こんなことでは、驍廣が武具を用意してくれても、魔獣討伐になど行けませんわ。一刻も早くこの武具に慣れなくては……」
表情を疲労に歪めながらも、彼女は強気の言葉を口にし、木製突撃槍と長大な楯を構え直そうとする。だが、既に疲労が限界に達しているのか、構える木製突撃槍の切っ先は定まらず泳いでいて、足元もおぼつかなくなっていた。
「おぉぃ、邪魔するぞぉ!」
「お邪魔しますニャ」
俺はあえて大きな声を出して修練場に入ると、傑利も同じように大声で挨拶し、俺の後をトコトコとついて来る。
「修練の最中に悪いな。邸宅の方で聞いたら、修練場にいるということだったんで、寄らせてもらった。すまないがレアンに話がある。ちょっといいかな?」
ズカズカと修練場に入ってきた俺と傑利に驚く麗華に断り、俺はそのまま小走りにレアンへと近寄る。レアンは、麗華のことを気にしつつ、名指しされたために、俺の方に歩み寄ってきた。
「昨日鍛えていたナイフを今朝仕上げていたんだが、仕上げの最後にナイフに適した柄と鞘を用意しようと、拵え細工師の傑利に話をしていたんだ。そうしたら、傑利が『持ち主が決まっているなら、その者の使いやすいように柄などを作る必要がある』と言うんで、寄らせてもらったんだ。少し時間をもらってもいいかな?」
「そうなのですか、わざわざすみませんでした。それで、もう仕上がったんですか!」
レアンは顔を紅潮させ、瞳をキラキラと煌めかせている。
「まぁ、鍛冶師の俺ができる程度の仕上げだがな。これから傑利の工房で拵えを整えてもらい、最終的な研ぎもしてもらってから、レアンに引き渡すことになる。今、丁度持って来てるんだ。手に取ってみるか?」
そう言いながら、俺は懐から布に包まれたナイフを出し、布を取る。
ナイフの上には、風をまとい竜巻に乗る精獣が既に待ち構えていて、レアンを見つめソワソワしていた。
「これが……」
俺が持ったナイフに目を奪われ、いっこうに手に取ろうとしないレアンに、俺は苦笑しながら、
「何を固まってるんだ? レアンのものだ。最終的な仕上げ前ですまないが、手に取ってみろ」
俺に促され、震える手でおそるおそるナイフを手にし、固まってしまうレアン。
「……どうだ、レアン? お前さんにもちゃんと見えたか」
一瞬ビクッと身を震わせるが、彼はナイフの上に座る精獣から目を離さず、
「た、驍廣さん。も、もしかして、このナイフの上に姿を見せてるのが、武具に宿った命なのですか?」
「ほ~ぉ。レアンにもちゃんと見えたか。そうだ。そのナイフの上にいるのが、武具に宿った命だ」
「う~む、長らく拵え細工師をしておりますが、命宿る武具とその主となる御人との邂逅というものは、なんとも心打たれるものですニャ」
そんな感想を口にしながら、傑利は優しい笑みを浮かべ、レアンと精獣の様子を見守る。
「わたくしの主様でございますね。改めてご挨拶申し上げます。このナイフに宿りし者でございます、銘は……まだございません。それで是非、主様に、わたくしに銘をお付けいただきたいのですが……創造主よろしいでしょうか?」
「た、驍廣さん。なんかしゃべってますよ? 僕に主様って……銘を付けてほしいって……」
喋りだした精獣に、レアンはテンパり、精獣と俺を交互に見ている。
「レアン落ち着け。精獣は、自分の考えを主となるレアンに言葉で伝えているんだよ。よかったじゃないか。レアンは精獣にもちゃんと『武具の主』と認められてるってことだよ。銘をつけてほしいっていうんだろ? つけてやれよ、レアンがそのナイフの主なんだから」
「驍廣さん、そんな急に言われても……」
と、困ったように考え込むレアンだった。
俺はただ黙って、ジッとレアンの決断を待つ。
しばらく考え込んでいたレアンだったが、何かを思いついたように顔を上げる。
「それじゃ、安易かも知れないけれど、風をまとったイタチの宿るナイフだから『風鼬』でどうでしょうか?」
「俺に言うんじゃなくて、目の前の精獣に言ってやったらどうだ?」
俺がナイフを指すと、レアンは力強く頷く。
「どうだい? 風鼬って銘は?」
レアンの言葉に精獣は嬉しそうに、
「風鼬! 名は体を表すと申します。わたくしにぴったりのよい銘だと思います。主様、これからはいついかなるときも、お傍にてお仕えいたします」
風鼬は深々と頭を下げた。その姿につられて、レアンも頭を下げながら、
「風鼬! 僕はレアン・ケルラーリウス、これからよろしく!」
と、喜色満面で力強く答えた。
「無事に銘も決まったところでレアン坊、拵えのための寸法をとらせていただいてもよろしいですかニャ」
傑利はそう言うと、拵えを仕立てるのに必要な、レアンの手の大きさやナイフを吊るす場所などを聞き始めた。
俺は手持無沙汰になり、少し離れて俺たちの様子を見ていた麗華の方へ歩み寄る。
「麗華。どうだ、木製突撃槍の使い心地は?」
問いかけると、麗華は唇を噛みしめ、
「驍廣、わたくしのために用意してくれた木製突撃槍ですが、扱いが難しいですわ。先程も、レアンに苦もなく捻られてしまったところで……」
と、悔しそうに手に持った木製突撃槍を見つめていた。
「そうか? 麗華の動きにはコイツの方が合っていると思っていたんだが……。一休みしたら、どんな風に扱っているか、見せてもらって構わないか?」
「よいのですか? 今日も朝から修練をしているのですが、なかなかしっくりと来なくて。でも、鍛冶仕事の方はよろしいのでしょうか?」
少し申し訳なさそうな表情を浮かべる麗華に、
「今から帰れば少しは鍛冶仕事もできるだろうが、鍛えるのは麗華のための武具だからな。その持ち主となる者が、これから作ろうとする武具の扱いに困っているなら、扱い方を見直すか、鍛える武具自体を変える必要がある。そのためには、木製突撃槍の扱い方を見て、麗華に突撃槍が本当に合っているかどうかを見極めないといけないだろ。麗華だってろくに扱えないような武具を渡されても困るだろうしな」
「それはそうですが……」
「そういうことで、俺への気遣いは無用だ!」
俺は、なおも納得しきれない様子の麗華に笑顔を返しておいた。
そんなことを話している間に、傑利とレアンの打ち合わせも終わったようで、俺たちのところに寄ってきた。
「驍廣さん、こちらはもう済みましたニャ。耀家のお嬢様と何か話されていたようですが、どうかしましたニャ?」
「傑利、そちらの用は済んだのか。ここまで足を運んでもらってすまなかった、ありがとう。俺はちょっと麗華に用ができたから、先に工房へ戻ってもらってもかまわない。ナイフは後で工房に届けることにするから」
「そうですニャ。ですが、小耳にはさんだところでは、耀家のお嬢様にも驍廣さんが武具を鍛えると話されていたように思うのですニャが?」
「耀家のお嬢様? ……何だ麗華のことか。その通りだ、さっきも口にしたと思うが、元々、今回傑利に拵えを整えてもらうナイフは、麗華の武具の突撃槍を鍛えるのに必要だろうと考えていた技法を試すために、作ったものだからな」
「驍廣! なぜそこで考えるのです! しかも、『何だ』とは何ですか!! 『耀家のお嬢様』はわたくししかおりません!!!」
「麗華、そうやってすぐ声を荒らげるからだよ。『耀家のお嬢様』と呼ばれたいのなら、もう少し良家のお嬢様らしい振る舞いを見せてから言ってもらいたいものだな。とりあえず、今は黙っててくれ」
俺は、傑利との話に口を挟んできた麗華をぴしゃりと黙らせた。そんな俺に対し、傑利は少し呆れたような困ったような表情を浮かべ、
「驍廣さん、耀家はここ翼竜街を治める領主家なのですニャ、そのお嬢様にそんな風に……。まあいいですニャ。それで、驍廣さんが麗華お嬢様に鍛える武具の使い方を確認するというのは、興味がありますのニャ。後学のために見ていってもよろしいですかニャ? それに、この後ギルドで鍛造武具の登録も行わなければなりませんのニャ。それまではご一緒しますニャ」
傑利はそう言うと、修練場の壁際に行って腰を下ろし、暢気な顔をして観戦モードに入ってしまった。俺は、彼の姿に苦笑しつつ麗華の方に向き直ると、彼女はムスッと膨れ、俺のことを睨みつけていた。
「だから、お嬢様と呼ばれるような女性は、そんな風にほっぺたを膨らませて睨みつけるようなことはしないもんなんだって。もっとも、麗華にそういうことを求める気はないがな。それじゃ、始めるか。まずは、今どんな風に木製突撃槍を扱っているのか見せてくれるか?」
「う゛~。何だかとても釈然としませんわ。何なのですか、 その言い草は……」
麗華はブツブツ言いながらも、修練場の中央に進み出ると、前面に楯を構え、その脇から木製突撃槍を突き出すように構えた。
その構えから一拍置いて、足を止めたまま、気合とともに木製突撃槍を前面の虚空に突き出し、すぐに向きを変え、再び構え直して虚空に突きを放った。
彼女の姿を見た俺の頭の中は「?」で一杯になった。
「……なぁ麗華、なぜに前回修練場で見せてくれた練武と全く違うことをしてるんだ?」
俺の質問に、麗華の顔が真っ赤になった。
「えっ? なぜって、この武具は『槍』の一種なのでしょ。ならば、槍の使い方で扱った方がよいかと思い、お父様に槍の扱い方を聞いたのですが……何かまずかったでしょうか?」
その言葉に俺は額に手を当て、
「あたぁ~。前に修練場で突撃槍を提案したときに、ちゃんと考慮するから大丈夫だと言ったんだが、木製突撃槍の姿を見て、槍の扱い方を習わないといけないと思わせちまったのかぁ……。そうかぁ、そうだよなぁ。この形状を見たらそう思うかもしれないよなぁ。すまない麗華、ちゃんと伝えなかった俺の落ち度だ」
俺が素直に麗華に頭を下げると、麗華は慌てたようだ。
「そっ、そんな、頭を下げるなんてことはしていただかなくても結構ですわ。この武具のことを知らずに、わたくしが勝手にしたことなのですから。それで、この木製突撃槍は、槍とは違うのですか?」
「あぁ、そうなんだよ。確かに形状から言えば槍とかと同じ長柄武具になるんだけど、扱い方が違うんだよ。前にも少し話したが、この武具は本来、馬上武具――馬に乗った状態のまま、馬の突進力を生かして相手を突き倒す武具なんだ」
「馬上武具ですか? ですが、わたくしは魔獣討伐の際には、騎乗したままで戦闘を行うことは考えていません。もちろん開けた場所にも魔獣は姿を現しますが、翼竜街近くではシュバルツティーフェの森内部の方が圧倒的に魔獣が多いのです。騎乗したままの戦闘もできなくはありませんが、やはり森の木々が邪魔になってしまいます」
「まぁ当然だな。騎馬が有効に働くのは、平地なんかの機動力を生かせる場所での集団戦だ。麗華が相手にしようとしている魔獣は、森や山間にいるんだろ。だったら、騎馬ではその機動力が失われてしまって、役に立たないとまでは言わないが、あまりいい運用とは言えないだろうな」
「でしたらなぜ、私にこの武具を薦めるのですか?」
ちょっとだけお怒りモードになりつつある麗華。
そんな風にすぐ心の内が表情に出るから、お嬢様って思ってもらえないんだよ。もう少し隠す努力をしろよ。
俺はそう思いつつ、素知らぬ顔で、
「さっき『本来は』って言っただろ。俺が提案した突撃槍って武具は、全長三~四メートル、重さも四キロほどにもなる長大重量武具だ。そのスペックに対して、今手元にある木製突撃槍は全長三メートルに満たないだろ。俺が突撃槍に目を付けたのは、形状じゃなくて運用法なんだよ」
「運用法ですか……?」
何を言われているのかまだピンと来ないのか、麗華はよく分からないといった顔で聞き返してきた。さっきまでの怒りを収め、俺の話をちゃんと聞いてくれていて、内心ホッとする。
「そう、運用法だ。言うなれば戦闘スタイルだな。前に修練場で見せてくれた麗華の戦い方は、楯で側面をカバーしつつ、あらゆるところで走り回り、膂力と突進力を活かしてレイピアで相手を突き、薙ぎ払うといったものだったじゃないか」
「えぇ、その通りですわ。前回、驍廣が修練場にいらしたときに見せた姿が、わたくしの戦い方です。驍廣には駄目だしをされてしまいましたが……」
「いや、俺が駄目だしをしたのは、戦い方じゃなくて、戦い方に合わない武具を用いていることについてだよ。だから、麗華の戦い方のまま突撃槍を扱ってもらうつもりだったんだ。まぁ、強いて言えば、今持っているような長大な楯は邪魔にしかならないから、持たない方がいい。もし持つとしても小型の団牌かバックラーや籠手と一体化した楯――ランタン・シールドくらいかな。とりあえず、今日は楯を使わずに木製突撃槍だけでやってもらいたいんだが、いきなり言われても困るか?」
周りで食事をしている他のお客に配慮しつつ、傑利は小さいながらも力の籠った言葉を発する。それに対し、名指しされたスミス爺さんは、さらに笑みを浮かべながら、
「傑利。本当に驚くのはこれからじゃぞ。驍廣、あのイタチの精獣はどうもかなりの恥ずかしがり屋か人見知りのようじゃ。初めて目にする者たちに怯えているのか姿を隠してしまっておるから、心配せず姿を見せてくれるように言ってはくれんか?」
俺はスミス爺さんの言葉に頷きながら、
「確かに、拵えを施してもらうのに、姿を隠したままというわけには行かないな。おい! これからお世話になる傑利と斡利に姿を隠したままじゃ失礼だぞ。大丈夫だから隠れてないで出てこい!」
傑利と斡利は、俺とスミス爺さんのやり取りを不思議そうに見つめていた。
だが、俺が声をかけて、ナイフの上にイタチの姿をした精獣が姿を現すと、言葉を詰まらせて、驚愕の表情を浮かべ、固まってしまった。
「……は~ぁ。だから言ったじゃろう、本当に驚くことになるのはこれからじゃと」
スミス爺さんがため息交じりに声をかけると、傑利はギシギシと錆びついた螺子が回るような動きで、爺さんの方に視線を動かし、
「スミス爺、驚くことになると言ったからどんなことかと思えば、これはあまりにも埒外で、ただ単に驚くだけではすまないことニャ」
その意見に、斡利も追従する。
「そうですニャ、スミスの爺っさま。まさかこの目で命宿る武具を見られるとは思いもしないことですニャ。命宿る武具が打たれたことなど、ここ何十年も聞いてないですニャ。確か、生存する鍛冶師の中で過去に命宿る武具を打ったと言われるのは、甲竜街に住むダッハート・ヴェヒターと響鎚の郷に住むダンカン・モアッレ、その二人のドワーフ氏族の鍛冶師だけニャ。そんな伝説になるような武具が目の前に現れれば、驚くなという方が無理ですニャ!」
顔を引きつらせたまま傑利と斡利は、それぞれ非難(?)の言葉を口にしてスミス爺さんを睨み付ける。
「まぁそうかもしれぬな。儂も初めて知ったときには驚いたわい。しかし、さらに言うとじゃな、このナイフは本来の目的とする武具を鍛えるために、新たな技法の試しにと鍛えた武具ということじゃ。ほれ、驍廣。儂に説明させとらんで、自分で話さんか!」
そうスミス爺さんにふられ、俺は慌てて、
「あ? あぁ、そうだな。このナイフは、耀緋麗華の依頼で鍛える武具のための試作として、黒剛鋼と白銀鋼を鍛接した複合鋼で鍛えたものだ。さっき傑利が口にした疑問への回答にもなると思うが、鍛接する前に白銀鋼には風精霊を宿す翠玉を付与してる。だから、一見すると黒剛鋼のナイフなんだが、風精霊の力や翠色の光沢が見て取れるんだろうな」
「……な、何をそう淡々と話しているですニャ! スミス爺、この御人は自分が何をしでかしたのか分かっているのですニャ?」
「まぁまぁ、そう興奮するな傑利。お前さんの意見ももっともじゃ。じゃが、驍廣にしてみれば、『必要に迫られてやっていたらできた』といった程度のものらしいのじゃ。あまり深く考え込むと、今後付き合っていくときに精神の方が参ってしまうぞ。儂はもう、非常識のやることじゃから仕方ないと諦めておる。お前さんも、驍廣とつき合っていくなら、こういう奴じゃと諦めた方がよいぞ」
そう言いながら笑うスミス爺さんに、傑利は呆れ、斡利は若い分切り替えが早いのか、納得したように頷いていた。
しかし、非常識のやることだから諦めろってのはないだろうが。
……そんなかぁ?
「それで、これに合った柄と鞘をお願いしたいんだが、頼めるだろうか?」
俺は、スミス爺さんや傑利の反応に釈然としないものを感じつつも、ここは大人の対応をしなければと、本心を隠し、軽く頭を下げる。
傑利はちょっと考えるようなそぶりの後、
「もちろんですニャ。このナイフに合った柄と鞘を用意させてもらいますニャ。ちなみに、所有者となる御人が決まっておりますかニャ? 決まっていれば、教えてほしいのですニャ」
「ナイフの所有者か? それなら、耀家に仕えている狼人族のレアン・ケルラーリウスに譲る予定だよ」
「そうですニャ、耀家のレアン坊ですニャ。それなら、レアン坊の手に合った拵えを用意させてもらいますニャ。私たち拵え細工師は、確かに依頼された武具を美しく見せる細工を施す者ではありますニャ。ですが、やはり武具とは使う方の命を守るためのもの。美しい装飾よりも、重要なことは所有者となる御人に合った使いやすい拵えにしないといけませんからニャ」
その言葉で、俺はこの傑利という妖猫人族の拵え細工師が、武具の拵えを任せるに足る職人だと信用することができた。
見た目は絵本に出てくる『長靴をはいた猫』だけど……
後のことは俺と傑利に任せたと、スミス爺さんは紫慧とともに、自由市場にあるベノアさんの生地屋へ布を買いに向かった。斡利は、工房に戻って拵えの準備をするようにと傑利に言われると、
「驍廣さん、紫慧さん、スミスの爺っさま、また武具を鍛えたときには、今度は僕にも拵えをさせてくださいね!」
と、言葉を残し、俺たちが返事をする間もなく食堂から飛び出していった。
そんな斡利のことを傑利は、
「馬鹿息子が、スミス爺や驍廣さんの武具の拵えをしたいなど十年早いわ!」
と、苦笑しながらも嬉しそうに呟いていた。
そして、傑利と俺は、レアンのもとに向かった。
レアンの仕える耀家に行くと、レアンは麗華の修練の相手を務めるために修練場にいると言われたので、隣接する修練場に足を運んだ。修練場は、以前来たときは木剣の打ち合わさる音が盛大に響いていたのだが、今はほとんど聞こえず、修練をしている者そのものの気配も少なくなっていた。
「どりゃ~ぁ!」
修練場を覗いた俺と傑利の目に飛び込んできたのは、その容姿に似つかわしくないドスの利いた雄叫びを上げる麗華の姿だった。
声を上げた彼女は、足を止めて、長大な楯を構えた格好で、斬撃を何度も繰り出していた。だがその斬撃は、ことごとく空を切り、麗華の相手である黒い影が、素早く麗華の死角に廻りこみ、彼女の首筋に短木剣を突きつけた。
「くぅ~~~。レアン、もう一番お願い!」
汗を流し、肩で息をしている麗華に対して、汗は薄らと掻いているものの、呼吸は落ち着いていた黒い影――レアンは、手にしていた二振りの短木剣を収めながら、
「お嬢様、少しお休みください。先程から随分呼吸が乱れ、動きにもキレがなくなってきております」
と少し心配するような表情を浮かべた。麗華はそんなレアンの表情に気づかず、
「何を悠長なことを言っているの。さっきからわたくしの斬撃はレアンに届かず、反対に打ちこまれてばかり。こんなことでは、驍廣が武具を用意してくれても、魔獣討伐になど行けませんわ。一刻も早くこの武具に慣れなくては……」
表情を疲労に歪めながらも、彼女は強気の言葉を口にし、木製突撃槍と長大な楯を構え直そうとする。だが、既に疲労が限界に達しているのか、構える木製突撃槍の切っ先は定まらず泳いでいて、足元もおぼつかなくなっていた。
「おぉぃ、邪魔するぞぉ!」
「お邪魔しますニャ」
俺はあえて大きな声を出して修練場に入ると、傑利も同じように大声で挨拶し、俺の後をトコトコとついて来る。
「修練の最中に悪いな。邸宅の方で聞いたら、修練場にいるということだったんで、寄らせてもらった。すまないがレアンに話がある。ちょっといいかな?」
ズカズカと修練場に入ってきた俺と傑利に驚く麗華に断り、俺はそのまま小走りにレアンへと近寄る。レアンは、麗華のことを気にしつつ、名指しされたために、俺の方に歩み寄ってきた。
「昨日鍛えていたナイフを今朝仕上げていたんだが、仕上げの最後にナイフに適した柄と鞘を用意しようと、拵え細工師の傑利に話をしていたんだ。そうしたら、傑利が『持ち主が決まっているなら、その者の使いやすいように柄などを作る必要がある』と言うんで、寄らせてもらったんだ。少し時間をもらってもいいかな?」
「そうなのですか、わざわざすみませんでした。それで、もう仕上がったんですか!」
レアンは顔を紅潮させ、瞳をキラキラと煌めかせている。
「まぁ、鍛冶師の俺ができる程度の仕上げだがな。これから傑利の工房で拵えを整えてもらい、最終的な研ぎもしてもらってから、レアンに引き渡すことになる。今、丁度持って来てるんだ。手に取ってみるか?」
そう言いながら、俺は懐から布に包まれたナイフを出し、布を取る。
ナイフの上には、風をまとい竜巻に乗る精獣が既に待ち構えていて、レアンを見つめソワソワしていた。
「これが……」
俺が持ったナイフに目を奪われ、いっこうに手に取ろうとしないレアンに、俺は苦笑しながら、
「何を固まってるんだ? レアンのものだ。最終的な仕上げ前ですまないが、手に取ってみろ」
俺に促され、震える手でおそるおそるナイフを手にし、固まってしまうレアン。
「……どうだ、レアン? お前さんにもちゃんと見えたか」
一瞬ビクッと身を震わせるが、彼はナイフの上に座る精獣から目を離さず、
「た、驍廣さん。も、もしかして、このナイフの上に姿を見せてるのが、武具に宿った命なのですか?」
「ほ~ぉ。レアンにもちゃんと見えたか。そうだ。そのナイフの上にいるのが、武具に宿った命だ」
「う~む、長らく拵え細工師をしておりますが、命宿る武具とその主となる御人との邂逅というものは、なんとも心打たれるものですニャ」
そんな感想を口にしながら、傑利は優しい笑みを浮かべ、レアンと精獣の様子を見守る。
「わたくしの主様でございますね。改めてご挨拶申し上げます。このナイフに宿りし者でございます、銘は……まだございません。それで是非、主様に、わたくしに銘をお付けいただきたいのですが……創造主よろしいでしょうか?」
「た、驍廣さん。なんかしゃべってますよ? 僕に主様って……銘を付けてほしいって……」
喋りだした精獣に、レアンはテンパり、精獣と俺を交互に見ている。
「レアン落ち着け。精獣は、自分の考えを主となるレアンに言葉で伝えているんだよ。よかったじゃないか。レアンは精獣にもちゃんと『武具の主』と認められてるってことだよ。銘をつけてほしいっていうんだろ? つけてやれよ、レアンがそのナイフの主なんだから」
「驍廣さん、そんな急に言われても……」
と、困ったように考え込むレアンだった。
俺はただ黙って、ジッとレアンの決断を待つ。
しばらく考え込んでいたレアンだったが、何かを思いついたように顔を上げる。
「それじゃ、安易かも知れないけれど、風をまとったイタチの宿るナイフだから『風鼬』でどうでしょうか?」
「俺に言うんじゃなくて、目の前の精獣に言ってやったらどうだ?」
俺がナイフを指すと、レアンは力強く頷く。
「どうだい? 風鼬って銘は?」
レアンの言葉に精獣は嬉しそうに、
「風鼬! 名は体を表すと申します。わたくしにぴったりのよい銘だと思います。主様、これからはいついかなるときも、お傍にてお仕えいたします」
風鼬は深々と頭を下げた。その姿につられて、レアンも頭を下げながら、
「風鼬! 僕はレアン・ケルラーリウス、これからよろしく!」
と、喜色満面で力強く答えた。
「無事に銘も決まったところでレアン坊、拵えのための寸法をとらせていただいてもよろしいですかニャ」
傑利はそう言うと、拵えを仕立てるのに必要な、レアンの手の大きさやナイフを吊るす場所などを聞き始めた。
俺は手持無沙汰になり、少し離れて俺たちの様子を見ていた麗華の方へ歩み寄る。
「麗華。どうだ、木製突撃槍の使い心地は?」
問いかけると、麗華は唇を噛みしめ、
「驍廣、わたくしのために用意してくれた木製突撃槍ですが、扱いが難しいですわ。先程も、レアンに苦もなく捻られてしまったところで……」
と、悔しそうに手に持った木製突撃槍を見つめていた。
「そうか? 麗華の動きにはコイツの方が合っていると思っていたんだが……。一休みしたら、どんな風に扱っているか、見せてもらって構わないか?」
「よいのですか? 今日も朝から修練をしているのですが、なかなかしっくりと来なくて。でも、鍛冶仕事の方はよろしいのでしょうか?」
少し申し訳なさそうな表情を浮かべる麗華に、
「今から帰れば少しは鍛冶仕事もできるだろうが、鍛えるのは麗華のための武具だからな。その持ち主となる者が、これから作ろうとする武具の扱いに困っているなら、扱い方を見直すか、鍛える武具自体を変える必要がある。そのためには、木製突撃槍の扱い方を見て、麗華に突撃槍が本当に合っているかどうかを見極めないといけないだろ。麗華だってろくに扱えないような武具を渡されても困るだろうしな」
「それはそうですが……」
「そういうことで、俺への気遣いは無用だ!」
俺は、なおも納得しきれない様子の麗華に笑顔を返しておいた。
そんなことを話している間に、傑利とレアンの打ち合わせも終わったようで、俺たちのところに寄ってきた。
「驍廣さん、こちらはもう済みましたニャ。耀家のお嬢様と何か話されていたようですが、どうかしましたニャ?」
「傑利、そちらの用は済んだのか。ここまで足を運んでもらってすまなかった、ありがとう。俺はちょっと麗華に用ができたから、先に工房へ戻ってもらってもかまわない。ナイフは後で工房に届けることにするから」
「そうですニャ。ですが、小耳にはさんだところでは、耀家のお嬢様にも驍廣さんが武具を鍛えると話されていたように思うのですニャが?」
「耀家のお嬢様? ……何だ麗華のことか。その通りだ、さっきも口にしたと思うが、元々、今回傑利に拵えを整えてもらうナイフは、麗華の武具の突撃槍を鍛えるのに必要だろうと考えていた技法を試すために、作ったものだからな」
「驍廣! なぜそこで考えるのです! しかも、『何だ』とは何ですか!! 『耀家のお嬢様』はわたくししかおりません!!!」
「麗華、そうやってすぐ声を荒らげるからだよ。『耀家のお嬢様』と呼ばれたいのなら、もう少し良家のお嬢様らしい振る舞いを見せてから言ってもらいたいものだな。とりあえず、今は黙っててくれ」
俺は、傑利との話に口を挟んできた麗華をぴしゃりと黙らせた。そんな俺に対し、傑利は少し呆れたような困ったような表情を浮かべ、
「驍廣さん、耀家はここ翼竜街を治める領主家なのですニャ、そのお嬢様にそんな風に……。まあいいですニャ。それで、驍廣さんが麗華お嬢様に鍛える武具の使い方を確認するというのは、興味がありますのニャ。後学のために見ていってもよろしいですかニャ? それに、この後ギルドで鍛造武具の登録も行わなければなりませんのニャ。それまではご一緒しますニャ」
傑利はそう言うと、修練場の壁際に行って腰を下ろし、暢気な顔をして観戦モードに入ってしまった。俺は、彼の姿に苦笑しつつ麗華の方に向き直ると、彼女はムスッと膨れ、俺のことを睨みつけていた。
「だから、お嬢様と呼ばれるような女性は、そんな風にほっぺたを膨らませて睨みつけるようなことはしないもんなんだって。もっとも、麗華にそういうことを求める気はないがな。それじゃ、始めるか。まずは、今どんな風に木製突撃槍を扱っているのか見せてくれるか?」
「う゛~。何だかとても釈然としませんわ。何なのですか、 その言い草は……」
麗華はブツブツ言いながらも、修練場の中央に進み出ると、前面に楯を構え、その脇から木製突撃槍を突き出すように構えた。
その構えから一拍置いて、足を止めたまま、気合とともに木製突撃槍を前面の虚空に突き出し、すぐに向きを変え、再び構え直して虚空に突きを放った。
彼女の姿を見た俺の頭の中は「?」で一杯になった。
「……なぁ麗華、なぜに前回修練場で見せてくれた練武と全く違うことをしてるんだ?」
俺の質問に、麗華の顔が真っ赤になった。
「えっ? なぜって、この武具は『槍』の一種なのでしょ。ならば、槍の使い方で扱った方がよいかと思い、お父様に槍の扱い方を聞いたのですが……何かまずかったでしょうか?」
その言葉に俺は額に手を当て、
「あたぁ~。前に修練場で突撃槍を提案したときに、ちゃんと考慮するから大丈夫だと言ったんだが、木製突撃槍の姿を見て、槍の扱い方を習わないといけないと思わせちまったのかぁ……。そうかぁ、そうだよなぁ。この形状を見たらそう思うかもしれないよなぁ。すまない麗華、ちゃんと伝えなかった俺の落ち度だ」
俺が素直に麗華に頭を下げると、麗華は慌てたようだ。
「そっ、そんな、頭を下げるなんてことはしていただかなくても結構ですわ。この武具のことを知らずに、わたくしが勝手にしたことなのですから。それで、この木製突撃槍は、槍とは違うのですか?」
「あぁ、そうなんだよ。確かに形状から言えば槍とかと同じ長柄武具になるんだけど、扱い方が違うんだよ。前にも少し話したが、この武具は本来、馬上武具――馬に乗った状態のまま、馬の突進力を生かして相手を突き倒す武具なんだ」
「馬上武具ですか? ですが、わたくしは魔獣討伐の際には、騎乗したままで戦闘を行うことは考えていません。もちろん開けた場所にも魔獣は姿を現しますが、翼竜街近くではシュバルツティーフェの森内部の方が圧倒的に魔獣が多いのです。騎乗したままの戦闘もできなくはありませんが、やはり森の木々が邪魔になってしまいます」
「まぁ当然だな。騎馬が有効に働くのは、平地なんかの機動力を生かせる場所での集団戦だ。麗華が相手にしようとしている魔獣は、森や山間にいるんだろ。だったら、騎馬ではその機動力が失われてしまって、役に立たないとまでは言わないが、あまりいい運用とは言えないだろうな」
「でしたらなぜ、私にこの武具を薦めるのですか?」
ちょっとだけお怒りモードになりつつある麗華。
そんな風にすぐ心の内が表情に出るから、お嬢様って思ってもらえないんだよ。もう少し隠す努力をしろよ。
俺はそう思いつつ、素知らぬ顔で、
「さっき『本来は』って言っただろ。俺が提案した突撃槍って武具は、全長三~四メートル、重さも四キロほどにもなる長大重量武具だ。そのスペックに対して、今手元にある木製突撃槍は全長三メートルに満たないだろ。俺が突撃槍に目を付けたのは、形状じゃなくて運用法なんだよ」
「運用法ですか……?」
何を言われているのかまだピンと来ないのか、麗華はよく分からないといった顔で聞き返してきた。さっきまでの怒りを収め、俺の話をちゃんと聞いてくれていて、内心ホッとする。
「そう、運用法だ。言うなれば戦闘スタイルだな。前に修練場で見せてくれた麗華の戦い方は、楯で側面をカバーしつつ、あらゆるところで走り回り、膂力と突進力を活かしてレイピアで相手を突き、薙ぎ払うといったものだったじゃないか」
「えぇ、その通りですわ。前回、驍廣が修練場にいらしたときに見せた姿が、わたくしの戦い方です。驍廣には駄目だしをされてしまいましたが……」
「いや、俺が駄目だしをしたのは、戦い方じゃなくて、戦い方に合わない武具を用いていることについてだよ。だから、麗華の戦い方のまま突撃槍を扱ってもらうつもりだったんだ。まぁ、強いて言えば、今持っているような長大な楯は邪魔にしかならないから、持たない方がいい。もし持つとしても小型の団牌かバックラーや籠手と一体化した楯――ランタン・シールドくらいかな。とりあえず、今日は楯を使わずに木製突撃槍だけでやってもらいたいんだが、いきなり言われても困るか?」
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